霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅱ.冬の静寂(しじま)

51 大晦日の夜3

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 アルビーはそうすることが当然のように、僕を彼の横に座らせた。それなのに、僕を自分の友人たちに紹介する訳でもなく、自分から誘ったくせにショーンたちに構う訳でもない。僕の頬を擦って、「全く飲んでないの? 僕がいるから少しぐらい飲んでも構わないよ。こんな場所で素面だなんて白けるだろ?」と言い、近くにいる誰かに何かを頼んでいる。そんなことを言うくせに、アルビー自身はちっとも酔っている様子なんかなくて、アルコールの臭いよりも、女の子の甘ったるい香水の移り香の方が余程きつく香っている。

 アルビーの友人たちが、僕にいろいろ話し掛けてくる。応えようとするとアルビーが邪魔をする。僕を遮って代わりに答えたり、逆に無視して僕に話し掛けてきたり。
 彼は随分と傍若無人だ。周りのことなんて全く意に介さない。家にいる時と同じ。喋りたければ喋るし、そうでなければ、どれほど沈黙が重かろうと平気な顔で黙りこくっている。気遣いが出来ないわけではないのに。
 彼の友人たちはそれを全く気にしていないようで。主人の顔色を窺って、自分にくれる餌をひたすらお座りして待っているペットのようだ。などと、こんな意地悪な印象を持ってしまったのも、アルビーが僕のことを、「ハムステッド・ヒースで見つけてきた僕の可愛い小リスちゃん」なんて言い方をしたからだ。彼は僕を揶揄って遊ぶために、自分の席に呼んだとしか思えない。

 その確信は、彼が僕のために持って来させたカクテルのせいで余計に深まっていた。
 だって、ふわふわに泡立てたコーヒー牛乳だよ! いかにも赤ちゃんにはこれで充分って感じじゃないか!
 アルビーは時々こんなふうに意地悪なんだ。
 
 僕は本当にムカついて、そのほんのり茶褐色に色づいたミルクを膨れっ面で一気に飲み干した。「また……!」アルビーが目を瞠って軽くため息をつく。
「コウ、お酒はそんな飲み方をするものじゃないよ」

 顔が熱い。飲み切って初めて、これが本当にお酒だったって気がついた。アルビーが心配そうに僕の髪を掻き上げる。僕の知っているアルビーの瞳だ。ここは水の底じゃない。静かな深緑の森。澄んだ静寂が包む優しい……。
 ぽてんとアルビーの肩にもたれかかって目を瞑った。
 アルビーが僕の肩に腕を廻して抱き締めてくれる。躰がぽかぽかして僕はもう、さっきまでのように寒くない。息苦しくない。アルビーの緑が僕に酸素をくれる。

「ね、可愛いだろう?」

 頭上でアルビーの声がする。けれどもうどうでも良かった。眠くて……。ずっと張り詰めていた神経が、一気に解けた気がする。きっと、余り眠れていなかったからだ。スティーブとアンナが来てからずっと。

「意外ね、こんなのが好み?」
「犯罪だろ!」
「きみ一流のジョークなんだろ?」

 勝手に言っていろ! どうせ僕は赤ちゃんだよ……。

 途切れ途切れに耳に入る声を、意識的に遮った。

 アルビーにとって僕は危なっかしいお子さまで、つい助けてしまう。きっとそんな存在なのだと思う。こうして彼の体温をちゃんと感じられる位置にいると、彼が何故僕を無視していたのかストンと腑に落ちる。
 彼には彼の生きている領域テリトリーがあり、僕には僕の築いた場所がある。互いが互いを知っているとはいっても、生きている世界は違う。
 偶然がこうして二つの円を重ね合わせた所で、そこに心地良い色彩が生まれるとは限らない。かけ離れた色は、混ぜ合わせたところで澱んだ汚い色になるだけだ。僕はアルビーの住む世界には染まらない。解っているから彼は僕をいないものとして扱ったんだ。
 だけど、多分、僕が勝手に不機嫌になってショーンたちに険悪さを撒き散らしていたから、僕のところに来てくれたんだ。何か困ったことになっているんじゃないかと心配して……。

 そうだ、ショーンは?

 びくっと躰が痙攣して、一瞬飛び上がっていた。見廻すとショーンも、彼の友だちもアルビーの友だちと普通に喋っている。僕の頬もほっと緩んだ。

「アルビー、本当なの? この子に決めたって」
「見せて」

 顔を上げた僕に皆の視線が集中する。
 アルビーがまた僕の手に指を絡ませる。

「ほら」
 
 高々と差し上げられた僕たちの右手を、その場の誰もが真剣な視線で見つめていた。







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