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三章
80 面接
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冴え渡る月面に映るのは
砕いて捨てた
甘い面影
鳥の巣頭が初めて僕の望むものを差しだしてくれた。それはまだ、本当に僕のものになるかは解らなかったけれど。それでも嬉しかった。だって、本当に初めてだったんだ。いつも僕を見下しているこいつが、僕を認めてくれたのは――。
鳥の巣頭はいつも僕のすることに文句をつける。僕を一人では何もできない子どものように扱う。母よりもよほどうるさく僕のすることを見張っている。
そんなあいつが生徒会役員に推薦してくれるなんて、何か裏があるんじゃないかと本気で疑ったよ。だって、僕が今以上にあいつに差しだせるものなんて何もありはしないもの。これまでだって、あいつがやりたがるときにはやらせてやっているし――。あいつが散々牽制をかけてきたせいで、近づいてくる奴なんていなかったから、今さら僕を独占したいなんて必要性もないはずだ。僕を生徒会に入れることであいつが得られるメリットなんて皆無だ。
それなのに推薦してくれるのは、僕が役に立つって認めてくれたからだろう?
そう思うと、自然に顔がほころんでいた。
あいつはいつも「愛してるよ、マシュー」って言うけれど、そう言われる度に僕の心は乾いていく。だって、気持ち悪いだろ? ただやりたいだけなのに、いちいちそんな言葉を囁いて気分を盛りあげなきゃいけないなんて。ジョイントがあればそんな嘘の言葉なんていらない。白い煙の中で溶け合ってマーブル模様に混ざり合える。愛し合うことは一つになることだというのなら、まさにそれだ。あいつはジョイントを吸わないから、そんな言葉で自分を騙さなきゃいけないんだ。本当は僕に執着しているだけなのに。僕みたいに都合のいい相手はいないから。
僕だって、ジョイントさえあれば相手は誰だっていい。同じだもの。ああ、醜い奴は例外。我慢できない。
僕にとってジョイントなしでやるのは苦痛でしかない。あれがジョイントのくれる官能や安心感の代わりになるのはほんの一瞬。その一瞬のためにひたすら我慢するなんて、馬鹿げている。でも、その馬鹿馬鹿しい行為を僕たちはずっと繰り返している。「愛している」って言葉をスパイスのように振りかけて、「綺麗だよ」「可愛いね」と飾りたてて。さも素晴らしい行為のように盛りたてて、貪るんだ、僕を――。
僕はずっとあいつが嫌いだったけれど、これでやっとあいつを許してやる気になったよ。嘘つきで、独占欲の塊の、卑怯な鳥の巣頭。僕を自分の所有物のように思っている、嫌な奴。
そんなあいつが、やっと、僕を人間扱いしてくれたんだもの。
創立祭の後片づけも一段落したころ、学舎のカフェテリアで、鳥の巣頭は現生徒総監と副総監に僕を引き合わせてくれた。銀狐は黒のローブを羽織っていた。創立祭では、確か――、朧な記憶を探ってみても、服装のことなんて出てくるわけがない。
「先日はありがとうございました」
とりあえず、お礼は言っておかなければ。
「もうすっかり顔色もいいみたいだね」
にこやかな笑みを湛えて銀狐が答える。
「体調はどんな具合なのかな?」
総監が品定めするように僕を眺める。
「きみ、馬術部なんだって」
このまま入院のこととか尋問されるかと思ったら、銀狐はさらりと話題を変えた。
「うちの寮の子たち、知っているかな? フェイラーとガストン」
天使くんだ……。もう一方は知らないけれど、多分いつも一緒にいる子じゃないかと思う。
「名前と顔くらいは、」
なんとも歯切れの悪い言い方しか出てこない自分を疎ましく思いながら言葉を探す。ちらっと鳥の巣頭を見ると、心配そうな顔で僕を見ている。
これは、面接なんだ――。
解ってはいるけれど、上手く言葉が操れなかった。
けれど、銀狐も、総監もそんな僕のしどろもどろな返答は特に気にした様子も見せず、雑談のような気軽さで喋りかけてくれている。次第に緊張も溶け、なんとか自然に答えることができるようになっていた。だけど喋りながら、僕はこの場の奇妙さが気になり始めていた。
これは僕の面接。それは解る。でも、この場を仕切っているのは生徒総監ではなく、学年は下の副総監の方なのだ。もちろん学年序列は絶対のこの学校で、副総監が総監を下に見るような失礼な態度を取っているわけではない。けれど明らかに、総監も、鳥の巣頭もこの副総監、銀狐の顔色を伺っている。
鳥の巣頭が空になったティーポットを持ちあげ椅子を引いた。
「おかわりを買ってきます」
「僕も、ちょっと失礼」
総監もそれに続く。
急に二人きりに取り残されて、僕は居心地の悪さから視線を伏せた。銀狐はとくに話かけてこない。黙ったままそっと盗み見ると、彼は優雅に背もたれにもたれ、大きな一枚ガラスの窓から緑に輝く中庭を眺めていた。視線はどこか遠くに据えたまま、薄い唇がにっと笑みを形作る。
「きみ、セディの愛人だったんだって?」
ゆっくりと振り返ったその酷薄な瞳に、背筋は凍りつき、発作のように心臓がバクバクと脈打ち始めていた。
何か、言いわけしないと……。唐突に出された子爵さまの名前に仰天して心は闇雲に焦っているのに、肝心の声が出ず、唇だけが言葉を発しようと震えている。
「ああ、駄目だよ。こんなところで倒れちゃ。僕はきみを役員に推薦しているのだから。せいぜい健康さはアピールしてもらわないとね」
金の瞳が鈍く光る。まるで月光のように。
「その反応……。きみ、見かけほど擦れていないんだね。セディが気にいるわけだ」
背中を冷や汗が伝い落ちる。
銀狐は上品な仕草で小首を傾げ、僕の蒼白な面を眺めてくすくすと笑っていた。
砕いて捨てた
甘い面影
鳥の巣頭が初めて僕の望むものを差しだしてくれた。それはまだ、本当に僕のものになるかは解らなかったけれど。それでも嬉しかった。だって、本当に初めてだったんだ。いつも僕を見下しているこいつが、僕を認めてくれたのは――。
鳥の巣頭はいつも僕のすることに文句をつける。僕を一人では何もできない子どものように扱う。母よりもよほどうるさく僕のすることを見張っている。
そんなあいつが生徒会役員に推薦してくれるなんて、何か裏があるんじゃないかと本気で疑ったよ。だって、僕が今以上にあいつに差しだせるものなんて何もありはしないもの。これまでだって、あいつがやりたがるときにはやらせてやっているし――。あいつが散々牽制をかけてきたせいで、近づいてくる奴なんていなかったから、今さら僕を独占したいなんて必要性もないはずだ。僕を生徒会に入れることであいつが得られるメリットなんて皆無だ。
それなのに推薦してくれるのは、僕が役に立つって認めてくれたからだろう?
そう思うと、自然に顔がほころんでいた。
あいつはいつも「愛してるよ、マシュー」って言うけれど、そう言われる度に僕の心は乾いていく。だって、気持ち悪いだろ? ただやりたいだけなのに、いちいちそんな言葉を囁いて気分を盛りあげなきゃいけないなんて。ジョイントがあればそんな嘘の言葉なんていらない。白い煙の中で溶け合ってマーブル模様に混ざり合える。愛し合うことは一つになることだというのなら、まさにそれだ。あいつはジョイントを吸わないから、そんな言葉で自分を騙さなきゃいけないんだ。本当は僕に執着しているだけなのに。僕みたいに都合のいい相手はいないから。
僕だって、ジョイントさえあれば相手は誰だっていい。同じだもの。ああ、醜い奴は例外。我慢できない。
僕にとってジョイントなしでやるのは苦痛でしかない。あれがジョイントのくれる官能や安心感の代わりになるのはほんの一瞬。その一瞬のためにひたすら我慢するなんて、馬鹿げている。でも、その馬鹿馬鹿しい行為を僕たちはずっと繰り返している。「愛している」って言葉をスパイスのように振りかけて、「綺麗だよ」「可愛いね」と飾りたてて。さも素晴らしい行為のように盛りたてて、貪るんだ、僕を――。
僕はずっとあいつが嫌いだったけれど、これでやっとあいつを許してやる気になったよ。嘘つきで、独占欲の塊の、卑怯な鳥の巣頭。僕を自分の所有物のように思っている、嫌な奴。
そんなあいつが、やっと、僕を人間扱いしてくれたんだもの。
創立祭の後片づけも一段落したころ、学舎のカフェテリアで、鳥の巣頭は現生徒総監と副総監に僕を引き合わせてくれた。銀狐は黒のローブを羽織っていた。創立祭では、確か――、朧な記憶を探ってみても、服装のことなんて出てくるわけがない。
「先日はありがとうございました」
とりあえず、お礼は言っておかなければ。
「もうすっかり顔色もいいみたいだね」
にこやかな笑みを湛えて銀狐が答える。
「体調はどんな具合なのかな?」
総監が品定めするように僕を眺める。
「きみ、馬術部なんだって」
このまま入院のこととか尋問されるかと思ったら、銀狐はさらりと話題を変えた。
「うちの寮の子たち、知っているかな? フェイラーとガストン」
天使くんだ……。もう一方は知らないけれど、多分いつも一緒にいる子じゃないかと思う。
「名前と顔くらいは、」
なんとも歯切れの悪い言い方しか出てこない自分を疎ましく思いながら言葉を探す。ちらっと鳥の巣頭を見ると、心配そうな顔で僕を見ている。
これは、面接なんだ――。
解ってはいるけれど、上手く言葉が操れなかった。
けれど、銀狐も、総監もそんな僕のしどろもどろな返答は特に気にした様子も見せず、雑談のような気軽さで喋りかけてくれている。次第に緊張も溶け、なんとか自然に答えることができるようになっていた。だけど喋りながら、僕はこの場の奇妙さが気になり始めていた。
これは僕の面接。それは解る。でも、この場を仕切っているのは生徒総監ではなく、学年は下の副総監の方なのだ。もちろん学年序列は絶対のこの学校で、副総監が総監を下に見るような失礼な態度を取っているわけではない。けれど明らかに、総監も、鳥の巣頭もこの副総監、銀狐の顔色を伺っている。
鳥の巣頭が空になったティーポットを持ちあげ椅子を引いた。
「おかわりを買ってきます」
「僕も、ちょっと失礼」
総監もそれに続く。
急に二人きりに取り残されて、僕は居心地の悪さから視線を伏せた。銀狐はとくに話かけてこない。黙ったままそっと盗み見ると、彼は優雅に背もたれにもたれ、大きな一枚ガラスの窓から緑に輝く中庭を眺めていた。視線はどこか遠くに据えたまま、薄い唇がにっと笑みを形作る。
「きみ、セディの愛人だったんだって?」
ゆっくりと振り返ったその酷薄な瞳に、背筋は凍りつき、発作のように心臓がバクバクと脈打ち始めていた。
何か、言いわけしないと……。唐突に出された子爵さまの名前に仰天して心は闇雲に焦っているのに、肝心の声が出ず、唇だけが言葉を発しようと震えている。
「ああ、駄目だよ。こんなところで倒れちゃ。僕はきみを役員に推薦しているのだから。せいぜい健康さはアピールしてもらわないとね」
金の瞳が鈍く光る。まるで月光のように。
「その反応……。きみ、見かけほど擦れていないんだね。セディが気にいるわけだ」
背中を冷や汗が伝い落ちる。
銀狐は上品な仕草で小首を傾げ、僕の蒼白な面を眺めてくすくすと笑っていた。
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