微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
25 / 200
二章

24 二月 窯変

しおりを挟む
 ウロボロスの捻れた環
 どこに繋がっているのか判らない
 きみと僕、僕ときみがくるりと廻る




 寮長室の長ソファーに丸くなって、僕は煙草を吸っていた。
 梟は横で難しい顔をして電卓を叩いている。

 何度もため息をついている。梟の肩にもたれると、「邪魔だ」って押し戻された。

「ハーフタームの前に、ジョイントを貰える?」
 僕は梟の顔を覗き込む。
 梟は眉をしかめたまま。

「ラグビー部は試合だ。あのお坊ちゃん、他の客は取らすなって言うし、どうするかな……」
 梟はふっと表情を緩めて僕の頭をくしゃっと撫でた。
「人数が多いと、辛いか?」
「――乱暴されないなら、平気だよ」
 僕はよく考えてから答えた。多分、これで合っている。
「それに、上等のジョイントをくれるなら」

 梟は目を細めて笑って、また僕の頭をくしゃりと撫でてくれた。大きな、固い手で。

「金が足りないんだ。もっとジョイントを売らないと」
「ジョイントを売る?」
 僕は大きく目を見開いて梟を見つめた。

 ジョイントを買えばいいんだ!

 アヌビスなんかの、あんな奴らの相手なんかしなくても、ジョイントは買えるんだ!

「お前には売らないよ」

 僕の心を見透かしたように、梟は笑った。

「俺はあれを吸わないだろ? 何でか解るか?」

 僕は頭を振った。あんなに気持ちのいいものこの世にないのに、どうして梟は吸わないのか解らなかった。蛇だって、時々だけど吸っていたじゃないか。

「俺にはやらなきゃいけない事が山ほどあるんだ。親父が死んじまったしな。だからまず金を稼がなきゃ、ここの学費を払えなくなる」

 梟は自嘲的に唇を歪めて笑っている。

「お前、俺の噂を聞いたことがあるか?」

 僕は首を横に振った。

「俺は庶子なんだよ。だから、親父が死んだとたんに援助を一切打ち切られた。まぁ、彼がかなり助けてくれたんだけどな。借りがあるんだ。いろいろとな」
「……僕がジョイントを買うのは駄目なの?」
「生徒会に入りたいんだろ? お前は今でも吸いすぎだよ。背だってあまり伸びてないだろ。外見も役員選出の大事な要因なんだよ。そんな顔色が悪くちゃ駄目だ。成績も落とすなよ。俺はお前をここの寮長にしてやるつもりなんだからな」

 梟は優しく微笑んで、また細かな癖字のびっしりと書き込まれた手帳に視線を戻した。

 僕には売ってくれない――。

 がっかりだ。僕は二本目の煙草に火を点けた。梟の長い指が伸びてきて、それは取られてしまった。もう一本銜える。梟のライターで火を点ける。綺麗に磨かれた銀の十字架が僕を見つめ返す。

 ふと、鳥の巣頭の顔が浮かんだ。




 水曜日は乗馬の日。僕は勇んで丘の上の馬場へ向かう。少し早めに。子爵さまに逢えるように。

 子爵さまは、僕を見つけるとちょっと微笑んでくれる。
「やぁ、元気?」と声を掛けてくれる。

 たったそれだけのことなのに、僕はどきどきして満たされる。




 ハーフタームは鳥の巣頭の家へ行った。
 休み前に吸えなかったから、イライラして落ち着かなくて、鳥の巣頭に頼み込んだのだ。

 僕の家じゃ、のんびりできない。ロンドンの住宅地にある僕の家よりも、広々とした田舎にあるきみの家の方が、気持ちが落ち着くから、って。それにきみの家は広いから、声を気にしなくてもいいだろう、って。


 いつもの部屋に入るなり、鳥の巣頭は凄く意地悪く嗤った。

「兄さんはいないよ。大学のラグビー部の遠征に行っているんだ」

 それから、僕をぎゅっと抱きしめた。

「きみは僕に、きみの痛みを共有して欲しい、て言ったじゃないか」

 そのままベッドに倒れ込んだ。僕はこいつを押し返そうとしたけれど、びくとも動かなかった。

「僕はきみを誰かと共有するのは嫌なんだ。きみの痛みは僕のもの。そうきみが望んだんだよ」



 いつの間にこいつの背は、僕をずっと超えていたのだろう?
 こいつの腕は、こんなに太くなっていたのだろう?

 僕の上にいるこいつは誰なんだ? 


 手首に赤い指跡がつく。
 天井の蛇が僕を嗤う。赤い舌をチロチロと出して。

 身体に紅い花が咲く。また、蛇に怒られる。

 白い彼は僕を助けてくれない。
 微睡む僕は深淵の底深く。


 ウロボロスはどこにいるの?
 僕をその体内に匿って。


 子爵さま――。



 僕の涙を、鳥の巣頭は唇で拭った。

「きみの傷ごと、きみを愛しているよ、マシュー」





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...