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四章
112 投資サークル
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風が、変わる。
ハーフタームは鳥の巣頭の家ですごした。一日一日が短調に繰り返される。同じ今日をリピート再生しているみたいだ。何も変わらない日常。平凡な日々。
学校ではそわそわと落ち着かない様子で元気のなかった鳥の巣頭も、家では持ち前の明るさを取り戻して、僕たちはこの休暇をのんびりとすごすことができた。
学校に戻り、また代わり映えのしない日々が始まる。生徒会執務室での役務もいつも通り。
「銀ボタンからサークル新設申請書が出ているぞ」
僕は銀ボタン、という単語に反応してちらりと視線を上げた。
「何の?」
鳥の巣頭も手を止めて顔を上げる。
「投資サークルだって。ええと、自分が開発したバーチャル・シミュレーションソフトを使って、株式市場分析。サークル活動期間は三から四ヶ月で、会員募集が――」
「却下」
「経済学のウッド先生と上級数学のブラウン先生の推薦状付き。創設理由、金融工学の不確実性に関するレポート執筆のため」
無視して続けられた言葉に、鳥の巣頭は眉をしかめて渋い顔をしている。
「先生方のお墨付きじゃ、ね?」
銀狐がくすくす笑いながら腕を伸ばし、指をひらひらさせて書類を催促している。手渡された書類をさらりと確認し、隣の鳥の巣頭の執務机に置く。鳥の巣頭は内容を読みもせずにサインして銀狐に突き返した。どこか不貞腐れているような鳥の巣頭を、銀狐は揶揄うような瞳で笑っている。
「これも。コンピューター室の使用許可書にサインを忘れているよ」
返された書類から一枚をぬき出し、鳥の巣頭の前でひらひらと振る。はぁ、とその陰で大きなため息が聞こえた。
「ちょっと、詳細を見せて下さいよ」
二人の様子をチラ見しながら話に割りこむタイミングを計っていた数名の役員が、もう銀狐の周りに集まっている。
「きみら、そんなものに興味あるの?」
鳥の巣頭がどこか呆れた調子で訊ねている。
「ここだけの話だけどね、」
その中の一人が、鳥の巣頭に顔を寄せ声を潜めた。といっても、内緒話というよりは、皆に聞かせたくてウズウズしているようだ。
僕はカードを書きながら、耳をそばだてた。
「こいつが作ったソフトね、もともとはソールスベリー先輩の会社で開発した資産運用の投資売買助言ソフトだって噂なんですよ。銀ボタンは、数学じゃケンブリッジからお呼びがかかるくらいの天才だからね。そのソフトの精度をさらに上げて、一般市販する前の試作運用のシミュレーションで、誤差を測るための人数集めなんだって」
「そんな、いくら先輩の会社だからって、一般企業の練習台にうちの学校を使うっていうこと?」
声を荒立てた鳥の巣頭に、その役員は慌てて長い人差し指を一本立てて、諭すように振る。
「凄いパフォーマンスなんだ」
「意味が判らない」
鳥の巣頭は唇を尖らせる。
「つまりさ、プロの使っている市場分析ソフトを、僕たちも目の当たりで見れるってことだよ」
「僕はゆくゆくは、銀行の投資部門志望だからね、このサークルにはぜひとも参加したいんだ」
「解らないかなぁ! こいつの金融の知識は、拝聴するだけの価値があるんだよ」
皆、口々に大鴉を誉めそやしている。また僕の知らない大鴉の一面だ。それなのに、鳥の巣頭は不愉快そうに眉根を寄せている。
「天才だかなんだか知らないけれど、問題を起こすようなら即、解散させるからね」と、顎を突きだして言い放つと、執務机をコンコンと叩いて、集まっていた連中にそれぞれの机に戻るようにと促した。
正直、僕には彼らの話がちんぷんかんぷんだ。だけど、大鴉がサークルを始めるということ、それが、彼らみたいな新しいもの好きな連中に、かなりの期待を持たれていることだけは解った。
ほどなく、鳥の巣頭は銀狐を誘って席を立った。執務室のドアが閉まるなり、
「あ~あ、ありゃ、総監は相当のお冠だねぇ」
「総監、銀ボタンのこと嫌っているからねぇ」
「尾を引いているなぁ」
さっきの連中がため息をつく。何の話だか判らずに首を傾げていると、「モーガン、お茶を飲むかい?」となかの一人が声をかけてきた。近くの四学年生にお茶を淹れるように言いつけて、僕の前にまで椅子を引っ張ってきた。
「なぁ、気になるんだろ?」と、僕の顔を覗きこむ。
「総監、前年度はあの銀ボタンのせいで、危うく生徒会を辞めさせられるところだったからさ」
「え?」
息を呑んだ僕を見て、こいつは声を殺して肩で笑った。
「ほら、覚えているだろ、前年度の辞任劇。銀ボタンがらみのさ。本当は総監も引責辞任するはずだったんだよ。かなり直接的にかかわっていたからね。それなのに、あいつだけが、まだ四学年だから嫌だって頑として首を縦に振らなかったんだ。汚名は払拭してみせるからって。そんなこんなでゴタゴタ揉めていたときに休学中だった副総監がさ、自分の代理にあいつを指名してやって、皆を納得させたんだ」
鳥の巣頭からそんな話は聴いていない……。
「銀ボタンとあいつには因縁があるんだよ。だからさ、」
彼の話はここからが本題らしかった。熱心な瞳で大鴉の発足するサークルの重要性を僕に解き、スムーズな運営が行われるように、せめて邪魔させないように、鳥の巣頭を説得してほしい、と僕に頼みこんできたのだ。
「僕ごときが総監に意見を言うなんて、そんなおこがましいことは――。でも、その投資サークルには僕も興味があります」
困ってしまって、小首を傾げて作り笑いを浮かべた。
「へぇ! じゃ、きみもサークルに入るかい? 正式に承認が下りて詳細が決まったら声をかけてあげるよ」
「僕にもお願いします」
お茶を持ってきてくれた同期の役員が愛想笑いを浮かべて追従する。
いつの間にか僕の席の周りには人の輪ができていて、大鴉のサークルの話に花が咲いていた。
ハーフタームは鳥の巣頭の家ですごした。一日一日が短調に繰り返される。同じ今日をリピート再生しているみたいだ。何も変わらない日常。平凡な日々。
学校ではそわそわと落ち着かない様子で元気のなかった鳥の巣頭も、家では持ち前の明るさを取り戻して、僕たちはこの休暇をのんびりとすごすことができた。
学校に戻り、また代わり映えのしない日々が始まる。生徒会執務室での役務もいつも通り。
「銀ボタンからサークル新設申請書が出ているぞ」
僕は銀ボタン、という単語に反応してちらりと視線を上げた。
「何の?」
鳥の巣頭も手を止めて顔を上げる。
「投資サークルだって。ええと、自分が開発したバーチャル・シミュレーションソフトを使って、株式市場分析。サークル活動期間は三から四ヶ月で、会員募集が――」
「却下」
「経済学のウッド先生と上級数学のブラウン先生の推薦状付き。創設理由、金融工学の不確実性に関するレポート執筆のため」
無視して続けられた言葉に、鳥の巣頭は眉をしかめて渋い顔をしている。
「先生方のお墨付きじゃ、ね?」
銀狐がくすくす笑いながら腕を伸ばし、指をひらひらさせて書類を催促している。手渡された書類をさらりと確認し、隣の鳥の巣頭の執務机に置く。鳥の巣頭は内容を読みもせずにサインして銀狐に突き返した。どこか不貞腐れているような鳥の巣頭を、銀狐は揶揄うような瞳で笑っている。
「これも。コンピューター室の使用許可書にサインを忘れているよ」
返された書類から一枚をぬき出し、鳥の巣頭の前でひらひらと振る。はぁ、とその陰で大きなため息が聞こえた。
「ちょっと、詳細を見せて下さいよ」
二人の様子をチラ見しながら話に割りこむタイミングを計っていた数名の役員が、もう銀狐の周りに集まっている。
「きみら、そんなものに興味あるの?」
鳥の巣頭がどこか呆れた調子で訊ねている。
「ここだけの話だけどね、」
その中の一人が、鳥の巣頭に顔を寄せ声を潜めた。といっても、内緒話というよりは、皆に聞かせたくてウズウズしているようだ。
僕はカードを書きながら、耳をそばだてた。
「こいつが作ったソフトね、もともとはソールスベリー先輩の会社で開発した資産運用の投資売買助言ソフトだって噂なんですよ。銀ボタンは、数学じゃケンブリッジからお呼びがかかるくらいの天才だからね。そのソフトの精度をさらに上げて、一般市販する前の試作運用のシミュレーションで、誤差を測るための人数集めなんだって」
「そんな、いくら先輩の会社だからって、一般企業の練習台にうちの学校を使うっていうこと?」
声を荒立てた鳥の巣頭に、その役員は慌てて長い人差し指を一本立てて、諭すように振る。
「凄いパフォーマンスなんだ」
「意味が判らない」
鳥の巣頭は唇を尖らせる。
「つまりさ、プロの使っている市場分析ソフトを、僕たちも目の当たりで見れるってことだよ」
「僕はゆくゆくは、銀行の投資部門志望だからね、このサークルにはぜひとも参加したいんだ」
「解らないかなぁ! こいつの金融の知識は、拝聴するだけの価値があるんだよ」
皆、口々に大鴉を誉めそやしている。また僕の知らない大鴉の一面だ。それなのに、鳥の巣頭は不愉快そうに眉根を寄せている。
「天才だかなんだか知らないけれど、問題を起こすようなら即、解散させるからね」と、顎を突きだして言い放つと、執務机をコンコンと叩いて、集まっていた連中にそれぞれの机に戻るようにと促した。
正直、僕には彼らの話がちんぷんかんぷんだ。だけど、大鴉がサークルを始めるということ、それが、彼らみたいな新しいもの好きな連中に、かなりの期待を持たれていることだけは解った。
ほどなく、鳥の巣頭は銀狐を誘って席を立った。執務室のドアが閉まるなり、
「あ~あ、ありゃ、総監は相当のお冠だねぇ」
「総監、銀ボタンのこと嫌っているからねぇ」
「尾を引いているなぁ」
さっきの連中がため息をつく。何の話だか判らずに首を傾げていると、「モーガン、お茶を飲むかい?」となかの一人が声をかけてきた。近くの四学年生にお茶を淹れるように言いつけて、僕の前にまで椅子を引っ張ってきた。
「なぁ、気になるんだろ?」と、僕の顔を覗きこむ。
「総監、前年度はあの銀ボタンのせいで、危うく生徒会を辞めさせられるところだったからさ」
「え?」
息を呑んだ僕を見て、こいつは声を殺して肩で笑った。
「ほら、覚えているだろ、前年度の辞任劇。銀ボタンがらみのさ。本当は総監も引責辞任するはずだったんだよ。かなり直接的にかかわっていたからね。それなのに、あいつだけが、まだ四学年だから嫌だって頑として首を縦に振らなかったんだ。汚名は払拭してみせるからって。そんなこんなでゴタゴタ揉めていたときに休学中だった副総監がさ、自分の代理にあいつを指名してやって、皆を納得させたんだ」
鳥の巣頭からそんな話は聴いていない……。
「銀ボタンとあいつには因縁があるんだよ。だからさ、」
彼の話はここからが本題らしかった。熱心な瞳で大鴉の発足するサークルの重要性を僕に解き、スムーズな運営が行われるように、せめて邪魔させないように、鳥の巣頭を説得してほしい、と僕に頼みこんできたのだ。
「僕ごときが総監に意見を言うなんて、そんなおこがましいことは――。でも、その投資サークルには僕も興味があります」
困ってしまって、小首を傾げて作り笑いを浮かべた。
「へぇ! じゃ、きみもサークルに入るかい? 正式に承認が下りて詳細が決まったら声をかけてあげるよ」
「僕にもお願いします」
お茶を持ってきてくれた同期の役員が愛想笑いを浮かべて追従する。
いつの間にか僕の席の周りには人の輪ができていて、大鴉のサークルの話に花が咲いていた。
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