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一章
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いよいよ、ガイ・フォークス・ナイト、当日がやってきた。
午前の催しを終え、メイン・イベントの全寮による仮装行列が行われる。
ウイスタン校の礼拝堂前に、続々と色とりどりの衣装に身を包んだ参加者と、制服姿のスタッフが集合し始めている。
先頭を行く学寮は騎馬での参加となるため、他寮の生徒とは少し離れたところで待機している。
「すごいねぇ。さすが、似合っているよ」
飛鳥は感嘆の声を上げ、手にした白薔薇を馬上のヘンリーに差し出した。
彼はアーサー王に扮しているのだ。ひたいに王冠を頂き、鎖帷子の上にアーサー王の紋章の描かれた青のタバートを着ている。その肩に、深紅のマントを波打たせて。
「ありがとう、アスカ」と柔らかく微笑んで花を受け取ると、彼はマントの留め具にそれを飾る。
「ヘンリー、僕のも受け取って!」
「ヘンリー、頼んだよ」
あっという間に人垣ができ、薔薇の花が次々と差し出されていた。
「予想通りだな。白だけじゃなく、他寮の票まで奪ってるぞ」
円卓の騎士の一人、ランスロットに扮した寮長ロバート・ウイリアムズは、進行班班長と顔を見合わせ口の端で笑い合っていた。
仮装行列の人気投票は、参加者以外の生徒に配られる一本の花――これは寮によって花の色や種類が違う――を、投票したい相手に渡す校内投票と、生徒が市街地で販売する花を購入して参加者に渡す一般投票とで集計される。どちらも不正が行われないように、きちんと数が管理され、規定の本数以上は無効となる。
この華やかな人気投票は、学校だけでなく、街をあげてのお祭りとして根づき、恒例の楽しみとして親しまれているのだ。だがもちろん、参加する側からしてみれば、楽しいばかりのものではない。
「今年は自腹を切って花を購入する必要もなかったよ。学寮は、もう完売だ」
「彼が参加するって、SNSで拡散したかいがあったな」
「さすがに広告塔なだけのことはある」
ロバートは、皮肉気に口を歪める。
「しかし、今でこれじゃあ、持ちきれないんじゃないのか?」
人垣の向こうに見え隠れするヘンリーは、もう両手一杯に色とりどりの花を抱えている。
「サポートをつけろ。バケツも持たせておけよ」
ロバートは、騎馬隊の周囲にいた進行班のスタッフに顎をしゃくって支持をだした。集まった花は、最終的にフラワーアレンジメントされ、大聖堂前に飾られる。粗末には扱えないのだ。
参加者が整列し、学寮生たちも、次々と騎馬し始めた。
パン! パン! パン!
出発の花火が勢い良く打ちあがる。これから一時間かけて、行列は市街地を巡るのだ。
「ランチは済ませたか?」
肩を叩かれ飛鳥が振り返ると、ロレンツォが、ゲートをくぐって進んで行く行列を見送りながら立っていた。
「食べ損ねたかな。いろいろ見てまわっていたから」
「じゃ、外で食べよう。つきあえよ」
「ごめん、持ち合わせがないんだ」
「かまわない。一人でランチなんてみっともないだろ」
ロレンツォは、強引に飛鳥の肩を抱いて歩きだしている。そして、怒涛のように寮の食堂の悪口を声高に語り始めた。
「さぁ、準備に戻るか。ちょうどいい時間だ」
「そうだね。ごちそうさま、ロレンツォ」
飛鳥にとって、この街に住むようになってから初めての校外での食事だった。こんなに食べたのは久しぶりだ。
英国でも、美味しいもの、食べられるんだ……、と彼は感嘆の息を漏らしている。寮の質素な食事が当たり前になりつつあった彼には、日本で食べる味に近いイタリア料理は、新鮮な感動ですらあったのだ。そして、冷ややかな寮での食事とは違い、明るくて話し上手なロレンツォと同じテーブルにいることが、飛鳥の食欲を心地良く刺激してくれていたのだろう。
「顔色が良くなったな。我慢して英国料理なんか食べるな。あんなもの腹に入れてるとそのうち死ぬぞ」
ロレンツォは、本気だか冗談だか判らないようなことを言っている。
「バードウィン寮の劇、見に行くんだろう? さっさと片付けてしまおうぜ」
彼は足早に寮に戻りながら、遅れ気味の飛鳥の肩を急かすように抱いた。
「行きたかったけれど無理だよ。街なかに機材を放りだしてはいけないもの」
飛鳥は息を弾ませながら答えた。
「何言っているんだ。それくらい任せておけ。あいつはお前の友達だろ? お前のためにくそ忙しい中、あんなに足繁く通ってきてくれていたじゃないか」
え、どういう意味、と怪訝そうに眉を寄せる飛鳥を一瞥し、ロレンツォは呆れたように口許を緩めて、大げさなゼスチャーで手を広げた。
「なんだ、解ってなかったのか? デヴィッド・ラザフォードの値打ちを知らない奴は、ここじゃお前くらいだな。誰もがお近づきになりたがる、名門ラザフォード侯爵家の坊ちゃんだぞ。今の英国の政界、法曹界の要職はこいつの派閥で占められているっていってもいいくらいだ。あいつがお前に会いに来るから、俺たちを手伝うやつがここまで増えたんだ。少しは感謝してやれよ。お前が孤立しているんじゃないかって、心配してきていたんだろうに」
「みんな、興味を持って手伝ってくれていたんじゃないんだね」
あまりにも悔しくて、飛鳥は唇を噛み締めていた。体が急に鉛を呑み込んだように重く感じられ、前へ足を踏み出すことさえできずに、その場に立ち尽くしていた。
「それは違うぞ!」
ロレンツォは、がしっと力を入れて飛鳥の両肩を掴む。
「初めはどうであれ、今は皆、心からこのイベントを成功させたいと思っている。この糞学校で、こんなにもワクワクして、楽しくって仕方がないのは俺だって初めてだ! お前はすごい奴だ! デヴィッド・ラザフォードはきっかけをくれただけだ。それだって、お前を信じているからだろ」
「ありがとう、ロレンツォ。きみは、なんだかすごくポジティブだね」
飛鳥は無理に唇を引き上げ、笑みを作った。
「人生を楽しむ秘訣さ!」
ロレンツォは軽くウインクすると、力ない飛鳥の肩を抱き、引っぱるように再び歩きだす。
午前の催しを終え、メイン・イベントの全寮による仮装行列が行われる。
ウイスタン校の礼拝堂前に、続々と色とりどりの衣装に身を包んだ参加者と、制服姿のスタッフが集合し始めている。
先頭を行く学寮は騎馬での参加となるため、他寮の生徒とは少し離れたところで待機している。
「すごいねぇ。さすが、似合っているよ」
飛鳥は感嘆の声を上げ、手にした白薔薇を馬上のヘンリーに差し出した。
彼はアーサー王に扮しているのだ。ひたいに王冠を頂き、鎖帷子の上にアーサー王の紋章の描かれた青のタバートを着ている。その肩に、深紅のマントを波打たせて。
「ありがとう、アスカ」と柔らかく微笑んで花を受け取ると、彼はマントの留め具にそれを飾る。
「ヘンリー、僕のも受け取って!」
「ヘンリー、頼んだよ」
あっという間に人垣ができ、薔薇の花が次々と差し出されていた。
「予想通りだな。白だけじゃなく、他寮の票まで奪ってるぞ」
円卓の騎士の一人、ランスロットに扮した寮長ロバート・ウイリアムズは、進行班班長と顔を見合わせ口の端で笑い合っていた。
仮装行列の人気投票は、参加者以外の生徒に配られる一本の花――これは寮によって花の色や種類が違う――を、投票したい相手に渡す校内投票と、生徒が市街地で販売する花を購入して参加者に渡す一般投票とで集計される。どちらも不正が行われないように、きちんと数が管理され、規定の本数以上は無効となる。
この華やかな人気投票は、学校だけでなく、街をあげてのお祭りとして根づき、恒例の楽しみとして親しまれているのだ。だがもちろん、参加する側からしてみれば、楽しいばかりのものではない。
「今年は自腹を切って花を購入する必要もなかったよ。学寮は、もう完売だ」
「彼が参加するって、SNSで拡散したかいがあったな」
「さすがに広告塔なだけのことはある」
ロバートは、皮肉気に口を歪める。
「しかし、今でこれじゃあ、持ちきれないんじゃないのか?」
人垣の向こうに見え隠れするヘンリーは、もう両手一杯に色とりどりの花を抱えている。
「サポートをつけろ。バケツも持たせておけよ」
ロバートは、騎馬隊の周囲にいた進行班のスタッフに顎をしゃくって支持をだした。集まった花は、最終的にフラワーアレンジメントされ、大聖堂前に飾られる。粗末には扱えないのだ。
参加者が整列し、学寮生たちも、次々と騎馬し始めた。
パン! パン! パン!
出発の花火が勢い良く打ちあがる。これから一時間かけて、行列は市街地を巡るのだ。
「ランチは済ませたか?」
肩を叩かれ飛鳥が振り返ると、ロレンツォが、ゲートをくぐって進んで行く行列を見送りながら立っていた。
「食べ損ねたかな。いろいろ見てまわっていたから」
「じゃ、外で食べよう。つきあえよ」
「ごめん、持ち合わせがないんだ」
「かまわない。一人でランチなんてみっともないだろ」
ロレンツォは、強引に飛鳥の肩を抱いて歩きだしている。そして、怒涛のように寮の食堂の悪口を声高に語り始めた。
「さぁ、準備に戻るか。ちょうどいい時間だ」
「そうだね。ごちそうさま、ロレンツォ」
飛鳥にとって、この街に住むようになってから初めての校外での食事だった。こんなに食べたのは久しぶりだ。
英国でも、美味しいもの、食べられるんだ……、と彼は感嘆の息を漏らしている。寮の質素な食事が当たり前になりつつあった彼には、日本で食べる味に近いイタリア料理は、新鮮な感動ですらあったのだ。そして、冷ややかな寮での食事とは違い、明るくて話し上手なロレンツォと同じテーブルにいることが、飛鳥の食欲を心地良く刺激してくれていたのだろう。
「顔色が良くなったな。我慢して英国料理なんか食べるな。あんなもの腹に入れてるとそのうち死ぬぞ」
ロレンツォは、本気だか冗談だか判らないようなことを言っている。
「バードウィン寮の劇、見に行くんだろう? さっさと片付けてしまおうぜ」
彼は足早に寮に戻りながら、遅れ気味の飛鳥の肩を急かすように抱いた。
「行きたかったけれど無理だよ。街なかに機材を放りだしてはいけないもの」
飛鳥は息を弾ませながら答えた。
「何言っているんだ。それくらい任せておけ。あいつはお前の友達だろ? お前のためにくそ忙しい中、あんなに足繁く通ってきてくれていたじゃないか」
え、どういう意味、と怪訝そうに眉を寄せる飛鳥を一瞥し、ロレンツォは呆れたように口許を緩めて、大げさなゼスチャーで手を広げた。
「なんだ、解ってなかったのか? デヴィッド・ラザフォードの値打ちを知らない奴は、ここじゃお前くらいだな。誰もがお近づきになりたがる、名門ラザフォード侯爵家の坊ちゃんだぞ。今の英国の政界、法曹界の要職はこいつの派閥で占められているっていってもいいくらいだ。あいつがお前に会いに来るから、俺たちを手伝うやつがここまで増えたんだ。少しは感謝してやれよ。お前が孤立しているんじゃないかって、心配してきていたんだろうに」
「みんな、興味を持って手伝ってくれていたんじゃないんだね」
あまりにも悔しくて、飛鳥は唇を噛み締めていた。体が急に鉛を呑み込んだように重く感じられ、前へ足を踏み出すことさえできずに、その場に立ち尽くしていた。
「それは違うぞ!」
ロレンツォは、がしっと力を入れて飛鳥の両肩を掴む。
「初めはどうであれ、今は皆、心からこのイベントを成功させたいと思っている。この糞学校で、こんなにもワクワクして、楽しくって仕方がないのは俺だって初めてだ! お前はすごい奴だ! デヴィッド・ラザフォードはきっかけをくれただけだ。それだって、お前を信じているからだろ」
「ありがとう、ロレンツォ。きみは、なんだかすごくポジティブだね」
飛鳥は無理に唇を引き上げ、笑みを作った。
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