霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
50 / 193
Ⅱ.冬の静寂(しじま)

47 羨望

しおりを挟む
 イギリス、というか欧米のクリスマス休暇は長いもの、と、僕は勝手に思い込んでいたみたいだ。
 ボクシングデーの翌日、二十七日の昼前には、スティーブとアンナは香港へと旅立って行った。
 大晦日も、お正月も一緒に迎えるものだと思っていた僕は、随分がっかりしてしまった。僕でさえそうなのだから、アルビーやマリーは、僕以上に淋しいのではないかと思う。



 クリスマスの夜は、皆でトランプだのジェンガだののゲームをして遊んだ。
 だけど翌ボクシングデーの夜は、アルビーはスティーブと真剣な話をしていたみたいだった。夕食後は、スティーブの書斎に二人で籠りっきりだった。それについてはマリーもアンナも了承済みのようで、一度アンナがお茶を持って行ったくらいで、それ以外に二人の邪魔をすることはなかった。
 大学院も最終年度になると、アルビーだって進路のことや、様々な悩みがあるのかもしれない。いつも飄々としていて、僕やマリーにはそんな様子は見せないだけで。

 僕は、マリーやアンナと居間でお茶を飲みながら夜を過ごした。

 お昼に僕が作った日本食はとても好評で、アンナは「レシピを教えて」と言うだけでなく、沢山の質問をしてくれた。ロンドンにも、香港にも日本食のお店は沢山あるけれど、こんなのは食べたことがないって。
 それはそうだと思う。だって、アルビーやマリーの嗜好に合わせて考えた、伝統的な和食ではないもの。

 前菜は甘い照り焼きチキンの薄切り。少しだけ。
 メインはこの家に元々あったホールケーキの型を使って、サーモンとアボカドのケーキ風押し寿司にした。
 普通の酢飯に白ゴマを混ぜ込んで、マリネにしたスモークサーモンとアボカド、胡瓜、薄焼き卵を薄く挟み、表面にサーモンを薔薇の花に見立ててくるくる巻いて、薄く切ったアボカドを葉の形のクッキー型で抜いて飾った。マヨネーズを蔓のように絡ませて出来上がりだ。お好みで黒胡椒を。これでまず、ハズすことはない。

 サーモン・アボカド・胡瓜は、三種の神器だと思う。

 そして、デザートは苺大福。さすがに白玉粉と餡の缶詰めは、日本から送ってもらった。
 その内マリーに作ってあげようと思って、誕生日プレゼントにお願いした和食材料詰め合わせに入れておいて貰ったのが役立った。さすがに白玉粉なんてどうするんだと思われたのか、母が気を利かせて僕でも作れそうな簡単レシピの料理本も入れてくれていた。これはその中にあったレシピだ。僕はもっと単純にできそうな、白玉ぜんざいを作ろうと思っていたのに。
 透き通る白くて柔らかな衣に包まれた苺は、見た目の可愛らしさで受けていた。


 ともあれ、僕はマリーとの約束を無事果たし終えてほっとしたよ。それに、アンナやスティーブを喜ばすことができて嬉しかった。それに勿論アルビーも。

 やはり海外に駐在しているからだろうか? アンナも、スティーブも話上手で、聞き上手だ。食事中も途切れることのない豊富な話題と和やかな雰囲気は、僕のような外国人と話すことに慣れているからだと思った。けれどそれは、アルビーとマリーが当然のように僕を受け入れてくれているから、彼らも同じように、細やかな気遣いを僕に向けてくれている。そんな気もして。

 

 アルビーたちが羨ましいと思った。

 僕は父や母と、どうしてもっと会話してこなかったのだろう? 
 そんな疑問が頭を過る。それが当たり前だったから。そうとしか答えようがない。

 僕の当たり前を初めて大きく覆したのは、僕の友人で。今はもうここにはいない。それなのに、僕は当たり前でない生活を未だに継続中。日々、僕の知る「当たり前」なんて、僕の生きてきたとても狭い世界での道理に過ぎないことを思い知らされている。



 また、この家を暫く留守にすることとなるスティーブをぎゅっと抱き締め別れを惜しんでいるアルビーに、胸が締めつけられるような感覚を感じながらも、これがアルビーの「当たり前」の愛情表現なのだと、僕は自分自身に言い聞かせていた。

 違う、ということに、良いも、悪いもない。受け入れて慣れるしかないのだと。



 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

処理中です...