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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
47 羨望
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イギリス、というか欧米のクリスマス休暇は長いもの、と、僕は勝手に思い込んでいたみたいだ。
ボクシングデーの翌日、二十七日の昼前には、スティーブとアンナは香港へと旅立って行った。
大晦日も、お正月も一緒に迎えるものだと思っていた僕は、随分がっかりしてしまった。僕でさえそうなのだから、アルビーやマリーは、僕以上に淋しいのではないかと思う。
クリスマスの夜は、皆でトランプだのジェンガだののゲームをして遊んだ。
だけど翌ボクシングデーの夜は、アルビーはスティーブと真剣な話をしていたみたいだった。夕食後は、スティーブの書斎に二人で籠りっきりだった。それについてはマリーもアンナも了承済みのようで、一度アンナがお茶を持って行ったくらいで、それ以外に二人の邪魔をすることはなかった。
大学院も最終年度になると、アルビーだって進路のことや、様々な悩みがあるのかもしれない。いつも飄々としていて、僕やマリーにはそんな様子は見せないだけで。
僕は、マリーやアンナと居間でお茶を飲みながら夜を過ごした。
お昼に僕が作った日本食はとても好評で、アンナは「レシピを教えて」と言うだけでなく、沢山の質問をしてくれた。ロンドンにも、香港にも日本食のお店は沢山あるけれど、こんなのは食べたことがないって。
それはそうだと思う。だって、アルビーやマリーの嗜好に合わせて考えた、伝統的な和食ではないもの。
前菜は甘い照り焼きチキンの薄切り。少しだけ。
メインはこの家に元々あったホールケーキの型を使って、サーモンとアボカドのケーキ風押し寿司にした。
普通の酢飯に白ゴマを混ぜ込んで、マリネにしたスモークサーモンとアボカド、胡瓜、薄焼き卵を薄く挟み、表面にサーモンを薔薇の花に見立ててくるくる巻いて、薄く切ったアボカドを葉の形のクッキー型で抜いて飾った。マヨネーズを蔓のように絡ませて出来上がりだ。お好みで黒胡椒を。これでまず、ハズすことはない。
サーモン・アボカド・胡瓜は、三種の神器だと思う。
そして、デザートは苺大福。さすがに白玉粉と餡の缶詰めは、日本から送ってもらった。
その内マリーに作ってあげようと思って、誕生日プレゼントにお願いした和食材料詰め合わせに入れておいて貰ったのが役立った。さすがに白玉粉なんてどうするんだと思われたのか、母が気を利かせて僕でも作れそうな簡単レシピの料理本も入れてくれていた。これはその中にあったレシピだ。僕はもっと単純にできそうな、白玉ぜんざいを作ろうと思っていたのに。
透き通る白くて柔らかな衣に包まれた苺は、見た目の可愛らしさで受けていた。
ともあれ、僕はマリーとの約束を無事果たし終えてほっとしたよ。それに、アンナやスティーブを喜ばすことができて嬉しかった。それに勿論アルビーも。
やはり海外に駐在しているからだろうか? アンナも、スティーブも話上手で、聞き上手だ。食事中も途切れることのない豊富な話題と和やかな雰囲気は、僕のような外国人と話すことに慣れているからだと思った。けれどそれは、アルビーとマリーが当然のように僕を受け入れてくれているから、彼らも同じように、細やかな気遣いを僕に向けてくれている。そんな気もして。
アルビーたちが羨ましいと思った。
僕は父や母と、どうしてもっと会話してこなかったのだろう?
そんな疑問が頭を過る。それが当たり前だったから。そうとしか答えようがない。
僕の当たり前を初めて大きく覆したのは、僕の友人で。今はもうここにはいない。それなのに、僕は当たり前でない生活を未だに継続中。日々、僕の知る「当たり前」なんて、僕の生きてきたとても狭い世界での道理に過ぎないことを思い知らされている。
また、この家を暫く留守にすることとなるスティーブをぎゅっと抱き締め別れを惜しんでいるアルビーに、胸が締めつけられるような感覚を感じながらも、これがアルビーの「当たり前」の愛情表現なのだと、僕は自分自身に言い聞かせていた。
違う、ということに、良いも、悪いもない。受け入れて慣れるしかないのだと。
ボクシングデーの翌日、二十七日の昼前には、スティーブとアンナは香港へと旅立って行った。
大晦日も、お正月も一緒に迎えるものだと思っていた僕は、随分がっかりしてしまった。僕でさえそうなのだから、アルビーやマリーは、僕以上に淋しいのではないかと思う。
クリスマスの夜は、皆でトランプだのジェンガだののゲームをして遊んだ。
だけど翌ボクシングデーの夜は、アルビーはスティーブと真剣な話をしていたみたいだった。夕食後は、スティーブの書斎に二人で籠りっきりだった。それについてはマリーもアンナも了承済みのようで、一度アンナがお茶を持って行ったくらいで、それ以外に二人の邪魔をすることはなかった。
大学院も最終年度になると、アルビーだって進路のことや、様々な悩みがあるのかもしれない。いつも飄々としていて、僕やマリーにはそんな様子は見せないだけで。
僕は、マリーやアンナと居間でお茶を飲みながら夜を過ごした。
お昼に僕が作った日本食はとても好評で、アンナは「レシピを教えて」と言うだけでなく、沢山の質問をしてくれた。ロンドンにも、香港にも日本食のお店は沢山あるけれど、こんなのは食べたことがないって。
それはそうだと思う。だって、アルビーやマリーの嗜好に合わせて考えた、伝統的な和食ではないもの。
前菜は甘い照り焼きチキンの薄切り。少しだけ。
メインはこの家に元々あったホールケーキの型を使って、サーモンとアボカドのケーキ風押し寿司にした。
普通の酢飯に白ゴマを混ぜ込んで、マリネにしたスモークサーモンとアボカド、胡瓜、薄焼き卵を薄く挟み、表面にサーモンを薔薇の花に見立ててくるくる巻いて、薄く切ったアボカドを葉の形のクッキー型で抜いて飾った。マヨネーズを蔓のように絡ませて出来上がりだ。お好みで黒胡椒を。これでまず、ハズすことはない。
サーモン・アボカド・胡瓜は、三種の神器だと思う。
そして、デザートは苺大福。さすがに白玉粉と餡の缶詰めは、日本から送ってもらった。
その内マリーに作ってあげようと思って、誕生日プレゼントにお願いした和食材料詰め合わせに入れておいて貰ったのが役立った。さすがに白玉粉なんてどうするんだと思われたのか、母が気を利かせて僕でも作れそうな簡単レシピの料理本も入れてくれていた。これはその中にあったレシピだ。僕はもっと単純にできそうな、白玉ぜんざいを作ろうと思っていたのに。
透き通る白くて柔らかな衣に包まれた苺は、見た目の可愛らしさで受けていた。
ともあれ、僕はマリーとの約束を無事果たし終えてほっとしたよ。それに、アンナやスティーブを喜ばすことができて嬉しかった。それに勿論アルビーも。
やはり海外に駐在しているからだろうか? アンナも、スティーブも話上手で、聞き上手だ。食事中も途切れることのない豊富な話題と和やかな雰囲気は、僕のような外国人と話すことに慣れているからだと思った。けれどそれは、アルビーとマリーが当然のように僕を受け入れてくれているから、彼らも同じように、細やかな気遣いを僕に向けてくれている。そんな気もして。
アルビーたちが羨ましいと思った。
僕は父や母と、どうしてもっと会話してこなかったのだろう?
そんな疑問が頭を過る。それが当たり前だったから。そうとしか答えようがない。
僕の当たり前を初めて大きく覆したのは、僕の友人で。今はもうここにはいない。それなのに、僕は当たり前でない生活を未だに継続中。日々、僕の知る「当たり前」なんて、僕の生きてきたとても狭い世界での道理に過ぎないことを思い知らされている。
また、この家を暫く留守にすることとなるスティーブをぎゅっと抱き締め別れを惜しんでいるアルビーに、胸が締めつけられるような感覚を感じながらも、これがアルビーの「当たり前」の愛情表現なのだと、僕は自分自身に言い聞かせていた。
違う、ということに、良いも、悪いもない。受け入れて慣れるしかないのだと。
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