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最終章
174 コンサート3
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時の見せる刹那の夢は
夜毎の悪夢より
よほど、残酷
何度もドアをノックする音、ドアノブをガチャガチャと捻る音。早口の話声。
「マシュー」「マシュー」
僕を呼ぶ声――。
銀狐だ。
僕は鍵を外しドアを開けた。
銀狐は眉をしかめ、灯りのついていない更衣室をざっと見まわした。
「まさか、また、」
僕は微笑んで、いや、微笑もうと口角をあげ唇をひいたが、あまり上手くいかなかった。それでも軽く頭を振りながら、必死で言い訳を探した。
「違うんだ。ひとに酔ってしまって。あんなにきみに偉そうなことを言って出てきたのに、躰が辛くなって動けないなんて、恥ずかしくて……。それで、隠れていたんだ」
すらすらと嘘が流れでる。
銀狐はぐいっと僕の頬を撫でて、顔を覗きこむ。
「本当だ。泣いていた訳じゃないんだね」
でも、疑り深い金の瞳は僕を睨んだまま。
「ごめん」
「なにが? サボっていたこと?」
僕は苦笑いした。今度は上手く笑えた。
「お茶を淹れてあげる。ティーバッグしかないけれど。目を覚ますんだよ!」
銀狐は声を高めて後ろを振り返った。
「みんな、心配ないよ! 疲れて寝こけていたんだって!」
「総監が頑張らせすぎたんだろ!」
どっと笑い声が起こる。
「きみたちも彼くらい頑張ってくれたら、僕の肩の荷も軽くなるんだけどね!」
銀狐は解っているのか、いないのか――。
際どい冗談をさらりとかわして涼しい顔で笑っている。そんな彼を見ていると、本当に泣いてしまいそうになった。
「ほら、モーガン、座ってろよ」
銀狐の背後にいた数人の役員たちが椅子をくれ、それから紙コップに入った熱いお茶を手渡してくれた。
「あまり気にするなよ。お前、よくやってるよ」
「そうそう、ちょっとサボるくらいで丁度いいのさ」
「俺たちは部活優先だからさ、お前が中の雑用を引き受けてくれていて助かってるんだ。だからさ、倒れるまで頑張るなよ」
口々に僕を慰めてくれているのは、運動部のキャプテンを兼任している連中だ。生徒会には行事と会議の時くらいしか顔を見せない。
「今は休んで、帰り際の募金箱でしっかり稼いでくれりゃいいんだ」
「なんたって、エリオットの花だからな、お前は!」
花――。
暗に僕の過去のことを言われたのかと思い、カップを持つ手の力が抜けかけた。
「嬉しくないだろ。男が花なんて言われても」
銀狐が揶揄うように、だが冷めた視線でそう言った奴を睨めつけている。
「そうか? 褒めたんだけどな!」
そいつは唇をつき出して、ひょいと肩をすくめる。
「ほら、彼は仕方がないにしても、きみたちまでサボらなくてもいいんだよ。グラスの片づけ、手伝いに行きなよ」
「了解! 総監」
「すみません」
「こういう時はな、ありがとうだよ、モーガン」
「お前の分まで働いてくるからな!」
「ありがとう……」
僕は心からの笑顔でお礼を言った。みんな、にっと笑って「任せておけ!」と親指を立てて、来た時と同様どやどやと出ていった。
「まったく――」
銀狐が派手にため息をつく。そして、僕の横に椅子を引きずってきて座った。
「ジョナスには言わない方がいいの?」
「うん」
「言わないよ。だから教えて。何があったの?」
「何も。――いつものあれ。パニック障害だよ。急に怖くて堪らなくなったんだ」
本当にそうだったのかもしれない。狼に何か言われた訳ではない。彼らは、僕を見ていただけなのだから……。
銀狐はかすかに唇の端を震わせた。何かを噛みしめるように。
「ジョナスを呼んでくるよ」
「やめて。こんな惨めな姿、あいつに見せたくない」
「でも、」
「少し休めば良くなる。もう平気だよ」
銀狐は力を抜いて背もたれにもたれかかった。安物のパイプ椅子がキシキシと変な音を立てた。ぼんやりと天井の蛍光灯に面を向けている彼はいつもの彼らしくない。心ここに在らず、といった風情だ。
「わかった。でもマシュー、約束して。ジョナスには言えなくても、僕にまで隠さないって。頼むよ、きみが心配なんだ」
遠くを見ているような、そんな瞳で彼は呟いた。まるで独り言のように。
「約束するよ」
僕の方に顔を傾けて銀狐はにっと笑った。なんだか辛そうに。
そんなに彼に心配をかけてしまっていたのだろうか?
僕はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになって、「ケネス」と呼びかけてしまった。
「何?」
「あの、募金、たくさんしてもらえるように頑張るから……。あいつがそれで拗ねたら取りなしてくれる?」
「愛想をふりまくんじゃないよ、マシュー。後から面倒なことになるのは勘弁してくれよ!」
僕はようやくほっとして、にっこり笑みを向けることができた。渋面を作って唇を尖らせた、いつも通りの、心配性の僕の友人に――。
夜毎の悪夢より
よほど、残酷
何度もドアをノックする音、ドアノブをガチャガチャと捻る音。早口の話声。
「マシュー」「マシュー」
僕を呼ぶ声――。
銀狐だ。
僕は鍵を外しドアを開けた。
銀狐は眉をしかめ、灯りのついていない更衣室をざっと見まわした。
「まさか、また、」
僕は微笑んで、いや、微笑もうと口角をあげ唇をひいたが、あまり上手くいかなかった。それでも軽く頭を振りながら、必死で言い訳を探した。
「違うんだ。ひとに酔ってしまって。あんなにきみに偉そうなことを言って出てきたのに、躰が辛くなって動けないなんて、恥ずかしくて……。それで、隠れていたんだ」
すらすらと嘘が流れでる。
銀狐はぐいっと僕の頬を撫でて、顔を覗きこむ。
「本当だ。泣いていた訳じゃないんだね」
でも、疑り深い金の瞳は僕を睨んだまま。
「ごめん」
「なにが? サボっていたこと?」
僕は苦笑いした。今度は上手く笑えた。
「お茶を淹れてあげる。ティーバッグしかないけれど。目を覚ますんだよ!」
銀狐は声を高めて後ろを振り返った。
「みんな、心配ないよ! 疲れて寝こけていたんだって!」
「総監が頑張らせすぎたんだろ!」
どっと笑い声が起こる。
「きみたちも彼くらい頑張ってくれたら、僕の肩の荷も軽くなるんだけどね!」
銀狐は解っているのか、いないのか――。
際どい冗談をさらりとかわして涼しい顔で笑っている。そんな彼を見ていると、本当に泣いてしまいそうになった。
「ほら、モーガン、座ってろよ」
銀狐の背後にいた数人の役員たちが椅子をくれ、それから紙コップに入った熱いお茶を手渡してくれた。
「あまり気にするなよ。お前、よくやってるよ」
「そうそう、ちょっとサボるくらいで丁度いいのさ」
「俺たちは部活優先だからさ、お前が中の雑用を引き受けてくれていて助かってるんだ。だからさ、倒れるまで頑張るなよ」
口々に僕を慰めてくれているのは、運動部のキャプテンを兼任している連中だ。生徒会には行事と会議の時くらいしか顔を見せない。
「今は休んで、帰り際の募金箱でしっかり稼いでくれりゃいいんだ」
「なんたって、エリオットの花だからな、お前は!」
花――。
暗に僕の過去のことを言われたのかと思い、カップを持つ手の力が抜けかけた。
「嬉しくないだろ。男が花なんて言われても」
銀狐が揶揄うように、だが冷めた視線でそう言った奴を睨めつけている。
「そうか? 褒めたんだけどな!」
そいつは唇をつき出して、ひょいと肩をすくめる。
「ほら、彼は仕方がないにしても、きみたちまでサボらなくてもいいんだよ。グラスの片づけ、手伝いに行きなよ」
「了解! 総監」
「すみません」
「こういう時はな、ありがとうだよ、モーガン」
「お前の分まで働いてくるからな!」
「ありがとう……」
僕は心からの笑顔でお礼を言った。みんな、にっと笑って「任せておけ!」と親指を立てて、来た時と同様どやどやと出ていった。
「まったく――」
銀狐が派手にため息をつく。そして、僕の横に椅子を引きずってきて座った。
「ジョナスには言わない方がいいの?」
「うん」
「言わないよ。だから教えて。何があったの?」
「何も。――いつものあれ。パニック障害だよ。急に怖くて堪らなくなったんだ」
本当にそうだったのかもしれない。狼に何か言われた訳ではない。彼らは、僕を見ていただけなのだから……。
銀狐はかすかに唇の端を震わせた。何かを噛みしめるように。
「ジョナスを呼んでくるよ」
「やめて。こんな惨めな姿、あいつに見せたくない」
「でも、」
「少し休めば良くなる。もう平気だよ」
銀狐は力を抜いて背もたれにもたれかかった。安物のパイプ椅子がキシキシと変な音を立てた。ぼんやりと天井の蛍光灯に面を向けている彼はいつもの彼らしくない。心ここに在らず、といった風情だ。
「わかった。でもマシュー、約束して。ジョナスには言えなくても、僕にまで隠さないって。頼むよ、きみが心配なんだ」
遠くを見ているような、そんな瞳で彼は呟いた。まるで独り言のように。
「約束するよ」
僕の方に顔を傾けて銀狐はにっと笑った。なんだか辛そうに。
そんなに彼に心配をかけてしまっていたのだろうか?
僕はとても申し訳ない気持ちでいっぱいになって、「ケネス」と呼びかけてしまった。
「何?」
「あの、募金、たくさんしてもらえるように頑張るから……。あいつがそれで拗ねたら取りなしてくれる?」
「愛想をふりまくんじゃないよ、マシュー。後から面倒なことになるのは勘弁してくれよ!」
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