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九章
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吹き抜けの居間には巨大なクリスマスツリーが置かれている。白で統一されたオーナメントがその枝を煌びやかに飾り、天井のシャンデリアの光を照り返して輝く。
クリスマス当日、飛鳥とサラの婚約披露パーティーの全景を二階踊り場の手摺りから見下ろしていた吉野は、傍らのアレンにくすくす笑いかけた。
「こうも白黒ばかりじゃ、学校に戻ったみたいだな」
タキシードに身を包んだ面々のなかで、女性は赤のパンジャビドレス姿のサラしかいない。そのいささか緊張に強張った表情を、吉野は目を細めて眺めているのだ。
「そろそろ下におりないと、さっきから兄さんが睨んでいる」
アレンは促すように吉野の腕に手をかけた。
「放っとけよ。それよりさ、お前の考えたサプライズ、すげぇ面白かった。良かったな、ウケてて」
向けられた笑顔に、アレンもはにかんだように顔をほころばす。
「デヴィッド卿のおかげだよ」
ちらりと互いに見交わした二人は、おのおの階下のテーブルに視線を落とした。
白いクロスのかかる長テーブルの上に置かれたビュッフェサーバーの周りを、ちょこまかと赤い三角帽子を被った小人が駆け回っている。調味料をかけたり、スープをかき混ぜたり。あたかもその場で料理の仕上げをしているかのように。
もちろんそれはTSの映像に過ぎない。だがパーティーの余興としては申し分ない。本来の料理人であるメアリーも、「あらまあ!」と目を丸くして喜んでいた。構想したアレンにデヴィッドがイメージを起こし、飛鳥やサラには内緒で会社の開発室で大急ぎで作りあげた。
「文句なしだよ。飛鳥の手を離れて、TSもようやく商品になってきたって感じだな」と、吉野は感慨深気に呟いた。
飛鳥やサラでしか作れない、操作できないようなものでは商品とはなりえない。開発者から巣立ち、多くの人の手を通してこそ製品として進化する。高度な知識と技術力を必要とするTSプログラミングは、まだまだこれからだと、高をくくっていたのに。
「こんな小さな使い方なら色んな楽しみ方ができるんだな、て僕も思った」
アレンも瞳を輝かせて自分たちの作品を眺めている。料理を取り分ける人々は皆、歓声をあげて小人の余興を楽しんでくれているのだ。
結局、アレンのリクエストした和菓子にまでは吉野の手が回らず、ピカデリーにある老舗和菓子屋のロンドン支店に特注した。
遠目に見える深緑の大皿の上には、淡い色彩の練り切りの花畑ができている。薄紫の薔薇の群生に、いくつもの赤や白の椿が咲く様子は、この屋敷の庭に似ている。そのあいだあいだの小径にも、小人が時々水やりにきて世話をしているのだ。
アレンは、そのちまちまと動く姿を目で追っていた。彼らの反応が嬉しくて堪らないというふうに。だが内心では、吉野に褒められた、喜んでもらえた、それが何よりも誇らしかった。そんな想いで胸がいっぱいなのだ。照れ臭くて階下に視線を泳がせながらも、ついにやにやとしてしまう。
パーティーはまだ、始まったばかりだ。
「行くか」
やっと吉野が手摺りから身を起こした。
「教授が痺れを切らしてる」
こちらに気づいたのかしきりに手を振っているハワード教授に、吉野も手を振り返し、アレンは軽く会釈をする。
一人その場に残り、アレンはほっと息を漏らした。まだ胸の動悸が収まらない。コンサバトリーで吉野が彼の描いた部屋を大いに楽しんでくれた時のように。それは吉野に勉強をみてもらっていたころ、解けなかった問題が解けて頭をくしゃくしゃと撫でられた時よりも、一緒にギリシャの遺跡やフェレンツェの街を散策していた時よりも、ずっと自分自身を認めてもらえているという充足感があった。
螺旋階段を下りて行く吉野の背中を目で追い続けた。ハワード教授にこやかに歩み寄る彼。吉野の父親も傍らにいる。あの夏から話題に触れることはなかったけれど、吉野はお父さまと仲直りできたのだな、と和やかな様子に安堵感がじんわりと胸に広がる。
「アレン」
入れ違いで上がってきたクリスに肩を叩かれた。振り返ると、間近に見るクリスは顔が真っ赤だ。今の時点でもうそんなに飲んだのかと、らしくない行動にアレンは驚いてまじまじと彼を見つめる。
「少し酔いを醒まそうと思ってさ」
アレンの横に並び、クリスも手摺りにもたれかかる。
「夏にここでお世話になった時はほとんど顔を合わさなかったからかな、何だか不思議な感じ。サラって独特の雰囲気があるよね。アスカさんもだけどさ」
「お似合いだと思うでしょ?」
「うん。あの二人は何ていうのかな、……浮世離れしてるっていうか、神秘的?」
「そうだね、綺麗な空気に包まれていて、そんな感じ」
アレンは頷き、階下の二人を微笑んで見下ろした。
「ははっ、きみが言うと何だかおかしいや。きみだってそうだもの。やっぱりきみはアスカさんに似ているよ。外見じゃなくてさ、醸しだす空気がさ」
どこかとろんとした眼つきで、クリスはアレンを覗き込んだ。
「きみ、変わらないよねぇ。昔からさ、ちっとも。ヨシノがいるだけでとたんに命を吹き込まれたようになるところも。普段はお人形みたいなのにさ」
ロートアイアンの黒の手摺りを両手で掴み、クリスはぶら下がるように身体を背後に反らせた。ぼんやりと天井に視線を漂わせている。
「天才のヨシノに、天使なきみ、非凡なフレッド。そして凡人の僕。僕だけが場違いな気がするよ」
「クリス、」
「こんな日くらい、酔っ払ってもいいだろ?」
クリスは目を眇め、皮肉に口の先を歪めている。
「ヨシノも、きみも、僕の大切な友人だよ。それは絶対に変わらない。何があっても。でも――」
身体を起こし、今度は手摺りから飛び降りんばかりに身を乗りだして、クリスは階下を見下ろした。
「クリス、危ないよ」
勢いで本当に落ちるのではないかと、アレンはその腕をしっかりと掴む。
「でも、僕は英国人なんだ、アレン。――サウード!」
自分を一瞥した直後、突然傍らで叫ばれたその名前に、アレンの背に緊張が走る。
死角から現れこちらを見上げた友人に、クリスは大きく手を振っていた。
クリスマス当日、飛鳥とサラの婚約披露パーティーの全景を二階踊り場の手摺りから見下ろしていた吉野は、傍らのアレンにくすくす笑いかけた。
「こうも白黒ばかりじゃ、学校に戻ったみたいだな」
タキシードに身を包んだ面々のなかで、女性は赤のパンジャビドレス姿のサラしかいない。そのいささか緊張に強張った表情を、吉野は目を細めて眺めているのだ。
「そろそろ下におりないと、さっきから兄さんが睨んでいる」
アレンは促すように吉野の腕に手をかけた。
「放っとけよ。それよりさ、お前の考えたサプライズ、すげぇ面白かった。良かったな、ウケてて」
向けられた笑顔に、アレンもはにかんだように顔をほころばす。
「デヴィッド卿のおかげだよ」
ちらりと互いに見交わした二人は、おのおの階下のテーブルに視線を落とした。
白いクロスのかかる長テーブルの上に置かれたビュッフェサーバーの周りを、ちょこまかと赤い三角帽子を被った小人が駆け回っている。調味料をかけたり、スープをかき混ぜたり。あたかもその場で料理の仕上げをしているかのように。
もちろんそれはTSの映像に過ぎない。だがパーティーの余興としては申し分ない。本来の料理人であるメアリーも、「あらまあ!」と目を丸くして喜んでいた。構想したアレンにデヴィッドがイメージを起こし、飛鳥やサラには内緒で会社の開発室で大急ぎで作りあげた。
「文句なしだよ。飛鳥の手を離れて、TSもようやく商品になってきたって感じだな」と、吉野は感慨深気に呟いた。
飛鳥やサラでしか作れない、操作できないようなものでは商品とはなりえない。開発者から巣立ち、多くの人の手を通してこそ製品として進化する。高度な知識と技術力を必要とするTSプログラミングは、まだまだこれからだと、高をくくっていたのに。
「こんな小さな使い方なら色んな楽しみ方ができるんだな、て僕も思った」
アレンも瞳を輝かせて自分たちの作品を眺めている。料理を取り分ける人々は皆、歓声をあげて小人の余興を楽しんでくれているのだ。
結局、アレンのリクエストした和菓子にまでは吉野の手が回らず、ピカデリーにある老舗和菓子屋のロンドン支店に特注した。
遠目に見える深緑の大皿の上には、淡い色彩の練り切りの花畑ができている。薄紫の薔薇の群生に、いくつもの赤や白の椿が咲く様子は、この屋敷の庭に似ている。そのあいだあいだの小径にも、小人が時々水やりにきて世話をしているのだ。
アレンは、そのちまちまと動く姿を目で追っていた。彼らの反応が嬉しくて堪らないというふうに。だが内心では、吉野に褒められた、喜んでもらえた、それが何よりも誇らしかった。そんな想いで胸がいっぱいなのだ。照れ臭くて階下に視線を泳がせながらも、ついにやにやとしてしまう。
パーティーはまだ、始まったばかりだ。
「行くか」
やっと吉野が手摺りから身を起こした。
「教授が痺れを切らしてる」
こちらに気づいたのかしきりに手を振っているハワード教授に、吉野も手を振り返し、アレンは軽く会釈をする。
一人その場に残り、アレンはほっと息を漏らした。まだ胸の動悸が収まらない。コンサバトリーで吉野が彼の描いた部屋を大いに楽しんでくれた時のように。それは吉野に勉強をみてもらっていたころ、解けなかった問題が解けて頭をくしゃくしゃと撫でられた時よりも、一緒にギリシャの遺跡やフェレンツェの街を散策していた時よりも、ずっと自分自身を認めてもらえているという充足感があった。
螺旋階段を下りて行く吉野の背中を目で追い続けた。ハワード教授にこやかに歩み寄る彼。吉野の父親も傍らにいる。あの夏から話題に触れることはなかったけれど、吉野はお父さまと仲直りできたのだな、と和やかな様子に安堵感がじんわりと胸に広がる。
「アレン」
入れ違いで上がってきたクリスに肩を叩かれた。振り返ると、間近に見るクリスは顔が真っ赤だ。今の時点でもうそんなに飲んだのかと、らしくない行動にアレンは驚いてまじまじと彼を見つめる。
「少し酔いを醒まそうと思ってさ」
アレンの横に並び、クリスも手摺りにもたれかかる。
「夏にここでお世話になった時はほとんど顔を合わさなかったからかな、何だか不思議な感じ。サラって独特の雰囲気があるよね。アスカさんもだけどさ」
「お似合いだと思うでしょ?」
「うん。あの二人は何ていうのかな、……浮世離れしてるっていうか、神秘的?」
「そうだね、綺麗な空気に包まれていて、そんな感じ」
アレンは頷き、階下の二人を微笑んで見下ろした。
「ははっ、きみが言うと何だかおかしいや。きみだってそうだもの。やっぱりきみはアスカさんに似ているよ。外見じゃなくてさ、醸しだす空気がさ」
どこかとろんとした眼つきで、クリスはアレンを覗き込んだ。
「きみ、変わらないよねぇ。昔からさ、ちっとも。ヨシノがいるだけでとたんに命を吹き込まれたようになるところも。普段はお人形みたいなのにさ」
ロートアイアンの黒の手摺りを両手で掴み、クリスはぶら下がるように身体を背後に反らせた。ぼんやりと天井に視線を漂わせている。
「天才のヨシノに、天使なきみ、非凡なフレッド。そして凡人の僕。僕だけが場違いな気がするよ」
「クリス、」
「こんな日くらい、酔っ払ってもいいだろ?」
クリスは目を眇め、皮肉に口の先を歪めている。
「ヨシノも、きみも、僕の大切な友人だよ。それは絶対に変わらない。何があっても。でも――」
身体を起こし、今度は手摺りから飛び降りんばかりに身を乗りだして、クリスは階下を見下ろした。
「クリス、危ないよ」
勢いで本当に落ちるのではないかと、アレンはその腕をしっかりと掴む。
「でも、僕は英国人なんだ、アレン。――サウード!」
自分を一瞥した直後、突然傍らで叫ばれたその名前に、アレンの背に緊張が走る。
死角から現れこちらを見上げた友人に、クリスは大きく手を振っていた。
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