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三章
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「ずいぶんと派手にやらかしたね」
朝食の席で読み終わった新聞をカウンターテーブルに置きながら、ヘンリーはくすくすと笑っている。
『パブリックスクールの伝統校にサイバー攻撃』
その新聞の見出しに飛鳥は色を無くし、申し訳なさそうに肩を落とした。
「ついでに犯行声明でも出すかい?」
笑えない冗談に、飛鳥はますます所在なさげに小さくなっている。
「ごめん、ヘンリー……。まさか学校のサーバーに繋がっているなんて、思わなかったんだ」
「つまるところ、学校側も事態を把握していたってわけだよ。全く、あの学校らしいよ。――そろそろ、春の選抜ラグビー大会が始まるものね。冬の全国大会に加えて二連覇を狙いたいところだろうね」
ヘンリーはまるで世間話でも始めるかのようにラグビーの話題を口にし、飛鳥は訳が判らず、そんな彼を怪訝な面持ちで見つめる。
「主犯のセドリックは、ラグビー部のキャプテンで生徒会役員なんだ。おまけに父親は、現首相の取り巻きの中でも、次の首相候補といわれている大物だ。学校側にしても、セディのスキャンダルは困るんだよ。処分するには大物すぎるってね。案外、証拠写真が消されて、今頃は胸を撫で下ろしているんじゃないのかい?」
そんな様子で、まるで他人事のように笑うヘンリーのあまりの言い草に、飛鳥は言葉を詰まらせ、目を見開いてその大きな鳶色の瞳を震わせた。
「惨い目にあっているのは、きみの弟なんだよ」
「それ以前にあの子はフェイラーだ」
ヘンリーは、ついっと飛鳥からあらぬ方向へと目を逸らす。
「違う、何よりも一番に、あの子はきみの弟だ」
「アスカ、少し席を外してくれる」
重苦しい二人の沈黙にアーネストが割って入る。飛鳥は黙ってハイチェアーを下り、キッチンの出口でチラリとヘンリーの背中に哀しそうな視線を投げかけ、何か言おうと口を開きかけたが、そのまま顔を伏せて立ち去った。
「あまり読み違えていると、彼に愛想をつかされるよ」
アーネストはヘンリーのカップに紅茶を継ぎ足しながら、開口一番冷ややかな口調で言い放った。
「アスカがこの世で一番大切なのは、きみじゃない。まして、『杜月』でもない。ヨシノだよ。ヨシノを危険な目に晒すのを、いつまでも彼が見過ごしにしておくと思わない方がいい」
ヘンリーは、アーネストからも目を背けたまま、「なら、ヨシノに手を引くように言えばいい。元々彼には関係ないことだろう?」とどこか捨て鉢な声音で呟いた。
「これ以上駄々を捏ねていると、きみがアレンを盤上の駒のように扱っていることをアスカにバラすよ」
冷たく響くその言葉にも、ヘンリーは何も答えない。
「きみのお祖父様が、きみにフェイラーを継がせたがっていることを僕が知らないと思っていたの? きみにあの子の面倒をみさせ、きみを説得させるためにあの子を英国に寄越したんでしょう?」
「今さら家族の情なんてあると思っているのかな? あの糞じじい――」
ヘンリーは、唇を歪めてせせら笑った。
「きみはアレンをボロボロにして米国に叩き返したかったんだろ? それをアスカに知られてもいいの?」
アーネストは冷たくヘンリーを見据えたまま、畳み掛けるように続ける。
「彼はアレンの上に幼い頃のきみを重ねているのに。アスカを失望させてもいいの?」
ヘンリーは押し黙ったままだ。
埒があかない彼の反応に、アーネストは小さくため息を漏らした。
「アレンはたかだか十三歳の子どもだろ? あんな子ども相手になんで? きみらしくないよ……。公明正大、エリオットの英雄だったきみはどこへ行ったんだ?」
「僕があの学校の代表だったことなんて、一度もないのに」
「きみがどう思っていようと、きみは、きみである事から逃げられないよ」
言葉を尽くし疲れ切って、アーネストは冷めた紅茶に手を伸ばし、ゴクリと一気に飲み干した。
「あんな、自分の足で立てない奴なんて、要らない」
ヘンリーはどこというでもなく視線を漂わせたまま、ぼそりと呟いた。
「アスカに同じことが言える?」
ヘンリーはやっとアーネストに目を向け、眉をよせた。
「彼は誰かに助けを求めたことなんか一度もなかったよ」
「ヨシノはそうは思っていないよ。きみが守ってきたから、アスカはウイスタン留学中を、無事に過ごせたのだと思っている。だからアレンを庇うんだよ。きみの身内だからね。きみが望もうと望むまいと、ヨシノはアスカがきみから受けた借りを、そんな形で返しているんだ」
アーネストは猫のように目を細めて皮肉気に嗤い、「それがヨシノのけじめのつけ方だよ。彼が借りを返し終わったらどうすると思う?」ヘンリーのほんの僅かな動揺を見逃さずに、じっとその瞳を見つめて追い詰める。
「アスカがいつまでもきみに従うと思わない方がいい。アスカは、きみのお姫さまとは違うんだ。きみの言いなりにはならない」
「僕にどうしろと?」
「判っているだろ? きみ自身でけじめをつけるんだ」
小さく呟かれた一言を聞き逃すことなく、アーネストは緊張した面持ちのまま応え、沈黙した。
朝食の席で読み終わった新聞をカウンターテーブルに置きながら、ヘンリーはくすくすと笑っている。
『パブリックスクールの伝統校にサイバー攻撃』
その新聞の見出しに飛鳥は色を無くし、申し訳なさそうに肩を落とした。
「ついでに犯行声明でも出すかい?」
笑えない冗談に、飛鳥はますます所在なさげに小さくなっている。
「ごめん、ヘンリー……。まさか学校のサーバーに繋がっているなんて、思わなかったんだ」
「つまるところ、学校側も事態を把握していたってわけだよ。全く、あの学校らしいよ。――そろそろ、春の選抜ラグビー大会が始まるものね。冬の全国大会に加えて二連覇を狙いたいところだろうね」
ヘンリーはまるで世間話でも始めるかのようにラグビーの話題を口にし、飛鳥は訳が判らず、そんな彼を怪訝な面持ちで見つめる。
「主犯のセドリックは、ラグビー部のキャプテンで生徒会役員なんだ。おまけに父親は、現首相の取り巻きの中でも、次の首相候補といわれている大物だ。学校側にしても、セディのスキャンダルは困るんだよ。処分するには大物すぎるってね。案外、証拠写真が消されて、今頃は胸を撫で下ろしているんじゃないのかい?」
そんな様子で、まるで他人事のように笑うヘンリーのあまりの言い草に、飛鳥は言葉を詰まらせ、目を見開いてその大きな鳶色の瞳を震わせた。
「惨い目にあっているのは、きみの弟なんだよ」
「それ以前にあの子はフェイラーだ」
ヘンリーは、ついっと飛鳥からあらぬ方向へと目を逸らす。
「違う、何よりも一番に、あの子はきみの弟だ」
「アスカ、少し席を外してくれる」
重苦しい二人の沈黙にアーネストが割って入る。飛鳥は黙ってハイチェアーを下り、キッチンの出口でチラリとヘンリーの背中に哀しそうな視線を投げかけ、何か言おうと口を開きかけたが、そのまま顔を伏せて立ち去った。
「あまり読み違えていると、彼に愛想をつかされるよ」
アーネストはヘンリーのカップに紅茶を継ぎ足しながら、開口一番冷ややかな口調で言い放った。
「アスカがこの世で一番大切なのは、きみじゃない。まして、『杜月』でもない。ヨシノだよ。ヨシノを危険な目に晒すのを、いつまでも彼が見過ごしにしておくと思わない方がいい」
ヘンリーは、アーネストからも目を背けたまま、「なら、ヨシノに手を引くように言えばいい。元々彼には関係ないことだろう?」とどこか捨て鉢な声音で呟いた。
「これ以上駄々を捏ねていると、きみがアレンを盤上の駒のように扱っていることをアスカにバラすよ」
冷たく響くその言葉にも、ヘンリーは何も答えない。
「きみのお祖父様が、きみにフェイラーを継がせたがっていることを僕が知らないと思っていたの? きみにあの子の面倒をみさせ、きみを説得させるためにあの子を英国に寄越したんでしょう?」
「今さら家族の情なんてあると思っているのかな? あの糞じじい――」
ヘンリーは、唇を歪めてせせら笑った。
「きみはアレンをボロボロにして米国に叩き返したかったんだろ? それをアスカに知られてもいいの?」
アーネストは冷たくヘンリーを見据えたまま、畳み掛けるように続ける。
「彼はアレンの上に幼い頃のきみを重ねているのに。アスカを失望させてもいいの?」
ヘンリーは押し黙ったままだ。
埒があかない彼の反応に、アーネストは小さくため息を漏らした。
「アレンはたかだか十三歳の子どもだろ? あんな子ども相手になんで? きみらしくないよ……。公明正大、エリオットの英雄だったきみはどこへ行ったんだ?」
「僕があの学校の代表だったことなんて、一度もないのに」
「きみがどう思っていようと、きみは、きみである事から逃げられないよ」
言葉を尽くし疲れ切って、アーネストは冷めた紅茶に手を伸ばし、ゴクリと一気に飲み干した。
「あんな、自分の足で立てない奴なんて、要らない」
ヘンリーはどこというでもなく視線を漂わせたまま、ぼそりと呟いた。
「アスカに同じことが言える?」
ヘンリーはやっとアーネストに目を向け、眉をよせた。
「彼は誰かに助けを求めたことなんか一度もなかったよ」
「ヨシノはそうは思っていないよ。きみが守ってきたから、アスカはウイスタン留学中を、無事に過ごせたのだと思っている。だからアレンを庇うんだよ。きみの身内だからね。きみが望もうと望むまいと、ヨシノはアスカがきみから受けた借りを、そんな形で返しているんだ」
アーネストは猫のように目を細めて皮肉気に嗤い、「それがヨシノのけじめのつけ方だよ。彼が借りを返し終わったらどうすると思う?」ヘンリーのほんの僅かな動揺を見逃さずに、じっとその瞳を見つめて追い詰める。
「アスカがいつまでもきみに従うと思わない方がいい。アスカは、きみのお姫さまとは違うんだ。きみの言いなりにはならない」
「僕にどうしろと?」
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