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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
59 噂3
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また振り出しだ。
ショーンのくれた忠告が、何よりも僕にはショックだった。妄想のような噂話よりも、よほど鋭角的に心臓を抉られた。
彼には申し訳ないけれど、彼の教えてくれた噂話は半分も信じられなかったもの。その一方で、僕への戒めの言葉の方は、ふわふわと夢現を彷徨う僕を現実に引き戻すのに充分な破壊力を持っていた。
アルビーは人の輪の中心にいて当たり前のような人だ。ショーンの言うように、王様のごとく君臨してその場を支配する、そんなオーラを持っている。だからそんな噂話は、皆、好き勝手に想像して、好き勝手に言い散らしているに過ぎないと思う。皆、彼のことを知っている訳じゃない。
でもそれは、僕も同じで。
つい、目で追ってしまっていた。彼を取り囲む面々と同じように。もう以前のように不躾に彼を眺めまわすことはしない、と誓ったのに。
外の世界で見るアルビーは、僕の知らない誰かで。声をかけることさえ躊躇うような煌びやかな誰かで。僕はそんな彼の中に、僕の知っている彼を探すのに躍起になっていたんだ。そんな自分が周りからどう思われるとか、アルビーがどう思うかとか、二の次で。
自分だけの世界に囚われた僕は、誰からも見えない、誰も僕のことなんて気にしない、そう思いこんでいた。
だけどそうじゃなかった。アルビーは僕が思っている以上に僕のことを気に掛け、心配してくれていた。それは僕が彼の同居人で、彼は僕よりずっと年上で、見かけよりもずっと責任感を持ってあの家を守っているから、だと思う。
ともかく、彼の僕への気遣いは、家族のそれに近いと思う。
一緒に暮らしているにもかかわらず、僕がアルビーの私生活を一切知らない理由を、ショーンに話した。
ずっと彼には友人がいないと思い込んでいたのは、あの家に誰かが訪ねて来たことが一度もなかったからだ。それは、マリーも同じ。ただ彼女はしょっちゅう友だちの話題を出すから、そうは思わなかっただけで。
一緒に住んでいるといっても、一緒に行動することなんて限られているのだから。
ショーンは僕の話を聴いて、「きみが同居人に選ばれたのは、面倒くさい関係になり得ないし、互いに不干渉でOKだから、って事なのか」と納得したように頷いた。
僕も、そう思う。
そう納得した上での忠告だったから、僕が打ちのめされたのは推して知るべしだ。
ショーンは、僕とアルビーはステディじゃないと解って興が醒めてしまったのか、この後誘われていたパブに行くのを断っても、残念がる様子もなかった。
彼には悪いけれど、僕は彼の新しいガールフレンドに逢う気はないんだ。きっと狙いはアルビーだもの。僕から彼の情報を引き出したい。多分、そんなところだと思うから。
鬱々とした気分で地下鉄を下り、俯いて自分の足下に目線を落としたままハムステッド駅を出た。
「コウ」
呼び止められ、驚いて視線を彷徨わせる。
「帰りが遅いから心配したよ」
振り返ると、アルビーが駅舎の赤褐色の煉瓦にもたれていた。
「ごめん。連絡を入れておけばよかったね」
今までそんな事をした覚えはないけれど。
まるで先ほどまでの、僕とショーンの会話を知っているかのような彼の気遣いを頭の片隅で訝しく思いながらも、僕は、彼の赤くなった鼻先の方が気になって仕方がない。
ダウンジャケットのポケットから使い捨てカイロを取り出し、手を伸ばしてアルビーの頬に当てた。ぽかんとした彼の顔が可笑しくて、笑みが零れ落ちる。
「温かいだろ? あげるよ」
笑いながら彼の手に握らせた。
「何、これ?」
興味深そうに手の中のそれを握ったり開いたりしている彼にカイロの説明をしながら、僕たちは家路についた。
ショーンのくれた忠告が、何よりも僕にはショックだった。妄想のような噂話よりも、よほど鋭角的に心臓を抉られた。
彼には申し訳ないけれど、彼の教えてくれた噂話は半分も信じられなかったもの。その一方で、僕への戒めの言葉の方は、ふわふわと夢現を彷徨う僕を現実に引き戻すのに充分な破壊力を持っていた。
アルビーは人の輪の中心にいて当たり前のような人だ。ショーンの言うように、王様のごとく君臨してその場を支配する、そんなオーラを持っている。だからそんな噂話は、皆、好き勝手に想像して、好き勝手に言い散らしているに過ぎないと思う。皆、彼のことを知っている訳じゃない。
でもそれは、僕も同じで。
つい、目で追ってしまっていた。彼を取り囲む面々と同じように。もう以前のように不躾に彼を眺めまわすことはしない、と誓ったのに。
外の世界で見るアルビーは、僕の知らない誰かで。声をかけることさえ躊躇うような煌びやかな誰かで。僕はそんな彼の中に、僕の知っている彼を探すのに躍起になっていたんだ。そんな自分が周りからどう思われるとか、アルビーがどう思うかとか、二の次で。
自分だけの世界に囚われた僕は、誰からも見えない、誰も僕のことなんて気にしない、そう思いこんでいた。
だけどそうじゃなかった。アルビーは僕が思っている以上に僕のことを気に掛け、心配してくれていた。それは僕が彼の同居人で、彼は僕よりずっと年上で、見かけよりもずっと責任感を持ってあの家を守っているから、だと思う。
ともかく、彼の僕への気遣いは、家族のそれに近いと思う。
一緒に暮らしているにもかかわらず、僕がアルビーの私生活を一切知らない理由を、ショーンに話した。
ずっと彼には友人がいないと思い込んでいたのは、あの家に誰かが訪ねて来たことが一度もなかったからだ。それは、マリーも同じ。ただ彼女はしょっちゅう友だちの話題を出すから、そうは思わなかっただけで。
一緒に住んでいるといっても、一緒に行動することなんて限られているのだから。
ショーンは僕の話を聴いて、「きみが同居人に選ばれたのは、面倒くさい関係になり得ないし、互いに不干渉でOKだから、って事なのか」と納得したように頷いた。
僕も、そう思う。
そう納得した上での忠告だったから、僕が打ちのめされたのは推して知るべしだ。
ショーンは、僕とアルビーはステディじゃないと解って興が醒めてしまったのか、この後誘われていたパブに行くのを断っても、残念がる様子もなかった。
彼には悪いけれど、僕は彼の新しいガールフレンドに逢う気はないんだ。きっと狙いはアルビーだもの。僕から彼の情報を引き出したい。多分、そんなところだと思うから。
鬱々とした気分で地下鉄を下り、俯いて自分の足下に目線を落としたままハムステッド駅を出た。
「コウ」
呼び止められ、驚いて視線を彷徨わせる。
「帰りが遅いから心配したよ」
振り返ると、アルビーが駅舎の赤褐色の煉瓦にもたれていた。
「ごめん。連絡を入れておけばよかったね」
今までそんな事をした覚えはないけれど。
まるで先ほどまでの、僕とショーンの会話を知っているかのような彼の気遣いを頭の片隅で訝しく思いながらも、僕は、彼の赤くなった鼻先の方が気になって仕方がない。
ダウンジャケットのポケットから使い捨てカイロを取り出し、手を伸ばしてアルビーの頬に当てた。ぽかんとした彼の顔が可笑しくて、笑みが零れ落ちる。
「温かいだろ? あげるよ」
笑いながら彼の手に握らせた。
「何、これ?」
興味深そうに手の中のそれを握ったり開いたりしている彼にカイロの説明をしながら、僕たちは家路についた。
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