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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
53 誤解1
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お正月は家でダラダラ過ごした。
僕は二日酔いの重い頭でふらふらしながら、お雑煮を作った。年越し蕎麦代わりのカップ麺もあったけれど、年が明けてしまったので、貴重な保存食としてもう暫く取っておこうと思う。
アルビーは僕を家まで送ってくれた後また出掛けたみたいで、帰って来たのは昼近くだった。マリーの帰宅も朝方で、寝直してやっと起きたところだ。
キッチンを覘いたアルビーに、「お雑煮、食べる?」と反射的に訊ねると、彼は黙ったまま不機嫌そうに頷いてテーブルについた。アンティークの食卓は、スティーブたちが香港に戻るさいには片付けたので、いつものテーブルの、いつもの席に。
僕の家のお雑煮は、白味噌仕立てだ。
レシピを白味噌と一緒に母に送ってもらった。だからこれは、僕の家で食べるお正月の味。僕の一番好きな味だ。
アルビーも、マリーも味噌汁は余り好きではないけれど、これは気に入ってくれたみたいだ。甘口だからかな。
アルビーが不思議そうな顔をして、お餅をつついていたのが可笑しかった。マリーは花の形に飾り切りした人参が可愛いと喜んでいる。
僕はアルビーを怒らせてしまったから、正直、彼と顔を合わせるのはびくびくものだった。でも、彼は遊び疲れているだけみたいで、もう昨夜のように凍てついてはいない。むっつりと黙り込むことも、露骨に拒絶するように僕を無視することもない。いつもの、ちょっとぼんやりした彼に戻っている。
みんなぐったりしていたので特にお喋りすることもなかったけれど、ほっこりと元旦の食事を済ませた。
食事の後、アルビーにこっそり謝った。さすがに叩いたのはやり過ぎだったと思ったから。彼は、「コウ、酔っていたからね」と、なんとも言えないふうに口の端で笑った。「マリーには、」「内緒にしておくよ。あいつ煩いから」と、小さく吐息を漏らしたアルビーの頬骨の辺りが、薄く痣になっている。多分、指輪が当たったせいだ。僕はもう一度、誠心誠意謝っておいた。
だから、これでこの件は終わったと思っていたんだ。
残りの休暇は家でのんびりと課題をこなして過ごした。アルビーやマリーはやはり家にいることは少なかったけれど、昼食は一緒に食べていたから淋しくはなかった。
落ち着いて気が散ることもなく、勉強も捗った。自分でも不思議なほど、すっきりしていた。
ところがそんな平和な日々は、学校が始まると同時に吹っ飛んでしまった。
いつものように図書館にいると、マリーから「さっさと帰ってこい」のメールが入ったのだ。その命令口調を訝しく思いながら、何かトラブルがあったのかと、僕は急いで帰路についた。
玄関を開けるなり、マリーが腕組みをしてすごい形相で仁王立ちしている。いったいどうしたのかと驚いて彼女を見つめると、
「あんた、いったいアルに何の恨みがあってあんなマネしてくれたのよ!」
と、頭ごなしに怒鳴られた。
叩いたこと? それしか考えられない。だからすぐに「ごめん」と謝った。マリーに謝るのはちょっと違う気もするけど。
「私に謝ってどうなるっていうのよ! あんたのせいで、アルは大学でいい笑い者よ。どうしてくれるの!」
マリーの剣幕で、一気に大晦日の夜の記憶がコマ送りに再生される。僕はあの時何をした? 何を言った?
「ステディリングまで受け取っていながら、なんだって皆の前でアルを侮辱したりしたのよ!」
怒り心頭のマリーは、泣き出さんばかりに顔を歪めている。雨あられと降ってくる彼女の罵声を浴びて、やっと僕は悟った。
どうやら僕は、アルビーの友人たちの面前で彼に大恥をかかせてしまったらしい、と。
僕は二日酔いの重い頭でふらふらしながら、お雑煮を作った。年越し蕎麦代わりのカップ麺もあったけれど、年が明けてしまったので、貴重な保存食としてもう暫く取っておこうと思う。
アルビーは僕を家まで送ってくれた後また出掛けたみたいで、帰って来たのは昼近くだった。マリーの帰宅も朝方で、寝直してやっと起きたところだ。
キッチンを覘いたアルビーに、「お雑煮、食べる?」と反射的に訊ねると、彼は黙ったまま不機嫌そうに頷いてテーブルについた。アンティークの食卓は、スティーブたちが香港に戻るさいには片付けたので、いつものテーブルの、いつもの席に。
僕の家のお雑煮は、白味噌仕立てだ。
レシピを白味噌と一緒に母に送ってもらった。だからこれは、僕の家で食べるお正月の味。僕の一番好きな味だ。
アルビーも、マリーも味噌汁は余り好きではないけれど、これは気に入ってくれたみたいだ。甘口だからかな。
アルビーが不思議そうな顔をして、お餅をつついていたのが可笑しかった。マリーは花の形に飾り切りした人参が可愛いと喜んでいる。
僕はアルビーを怒らせてしまったから、正直、彼と顔を合わせるのはびくびくものだった。でも、彼は遊び疲れているだけみたいで、もう昨夜のように凍てついてはいない。むっつりと黙り込むことも、露骨に拒絶するように僕を無視することもない。いつもの、ちょっとぼんやりした彼に戻っている。
みんなぐったりしていたので特にお喋りすることもなかったけれど、ほっこりと元旦の食事を済ませた。
食事の後、アルビーにこっそり謝った。さすがに叩いたのはやり過ぎだったと思ったから。彼は、「コウ、酔っていたからね」と、なんとも言えないふうに口の端で笑った。「マリーには、」「内緒にしておくよ。あいつ煩いから」と、小さく吐息を漏らしたアルビーの頬骨の辺りが、薄く痣になっている。多分、指輪が当たったせいだ。僕はもう一度、誠心誠意謝っておいた。
だから、これでこの件は終わったと思っていたんだ。
残りの休暇は家でのんびりと課題をこなして過ごした。アルビーやマリーはやはり家にいることは少なかったけれど、昼食は一緒に食べていたから淋しくはなかった。
落ち着いて気が散ることもなく、勉強も捗った。自分でも不思議なほど、すっきりしていた。
ところがそんな平和な日々は、学校が始まると同時に吹っ飛んでしまった。
いつものように図書館にいると、マリーから「さっさと帰ってこい」のメールが入ったのだ。その命令口調を訝しく思いながら、何かトラブルがあったのかと、僕は急いで帰路についた。
玄関を開けるなり、マリーが腕組みをしてすごい形相で仁王立ちしている。いったいどうしたのかと驚いて彼女を見つめると、
「あんた、いったいアルに何の恨みがあってあんなマネしてくれたのよ!」
と、頭ごなしに怒鳴られた。
叩いたこと? それしか考えられない。だからすぐに「ごめん」と謝った。マリーに謝るのはちょっと違う気もするけど。
「私に謝ってどうなるっていうのよ! あんたのせいで、アルは大学でいい笑い者よ。どうしてくれるの!」
マリーの剣幕で、一気に大晦日の夜の記憶がコマ送りに再生される。僕はあの時何をした? 何を言った?
「ステディリングまで受け取っていながら、なんだって皆の前でアルを侮辱したりしたのよ!」
怒り心頭のマリーは、泣き出さんばかりに顔を歪めている。雨あられと降ってくる彼女の罵声を浴びて、やっと僕は悟った。
どうやら僕は、アルビーの友人たちの面前で彼に大恥をかかせてしまったらしい、と。
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