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三章
63 印
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ゆらゆらと揺れる蝋燭は
身を削って
時を刻む
やはり、何か食べてくれば良かった――。
急いでシャワーは浴びたけれど、何も口にする暇がなかった。ジョイントを吸ってますますお腹が空いたせいか、僕は子爵さまに噛みついてしまった。
子爵さまは一瞬驚いた顔をしてポカンとしていたけれど、なぜか、すぐに嬉しそうに笑ってやりすごしてくれた。
ぼんやりと揺蕩いながら、子爵さまの肩にくっきりと残った歯型を眺めていた。
今日の子爵さまは機嫌がいい。
しばらく逢わなかったから知らなかったけれど、子爵さまもあの店に出入りしているのだそうだ。だから、もちろん天使くんがあそこに入り浸っていることも知っていた。大鴉が、あそこで賭け事をしていることも。
「何を賭けているのか判った?」
子爵さまに真剣な目で尋ねられたけれど、首を横に振ることしかできなかった。
「僕がいたときには何も。ただポーカーをして、勝ったとか、負けたとか、それだけでした。それに、」
あの場にいた奨学生のことを話した。上級クラスの奨学生がいるのに、さすがに賭け事はできないのではないかと。
同じ生徒会の役員とはいえ、やはり奨学生は別格だ。奨学生はカレッジ寮だし、同じ寮に監督生がごろごろいる。この学校のヒエラルキーの頂点は、生徒会役員じゃない。監督生だ。監督生だけが、生徒の中で、生徒会役員に罰則を与える権限を持っている。
四、五学年生合わせて二十八名の奨学生のうち、留学生を除く半数以上が監督生だ。学年よりも寮ごとの結束の高いこの学校のシステムを考えると、いくら生徒会と監督生が対立して権力を競合しているとはいえ、いつ裏切られるか判ったものではない。弱みを見せるわけがない。
「そうだね、確かにあいつの前では尻尾は出さないだろうね。あいつは糞真面目な奴だからね」
子爵さまは、目を細めてくすくすと笑った。
僕の思っていた意味とは違っているみたいで、あの場にいた奨学生はあの連中の仲間というよりも、大鴉のお目付役なのだそうだ。監督生側がつけたスパイのような、そんな中途半端な立ち位置にも関わらず、彼は人望があり、生徒会内でも皆に好かれる人気者なのだ、と子爵さまは嬉しそうに告げた。
「僕の後輩なんだ。家ぐるみで仲が良くてね、幼馴染なんだよ」
友人のことを語るときの子爵さまは、きらきらしくて子どもみたいだ。白い彼や、天使くんのことを話すときの、あの苦々しげで辛そうなところが微塵もなくて、なんだか嬉しくなった。昔の、白い彼がいた頃の、陽だまりのような子爵さまに戻ったみたいだ。
「でも、これじゃあ、賭け事をしている証拠を掴むのなんて、雲を掴むようなものですね。ネットでやるオンラインカジノなんて、まず匿名だろうし、ますます――」
「え?」
子爵さまは顔をもたげて僕をまじまじと見た。
「きみ、今、何て言った?」
「オンラインカジノです。あの子のスマートフォンに触れたとき、すぐに画面が出てきて――」
「ありがとう!」
子爵さまは僕を思い切り抱きしめた。
何がありがとうなのか、さっぱり解らない。生徒会の不祥事につながる夜遊びと賭け事を止めさせたいのは理解できるけれど、子爵さまはどうしてここまで大鴉に拘るのだろう?
あの子の後見が、白い彼だから?
それとも、フェローズの森でのことをあの子が知っている、ってことに気がついたのだろうか――。僕は一言も喋っていないのに。
子爵さまの白い彼への愛憎入り乱れた想いは、僕にはよく解らない。
僕は白い彼の偽物なのに、こうしていまだに逢いにくるのもよく解らない。天使くんが自分のものにならないからだろうか……。天使くんだって、白い彼の偽物にすぎない。じゃあ、僕は、天使くんの身代わりでもあって、偽物の偽物ってこと?
考えているとすっかり頭が醒めてしまった。
子爵さまにお願いして、ジョイントをもう一本貰った。
ゆっくり、ゆっくりと吸い込み、溜め、吐きだしたジョイントの白い煙が、僕の記憶を吹き飛ばす。いらない思考も掻き散らす。僕を占領していた奴らを追い払い、今、僕はこんなにも自由――。
「あのパブ、三階に部屋があるそうですよ。内緒で遊びたいなら、その場で貸してもらえるって言っていました」
天使くんは、いつもあそこにいるのだもの――。捕まえる手間すら省けるじゃないか。
僕は子爵さまに初めてつけた僕の印にキスを落とした。これが、最初で最後の印になるなんて思いもせずに……。
身を削って
時を刻む
やはり、何か食べてくれば良かった――。
急いでシャワーは浴びたけれど、何も口にする暇がなかった。ジョイントを吸ってますますお腹が空いたせいか、僕は子爵さまに噛みついてしまった。
子爵さまは一瞬驚いた顔をしてポカンとしていたけれど、なぜか、すぐに嬉しそうに笑ってやりすごしてくれた。
ぼんやりと揺蕩いながら、子爵さまの肩にくっきりと残った歯型を眺めていた。
今日の子爵さまは機嫌がいい。
しばらく逢わなかったから知らなかったけれど、子爵さまもあの店に出入りしているのだそうだ。だから、もちろん天使くんがあそこに入り浸っていることも知っていた。大鴉が、あそこで賭け事をしていることも。
「何を賭けているのか判った?」
子爵さまに真剣な目で尋ねられたけれど、首を横に振ることしかできなかった。
「僕がいたときには何も。ただポーカーをして、勝ったとか、負けたとか、それだけでした。それに、」
あの場にいた奨学生のことを話した。上級クラスの奨学生がいるのに、さすがに賭け事はできないのではないかと。
同じ生徒会の役員とはいえ、やはり奨学生は別格だ。奨学生はカレッジ寮だし、同じ寮に監督生がごろごろいる。この学校のヒエラルキーの頂点は、生徒会役員じゃない。監督生だ。監督生だけが、生徒の中で、生徒会役員に罰則を与える権限を持っている。
四、五学年生合わせて二十八名の奨学生のうち、留学生を除く半数以上が監督生だ。学年よりも寮ごとの結束の高いこの学校のシステムを考えると、いくら生徒会と監督生が対立して権力を競合しているとはいえ、いつ裏切られるか判ったものではない。弱みを見せるわけがない。
「そうだね、確かにあいつの前では尻尾は出さないだろうね。あいつは糞真面目な奴だからね」
子爵さまは、目を細めてくすくすと笑った。
僕の思っていた意味とは違っているみたいで、あの場にいた奨学生はあの連中の仲間というよりも、大鴉のお目付役なのだそうだ。監督生側がつけたスパイのような、そんな中途半端な立ち位置にも関わらず、彼は人望があり、生徒会内でも皆に好かれる人気者なのだ、と子爵さまは嬉しそうに告げた。
「僕の後輩なんだ。家ぐるみで仲が良くてね、幼馴染なんだよ」
友人のことを語るときの子爵さまは、きらきらしくて子どもみたいだ。白い彼や、天使くんのことを話すときの、あの苦々しげで辛そうなところが微塵もなくて、なんだか嬉しくなった。昔の、白い彼がいた頃の、陽だまりのような子爵さまに戻ったみたいだ。
「でも、これじゃあ、賭け事をしている証拠を掴むのなんて、雲を掴むようなものですね。ネットでやるオンラインカジノなんて、まず匿名だろうし、ますます――」
「え?」
子爵さまは顔をもたげて僕をまじまじと見た。
「きみ、今、何て言った?」
「オンラインカジノです。あの子のスマートフォンに触れたとき、すぐに画面が出てきて――」
「ありがとう!」
子爵さまは僕を思い切り抱きしめた。
何がありがとうなのか、さっぱり解らない。生徒会の不祥事につながる夜遊びと賭け事を止めさせたいのは理解できるけれど、子爵さまはどうしてここまで大鴉に拘るのだろう?
あの子の後見が、白い彼だから?
それとも、フェローズの森でのことをあの子が知っている、ってことに気がついたのだろうか――。僕は一言も喋っていないのに。
子爵さまの白い彼への愛憎入り乱れた想いは、僕にはよく解らない。
僕は白い彼の偽物なのに、こうしていまだに逢いにくるのもよく解らない。天使くんが自分のものにならないからだろうか……。天使くんだって、白い彼の偽物にすぎない。じゃあ、僕は、天使くんの身代わりでもあって、偽物の偽物ってこと?
考えているとすっかり頭が醒めてしまった。
子爵さまにお願いして、ジョイントをもう一本貰った。
ゆっくり、ゆっくりと吸い込み、溜め、吐きだしたジョイントの白い煙が、僕の記憶を吹き飛ばす。いらない思考も掻き散らす。僕を占領していた奴らを追い払い、今、僕はこんなにも自由――。
「あのパブ、三階に部屋があるそうですよ。内緒で遊びたいなら、その場で貸してもらえるって言っていました」
天使くんは、いつもあそこにいるのだもの――。捕まえる手間すら省けるじゃないか。
僕は子爵さまに初めてつけた僕の印にキスを落とした。これが、最初で最後の印になるなんて思いもせずに……。
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