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四章
150 卒業セレモニー3
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光と影の
接合点は
重なりあう空
その場に釘づけにされてしまっていた視線の先で、大鴉は、手にしていたペットボトルをあの男の膝に放った。
「これだけ教えろ。どうして飛鳥を殺そうとしたんだ?」
「――エリオットの発音だと言われた。気づかれたと、素性がバレたと思ったんだ」
チューターは、震える手でペットボトルのキャップを開けながら答えた。
エリオットの発音……。
僕はその言葉に引っかかりを覚えながらも、彼らの会話に耳を研ぎ澄ませ続けた。
「一応言っておくけれど、俺、そのボトルに薬、何錠入れたか覚えていないんだ。ただ、一つ、二つじゃないことは確かだよ。もしかしたら、致死量入れたかも知れない。それでも、飲む?」
薬、致死量――。大鴉は、この男を殺そうとしている?
あまりの展開に、僕は思わず今度こそ声をあげそうになった。
止めなければ! 大鴉を、止めなければ!
きみは、そんなことに手を染めてはいけない!
それなのに、足に力が入らない。からからに乾いた喉からは、ひゅうひゅうと息が漏れるだけで、悲鳴にすらならない。気持ちばかりが焦っても、躰は言うことをきかなかった。
あの虚ろな男に、僕のそんな祈りにも似た想いは届くはずもなく――。
ぼんやりと大鴉を見つめ、頬をひきつらせて微笑んでいた。そして、ゆっくりとボトルの口に唇を当て、一気に飲み干した。
ああ……!
崩れるように、男は躰を地面に横たえた。
「もう充分だろう?」
誰――?
「なんであんたがここにいるんだ?」
苛立たしげな声をあげて、大鴉が振り返る。
僕はとっさに、さらに躰を縮めていた。
「来賓だよ」
「だからって、なんでここに、」
「きみが何かやらかすなら、今日だろうと思ってね」
白い彼だ……。
さくさくと下生えを踏みしだく、いくつもの足音がする。
だが、鈍い音とともに、一瞬の静寂が降りた。
「きみ、この子を頼んだよ」
そっと覗き見ると、大鴉は気を失っていて、黒いローブの奨学生に担がれていた。その彼の横にいるのは、大鴉とよく一緒にいた彼の友人だ。それに、天使くん。
二人に大鴉を託した白い彼は、取りだした携帯電話ですぐさま救急車を呼んだ。そして、地面に転がっているチューターを唇を噛みしめて睨めつけている天使くんに声をかけた。
「お前は遊歩道の入り口で待機して、救急隊員を誘導して」
「助けることなんかない! 死んでしまえばいいんだ、こんな奴!」
天使くんの押し殺したような、けれど鋭い声が響く。
「ヨシノは優しい子だよ。いつかきっと、後悔する。赦せなかった自分を責めることになる。それに何よりも、アスカが悲しむ。彼の弟を人殺しにする訳にはいかない」
彼の弟……? アスカって人は、大鴉のお兄さん?
「人殺しなんかじゃない! このひとは、自分でそれを飲んだんだ!」
自分と同じ青紫の瞳を怒りで燃え立たせる天使くんにやるせない微笑を向け、白い彼は有無を言わせない口調で一言告げた。
「行きなさい」
遠ざかる足音を聞きながら、僕の口からは安堵の吐息が漏れていた。
「そこのきみ、」
…………!
「きみ、今見たことは、きみだけの胸の内にしまっておいてはもらえないかな。こんなことで、未来あるあの子の行く道を汚したくはないんだ」
「――もちろんです。僕、僕だってエリオット校生の端くれです。告げ口なんて下劣な真似は誓ってしません」
震える声を絞りだすようにして、僕は応えた。
「ありがとう」
白い彼の声音が、優しく緩んだような気がした。
「さぁ、行って。じきに救急隊員が来る。騒がしくなる前に」
「彼のこと、お願いします。彼は、僕の、僕らの誇るエリオットの銀ボタンなのですから!」
「言われるまでもない。きみ、ありがとう」
嬉しそうな、誇らし気な彼の声が、胸に響いた。
僕は大きく息を吸って、委縮しきっていた身体を奮い立たせ、一気に駆けだした。
息を弾ませ森の入り口までたどり着くと、道向こうにいるはずの天使くんと顔を合わせせないように、クリケット場に向かう脇道へと迂回した。
鬱蒼とした茂みの中を今一度振り返る。もう、白い彼の姿も、あのチューターも、仄暗い樹々の作る闇に阻まれ、遠目に見ることさえできなかった。
初めて言葉を交わした白い彼は、今まで思い描いていたどんな彼とも異なっていた。
僕という想定外の目撃者を見咎めながら、彼は、僕の顔を見、素性を確かめようとはしなかった。ただ、僕の言葉だけを信じてくれたのだ。
そのことが、無性に嬉しかった……!
やがて、けたたましいサイレンを鳴り響かせながら救急車が到着した。そして、森との境の、行き止まりとなる道路付近から、ガヤガヤと騒がしい人の気配と呼び声が聞こえてきた。
接合点は
重なりあう空
その場に釘づけにされてしまっていた視線の先で、大鴉は、手にしていたペットボトルをあの男の膝に放った。
「これだけ教えろ。どうして飛鳥を殺そうとしたんだ?」
「――エリオットの発音だと言われた。気づかれたと、素性がバレたと思ったんだ」
チューターは、震える手でペットボトルのキャップを開けながら答えた。
エリオットの発音……。
僕はその言葉に引っかかりを覚えながらも、彼らの会話に耳を研ぎ澄ませ続けた。
「一応言っておくけれど、俺、そのボトルに薬、何錠入れたか覚えていないんだ。ただ、一つ、二つじゃないことは確かだよ。もしかしたら、致死量入れたかも知れない。それでも、飲む?」
薬、致死量――。大鴉は、この男を殺そうとしている?
あまりの展開に、僕は思わず今度こそ声をあげそうになった。
止めなければ! 大鴉を、止めなければ!
きみは、そんなことに手を染めてはいけない!
それなのに、足に力が入らない。からからに乾いた喉からは、ひゅうひゅうと息が漏れるだけで、悲鳴にすらならない。気持ちばかりが焦っても、躰は言うことをきかなかった。
あの虚ろな男に、僕のそんな祈りにも似た想いは届くはずもなく――。
ぼんやりと大鴉を見つめ、頬をひきつらせて微笑んでいた。そして、ゆっくりとボトルの口に唇を当て、一気に飲み干した。
ああ……!
崩れるように、男は躰を地面に横たえた。
「もう充分だろう?」
誰――?
「なんであんたがここにいるんだ?」
苛立たしげな声をあげて、大鴉が振り返る。
僕はとっさに、さらに躰を縮めていた。
「来賓だよ」
「だからって、なんでここに、」
「きみが何かやらかすなら、今日だろうと思ってね」
白い彼だ……。
さくさくと下生えを踏みしだく、いくつもの足音がする。
だが、鈍い音とともに、一瞬の静寂が降りた。
「きみ、この子を頼んだよ」
そっと覗き見ると、大鴉は気を失っていて、黒いローブの奨学生に担がれていた。その彼の横にいるのは、大鴉とよく一緒にいた彼の友人だ。それに、天使くん。
二人に大鴉を託した白い彼は、取りだした携帯電話ですぐさま救急車を呼んだ。そして、地面に転がっているチューターを唇を噛みしめて睨めつけている天使くんに声をかけた。
「お前は遊歩道の入り口で待機して、救急隊員を誘導して」
「助けることなんかない! 死んでしまえばいいんだ、こんな奴!」
天使くんの押し殺したような、けれど鋭い声が響く。
「ヨシノは優しい子だよ。いつかきっと、後悔する。赦せなかった自分を責めることになる。それに何よりも、アスカが悲しむ。彼の弟を人殺しにする訳にはいかない」
彼の弟……? アスカって人は、大鴉のお兄さん?
「人殺しなんかじゃない! このひとは、自分でそれを飲んだんだ!」
自分と同じ青紫の瞳を怒りで燃え立たせる天使くんにやるせない微笑を向け、白い彼は有無を言わせない口調で一言告げた。
「行きなさい」
遠ざかる足音を聞きながら、僕の口からは安堵の吐息が漏れていた。
「そこのきみ、」
…………!
「きみ、今見たことは、きみだけの胸の内にしまっておいてはもらえないかな。こんなことで、未来あるあの子の行く道を汚したくはないんだ」
「――もちろんです。僕、僕だってエリオット校生の端くれです。告げ口なんて下劣な真似は誓ってしません」
震える声を絞りだすようにして、僕は応えた。
「ありがとう」
白い彼の声音が、優しく緩んだような気がした。
「さぁ、行って。じきに救急隊員が来る。騒がしくなる前に」
「彼のこと、お願いします。彼は、僕の、僕らの誇るエリオットの銀ボタンなのですから!」
「言われるまでもない。きみ、ありがとう」
嬉しそうな、誇らし気な彼の声が、胸に響いた。
僕は大きく息を吸って、委縮しきっていた身体を奮い立たせ、一気に駆けだした。
息を弾ませ森の入り口までたどり着くと、道向こうにいるはずの天使くんと顔を合わせせないように、クリケット場に向かう脇道へと迂回した。
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僕という想定外の目撃者を見咎めながら、彼は、僕の顔を見、素性を確かめようとはしなかった。ただ、僕の言葉だけを信じてくれたのだ。
そのことが、無性に嬉しかった……!
やがて、けたたましいサイレンを鳴り響かせながら救急車が到着した。そして、森との境の、行き止まりとなる道路付近から、ガヤガヤと騒がしい人の気配と呼び声が聞こえてきた。
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