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一章
16 白い彼
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人間はみな平等だって?
何の冗談だい?
きみと、僕。こんなにも違うのに
平たく等しいわけがないだろ
僕はスポーツが好きじゃない。一日中走り廻って、一体何がそんなに楽しいんだ? 元来、身体を動かすことが苦手な僕には、どうやったって理解できるはずがない。
学年末試験も無事に終わり、今日は寮対抗ラグビー大会だ。試験が終わると毎週のように何かの大会が行われる。クリケットに、サッカー、ラグビー……。もういい加減にして欲しい。
僕はぼんやりと、むさくるしく走り回っている縞シャツ野郎どもを眺めていた。どうでもいいのに我慢して観戦しているのは、アヌビスに会えると思ったからだ。何とか話して、ジョイントを貰わなくちゃ……。試験の結果が出るまで寮長はジョイントをくれないから、僕は微睡む僕に会いに行けない。白い彼だけでは、彼だけでは、微睡む僕が起きてしまう――。
周囲で沸き起こる歓声が喧しい。
アヌビスは見つからない。いるはずなのに、人が多すぎて。
僕は夏の日差しが嫌いだ。じりじりと肌を焼く。気持ち悪い。きらきらと跳ねる光に眼が痛む。
我慢できずに立ちあがった。
腕を振り上げ、大声をあげる、野蛮な連中ばかりの観客席を離れて少し離れた木陰に向かった。鳥の巣頭も当たり前についてきた。
「少し休めばよくなるよ」
僕はいつものように笑顔で言い訳。
学年代表だから帰る訳にはいかない。寮一丸となって応援しているのだから。建前は。
「エドの試合に間に合ったかな?」
「ああ、これからだよ」
木にもたれて一息ついていた僕は、印象的な、涼やかな声に顔をあげた。
漆黒のローブを艶やかに翻し、その人は僕の前を通りすぎた。
金の髪。至上の空を映す瞳。
一瞬で目に焼きついたその横顔――。
初めて間近で見た彼は、あまりにも鮮烈だった。
これが、白い彼――。皆が欲しがる白い彼――。
僕の中の白い彼が、粉々に砕かれ、崩れ落ちる。しゃらしゃらと、分解される。
一体誰が似ているなどと言ったんだ!
こんな人が二人といるはずがないじゃないか!
こんな人の面影を追われて、僕の中の白い彼は、何度も、何度も殺されるのか。形も残らない程ばらばらに――。
粒子になって霧散してしまった、僕の白い彼――。
彼とは似ても似つかないのに――。
ジョイントが欲しい。
僕は消えてしまった白い彼を探してあげたい。きみは彼じゃないよ、と言ってあげたい。彼の名ではなく、きみの名を呼んであげたい。
それなのに、きみの名前が分からない。
きみは、誰――?
蹲り、泣き出した僕に驚いて、鳥の巣頭が心配そうに肩に手を置いた。
「大丈夫? 日向は暑すぎたんだね。寮に戻る? ここで待っていて。僕、誰かに後のことを頼んでおくよ」
鳥の巣頭が走り出す。
寮の中は空っぽだ。皆、試合を観ているのだから。
僕は鳥の巣頭に付き添われて、がらんどうの寮の、空っぽの部屋に戻った。ベッドに腰掛けて、横に座る鳥の巣頭の肩に額をのせた。涙は、もう枯れていた。
「僕と彼は似てなんかいない」
「え?」
訊き返した鳥の巣頭の唇を優しく塞いだ。
「僕は誰?」
「マシュー……?」
「名前を呼んで」
僕は鳥の巣頭にキスをした。いつも蛇がするようなキスを。赤い舌でチロチロと舐めながら喉の奥に滑り込み、螺旋を描きながら全身を縛りあげる蛇のキスを。鳥の巣頭は苦しそうに眉をしかめた。
「マシュー、」
僕は放さなかった。噛みつくようなキスを繰り返した。アヌビスのような。噛みつき、引き裂き、肉を喰らう獰猛なキスを。
「マシュー」
名前を呼んで。
名前のない彼の名前を。
鳥の巣頭が僕の上に伸しかかる。
僕は喉を仰け反らせてこいつを誘った。
ほら、僕の喉笛を喰いちぎれ。アヌビスのように――。
鳥の巣頭の背に腕を回し、きつく抱きしめた。
ほら、僕の上を這いずりまわれ。蛇のように――。
そうして百足の毒で僕を殺すんだ。何度でも。何度でも。
「痕はつけちゃ駄目だよ」
耳朶を噛んで、囁いた。
見えなくなるからね。全身から吹き出す赤に染まったどろどろの彼が。
ウロボロスの薄い膜の中、漂っている彼が見えるのはほんの一瞬。
僕はその瞬間を身を潜めて待つんだ。
彼の名前を呼ぶために。
「マシュー」、と。
この一瞬こそが永遠。
僕がここにいる理由。
ああ、先人の言うことは、正しい。
人は等しく平等だ。
誰もがこの欲望に支配される。一人の例外なんかなく。
誰もが等しくイブの子ども。
誰もが蛇の林檎を食べるんだ。
本物の、白い彼だって、例外じゃない――。
何の冗談だい?
きみと、僕。こんなにも違うのに
平たく等しいわけがないだろ
僕はスポーツが好きじゃない。一日中走り廻って、一体何がそんなに楽しいんだ? 元来、身体を動かすことが苦手な僕には、どうやったって理解できるはずがない。
学年末試験も無事に終わり、今日は寮対抗ラグビー大会だ。試験が終わると毎週のように何かの大会が行われる。クリケットに、サッカー、ラグビー……。もういい加減にして欲しい。
僕はぼんやりと、むさくるしく走り回っている縞シャツ野郎どもを眺めていた。どうでもいいのに我慢して観戦しているのは、アヌビスに会えると思ったからだ。何とか話して、ジョイントを貰わなくちゃ……。試験の結果が出るまで寮長はジョイントをくれないから、僕は微睡む僕に会いに行けない。白い彼だけでは、彼だけでは、微睡む僕が起きてしまう――。
周囲で沸き起こる歓声が喧しい。
アヌビスは見つからない。いるはずなのに、人が多すぎて。
僕は夏の日差しが嫌いだ。じりじりと肌を焼く。気持ち悪い。きらきらと跳ねる光に眼が痛む。
我慢できずに立ちあがった。
腕を振り上げ、大声をあげる、野蛮な連中ばかりの観客席を離れて少し離れた木陰に向かった。鳥の巣頭も当たり前についてきた。
「少し休めばよくなるよ」
僕はいつものように笑顔で言い訳。
学年代表だから帰る訳にはいかない。寮一丸となって応援しているのだから。建前は。
「エドの試合に間に合ったかな?」
「ああ、これからだよ」
木にもたれて一息ついていた僕は、印象的な、涼やかな声に顔をあげた。
漆黒のローブを艶やかに翻し、その人は僕の前を通りすぎた。
金の髪。至上の空を映す瞳。
一瞬で目に焼きついたその横顔――。
初めて間近で見た彼は、あまりにも鮮烈だった。
これが、白い彼――。皆が欲しがる白い彼――。
僕の中の白い彼が、粉々に砕かれ、崩れ落ちる。しゃらしゃらと、分解される。
一体誰が似ているなどと言ったんだ!
こんな人が二人といるはずがないじゃないか!
こんな人の面影を追われて、僕の中の白い彼は、何度も、何度も殺されるのか。形も残らない程ばらばらに――。
粒子になって霧散してしまった、僕の白い彼――。
彼とは似ても似つかないのに――。
ジョイントが欲しい。
僕は消えてしまった白い彼を探してあげたい。きみは彼じゃないよ、と言ってあげたい。彼の名ではなく、きみの名を呼んであげたい。
それなのに、きみの名前が分からない。
きみは、誰――?
蹲り、泣き出した僕に驚いて、鳥の巣頭が心配そうに肩に手を置いた。
「大丈夫? 日向は暑すぎたんだね。寮に戻る? ここで待っていて。僕、誰かに後のことを頼んでおくよ」
鳥の巣頭が走り出す。
寮の中は空っぽだ。皆、試合を観ているのだから。
僕は鳥の巣頭に付き添われて、がらんどうの寮の、空っぽの部屋に戻った。ベッドに腰掛けて、横に座る鳥の巣頭の肩に額をのせた。涙は、もう枯れていた。
「僕と彼は似てなんかいない」
「え?」
訊き返した鳥の巣頭の唇を優しく塞いだ。
「僕は誰?」
「マシュー……?」
「名前を呼んで」
僕は鳥の巣頭にキスをした。いつも蛇がするようなキスを。赤い舌でチロチロと舐めながら喉の奥に滑り込み、螺旋を描きながら全身を縛りあげる蛇のキスを。鳥の巣頭は苦しそうに眉をしかめた。
「マシュー、」
僕は放さなかった。噛みつくようなキスを繰り返した。アヌビスのような。噛みつき、引き裂き、肉を喰らう獰猛なキスを。
「マシュー」
名前を呼んで。
名前のない彼の名前を。
鳥の巣頭が僕の上に伸しかかる。
僕は喉を仰け反らせてこいつを誘った。
ほら、僕の喉笛を喰いちぎれ。アヌビスのように――。
鳥の巣頭の背に腕を回し、きつく抱きしめた。
ほら、僕の上を這いずりまわれ。蛇のように――。
そうして百足の毒で僕を殺すんだ。何度でも。何度でも。
「痕はつけちゃ駄目だよ」
耳朶を噛んで、囁いた。
見えなくなるからね。全身から吹き出す赤に染まったどろどろの彼が。
ウロボロスの薄い膜の中、漂っている彼が見えるのはほんの一瞬。
僕はその瞬間を身を潜めて待つんだ。
彼の名前を呼ぶために。
「マシュー」、と。
この一瞬こそが永遠。
僕がここにいる理由。
ああ、先人の言うことは、正しい。
人は等しく平等だ。
誰もがこの欲望に支配される。一人の例外なんかなく。
誰もが等しくイブの子ども。
誰もが蛇の林檎を食べるんだ。
本物の、白い彼だって、例外じゃない――。
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