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三章
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「きみも存外、酷い奴だねぇ。アスカはあんなに行きたがっていたのに」
「いい奴、と言い間違えているよ、アーニー。初めてヨシノが僕を頼ってくれたんだ、心中を汲んでやって当然じゃないか」
ヘンリーは、心外だ、とばかりに肩をすくめる。
飛鳥が創立祭を楽しみにしている、と嬉しそうに電話で話していたそのすぐ後に、吉野からの電話を受けたのだ。
要件は、エリオットにいる連中は、私利私欲で飛鳥やヘンリーに近づきたがっている魑魅魍魎ばかりだから、絶対に飛鳥を創立祭に連れてくるな、というものだった。ヘンリーはすぐに大学側に手を回して飛鳥を足止めする工作をし、吉野の望み通りにしてやった。
「確かにねぇ、監視役がみんなあの子に骨抜きにされて、一緒になって遊び回って役に立たないのに――」
「当の本人が、一番自分の立場を理解しているよ」
ヘンリーはアーネストと顔を見合わせて苦笑する。
「ほら、ウィルから送られてきた画像だ」
自分の目の前に浮かぶTSの画面を、アーネストの手前まで指で滑らせる。
「ヨシノの交友関係、見事なものだろう?」ヘンリーはソファーに深く沈み込むように身を預けて、くすくすと笑った。
「サウード・M・アル=マルズーク、マシュリク国第一王位継承者。クリス・ガストンはシティの大物の孫だ。ベンジャミン・ハロルドは生徒会から引き抜いて、首尾よく監督生候補だね。次年度のカレッジ寮寮長になるのは確定だろうな。それにこの辺りは、皆、現生徒会役員と次年度候補の連中だよ。そしてアレン。まさか、このレイシストまで抱き込むとはね」
アーネストは、真剣に画面を見つめながらスクロールさせている。
「渡しておいたリストが役に立ったわけだね。でもアレンに関しては、きみがそうなるように仕向けたんだろう?」
「きみが、あの子の別の使い道を教えてくれたんだよ。僕らがトヅキ家の人間に弱いのは運命なのかな? それとも血筋?」
「どうだろうね。僕もデイヴも、トヅキ兄弟には特別の思い入れがあるよ。きみだけの運命とはいえないだろうね」
アーネストは目の前の画像を見終わると、ついっと指で流してヘンリーの前に戻した。ヘンリーは、パチンと指を弾きその画面を消した。
「いちいち教えなくても、あの子は自分の価値も、使い道もちゃんと心得ている。アスカの弟とは思えないくらいだ」
「おまけにセドリック・ブラッドリーのスキャンダルまで掴んでくれて、僕としては大助かりだったよ」
「そんなものが欲しかったの? セディ関連なら幾らでも用意してあげるのに」
「きみに借りを作ると高くつくからね」
アーネストは、冷めた瞳でちらりとヘンリーを見て言った。
「それにしても、政治家のお歴々はどうして自分の子どもをこの学校に入れたがるんだろうね。この頃の愚行をネタに、散々に脅かされ、強請られ、を身を持って経験済みだっていうのに」ヘンリーはだらしなくソファーに頭をもたせかけ、ため息のように呟いた。
「権力は蜜の味っていうじゃないか。それを初めて味わうのがこの学校だからさ。その味が忘れられないのさ」
「残念、僕は蜜は苦手だ」
目を瞑るヘンリーに、アーネストは呆れ声で呼びかけて肩を揺する。
「ほら、どこででも眠るなよ。そんなだから、ヨシノに寝顔を撮られたりするんだよ!」
「興味があったんだよ。そんな写真、何に使うんだろうと思ってね。だって、彼は僕のことが嫌いだろう? でも、まさか賭けの商品にされるとはね……。僕にだって予測できなかったよ。アスカとは違った意味で、彼も僕を飽きささないよ……」言い終わるか終わらないかのうちに、もうヘンリーはすぅーと微睡みに落ちている。
本当に、どこででも寝るやつだ……。
アーネストは、彼の流れる金色の蜜のような髪を梳いてやりながら、小さくため息をつく。
こういうところは昔から変わらない。いつも緊張を強いられていて安心できる時がほとんどなかったから、機会さえあれば速攻で睡眠を取っていた。幾つも隠れ場所を作りわずかな休息を取ることで、なんとか精神の近衛を保っていたあの頃のヘンリーを思い出すと、アーネストは心が塞いだ。
吉野は平気なのだろうか――?
吉野は、あの頃のきみよりもずっとしたたかで、しなやかだ。それなのに、あの頃のきみと同じように息苦しそうに見えるのは、僕だけなのだろうか?
安心しきった面持ちで寝入るヘンリーに問い掛けることがはばかられ、この問いは彼の心に中にしまわれた。不安の色を帯びた、一点のシミのように――。
「いい奴、と言い間違えているよ、アーニー。初めてヨシノが僕を頼ってくれたんだ、心中を汲んでやって当然じゃないか」
ヘンリーは、心外だ、とばかりに肩をすくめる。
飛鳥が創立祭を楽しみにしている、と嬉しそうに電話で話していたそのすぐ後に、吉野からの電話を受けたのだ。
要件は、エリオットにいる連中は、私利私欲で飛鳥やヘンリーに近づきたがっている魑魅魍魎ばかりだから、絶対に飛鳥を創立祭に連れてくるな、というものだった。ヘンリーはすぐに大学側に手を回して飛鳥を足止めする工作をし、吉野の望み通りにしてやった。
「確かにねぇ、監視役がみんなあの子に骨抜きにされて、一緒になって遊び回って役に立たないのに――」
「当の本人が、一番自分の立場を理解しているよ」
ヘンリーはアーネストと顔を見合わせて苦笑する。
「ほら、ウィルから送られてきた画像だ」
自分の目の前に浮かぶTSの画面を、アーネストの手前まで指で滑らせる。
「ヨシノの交友関係、見事なものだろう?」ヘンリーはソファーに深く沈み込むように身を預けて、くすくすと笑った。
「サウード・M・アル=マルズーク、マシュリク国第一王位継承者。クリス・ガストンはシティの大物の孫だ。ベンジャミン・ハロルドは生徒会から引き抜いて、首尾よく監督生候補だね。次年度のカレッジ寮寮長になるのは確定だろうな。それにこの辺りは、皆、現生徒会役員と次年度候補の連中だよ。そしてアレン。まさか、このレイシストまで抱き込むとはね」
アーネストは、真剣に画面を見つめながらスクロールさせている。
「渡しておいたリストが役に立ったわけだね。でもアレンに関しては、きみがそうなるように仕向けたんだろう?」
「きみが、あの子の別の使い道を教えてくれたんだよ。僕らがトヅキ家の人間に弱いのは運命なのかな? それとも血筋?」
「どうだろうね。僕もデイヴも、トヅキ兄弟には特別の思い入れがあるよ。きみだけの運命とはいえないだろうね」
アーネストは目の前の画像を見終わると、ついっと指で流してヘンリーの前に戻した。ヘンリーは、パチンと指を弾きその画面を消した。
「いちいち教えなくても、あの子は自分の価値も、使い道もちゃんと心得ている。アスカの弟とは思えないくらいだ」
「おまけにセドリック・ブラッドリーのスキャンダルまで掴んでくれて、僕としては大助かりだったよ」
「そんなものが欲しかったの? セディ関連なら幾らでも用意してあげるのに」
「きみに借りを作ると高くつくからね」
アーネストは、冷めた瞳でちらりとヘンリーを見て言った。
「それにしても、政治家のお歴々はどうして自分の子どもをこの学校に入れたがるんだろうね。この頃の愚行をネタに、散々に脅かされ、強請られ、を身を持って経験済みだっていうのに」ヘンリーはだらしなくソファーに頭をもたせかけ、ため息のように呟いた。
「権力は蜜の味っていうじゃないか。それを初めて味わうのがこの学校だからさ。その味が忘れられないのさ」
「残念、僕は蜜は苦手だ」
目を瞑るヘンリーに、アーネストは呆れ声で呼びかけて肩を揺する。
「ほら、どこででも眠るなよ。そんなだから、ヨシノに寝顔を撮られたりするんだよ!」
「興味があったんだよ。そんな写真、何に使うんだろうと思ってね。だって、彼は僕のことが嫌いだろう? でも、まさか賭けの商品にされるとはね……。僕にだって予測できなかったよ。アスカとは違った意味で、彼も僕を飽きささないよ……」言い終わるか終わらないかのうちに、もうヘンリーはすぅーと微睡みに落ちている。
本当に、どこででも寝るやつだ……。
アーネストは、彼の流れる金色の蜜のような髪を梳いてやりながら、小さくため息をつく。
こういうところは昔から変わらない。いつも緊張を強いられていて安心できる時がほとんどなかったから、機会さえあれば速攻で睡眠を取っていた。幾つも隠れ場所を作りわずかな休息を取ることで、なんとか精神の近衛を保っていたあの頃のヘンリーを思い出すと、アーネストは心が塞いだ。
吉野は平気なのだろうか――?
吉野は、あの頃のきみよりもずっとしたたかで、しなやかだ。それなのに、あの頃のきみと同じように息苦しそうに見えるのは、僕だけなのだろうか?
安心しきった面持ちで寝入るヘンリーに問い掛けることがはばかられ、この問いは彼の心に中にしまわれた。不安の色を帯びた、一点のシミのように――。
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