微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

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四章

136 あっけない顛末

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 目を瞑ってみて
 僕も、君も
 闇になるだろ?
 でも、同じじゃないんだ




 結局僕は五日間も寝込んでしまった。
 その間に学内は次年度の生徒会選挙と、週末のスポーツ大会に集約し、六月にずれこんだGCSEやAレベルの教科を取っている生徒や、学年末試験を受ける下級生を残して、どこか浮かれ飛んだ空気が流れていた。

 この選挙で、今はマクドウェルの手下となっているボート部の子たちは無事に生徒会入りを果たした。銀狐や鳥の巣頭は反対したけれど、僕が彼らをかばって推薦したからだ。
 彼らは本当に、梟に、というよりも、梟に頼まれたボート部のキャプテンからの命令で僕の送迎をしていただけで、梟とはそんなに面識がある訳でもなかったのだから、と訝る二人を宥めすかした。

 彼らには、恩を売っておかないと僕が困るんだ。

 風邪で寝込んでいた間、このことばかりを考え続けていた。堂々巡りの出口のない問いを。そして、出した答えがこれ。
 マクドウェルは、売り上げが落ちて困っていると言っていたのだから、この子たちを生徒会に入れて、僕が受け渡しを請け負っていた運動部の連中への販売網をそっくりそのまま渡せばいいんだ、と。
 僕の関わっていた連中はほとんどが卒業してしまう。けれど、彼らは彼らで、ジョイントを使って部内を仕切っていた経緯がある。
 子爵さまによると、ジョイントは食欲を増進させるし、お酒を飲むよりも身体に負担がない、ストレスが軽減されるから、と先輩から勧められたことが吸い始めたきっかけらしい。それも、あくまで試合で良い結果を残すためにだ。だから子爵さまは僕みたいになることもなく、すっぱりジョイントを止めることも簡単だったみたいだ。
 ボート部の子たちも同じ。ジョイントを吸っても嗜む程度って感じで、授業を休むほどの酷い後遺症に苛まれるまで吸ったりしない。精神安定剤のような感覚みたいだ。

 それに今は、蛇やアヌビスが常用していたような強いジョイントは扱ってはいないから、もあるかもしれない。
 でも逆に、中毒性が薄い分、量を捌かなきゃいけない。……僕はここまで考えて、どうして梟が僕にジョイントを売るよりも、販売させることを選んだのか理解できたような気がした。

 彼らに取って、中毒性があるのは僕。
 そして僕はずっとジョイントに囚われていた。

 後一年、そうすれば僕も卒業だ。それまで何とか持ちこたえればいい。マクドウェルを怒らせないようにして。僕は梟みたいに彼に借りがある訳じゃないし、ジョイントの販売網は代々受け継がれていくものなのだから、卒業すればそれで終わる。今までと同じ。梟が教えてくれた通りにすればいいんだ。

 そうすれば――。




「マシュー」
 ノックの後、間を置いて入ってきた鳥の巣頭に微笑み返した。
「もう平気。すっかり良くなったよ」
「良かった。ずいぶんしつこい風邪だったもの。生徒会の中でも寝込んだ子が何人かいたんだよ。今年の午前の部の下級生組クリケットは名試合だったからねぇ」
「皆、雨の中でも観戦していたものね」

 大鴉を――。

 僕は朗らかに頷いた。
「風邪は辛かったけれど、頑張って準備した甲斐があったね」

 きみの生徒総監としての集大成の行事だもの。

 ハーフターム明けのスポーツ大会からは、現四学年の役員が中心となって行事を執り行う。卒業を間近に控えた最高学年生に行事を楽しんでもらうためだ。

 本当に、鳥の巣頭と一緒にいられるのも後わずかなのだと、そんな些細な会話の一語一語から実感して、僕は、胸が詰まる思いを誤魔化しながら笑みを貼りつかせた。


 生徒会役員や各部のキャプテンが出揃った今、僕に出来る範囲の事をマクドウェルに告げに行かなければ。ハーフタームは鳥の巣頭の家に行くからその前に。短い休みから戻ればじきに卒業式があり、夏季休暇に入ってしまう。

 その前に、僕はどこまですればいいのか、彼に確かめなくては。
 大丈夫。僕は上手くやれる。今までだって、ちゃんとやってこられたんだもの。




「――あの子、」
 学舎に向かう道々、鳥の巣頭が俯いたまま何か呟いた。
「カレッジ寮の銀ボタン。彼、来年度も銀ボタンに決定したよ。……彼の投資サークルを通して得たデーターを考察して組まれた、金融工学の新たな可能性に言及した論文が、マスマティカル・サイエンスに掲載されることが決定したんだ」
「マスマティカル――?」
「世界で最も権威のある数学雑誌だよ」
 鳥の巣頭は感情の読めない声音で話し続けた。視線は僕に向けることもなく、じっと地面を見つめたままで。
「インサイダー取引は全くの誤解だって、アメリカから戻ったフェイラーがはっきり否定したんだ。僕もその場で弁明を聞いていたんだけれど、本当に寝耳に水って感じで、彼、すさまじく怒っていたよ。証券詐欺の疑いがあるっていわれていたのも、その被害を訴えていた本人たちが間違いだったって苦情を取りさげたし、彼に何の落ち度もないことがはっきりと証明されたからね。そこにマスマティカル・サイエンスに論文掲載なんて成し遂げられたら、彼の銀ボタン授与は誰にも文句なんてつけようがない、当然の帰結だよ」

 鳥の巣頭は大鴉を嫌っているはずなのに、その口調はちっとも悔しそうでも腹立たしげでもなくて、どこか安堵しているようだ。僕はこいつの言うことに納得できなくて、そのまま黙って考えこんでしまった。



「証券詐欺が間違いだったって、どういうこと?」
 あれこれ考えてはみたけれど、さっぱり判らなくて、首を傾げて鳥の巣頭の顔を覗きこんだ。いきなり話を蒸し返されてびっくりしたのか、こいつは目を大きく見開いて睫毛を瞬いた。
「それは――、僕にもよくは判らない。校長先生がそうおっしゃったんだ。苦情は取りさげられたって」

 そんな馬鹿なことがあるだろうか?

 銀狐の話からはそんなふうには窺えなかった。
 眉をひそめる僕に、鳥の巣頭は不思議そうな顔を向けている。

「きみは、嬉しくないの?」
「――嬉しいよ。きみの生徒会在籍中に大きな問題に発展しなくて、本当に良かったよ」


 無理ににこやかな笑みを作ってみせた僕に、鳥の巣頭はどこか淋しげな、虚ろな笑みを返して、また、俯いてしまった。





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