霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅱ.冬の静寂(しじま)

66 疑惑

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 ハムステッド・ヒースには何度も行ったことがある。ロンドンで最大の公園だし、この家からなら歩いて行ける距離にある。
 秋も深まった頃、三人でピクニックにも行ったじゃないか。それなのにどうして、あそこへアルビーが行くのを引き留めなければならないのか。納得がいかない。
 マリーは物憂げにため息をつくばかりで、その理由を教えてはくれなかった。一度は口にしたことを、「やっぱりあんたじゃ無理ね」なんて、冷めた瞳で恨みがましく僕を一瞥して言い捨てた。

 いったい僕にどうしろって言うんだ?

 僕は段々と膨らんでくる苛だちにいつのまにか唇を尖らせて、一人、キッチンの片隅でふてくされていた。
 マリーはさっさと僕に見切りをつけて自室に戻ったようだ。彼女の気まぐれに振り回されるのは、疲れる。所詮、彼女の頭の中にはアルビーしかいない。僕だって同じように彼のことを心配しているし、気遣っているってこと、彼女は認めてくれはしない。
 僕の態度が誤解を招くものだから信用ならないのだ、と言われてしまうと言い返す術はないけれど。でも決して、わざとじゃないんだ。僕からしてみれば、憧れや好意が、何でもかんでも恋愛に結び付くマリーの思考回路の方が、理解できない。友だちとしてではどうして駄目なのか、逆に僕の方が訊きたいよ。


 悶々とした気分でその日一日を終え、翌日もまた、すっきりとしないまま時間だけが過ぎて行った。
 解らないことを考え続けたってらちが明かない。余りにも、僕の持つ情報が少なすぎるのだ。マリーは自分では止められないアルビーの行動を、僕が抑えることを望んでいる。でも、彼の問題行動については口を噤んだまま。彼の、見境のない交友関係については教えてくれたのに。それ以上の、口に出すのもはばかられることなのだろうか。もしかして、法に触れるような……。ドラッグとか……。

 ここまで考えて、僕はふと、ショーンとの何気ない会話を思い出した。

 ――あいつら常習だからな。関わるなよ。

 同じコースの、一部の留学生仲間を目線で示して教えてくれたのだ。それに、大学にも、性質タチの悪い奴らがいるから気を付けろって。

 自分でも表情が険しく強張り、胃がきゅっと縮こまるのを感じて、思わず拳を握り込んでいた。無意識に、左手で、薬指の火蜥蜴サラマンダーを確かめるように何度も擦っていた。

 もしそうなら、マリーには荷が勝ち過ぎる。それに、ああも彼女がアルビーを心配するのも納得できる。

 もしかして、重症の患者さんのカウンセリングで溜めたストレスを、そんな方法で発散しているのかも知れない。そうとしか考えられない。マリーは僕では無理、と言ったけれど、見過ごしにはできない。

 確かめなければ。もし仮にそうなら、止めなければ……。

 その夜、パソコンで麻薬中毒患者の特徴を夜遅くまで調べていて、いつの間にか、僕は机に突っ伏して寝落ちしてしまっていた。




 目覚ましの音に叩き起こされた。
 僕はどれくらい眠ったのだろう? 土曜の朝は忙しいのだ。溜まっている洗濯や、掃除や、それから、冷凍してあるスコーンがもうない。作り置きもしなきゃ……。
 何はともあれ、まずはシャワーだ。シャキッと目を覚まさなければ、直にアルビーが帰って来る。

 ぼーとする頭で優先順位を測り、まず洗濯機を回してからシャワーを浴びた。熱いお湯を頭から被ると、ぼんやりとしていた意識がクリアになり、昨夜の神経がピリピリと苛立つ感じがまた舞い戻ってくる。

 こんな時こそ冷静にならなくては。

 僕は昨夜仕入れた情報を頭の中で反芻はんすうし、どうアルビーに切り出そうかと、皮膚を叩く細かな水の刺激の中、じっと立ち尽くしていた。







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