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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
50 大晦日の夜2
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ショーンが憐れむような眼つきで僕を見ている。「あんなのは、挨拶みたいなものだからさ」とかなんとか。確かにそうなのかも知れない。だって曲が変わって踊る相手が交代しても、アルビーは同じようなキスを受けているもの。そして同じようなキスを返している。誰にでも。ずっと僕を無視したままで。
僕は嫌な気分が喉元まで詰まって息苦しい。
初めはあの中の誰かがアルビーの恋人なのかと思ったけれど、どうやらそうじゃない。男も女の子も関係なくアルビーに慣れ慣れしくて、彼はそれを嫌がるわけでもなく当然のように受け入れているように見える。華やかな連中に囲まれたアルビーの中に、僕の知っている彼はいない。
僕が余りにも不愉快を顔に出し、不貞腐れてしまっていたせいだろうか。ショーンが友だちに言い訳しようとしてくれたらしい。僕とアルビーが知り合いだと解ると、彼らは僕にアルビーを紹介してくれと言い出した。
こんな風に無視されているのに?
まるで傷口に塩を塗り込むように、彼らは瞳を輝かせて言い募る。フロアで女の子を探すよりも、アルビーの取り巻き連中の方がレベルが高いからって。
「あいつ一人で全員を相手にする訳じゃないしな」
と、口の端で笑いながら言うので、僕はカチンときてしまった。
それはそうなのかも知れないけれど、僕が彼を紹介したところで、あの煌びやかな連中が彼らを相手にしてくれるとも思えない。
吸っている空気さえ違うんじゃないかと思えるのに?
アルビーと向き合っていると思えたのなんて錯覚に過ぎず、気がつくと波に攫われた彼は遠浅の向こう側だ。声は届かず、風がその気配さえ掻き消してしまうような……。
チークタイムが終わり辺りはまた青色に包まれても、僕はこの水底で溺れてしまい酸欠状態。アルビーから目を逸らし、酸素を求めて階下のフロアに視線を彷徨わす。ミラーボールの酸素ボンベは、僕の頭上まで届かない。
もう、帰りたい。
ショーンにそう告げて立ち上がると、彼は早口でごちゃごちゃと何か言い、僕を引き留めた。彼の友だちも立ち上がり、僕の行く手を塞いで必死に何か言っている。下のフロアよりもマシだと言っても、この喧しい環境での早口を聞き取ることは僕には無理だ。
イライラは募り、僕は眉間に皺を寄せて、つい彼らを睨みつけるように見てしまっていた。ショーンも彼らも、僕に対して怒っていた訳ではないようだったのに。
「どうかした?」
背後から右手を握られた。五本の指を絡ませて。手を握ったまま、彼はふわりと肩越しに両腕を廻し僕の胸元でクロスさせる。
ずっと無視していた癖に!
ショーンたちがポカンと口を開けて僕を見ている。いや、背後のアルビーを。……それも違った。彼らの視線が集中しているのは、アルビーの握る僕の手だ。黙ったまま僕の顔と、右の手を、そしてアルビーを見比べる彼らを訝しく思いながらも、顔を捻って、彼に「離して」と告げた。
アルビーはクスリと笑いながら絡めていた指を解き、右手の甲に右手を重ねてさらりと撫で、やっと戒めを解いてくれた。
「コウも来ていたんだ。気づかなかったよ。僕の席に来る?」
友人と一緒だからと一旦は断ったのに、「じゃあ、きみたちも是非」と、アルビーはショーンたちに笑いかけた。彼らにしてみれば願ったりだ。
僕は嫌だったのに。こんな所、もう居たくないのに。
でも、アルビーと知り合いたい彼らにアルビー自身が歩みよってくれているのに、僕の我儘を通す訳にもいかない。さすがにそれは申し訳なさすぎた。
そんな本当の気持ちを押し殺した妥協は、結局、後悔することになる。嫌だという思いは、きっと何かの警告だ。今以上に嫌な思いをしないための。第六感だの、虫の知らせだのって本当にあるんだって、つくづく思い知らされた。
僕は嫌な気分が喉元まで詰まって息苦しい。
初めはあの中の誰かがアルビーの恋人なのかと思ったけれど、どうやらそうじゃない。男も女の子も関係なくアルビーに慣れ慣れしくて、彼はそれを嫌がるわけでもなく当然のように受け入れているように見える。華やかな連中に囲まれたアルビーの中に、僕の知っている彼はいない。
僕が余りにも不愉快を顔に出し、不貞腐れてしまっていたせいだろうか。ショーンが友だちに言い訳しようとしてくれたらしい。僕とアルビーが知り合いだと解ると、彼らは僕にアルビーを紹介してくれと言い出した。
こんな風に無視されているのに?
まるで傷口に塩を塗り込むように、彼らは瞳を輝かせて言い募る。フロアで女の子を探すよりも、アルビーの取り巻き連中の方がレベルが高いからって。
「あいつ一人で全員を相手にする訳じゃないしな」
と、口の端で笑いながら言うので、僕はカチンときてしまった。
それはそうなのかも知れないけれど、僕が彼を紹介したところで、あの煌びやかな連中が彼らを相手にしてくれるとも思えない。
吸っている空気さえ違うんじゃないかと思えるのに?
アルビーと向き合っていると思えたのなんて錯覚に過ぎず、気がつくと波に攫われた彼は遠浅の向こう側だ。声は届かず、風がその気配さえ掻き消してしまうような……。
チークタイムが終わり辺りはまた青色に包まれても、僕はこの水底で溺れてしまい酸欠状態。アルビーから目を逸らし、酸素を求めて階下のフロアに視線を彷徨わす。ミラーボールの酸素ボンベは、僕の頭上まで届かない。
もう、帰りたい。
ショーンにそう告げて立ち上がると、彼は早口でごちゃごちゃと何か言い、僕を引き留めた。彼の友だちも立ち上がり、僕の行く手を塞いで必死に何か言っている。下のフロアよりもマシだと言っても、この喧しい環境での早口を聞き取ることは僕には無理だ。
イライラは募り、僕は眉間に皺を寄せて、つい彼らを睨みつけるように見てしまっていた。ショーンも彼らも、僕に対して怒っていた訳ではないようだったのに。
「どうかした?」
背後から右手を握られた。五本の指を絡ませて。手を握ったまま、彼はふわりと肩越しに両腕を廻し僕の胸元でクロスさせる。
ずっと無視していた癖に!
ショーンたちがポカンと口を開けて僕を見ている。いや、背後のアルビーを。……それも違った。彼らの視線が集中しているのは、アルビーの握る僕の手だ。黙ったまま僕の顔と、右の手を、そしてアルビーを見比べる彼らを訝しく思いながらも、顔を捻って、彼に「離して」と告げた。
アルビーはクスリと笑いながら絡めていた指を解き、右手の甲に右手を重ねてさらりと撫で、やっと戒めを解いてくれた。
「コウも来ていたんだ。気づかなかったよ。僕の席に来る?」
友人と一緒だからと一旦は断ったのに、「じゃあ、きみたちも是非」と、アルビーはショーンたちに笑いかけた。彼らにしてみれば願ったりだ。
僕は嫌だったのに。こんな所、もう居たくないのに。
でも、アルビーと知り合いたい彼らにアルビー自身が歩みよってくれているのに、僕の我儘を通す訳にもいかない。さすがにそれは申し訳なさすぎた。
そんな本当の気持ちを押し殺した妥協は、結局、後悔することになる。嫌だという思いは、きっと何かの警告だ。今以上に嫌な思いをしないための。第六感だの、虫の知らせだのって本当にあるんだって、つくづく思い知らされた。
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