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一章
ガイ・フォークス・ナイト1
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「英国のお祭って恐ろしいね」
二週間後に迫ったガイ・フォークス・ナイトについて調べていた杜月飛鳥は、会合から戻ってきたばかりのヘンリー・ソールスベリーに不満顔で話かけた。
「日本の祭とは大分違う」
『ガイ・フォークス・ナイト』ガイ・フォークスとその一味が、1605年にカトリックの反乱者を率いて時の国王と議員の殺害を謀り、直前で失敗に終わった。その計画の失敗を祝って催される祭り。かがり火をたき、花火を打ち上げる。
パソコン画面上の説明に一通り目を通して、飛鳥は納得がいかないとばかりに深く吐息をついて続ける。
「絞首刑にされた人を何百年にも渡ってさらし者にし続けるなんて」
「ガイ・フォークスはテロリストだ」
「だから世界中からテロがなくならないんだ。日本の歴史でも、反乱、謀反はいくらでもあったけれど、無念の死を遂げた人はその魂が鎮まるように御霊として祀られる。無念な想いを汲んで鎮めることで、同じ悲劇が繰り返されることを防ぐんだ」
「反乱者を弔うのかい? 英国じゃ考えられないな。それだから、日本は舐められるんじゃないのか?」
ヘンリーは、たかが祭りの由来に憤慨する飛鳥を、面白そうに眺めながら反論した。
「舐められたっていいんだ。少数派が武力に訴え、暴力で主張することを止めることができるのなら」
「ずいぶんテロリストに同情的なんだな、きみは」
「僕はきみみたいな支配階級じゃないからね。いつ爆弾を仕掛けたっておかしくない少数派の側だよ。それをしないのは、たんに自分がガイ・フォークスの二の舞になりたくないからだよ」
いつになく辛辣な飛鳥の物言いを、ヘンリーは意外に思う。こんな飛鳥を彼は知らない。「友だちのフリはできない」と、ヘンリーの奢った振舞いをたしなめたときでさえ、飛鳥は彼を気遣う物言いをしていた。彼は他国の文化に対して、いつも穏やかにやり過ごし、率直に意見することすらなかったのだ。
「二の舞になるなよ、と警告するための祭りだよ。それでも闘いたいのなら、知恵と知識で武装することだ。『知恵ある者の前に、愚者は恐れひれ伏す』。テロは愚か者のすることだ」
ヘンリーのたしなめるような言い分に、飛鳥はもう何も言い返さず押し黙った。
しばらくして飛鳥はハッとして、もう一度ヘンリーに声をかけた。
ヘンリーが、ガイ・フォークス・ナイトの催しものを決めるための、監督生と生徒会の合同会合に出席していたのを思いだしたのだ。
「学寮の出し物は、何に決まったの?」
「仮装行列は、アーサー王と円卓の騎士。それに、プロジェクション・マッピングでガイ・フォークスの3D映画を流すことになったよ」
「たったの2週間で、映画製作?」
「まさか。以前に作ったものがあるんだ。2Dを3Dに加工し直すらしい」
「ふーん。プロジェクション・マッピングって、場所は野外だよね。スクリーンはどうするの? 石塀に映すのは無理があるだろ?」
「それを技術クラスのきみに訊ねてこいって、言われたよ」
監督生達の飛鳥への嫌がらせだ。解ってはいるが、飛鳥ならどうするのかを知りたくて、ヘンリーは黙って引き受けてきたのだ。
「大きさは?」
「80~120インチは欲しいんじゃないかな」
2、3メートルって、ところか。ぎりぎりかなあ、と飛鳥は頭の中で計算する。
「80インチでいいなら、フォグ・スクリーンを作れるよ。それ以上大きいとちょっと難しい」
「フォグ・スクリーン?」
フォグ・スクリーンとは、人工的に薄く均一な霧を発生させ、そこにプロジェクターで鮮明な映像を映し出すことのできる技術だと、飛鳥は淡々と説明した。
目の前で話していながらどこを見ているのか判らないような飛鳥の焦点の合わない表情に、ヘンリーは、またもサラの姿を重ねて見ていた。
この輪郭の薄い、捉えどころのない大人しい男に、本当にサラのように自ら立ち、かせられた運命にたち向かっていく力があるのか、確かめたい思いが沸々と湧いてくる。
「先にその映画をみたい。それに合わせて考えるよ」
「2Dでいいなら、動画サイトで見られる」
期待通りの飛鳥の反応に、ヘンリーは内心ほくそ笑んでいた。
二週間後に迫ったガイ・フォークス・ナイトについて調べていた杜月飛鳥は、会合から戻ってきたばかりのヘンリー・ソールスベリーに不満顔で話かけた。
「日本の祭とは大分違う」
『ガイ・フォークス・ナイト』ガイ・フォークスとその一味が、1605年にカトリックの反乱者を率いて時の国王と議員の殺害を謀り、直前で失敗に終わった。その計画の失敗を祝って催される祭り。かがり火をたき、花火を打ち上げる。
パソコン画面上の説明に一通り目を通して、飛鳥は納得がいかないとばかりに深く吐息をついて続ける。
「絞首刑にされた人を何百年にも渡ってさらし者にし続けるなんて」
「ガイ・フォークスはテロリストだ」
「だから世界中からテロがなくならないんだ。日本の歴史でも、反乱、謀反はいくらでもあったけれど、無念の死を遂げた人はその魂が鎮まるように御霊として祀られる。無念な想いを汲んで鎮めることで、同じ悲劇が繰り返されることを防ぐんだ」
「反乱者を弔うのかい? 英国じゃ考えられないな。それだから、日本は舐められるんじゃないのか?」
ヘンリーは、たかが祭りの由来に憤慨する飛鳥を、面白そうに眺めながら反論した。
「舐められたっていいんだ。少数派が武力に訴え、暴力で主張することを止めることができるのなら」
「ずいぶんテロリストに同情的なんだな、きみは」
「僕はきみみたいな支配階級じゃないからね。いつ爆弾を仕掛けたっておかしくない少数派の側だよ。それをしないのは、たんに自分がガイ・フォークスの二の舞になりたくないからだよ」
いつになく辛辣な飛鳥の物言いを、ヘンリーは意外に思う。こんな飛鳥を彼は知らない。「友だちのフリはできない」と、ヘンリーの奢った振舞いをたしなめたときでさえ、飛鳥は彼を気遣う物言いをしていた。彼は他国の文化に対して、いつも穏やかにやり過ごし、率直に意見することすらなかったのだ。
「二の舞になるなよ、と警告するための祭りだよ。それでも闘いたいのなら、知恵と知識で武装することだ。『知恵ある者の前に、愚者は恐れひれ伏す』。テロは愚か者のすることだ」
ヘンリーのたしなめるような言い分に、飛鳥はもう何も言い返さず押し黙った。
しばらくして飛鳥はハッとして、もう一度ヘンリーに声をかけた。
ヘンリーが、ガイ・フォークス・ナイトの催しものを決めるための、監督生と生徒会の合同会合に出席していたのを思いだしたのだ。
「学寮の出し物は、何に決まったの?」
「仮装行列は、アーサー王と円卓の騎士。それに、プロジェクション・マッピングでガイ・フォークスの3D映画を流すことになったよ」
「たったの2週間で、映画製作?」
「まさか。以前に作ったものがあるんだ。2Dを3Dに加工し直すらしい」
「ふーん。プロジェクション・マッピングって、場所は野外だよね。スクリーンはどうするの? 石塀に映すのは無理があるだろ?」
「それを技術クラスのきみに訊ねてこいって、言われたよ」
監督生達の飛鳥への嫌がらせだ。解ってはいるが、飛鳥ならどうするのかを知りたくて、ヘンリーは黙って引き受けてきたのだ。
「大きさは?」
「80~120インチは欲しいんじゃないかな」
2、3メートルって、ところか。ぎりぎりかなあ、と飛鳥は頭の中で計算する。
「80インチでいいなら、フォグ・スクリーンを作れるよ。それ以上大きいとちょっと難しい」
「フォグ・スクリーン?」
フォグ・スクリーンとは、人工的に薄く均一な霧を発生させ、そこにプロジェクターで鮮明な映像を映し出すことのできる技術だと、飛鳥は淡々と説明した。
目の前で話していながらどこを見ているのか判らないような飛鳥の焦点の合わない表情に、ヘンリーは、またもサラの姿を重ねて見ていた。
この輪郭の薄い、捉えどころのない大人しい男に、本当にサラのように自ら立ち、かせられた運命にたち向かっていく力があるのか、確かめたい思いが沸々と湧いてくる。
「先にその映画をみたい。それに合わせて考えるよ」
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