微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

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三章

81 顔合わせ1

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 掌に捕まえた青い鳥
 開いた手には
 かつて見た三日月
 



「僕は彼みたいなタイプは苦手だな」
 先に寮の部屋に戻っていた僕を時間差で訪ねてきた鳥の巣頭に、訴えるように拗ねてみせた。生徒総監と副総監との面談は不発だったから。
 酷いものだ。あの後二人が戻ってから、僕はほとんどまともな応対ができなかったのだ。

「僕は奨学生はあまり好きになれないよ。お高くとまっていて鼻につくっていうか――」
「珍しいね。きみがよく知りもしない相手を悪く言うなんて」

 鳥の巣頭は笑って取りあってくれなかった。
 あの銀狐は奨学生だからってちっとも鼻にかけたりしない。それに来年度はカレッジ寮から街の寮に移される。入院のせいで試験を受けられず、成績を維持できなかったから奨学生を降ろされるのだ。それなのに退院後はこうしてちゃんと学校にきて、生徒会の役務をこなしてくれる偉い奴なんだ。だからそんなふうに思うのは彼を知らないからだ。ただのやっかみだよ、とまで言われた。

「でも、僕は彼らに良い印象を与えられなかったと思うよ」

 僕はもう泣き出したい気分だったよ。どうして解ってくれないんだ? このおが屑頭! 

「そんなことないよ、二人とも、きみのことをとても褒めていた」
「なんて?」
「――すごく綺麗な子だって。容姿の引きたつ子は対外的にも良い印象を与えるから、ぜひ生徒会に入って欲しいって。それに真面目そうだし、誠実そうだって」

 鳥の巣頭はちょっと顔を赤らめ、それから嬉しそうに頬を緩めて言った。

 嘘だ! 彼は、僕を軽蔑しているのに!

 銀狐のあの人を馬鹿にしきった瞳。冷たい口調。もの珍しい何かでも眺めるような目つきから、そんな言葉が引きだせるわけがない。
 それにだいたい、子爵さまを愛称で呼ぶなんて、どんな関係……。

 ここにきて、やっと思い当たった。

 子爵さまだ! 子爵さまが僕のことを心配して、あの銀狐に僕を推薦してくれたんだ!

 さっきまで滲んでいた悔し涙が、嬉し涙に変わった。子爵さまが今でも僕のことを気にかけてくれている。僕との約束を覚えていて、律儀に守ってくれている。そう気づくと、今度こそ本当に泣けてきた。

「マシュー、どうしたの?」

 僕は潤んだ瞳を伏せて、片手で顔を覆っていた。鳥の巣頭が心配そうに僕の肩を抱いた。

「緊張、してきた。すごく……。僕は、本当に生徒会に入れるんだね」
「そうだよ、マシュー。大丈夫だよ、今度こそ、ずっときみの傍にいられるんだ」

 はにかんだように笑って、こいつは僕を抱きしめた。

 相変わらず、馬鹿な鳥の巣頭……。

 赤のウエストコートを手に入れた僕に、きみはもう必要ないよ。そんなことも解らない、愚かな鳥の巣頭。
 僕は本当に嬉しくなって、こいつの背中を抱きしめ返した。



 それからの一ヶ月は本当に慌ただしかった。
 僕はまず次年度のガラハッド寮の副寮長に就任した。生徒会に入るのに、それらしい肩書きがないと肩身が狭いからだ。新寮長はもちろん鳥の巣頭。
 生徒会の信任投票もぶじ終えて、次年度役員も決定。事前に聞いていた通りに、生徒総監は鳥の巣頭で、副総監は銀狐だ。
 新・旧役員の初顔合わせの席で再会した銀狐は、前に逢ったときと同じ、何を考えているのかまったく読めない人を不安にさせる冷笑を湛えて、会議の席を仕切っていた。

 やはり彼のことは苦手だ。彼が子爵さまの友人だと解っても、それは変わらない。


 加えて、生徒会の集まりの輪に入って初めて、僕は一人だけ場違いな自分に気がついた。

 生徒会役員は人気のあるスポーツの花形選手やキャプテンが多い。今回みたいに推薦される候補者の数が少なくて、ただの信任投票で決まることは珍しく、たいていが人気投票の形で票の奪いあいになるからだ。生徒会に役員を送りこむことは、各部に取って何よりも重要事項だ。これによって年間の部費が大きく変わってくるのだから。そして生徒会の対応いかんに因って、OBたちの思い入れのある部活動への寄付金額も変わってくる。部員数も多く、規模の大きい人気の部活ほど役員数も多くなる。あまりにも一部の体育会系部活ばかりに偏り過ぎた生徒会を憂いて監督生から横槍が入り、数年前に改善はされたけれど――。


 それでも……。
 スポーツで鍛えた、すらりと背が高く、贅肉のない均整の取れた生徒ばかりを選りすぐったような生徒会メンバーの中に、僕のような小柄で、華奢で、色白な子どもが混じっているのは明らかに異質だった。
 子ども――、そう、僕だけが時の中に置き去りにされた小さな子どものようだった。

 僕は助けを求めるように、鳥の巣頭に目をやった。でも、前生徒総監と銀狐に挟まれて小難しいことを喋っているあいつすらもが、僕を置き去りにするこの空間の一部だった。
 

 僕の視線に気づいたのは、鳥の巣頭ではなく銀狐だ。
 彼は、あの金色の満月の瞳をすっと細めて、にっこりと、冷ややかな微笑みを湛えて僕を見ていた。





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