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一章
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「しかし、きみには恐れ入ったよ。まさか、英国に喧嘩を売るようなマネをするとはね。言ってくれれば良かったのに」
言葉とは裏腹に、ヘンリー・ソールスベリーはさもおかしそうに笑っていた。
「だってきみは、英国国教会の信者だろ? 言えないよ、とても」
「クリスチャン・ネームは持っているけれど。信者とはいえないな。僕は、神の創りたもうたこの世界が好きじゃないんだ」
ヘンリーは、珍しく飛鳥の横で煙草を燻らせながら、そんな不遜なことを口にした。
「僕は気に入ったよ、あのラスト。英国にとっては国王暗殺未遂の犯罪者でも、カトリック信者にとっては、自分たちのための抵抗者だ。神に救いを求める者が無残に打ち捨てられるのでは、あまりに無慈悲だものな。それにしても、きみの人選は見事だったな。ルベリーニが絡んできたところで気付くべきだった」
「え? 彼が映画班だったからだよ。僕はイタリア人ならカトリックかな、くらいにしか考えなかったよ」
ヘンリーはまた可笑しそうにくっくっ、と肩を揺らす。
「その運の良さも実力のうちだ」
ドーン!
澄み切った夜空に花火が打ち上がる。
本来なら7時から始まる投票結果や、閉会式に出ていなければならない時間だ。だが飛鳥は、ヘンリーに誘われるままに、連れ立って城跡まで逃げてきた。そこで二人して崩れかかった城壁にもたれ、次々と打ち上げられる色鮮やかな花火を見上げている。
上映会が終わった後、飛鳥は知らない連中から声をかけられ賛辞を贈られた。だが嬉しく思う反面、戸惑いも大きかった。睡眠薬の影響なのか、体調もいまだすっきりしていなかった。
さっさと身を隠していたヘンリーが、ひと息ついたところで飛鳥を連れだしてくれたのだ。白い顔にピンと口髭の立つ不気味な笑みのガイ・フォークスのお面をつけていたので、最初は誰だか判らなかった。日が暮れてからの街中は、この同じガイのお面をつけた人々で溢れていたのだから。
「これ、ありがとう」
飛鳥はポケットから、からになった袋を取りだした。
「英国製でも問題なかった?」
「うん、助かった。正直、フラフラだったんだ。これが無かったらきっと倒れていた。ぶじに終われて本当、良かったよ」
ヘンリーが直前でくれたのは、不揃いのブドウ糖の結晶だ。彼は飛鳥が寝ぼけて言ったことを覚えていて、わざわざ探して買ってきてくれたのだ。
「それから、ロレンツォがきみに感謝していたよ。モーツァルトのレクイエム。『永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ』。彼らの救済を神に祈るこの曲がすべてを語っているから、最後の字幕は余計だった、って。僕からも、ありがとう、ヘンリー」
「寒いかい?」
飛鳥が気怠げにぶるりと身震いしていた。ヘンリーは壁から体を起こすと、飛鳥の顔色を確かめようと覗きこむ。
「疲れただけだよ」
ヘンリーは、ローブを脱いで飛鳥にかぶせる。
「ローブ、着ているから平気だよ」
「いいから。寒いのなら、もっとそばにくるといい」
「英国人って、本当に体温高いね。この季節でも、みんなてんで薄着でびっくりした」
飛鳥は、眉をしかめて無理に笑った。
ヘンリーは飛鳥の肩を掴んで、強引に自分の膝の上にその頭をのせた。
「横になっているといい。辛いんだろ?」
「意外にきみ、乱暴だよね。あの一発、きいたよ」
飛鳥は薄く笑って目を瞑る。
「ありがとう、助けにきてくれて。きみに助けられたのって、これで何度目だろう……」
頭上で、何発もの花火が連続して打ち上がる。
辺りが煌々と照らされる。 賑やかな音にまぎらわせるように、飛鳥は小さく呟いた。
「きみが、ヘンリー・ソールスベリーじゃなかったら、友達になれたかもしれないのにね――」
言葉とは裏腹に、ヘンリー・ソールスベリーはさもおかしそうに笑っていた。
「だってきみは、英国国教会の信者だろ? 言えないよ、とても」
「クリスチャン・ネームは持っているけれど。信者とはいえないな。僕は、神の創りたもうたこの世界が好きじゃないんだ」
ヘンリーは、珍しく飛鳥の横で煙草を燻らせながら、そんな不遜なことを口にした。
「僕は気に入ったよ、あのラスト。英国にとっては国王暗殺未遂の犯罪者でも、カトリック信者にとっては、自分たちのための抵抗者だ。神に救いを求める者が無残に打ち捨てられるのでは、あまりに無慈悲だものな。それにしても、きみの人選は見事だったな。ルベリーニが絡んできたところで気付くべきだった」
「え? 彼が映画班だったからだよ。僕はイタリア人ならカトリックかな、くらいにしか考えなかったよ」
ヘンリーはまた可笑しそうにくっくっ、と肩を揺らす。
「その運の良さも実力のうちだ」
ドーン!
澄み切った夜空に花火が打ち上がる。
本来なら7時から始まる投票結果や、閉会式に出ていなければならない時間だ。だが飛鳥は、ヘンリーに誘われるままに、連れ立って城跡まで逃げてきた。そこで二人して崩れかかった城壁にもたれ、次々と打ち上げられる色鮮やかな花火を見上げている。
上映会が終わった後、飛鳥は知らない連中から声をかけられ賛辞を贈られた。だが嬉しく思う反面、戸惑いも大きかった。睡眠薬の影響なのか、体調もいまだすっきりしていなかった。
さっさと身を隠していたヘンリーが、ひと息ついたところで飛鳥を連れだしてくれたのだ。白い顔にピンと口髭の立つ不気味な笑みのガイ・フォークスのお面をつけていたので、最初は誰だか判らなかった。日が暮れてからの街中は、この同じガイのお面をつけた人々で溢れていたのだから。
「これ、ありがとう」
飛鳥はポケットから、からになった袋を取りだした。
「英国製でも問題なかった?」
「うん、助かった。正直、フラフラだったんだ。これが無かったらきっと倒れていた。ぶじに終われて本当、良かったよ」
ヘンリーが直前でくれたのは、不揃いのブドウ糖の結晶だ。彼は飛鳥が寝ぼけて言ったことを覚えていて、わざわざ探して買ってきてくれたのだ。
「それから、ロレンツォがきみに感謝していたよ。モーツァルトのレクイエム。『永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ』。彼らの救済を神に祈るこの曲がすべてを語っているから、最後の字幕は余計だった、って。僕からも、ありがとう、ヘンリー」
「寒いかい?」
飛鳥が気怠げにぶるりと身震いしていた。ヘンリーは壁から体を起こすと、飛鳥の顔色を確かめようと覗きこむ。
「疲れただけだよ」
ヘンリーは、ローブを脱いで飛鳥にかぶせる。
「ローブ、着ているから平気だよ」
「いいから。寒いのなら、もっとそばにくるといい」
「英国人って、本当に体温高いね。この季節でも、みんなてんで薄着でびっくりした」
飛鳥は、眉をしかめて無理に笑った。
ヘンリーは飛鳥の肩を掴んで、強引に自分の膝の上にその頭をのせた。
「横になっているといい。辛いんだろ?」
「意外にきみ、乱暴だよね。あの一発、きいたよ」
飛鳥は薄く笑って目を瞑る。
「ありがとう、助けにきてくれて。きみに助けられたのって、これで何度目だろう……」
頭上で、何発もの花火が連続して打ち上がる。
辺りが煌々と照らされる。 賑やかな音にまぎらわせるように、飛鳥は小さく呟いた。
「きみが、ヘンリー・ソールスベリーじゃなかったら、友達になれたかもしれないのにね――」
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