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四章
109 ゴシップ記事
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水面に映る月を
両手で掬う
ゆらゆらと揺れる面影
今年のクリスマス休暇は、鳥の巣頭がうちに来た。アヌビスが久しぶりに帰省しているからだ。表向きはAレベル冬期試験を目前に控え、兄の友人たちが出入りする自宅では勉強しづらい、との理由だ。本音は、僕の監視のためなのだろうけれど。
クリスマス当日はそれぞれ自宅ですごし、鳥の巣頭は翌二十六日の昼すぎに僕の家を訪れた。両親に挨拶をすませ、あてがわれた客室に移動して僕と二人っきりになったとたん、こいつは生き生きと頬を紅潮させ、ポケットから携帯を取りだした。
「もう見たかい? すごいことになってるよね!」
相変わらずのゴシップ好きめ!
僕は眉をしかめ、軽蔑をこめてこいつを一瞥してから、手渡された携帯画面に視線を落とした。そして思わず、息を詰めていた。
そこには、私服の大鴉の写真がいくつも写っていたからだ。SNSのサイトらしい。
画面をスクロールする指が、かじかんだように上手く動かない。
画面の中で、天使くんと手を繋いでふざけあい、笑いあっている大鴉は、僕の知っている大鴉じゃない、別の人みたいだ。
じっと僕を見つめる鳥の巣頭の視線を感じながら、僕は震えだしてしまいそうな唇を引き結び、奥歯をぐっと噛みしめた。
「クリスマス・デートって……。別にこの二人が一緒にいたって不思議じゃないだろ、同じカレッジ寮だし。確か、お兄さん同士が親友だって――。」
以前誰かから聴いた話を、自分自身に言い聞かすように繰り返す。
「それはそうなんだけどね」
鳥の巣頭は僕の横から画面を覗きこんで切り替える。
「この女の子、ソールスベリー先輩の妹なんだ。どっちが彼の本命なのかな、って」
「妹――?」
怪訝な視線を鳥の巣頭に向けた。だって、大鴉と一緒にその画面に写っていた子は、褐色の肌に黒髪なのだ。
「先輩の腹違いの妹なんだって」
ポスターのモデルで一躍有名になった天使くんはともかく、なぜ大鴉がこうも騒がれているかって理由を、鳥の巣頭はかい摘んで教えてくれた。
白い彼の会社の新製品発表の日、一時的にこの義理の妹が行方不明になったらしい。この義妹は幼い頃誘拐されたことがあったらしく、事件に巻き込まれた可能性から、白い彼は、新製品の記者会見を放棄して彼女を探しにでた。
幸いに事件でもなんでもなく、義妹は博物館で大鴉と一緒にいるところを発見されたのだけれど、そのとき大勢の人に囲まれたことが、その子の持病のパニック障害を引き起こして、ひと騒動あったのだそうだ。
その様子がまずSNSで拡散され、しばらくして、白い彼の釈明謝罪映像が流されたのだそうだ。
このときの白い彼の対応が世間の同情を買って注目が集まっていた同時期に、当事者の一人である大鴉はまた別の相手とデートして遊びまわっていたと、酷いひんしゅくを買っているのだそうだ。
「あのポスターの天使が先輩の弟だって、公表していないんだよね」
酷いとばっちりを受けて、悪しざまにいわれている大鴉には同情せずにいられない。
「エリオットの制服を着ているけれど、性別も不詳で売りだしているみたいだよ」
生徒会としては、天使くんに関して一切口外無用の方針を徹底させている。エリオットは個人のプライバシー問題にはとても煩いのだ。政財界や、両家の子弟が多く通う学校なのだから当然だ。
でも、「どちらも先輩の弟に妹なのだから、彼が一緒にいたってべつに不思議でもなんでもないじゃないか」と、再び、画面に流れる記事に目を走らせながら呟いた。
そこには、白い彼の代理として記者会見を行った大鴉の兄の記事も載っていたのだ。やはり去年のコンサートで白い彼と一緒にいた人だ。大鴉とはあまり似ていない。
「学校が始まったら、これ、問題になるようなことなの?」
ようやく平静を取り戻し、くすりと笑って携帯を鳥の巣頭に返した。鳥の巣頭は意外そうに、大きく目を瞠って僕を見つめる。
「ん?」
微笑んで、ちょっと小首を傾げると、こいつは苦笑いしながら首を横に振った。
「大した事じゃないよ。ただ、」
「ただ?」
「きみがショックを受けるかな、って心配だっただけ」
「どうして?」
目線を逃げるように漂わせたこいつを、僕は笑みを顔に張りつかせて覗きこむ。
「だって――。いや、いいんだ。そうだ、さっき、きみのお母さまが、荷物の整理がついたらお茶にしましょうって。先にいただきにいこうか。喉が渇いちゃって――」
はぐらかすようにドアに向かうこいつの背中に、「先に行って。すぐに行くから」と声をかけた。鳥の巣頭はちょっと眉をあげて、「解った」と部屋を出た。
僕はポケットから、自分の携帯を取りだした。生徒会に入ってからやっと持たせてもらえるようになったものだ。
さっきの大鴉の記事を検索する。
大鴉の写真――。天使くんとも誰とも写ってないやつがいい。いや、取りあえず全部保存しておいて、後で素知らぬふりをして、鳥の巣頭に画像編集のやり方を訊こう。
優しい眼差しを天使くんに向ける大鴉。
その写真に、胸はずきずきと痛んだけれど、それ以上に、こうして彼に知られることなく彼を見つめていられる喜びに、僕は緩みきった頬を引きしめることができなくなっていた。
両手で掬う
ゆらゆらと揺れる面影
今年のクリスマス休暇は、鳥の巣頭がうちに来た。アヌビスが久しぶりに帰省しているからだ。表向きはAレベル冬期試験を目前に控え、兄の友人たちが出入りする自宅では勉強しづらい、との理由だ。本音は、僕の監視のためなのだろうけれど。
クリスマス当日はそれぞれ自宅ですごし、鳥の巣頭は翌二十六日の昼すぎに僕の家を訪れた。両親に挨拶をすませ、あてがわれた客室に移動して僕と二人っきりになったとたん、こいつは生き生きと頬を紅潮させ、ポケットから携帯を取りだした。
「もう見たかい? すごいことになってるよね!」
相変わらずのゴシップ好きめ!
僕は眉をしかめ、軽蔑をこめてこいつを一瞥してから、手渡された携帯画面に視線を落とした。そして思わず、息を詰めていた。
そこには、私服の大鴉の写真がいくつも写っていたからだ。SNSのサイトらしい。
画面をスクロールする指が、かじかんだように上手く動かない。
画面の中で、天使くんと手を繋いでふざけあい、笑いあっている大鴉は、僕の知っている大鴉じゃない、別の人みたいだ。
じっと僕を見つめる鳥の巣頭の視線を感じながら、僕は震えだしてしまいそうな唇を引き結び、奥歯をぐっと噛みしめた。
「クリスマス・デートって……。別にこの二人が一緒にいたって不思議じゃないだろ、同じカレッジ寮だし。確か、お兄さん同士が親友だって――。」
以前誰かから聴いた話を、自分自身に言い聞かすように繰り返す。
「それはそうなんだけどね」
鳥の巣頭は僕の横から画面を覗きこんで切り替える。
「この女の子、ソールスベリー先輩の妹なんだ。どっちが彼の本命なのかな、って」
「妹――?」
怪訝な視線を鳥の巣頭に向けた。だって、大鴉と一緒にその画面に写っていた子は、褐色の肌に黒髪なのだ。
「先輩の腹違いの妹なんだって」
ポスターのモデルで一躍有名になった天使くんはともかく、なぜ大鴉がこうも騒がれているかって理由を、鳥の巣頭はかい摘んで教えてくれた。
白い彼の会社の新製品発表の日、一時的にこの義理の妹が行方不明になったらしい。この義妹は幼い頃誘拐されたことがあったらしく、事件に巻き込まれた可能性から、白い彼は、新製品の記者会見を放棄して彼女を探しにでた。
幸いに事件でもなんでもなく、義妹は博物館で大鴉と一緒にいるところを発見されたのだけれど、そのとき大勢の人に囲まれたことが、その子の持病のパニック障害を引き起こして、ひと騒動あったのだそうだ。
その様子がまずSNSで拡散され、しばらくして、白い彼の釈明謝罪映像が流されたのだそうだ。
このときの白い彼の対応が世間の同情を買って注目が集まっていた同時期に、当事者の一人である大鴉はまた別の相手とデートして遊びまわっていたと、酷いひんしゅくを買っているのだそうだ。
「あのポスターの天使が先輩の弟だって、公表していないんだよね」
酷いとばっちりを受けて、悪しざまにいわれている大鴉には同情せずにいられない。
「エリオットの制服を着ているけれど、性別も不詳で売りだしているみたいだよ」
生徒会としては、天使くんに関して一切口外無用の方針を徹底させている。エリオットは個人のプライバシー問題にはとても煩いのだ。政財界や、両家の子弟が多く通う学校なのだから当然だ。
でも、「どちらも先輩の弟に妹なのだから、彼が一緒にいたってべつに不思議でもなんでもないじゃないか」と、再び、画面に流れる記事に目を走らせながら呟いた。
そこには、白い彼の代理として記者会見を行った大鴉の兄の記事も載っていたのだ。やはり去年のコンサートで白い彼と一緒にいた人だ。大鴉とはあまり似ていない。
「学校が始まったら、これ、問題になるようなことなの?」
ようやく平静を取り戻し、くすりと笑って携帯を鳥の巣頭に返した。鳥の巣頭は意外そうに、大きく目を瞠って僕を見つめる。
「ん?」
微笑んで、ちょっと小首を傾げると、こいつは苦笑いしながら首を横に振った。
「大した事じゃないよ。ただ、」
「ただ?」
「きみがショックを受けるかな、って心配だっただけ」
「どうして?」
目線を逃げるように漂わせたこいつを、僕は笑みを顔に張りつかせて覗きこむ。
「だって――。いや、いいんだ。そうだ、さっき、きみのお母さまが、荷物の整理がついたらお茶にしましょうって。先にいただきにいこうか。喉が渇いちゃって――」
はぐらかすようにドアに向かうこいつの背中に、「先に行って。すぐに行くから」と声をかけた。鳥の巣頭はちょっと眉をあげて、「解った」と部屋を出た。
僕はポケットから、自分の携帯を取りだした。生徒会に入ってからやっと持たせてもらえるようになったものだ。
さっきの大鴉の記事を検索する。
大鴉の写真――。天使くんとも誰とも写ってないやつがいい。いや、取りあえず全部保存しておいて、後で素知らぬふりをして、鳥の巣頭に画像編集のやり方を訊こう。
優しい眼差しを天使くんに向ける大鴉。
その写真に、胸はずきずきと痛んだけれど、それ以上に、こうして彼に知られることなく彼を見つめていられる喜びに、僕は緩みきった頬を引きしめることができなくなっていた。
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