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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
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静かに息を吸い込んで、取り繕う。
「クリーム・ティー用の甘いのは、マリーと食べてしまったんだ。それに、ランチがまだならこっちの方がいいかなって……」
「セイボリー・スコーン? バジルのいい香りがしてる」
アルビーは僕を見て、にこやかな笑みを向けてくれた。にこやか過ぎるほどの。
トレイから下ろした二つのマグカップに、彼は自分で紅茶を注いだ。まずは僕に。そしていつもの、虹色のカメレオンのカップに。
「ベーコンとチェダーだね。美味しそうだな」
スコーンを頬張りながらアルビーは目を細める。けれど、二つ目のスコーンを食べ終わりカツンとマグカップをコースターに戻すと、気づかわし気に軽く首を傾げた。
「どうしたの? いない間に何かあった?」
僕は一瞬息を止め、次いで心を落ち着かせようと、静かに、ゆっくりと吸い込んだ。
「アルビーは、ドラッグとかしたことある?」
口から飛び出した自分の言葉に仰天して、思わず目線を伏せていた。彼の反応を見るどころではない。恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだ。
緊張し過ぎだろ! 考えていたのはこんな直接的な言い方じゃなくてもっと、仄めかすような、他人ごとのような感じで……。自分の馬鹿さ加減に涙が出そうだ。
そっと上目遣いに盗み見た、僅かにひそめられたアルビーの形のいい眉の下の瞳が、険し気に深みを増した色に変わる。
「コウ、ドラッグに興味あるの? もしかして、誰かに勧められたりしたの?」
え、まさか! いや、ここはうんと言うべきだろうか? その方がアルビーも告白してくれやすいかもしれないし、頭から否定するんじゃなくて、まずは理解と共感を……。
だけど僕の頭は慣れない嘘に拒否反応を示して、上手く英語が出て来ない。なんて言えばいい? 取りあえず、イエス。イエスだけでいいんだ。いや、違う、勧められたとなると、誰にってことになって……、
「今までそんなものには一切感心なかったのに……。きみくらいの年齢の頃って、興味本位でつい惹かれてしまうのも、解らないではないよ。でも、僕は勧めないな。コウは煙草も吸わないし、お酒だって弱いじゃないか。強すぎる刺激は、人生を破壊してしまうよ」
大真面目な顔をして僕を真っ直ぐに見つめるアルビーに、拍子抜けしてしまった。
今度は、そのせいで言葉が喉に詰まっている。
「強すぎる刺激って、アルビーは、試してみたことあるの?」
「……まぁ、人並みにはね。若気の至りって奴さ」
「今は?」
「実習で薬物依存症のクライエントの面談をすることもあるんだ。彼らを理解する上で、多少の経験が役に立っていると言えなくもないけど、ドラッグそのものには興味ないな」
全身の緊張が解けてぐにゃぐにゃになるほど、安堵した。
「それで、コウは? ドラッグが欲しいの? 一度くらい試してみたいと思っているの?」
「まさか! 違うんだ。そうじゃなくて……。ショーンに、大学内でもそういう奴らがいるから、絡まれないように気をつけろって言われて、怖いなって。それで、訊いてみただけ。そういう連中、多いのかなって」
胸のつかえが取れてぺらぺらと出てくる単語に、アルビーもほっとしたように頷いてくれた。
「誘われても断固ノーを言って断れば、しつこくされることはないよ。まぁ、そんな連中とは関わらないのが一番だけどね」
ほっとしたように目許を緩ませたアルビーの言葉は、嘘じゃない。彼にはやましいところなんてない。だから正直に話してくれたし、真剣に僕の心配をしてくれていた。それに、ネットで調べた中毒患者のどの特徴にも彼は当てはまらない。
アルビーの瞳は、今日も涼し気な森の色。一点の曇りもなく。マリーの不安は杞憂に過ぎなかったのだ。
「うん、気をつけるよ。それで、アルビーの方は? ボランティアはどうだった? カウンセリングのボランティアって、やっぱり大学関係なんだろ? 僕はその方面には疎くて。どんなことをするの?」
また僕は地雷を踏んだ。
僕の軽々しい質問を聴いていたアルビーの上に浮かんだなんとも形容し難い表情に、血の気が引く思いだった。刹那の内に後悔が襲う。津波のように。押し流される。垣間見た闇の中に。
「ごめん。クライエントのことは、守秘義務があるから」
ゆるりと微笑む薄い唇とは裏腹に、彼の瞳は、しっとりと濡れたように湿っていた。
「クリーム・ティー用の甘いのは、マリーと食べてしまったんだ。それに、ランチがまだならこっちの方がいいかなって……」
「セイボリー・スコーン? バジルのいい香りがしてる」
アルビーは僕を見て、にこやかな笑みを向けてくれた。にこやか過ぎるほどの。
トレイから下ろした二つのマグカップに、彼は自分で紅茶を注いだ。まずは僕に。そしていつもの、虹色のカメレオンのカップに。
「ベーコンとチェダーだね。美味しそうだな」
スコーンを頬張りながらアルビーは目を細める。けれど、二つ目のスコーンを食べ終わりカツンとマグカップをコースターに戻すと、気づかわし気に軽く首を傾げた。
「どうしたの? いない間に何かあった?」
僕は一瞬息を止め、次いで心を落ち着かせようと、静かに、ゆっくりと吸い込んだ。
「アルビーは、ドラッグとかしたことある?」
口から飛び出した自分の言葉に仰天して、思わず目線を伏せていた。彼の反応を見るどころではない。恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだ。
緊張し過ぎだろ! 考えていたのはこんな直接的な言い方じゃなくてもっと、仄めかすような、他人ごとのような感じで……。自分の馬鹿さ加減に涙が出そうだ。
そっと上目遣いに盗み見た、僅かにひそめられたアルビーの形のいい眉の下の瞳が、険し気に深みを増した色に変わる。
「コウ、ドラッグに興味あるの? もしかして、誰かに勧められたりしたの?」
え、まさか! いや、ここはうんと言うべきだろうか? その方がアルビーも告白してくれやすいかもしれないし、頭から否定するんじゃなくて、まずは理解と共感を……。
だけど僕の頭は慣れない嘘に拒否反応を示して、上手く英語が出て来ない。なんて言えばいい? 取りあえず、イエス。イエスだけでいいんだ。いや、違う、勧められたとなると、誰にってことになって……、
「今までそんなものには一切感心なかったのに……。きみくらいの年齢の頃って、興味本位でつい惹かれてしまうのも、解らないではないよ。でも、僕は勧めないな。コウは煙草も吸わないし、お酒だって弱いじゃないか。強すぎる刺激は、人生を破壊してしまうよ」
大真面目な顔をして僕を真っ直ぐに見つめるアルビーに、拍子抜けしてしまった。
今度は、そのせいで言葉が喉に詰まっている。
「強すぎる刺激って、アルビーは、試してみたことあるの?」
「……まぁ、人並みにはね。若気の至りって奴さ」
「今は?」
「実習で薬物依存症のクライエントの面談をすることもあるんだ。彼らを理解する上で、多少の経験が役に立っていると言えなくもないけど、ドラッグそのものには興味ないな」
全身の緊張が解けてぐにゃぐにゃになるほど、安堵した。
「それで、コウは? ドラッグが欲しいの? 一度くらい試してみたいと思っているの?」
「まさか! 違うんだ。そうじゃなくて……。ショーンに、大学内でもそういう奴らがいるから、絡まれないように気をつけろって言われて、怖いなって。それで、訊いてみただけ。そういう連中、多いのかなって」
胸のつかえが取れてぺらぺらと出てくる単語に、アルビーもほっとしたように頷いてくれた。
「誘われても断固ノーを言って断れば、しつこくされることはないよ。まぁ、そんな連中とは関わらないのが一番だけどね」
ほっとしたように目許を緩ませたアルビーの言葉は、嘘じゃない。彼にはやましいところなんてない。だから正直に話してくれたし、真剣に僕の心配をしてくれていた。それに、ネットで調べた中毒患者のどの特徴にも彼は当てはまらない。
アルビーの瞳は、今日も涼し気な森の色。一点の曇りもなく。マリーの不安は杞憂に過ぎなかったのだ。
「うん、気をつけるよ。それで、アルビーの方は? ボランティアはどうだった? カウンセリングのボランティアって、やっぱり大学関係なんだろ? 僕はその方面には疎くて。どんなことをするの?」
また僕は地雷を踏んだ。
僕の軽々しい質問を聴いていたアルビーの上に浮かんだなんとも形容し難い表情に、血の気が引く思いだった。刹那の内に後悔が襲う。津波のように。押し流される。垣間見た闇の中に。
「ごめん。クライエントのことは、守秘義務があるから」
ゆるりと微笑む薄い唇とは裏腹に、彼の瞳は、しっとりと濡れたように湿っていた。
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