微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

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最終章

164 言い訳

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 冷たく輝く月光は
 夜の闇を
 遍く照らす




 僕の推測は杞憂で、ラグビー部との関係は切れなかった。
 新しくキャプテンになった奴が、ボート部のあの子たちを通して挨拶にきた。僕はもう、二人きりで話をするような馬鹿な真似はしなかった。
 そいつに会ったのも、学舎の中庭のベンチだ。芝生に面し通路からは離れているので多くの生徒の目には触れるが、会話を聞かれることはない絶妙な場所だ。密会というには、いささか賑やかすぎるくらいの。
 ボート部のあの子たちなりに、前回のように僕に危険が及ばないよう、考えてくれたのだと思う。ひどく捻ってしまった腕は、全治二週間だったから。
 今までのように抵抗しなければ、こんな怪我を負うこともなかったのだろうけど――。嫌だったのだから仕方がない。


 今度の新キャプテンは、あの男とはまるで違う怜悧なタイプだった。ラグビー部に脳味噌のある奴がいたのかと、驚くほどの。
 僕はラグビー部の連中は、僕とやるためにジョイントを買ってくれているのかと思っていたけれど、そういう訳でもないらしく、自意識の強い連中の間で一体感や連帯意識を強めるために、皆で廻し呑みしたりするのだそうだ。そして、互いに監視し合うことで、一人がハマりすぎて、のめり込んだりするのを防ぐらしい。

 トップエリートとしての重圧を忘れるために使用している他の連中とは違う理由に、僕は驚きを覚え、同時に納得もした。
 ジョイントの、あのすべてに溶けこむような一体感は、体感した者でなければ解らないと思う。そして、離脱症状時に感じる、すべてから切り離されたような孤独感も――。

 ともあれ、今まで通りにジョイントを買ってくれるのは僕にとってはありがたい。



「でも、僕という付加価値がつくとは思わないで欲しい」
「解っている」
 一通りの商談を終え、最後につけ加えた確認事項に、新キャプテンは無表情のまま頷いた。

「俺だって願いさげだ。――あんたにはいい迷惑だろうが、あいつは、あれでもあんたに惚れてたんだ。あんたが、先輩のものだった頃からずっと」

 今さらな言い訳に、僕は唇の端で笑って返した。

「ものは言いようだね。好きならレイプしてもいいだろうって? 小切手を切って僕を買おうとしておいて、惚れてたって? 笑わせるんじゃないよ。きみらは誤解しているようだから言っておくけどね、セドリック・ブラッドリーは僕をお金で買っていた訳じゃない。僕を、きみの友人のあの男のような暴力から守るために、お金を使っていたんだ。そんな彼だったからこそ、僕は彼を愛していた。下劣なきみの友人と同列に置かないで欲しいね」

 ちらと横目に見たこの男は、唇を引き結んだまま。

「品物の引渡しや振込先は、あの子たちに聞いて。もうこうして世間話することもないだろ? 特別な用事でもない限り近づかないでくれるかな」

 立ちあがった僕の背中に、こいつは吐き捨てるような言葉を投げつけた。

「あんた、意外に自分のことを解っていないんだな」

 僕は背中を向けたまま息をはいた。ポケットに両手をつっ込んで、このまま立ち去ろうかと迷ったけれど、思いなおして踵を返した。
 その標準以上に鍛えられた、がっしりとした体躯を若干丸めてベンチに座っているこの男の耳許に顔を寄せる。それだけでこいつは緊張でガチガチだ。耳に息がかかるほど近づけて囁いた。

「僕と一度でもやれるのなら、放校になったって本望だと思っている輩がごまんといることくらい、承知の上さ。せいぜいきみがその内の一人にならないよう、願ってるよ」


「マシュー!」

 緊張を含んだ声に振り返る。こちらを睨みつけている金の瞳に、僕は極上の笑顔を向けた。

「今、行く」


「彼、ラグビー部の新キャプテンだろ、何の用?」
「謝罪。これからこんな不祥事は絶対に起こさせないから、内密にしてくれって」
「ああ、冬季大会予選が近いから!」

 不愉快げに銀狐は唇を歪める。

「あの獣連中にあまり近づくんじゃないよ、マシュー」
「きみがいるから、彼らの方が近づいてこないさ」

 どんなに隠したところで人の口に戸は立てられない。僕の噂なんてとうに広まっている。一学年の頃から、僕はそういう意味で有名だ。鳥の巣頭が僕の耳に入れまいとしていただけ。僕が同じ目にそう何度もあうことがなかったのは、そこに大金が絡んでいたから。梟がいたから。

 その役目を、今は銀狐に負わせている。この高潔な、正義の番人のような友人に――。

 僕を傷つけた輩を、銀狐は音もなく消した。そんな風にいわれている。これまでの、梟のいた頃のような漠然とした恐れじゃない。

 銀狐は実行する。
 彼の判断が、この学校の規範ルール


 冬の月光を思わせる、銀狐のまとう冷気に似たピンとした張りつめた空気が、このエリオットに漂い始めていた。





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