46 / 758
一章
10
しおりを挟む
ソメイヨシノによく似た一重の白い花が、久しぶりの青空にほころんでいる。五分咲きほどか。
ヘンリーのアパートメントのすぐ近くにあるハイド・パークで、飛鳥は大きく深呼吸する。
「やはり、まだ早かったね。イースターに来るといい。その頃なら辺り一面満開だよ」
「充分だよ。やっと囚われの身から解放されたしね」
二人並んでベンチに腰掛けた。
「じっとしていると寒い。鬼ごっこしよう!」
デヴィッドが、手を振って呼んでいる。
飛鳥がヘンリーを見ると、
「僕はいいよ」
と、彼は煙草を取り出して火を付けた。
飛鳥は、みんなの方へ駆け出して行く。
「随分、ごゆっくりじゃないか」
程なくして隣に腰かけたロレンツォに、ヘンリーは開口一番嫌味をぶつける。
「掃除に忙しくてね」
ロレンツォはしれっと答えた。だが広々とした芝生の上をエドワードやデヴィッドと元気に走り回る飛鳥に気づくと、心配そうに眉をひそめた。
「あいつ、あんなに走りまわって大丈夫なのか?」
「問題ないだろ。先生の話じゃ、脳震盪を起こしたのは一瞬で、そのまま過労と寝不足で爆睡していただけらしいからね」
紫煙を燻らせる口の端で笑い、ヘンリーもぼんやりと飛鳥の楽し気なさまを目で追っている。
「掃除の報酬を払おう。グラスフィールド社とマーレイ銀行に、空売りを仕掛けるといい」
「おいおい、たかだか中小企業に提訴されたくらいで株価は下がらないぞ。裁判の結果がでるのなんて、早くても半年は先だろ」
ロレンツォは呆れたように、感情の読めないヘンリーの横顔を眺める。
「当然だ。僕の祖父が、あの会社の持ち株を吐くんだよ。スキャンダルが出てくるのはそれからだ」
「スキャンダル?」
「知りたきゃ自分で調べろ」
「マーレイ銀行もか?」
「これからの銀行は全部売りだ。この一年で資金を作る」
「アスカの問題は、もう済んだんだろ?」
「馬鹿言っちゃいけない。ゲームはこれからだ」
ヘンリーは煙草を揉み消しロレンツォを一瞥すると、「もう少し機敏に動かないと、件のアデル・マーレイも僕のフットマンが片付けてしまうよ」と、酷薄に笑った。
「デイヴ、オニを替わるよ!」
と、負けてオニばかりしているデヴィッドに呼び掛け、ヘンリーはあっという間に駆け出した。
歓声があがり、散らばっていた仲間が集まってくる。
ロレンツォは、ひとり両腕を広げてベンチの背もたれに身を預け、未だ寒々としている澄みきった青空を見上げた。
ヘンリーのアパートメントのすぐ近くにあるハイド・パークで、飛鳥は大きく深呼吸する。
「やはり、まだ早かったね。イースターに来るといい。その頃なら辺り一面満開だよ」
「充分だよ。やっと囚われの身から解放されたしね」
二人並んでベンチに腰掛けた。
「じっとしていると寒い。鬼ごっこしよう!」
デヴィッドが、手を振って呼んでいる。
飛鳥がヘンリーを見ると、
「僕はいいよ」
と、彼は煙草を取り出して火を付けた。
飛鳥は、みんなの方へ駆け出して行く。
「随分、ごゆっくりじゃないか」
程なくして隣に腰かけたロレンツォに、ヘンリーは開口一番嫌味をぶつける。
「掃除に忙しくてね」
ロレンツォはしれっと答えた。だが広々とした芝生の上をエドワードやデヴィッドと元気に走り回る飛鳥に気づくと、心配そうに眉をひそめた。
「あいつ、あんなに走りまわって大丈夫なのか?」
「問題ないだろ。先生の話じゃ、脳震盪を起こしたのは一瞬で、そのまま過労と寝不足で爆睡していただけらしいからね」
紫煙を燻らせる口の端で笑い、ヘンリーもぼんやりと飛鳥の楽し気なさまを目で追っている。
「掃除の報酬を払おう。グラスフィールド社とマーレイ銀行に、空売りを仕掛けるといい」
「おいおい、たかだか中小企業に提訴されたくらいで株価は下がらないぞ。裁判の結果がでるのなんて、早くても半年は先だろ」
ロレンツォは呆れたように、感情の読めないヘンリーの横顔を眺める。
「当然だ。僕の祖父が、あの会社の持ち株を吐くんだよ。スキャンダルが出てくるのはそれからだ」
「スキャンダル?」
「知りたきゃ自分で調べろ」
「マーレイ銀行もか?」
「これからの銀行は全部売りだ。この一年で資金を作る」
「アスカの問題は、もう済んだんだろ?」
「馬鹿言っちゃいけない。ゲームはこれからだ」
ヘンリーは煙草を揉み消しロレンツォを一瞥すると、「もう少し機敏に動かないと、件のアデル・マーレイも僕のフットマンが片付けてしまうよ」と、酷薄に笑った。
「デイヴ、オニを替わるよ!」
と、負けてオニばかりしているデヴィッドに呼び掛け、ヘンリーはあっという間に駆け出した。
歓声があがり、散らばっていた仲間が集まってくる。
ロレンツォは、ひとり両腕を広げてベンチの背もたれに身を預け、未だ寒々としている澄みきった青空を見上げた。
10
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

偏食の吸血鬼は人狼の血を好む
琥狗ハヤテ
BL
人類が未曽有の大災害により絶滅に瀕したとき救済の手を差し伸べたのは、不老不死として人間の文明の影で生きていた吸血鬼の一族だった。その現筆頭である吸血鬼の真祖・レオニス。彼は生き残った人類と協力し、長い時間をかけて文明の再建を果たした。
そして新たな世界を築き上げた頃、レオニスにはひとつ大きな悩みが生まれていた。
【吸血鬼であるのに、人の血にアレルギー反応を引き起こすということ】
そんな彼の前に、とても「美味しそうな」男が現れて―――…?!
【孤独でニヒルな(絶滅一歩手前)の人狼×紳士でちょっと天然(?)な吸血鬼】
◆閲覧ありがとうございます。小説投稿は初めてですがのんびりと完結まで書いてゆけたらと思います。「pixiv」にも同時連載中。
◆ダブル主人公・人狼と吸血鬼の一人称視点で交互に物語が進んでゆきます。
◆現在・毎日17時頃更新。
◆年齢制限の話数には(R)がつきます。ご注意ください。
◆未来、部分的に挿絵や漫画で描けたらなと考えています☺
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
未来の軌跡 - 経済と企業の交錯
Semper Supra
経済・企業
この長編小説は、企業経営と経済の複雑な世界を舞台に、挑戦と革新、そして人間性の重要性を描いた作品です。経済の動向がどのように企業に影響を与え、それがさらには社会全体に波及するかを考察しつつ、キャラクターたちの成長と葛藤を通じて、読者に深い考察を促す内容になっています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる