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三章
76 友人たち
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ぱんと弾ける
水風船のように
膨れ上がった
記憶が弾ける
一緒に教室移動したり、昼にカフェテリアでお昼を食べる相手がいく人かできた。
どうやら僕はこいつらにとって、とっつき難い相手だったらしい。授業は習熟度別といっても、飛びぬけてできない奴なんていないこの学校では、だいたい同じ学年の顔ぶれが並ぶようになる。その中で一年遅れの僕みたいなのはやはり珍しい部類だ。本来なら上級生のクラスで、こんな青のネクタイではなく白のボウタイをしている年齢だもの。
その年上という垣根が、ある日ひょんなことがきっかけで取り払われたのだ。
こんなに簡単だなんて拍子抜けだった。皆、同じ寮の奴らとばかり固まるし、友人はできないと思いこんでいたんだ。
それが、自習時間にちょうど横の席で大鴉の話をしていたから、つい、僕も笑ってしまったんだ。
だって大鴉、科学の実験中に先生に隠れて、アルコールランプでマシュマロをあぶって食べていたっていうんだよ!
僕の隣と前二人の、その話をしていた連中は、くすくす笑いが止まらなくなった僕を見てぽかんとして、それから僕も加えてもっといろいろな彼の噂話を教えてくれた。
大鴉は反省室の常連だけど、ロープ一本で閉じ込められた五階の反省室の窓から逃げだすものだから、ついにカレッジ寮の反省室にだけ、鉄格子が嵌められたって! おまけに、これで安心だと高をくくっていたら、今度は鍵をどうにかして開けて、堂々とドアから出ていったって。だから、大鴉が反省室に入れられている日は、監督生がドアの前に座って寝ずの番――、なんて面白おかしく語るものだから、もう笑いが止まらなかったよ。
僕に新しい友人ができたことで鳥の巣頭が嫌な顔をするかと思ったら、特に何も言われなかったばかりか、「そう、良かったね」と逆に嬉しそうな顔をされた。ちょっと意外だったよ。こいつも試験で頭がいっぱいなのかもしれない。
そうこういっているうちに、ハーフタームだ。今回ばかりは僕も家へ帰った。家で家庭教師とみっちり試験対策に取り組んで、残りの教科もぶじに乗りきった。
長い試験期間が終わると、今度は創立祭が待っている。鳥の巣頭はほっとする間もなく、毎日、忙しそうにしている。僕は同じ授業がいくつか重なる友人たちと一緒にすごすことが多くなった。
他愛のない会話。チェスやボードゲーム。たまに、他寮へ遊びにいったりもする、平凡で退屈な日常。まるで、ホームコメディを見ているみたいだ。つまらないダジャレを誰かが言って、そこに観客の笑い声が被さる。あの観客が僕の役どころ。僕はただ、笑っていさえすればよかった。
ある日、その中の一人が僕の耳許で囁いた。大鴉が以前作ったというAレベルの予想問題を見せてくれるっていうから、こいつの寮の部屋へ訪ねたときだった。
「僕は、知っているんだよ。ねぇ、きみ、いくらで犯らせてくれるの?」
鳥肌がたった。
肩に置かれていたこいつの手を振り払い、腰かけていたベッドから立ちあがった。とたんに手首を掴まれる。「ここまで来て、それはないだろ」って。ねっとりと汗ばんだ掌が気持ち悪い。
「僕がきみごときの相手をすると思っているの? 僕が欲しけりゃ、生徒会役員くらいにはなるんだね」
空を切って、こいつの右手が振りあがる。僕は目をぎゅっと瞑って顔を背け、奥歯を噛みしめ身を縮こまらせた。口の中を切らないように――。できるだけ顔の正面を殴られないように――。この一瞬に、過去がパラパラとコマ送りのフィルムのようにフラッシュバックする。
振りあげられた拳は、打ちおろされることはなかった。ちっ、と舌打ちする音が聞こえて、こいつは自ら部屋を出ていった。バンッ、と叩きつけられたドアに反射的にびくりと身体が震える。継いでへなへなと膝から崩れおちた。悔しくて涙が出そうだった。
あんな年下の、屑野郎に脅されるなんて!
なんとか歯を食いしばって立ちあがり、後も見ずに寮へ戻った。真っ直ぐに鳥の巣頭の部屋に向かった。渡されていた合鍵で中に入って、あいつのベッドに倒れ伏して泣いた。
「どうしたの、マシュー。きみの方から来るなんて」
鳥の巣頭が部屋に戻ってきたのは、すっかり日も暮れた頃だった。部屋の灯りを点けたこいつが、自分のベッドにぐったりと伏している僕を見つけて心配そうに駆け寄ってきた。
「……きみが、いないからだよ」
泣きすぎて腫れあがった瞼を持ちあげ、こいつを睨んだ。
鳥の巣頭は横に腰かけ、そっと僕の髪をかき上げる。
「何かあったの? ――何か、されたの?」
また涙が滲んできた。
「マシュー」
覆い被さるように、僕の髪に優しくキスを落とす。
顔を半分枕に埋めたまま、枯れてしまった声を絞りだして、こいつに訊ねた。
「僕の値段は、いくらなの? ……子爵さまは、僕にいくら払っていたの?」
肩に置かれていたこいつの手が、びくりと跳ねた。
「きみのせいだ。きみが僕の傍にいないから、僕がこんな嫌な想いをしなきゃいけないんだ」
「ごめん、マシュー」
「全部、きみが悪いんだ」
「ごめんよ……」
僕の背中に額をつけ、両腕にかけられた掌に力が籠る。
八つ当たりだ……。
解っていても、僕はこいつが許せない。
僕を守ってくれないこいつが、許せなかった。
水風船のように
膨れ上がった
記憶が弾ける
一緒に教室移動したり、昼にカフェテリアでお昼を食べる相手がいく人かできた。
どうやら僕はこいつらにとって、とっつき難い相手だったらしい。授業は習熟度別といっても、飛びぬけてできない奴なんていないこの学校では、だいたい同じ学年の顔ぶれが並ぶようになる。その中で一年遅れの僕みたいなのはやはり珍しい部類だ。本来なら上級生のクラスで、こんな青のネクタイではなく白のボウタイをしている年齢だもの。
その年上という垣根が、ある日ひょんなことがきっかけで取り払われたのだ。
こんなに簡単だなんて拍子抜けだった。皆、同じ寮の奴らとばかり固まるし、友人はできないと思いこんでいたんだ。
それが、自習時間にちょうど横の席で大鴉の話をしていたから、つい、僕も笑ってしまったんだ。
だって大鴉、科学の実験中に先生に隠れて、アルコールランプでマシュマロをあぶって食べていたっていうんだよ!
僕の隣と前二人の、その話をしていた連中は、くすくす笑いが止まらなくなった僕を見てぽかんとして、それから僕も加えてもっといろいろな彼の噂話を教えてくれた。
大鴉は反省室の常連だけど、ロープ一本で閉じ込められた五階の反省室の窓から逃げだすものだから、ついにカレッジ寮の反省室にだけ、鉄格子が嵌められたって! おまけに、これで安心だと高をくくっていたら、今度は鍵をどうにかして開けて、堂々とドアから出ていったって。だから、大鴉が反省室に入れられている日は、監督生がドアの前に座って寝ずの番――、なんて面白おかしく語るものだから、もう笑いが止まらなかったよ。
僕に新しい友人ができたことで鳥の巣頭が嫌な顔をするかと思ったら、特に何も言われなかったばかりか、「そう、良かったね」と逆に嬉しそうな顔をされた。ちょっと意外だったよ。こいつも試験で頭がいっぱいなのかもしれない。
そうこういっているうちに、ハーフタームだ。今回ばかりは僕も家へ帰った。家で家庭教師とみっちり試験対策に取り組んで、残りの教科もぶじに乗りきった。
長い試験期間が終わると、今度は創立祭が待っている。鳥の巣頭はほっとする間もなく、毎日、忙しそうにしている。僕は同じ授業がいくつか重なる友人たちと一緒にすごすことが多くなった。
他愛のない会話。チェスやボードゲーム。たまに、他寮へ遊びにいったりもする、平凡で退屈な日常。まるで、ホームコメディを見ているみたいだ。つまらないダジャレを誰かが言って、そこに観客の笑い声が被さる。あの観客が僕の役どころ。僕はただ、笑っていさえすればよかった。
ある日、その中の一人が僕の耳許で囁いた。大鴉が以前作ったというAレベルの予想問題を見せてくれるっていうから、こいつの寮の部屋へ訪ねたときだった。
「僕は、知っているんだよ。ねぇ、きみ、いくらで犯らせてくれるの?」
鳥肌がたった。
肩に置かれていたこいつの手を振り払い、腰かけていたベッドから立ちあがった。とたんに手首を掴まれる。「ここまで来て、それはないだろ」って。ねっとりと汗ばんだ掌が気持ち悪い。
「僕がきみごときの相手をすると思っているの? 僕が欲しけりゃ、生徒会役員くらいにはなるんだね」
空を切って、こいつの右手が振りあがる。僕は目をぎゅっと瞑って顔を背け、奥歯を噛みしめ身を縮こまらせた。口の中を切らないように――。できるだけ顔の正面を殴られないように――。この一瞬に、過去がパラパラとコマ送りのフィルムのようにフラッシュバックする。
振りあげられた拳は、打ちおろされることはなかった。ちっ、と舌打ちする音が聞こえて、こいつは自ら部屋を出ていった。バンッ、と叩きつけられたドアに反射的にびくりと身体が震える。継いでへなへなと膝から崩れおちた。悔しくて涙が出そうだった。
あんな年下の、屑野郎に脅されるなんて!
なんとか歯を食いしばって立ちあがり、後も見ずに寮へ戻った。真っ直ぐに鳥の巣頭の部屋に向かった。渡されていた合鍵で中に入って、あいつのベッドに倒れ伏して泣いた。
「どうしたの、マシュー。きみの方から来るなんて」
鳥の巣頭が部屋に戻ってきたのは、すっかり日も暮れた頃だった。部屋の灯りを点けたこいつが、自分のベッドにぐったりと伏している僕を見つけて心配そうに駆け寄ってきた。
「……きみが、いないからだよ」
泣きすぎて腫れあがった瞼を持ちあげ、こいつを睨んだ。
鳥の巣頭は横に腰かけ、そっと僕の髪をかき上げる。
「何かあったの? ――何か、されたの?」
また涙が滲んできた。
「マシュー」
覆い被さるように、僕の髪に優しくキスを落とす。
顔を半分枕に埋めたまま、枯れてしまった声を絞りだして、こいつに訊ねた。
「僕の値段は、いくらなの? ……子爵さまは、僕にいくら払っていたの?」
肩に置かれていたこいつの手が、びくりと跳ねた。
「きみのせいだ。きみが僕の傍にいないから、僕がこんな嫌な想いをしなきゃいけないんだ」
「ごめん、マシュー」
「全部、きみが悪いんだ」
「ごめんよ……」
僕の背中に額をつけ、両腕にかけられた掌に力が籠る。
八つ当たりだ……。
解っていても、僕はこいつが許せない。
僕を守ってくれないこいつが、許せなかった。
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