微睡む宵闇 揺蕩う薫香

萩尾雅縁

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一章

15 生徒会選挙

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 廻り始めた運命の輪は止まらない
 悲鳴のように
 ギシリ、ギシリと身を軋ませる



 一大イベントの創立祭が終わると、直ぐに学年末試験がやってくる。僕は必死で勉強中。
 せめて入学時の順位に戻さなければ、学年代表を下ろすよ、と、そう、寮長に言われたから。だけど続けてこうも言われた。

 いい成績を取れたら、ご褒美をあげるよ、と。

 僕はとてもすっきりしていた。
 僕はウロボロスの体内で、静かに微睡む僕を見つけた。踏みにじられ、蹂躙され、噛み砕かれたのは僕じゃなかった。僕はずっとここにいたんだ。何も知らずに。
 彼らが欲しかったのは僕じゃなかった。可哀想な白い彼。白い輝きを放つ、あの白い彼だ。
 僕の中の白い彼は、どこかに霧散してしまった。もう、僕にも見つけられない。たぶん、この蛇の腹の中に漂っているのだろう。

 蛇にジョイントを貰ったら、また、きみを探してあげるよ。




「マシュー、あまり根を詰めるのも良くないよ。また熱を出してしまうよ」
 心配そうに鳥の巣頭が言う。

 お節介な鳥の巣頭。母親にそっくりだ。外見はちっとも似ていないのに。

「平気だよ。ずっと体調が悪くて勉強できていなかったもの。もっと頑張らなきゃいけないくらいだ」

 だから、邪魔するんじゃないよ。

「でも……。何だか、きみを見ていると怖いんだ。消えていなくなってしまいそうで」

 消えていなくなったのは僕じゃない。あれは白い彼。僕じゃない。

「馬鹿だな」
 僕は声を立てて笑った。

 役に立たないなら、邪魔するな。

「寮長のところへ行ってくる。勉強を見てくれる約束なんだ」
 鳥の巣頭が泣きそうな目で僕を見る。僕は急いで教科書をまとめる。

「点呼までには戻ってくるから」
 立ち上がって鳥の巣頭の髪にキスしてやった。

「ありがとう。きみは本当に優しいよね。でも、心配いらないよ。副寮長も一緒だからね」





 寮長は僕の髪の毛を弄るのが好きだ。長い指に僕の髪を絡ませる。巻きつけて、ついと引っ張る。僕にはそれが心地よい。
 僕は寮長にもたれて教科書を開く。寮長は僕の肩に腕をまわして首をくすぐる。くすぐったいけれど、僕はそれで安心する。猫みたいにじゃれつきたくなる。

 でも今日は違った。

「全く番狂わせもいいところだよ。こうも票を奪われるなんて」
 いつも余裕の寮長が、今日は不機嫌に眉を寄せている。
「ラザフォード? もう卒業だっていうのに、最後までやってくれたな」
「いや、直接動いていたのは別の奴だ。ああ、残念だよ。きみに生徒総監の椅子を譲っていけないなんて」
「別にかまわないよ、俺は」
 副寮長は煙を燻らせながらにっと笑い、「それより、問題は売上だよ。ブライアンがお冠だ。大口顧客を捕まえないとな――」 そう言いながら、僕を見つめて目を細めている。
 だけど、すぐに寮長に視線を戻して真剣な口調で話を戻す。

「生徒会の議席はどれくらい流れた?」
「半数強」
 寮長は考え込むように組んだ脚の上に、頬杖をついている。

「おまけにソールスベリーが銀ボタンだ。最上級生を差し置いて」
 不愉快そうに付け加えた。

 銀ボタンは、この学校の最優秀生徒に贈られる称号なのに――。

 副寮長が目を見開いて驚いている。僕も正直びっくりして、教科書から顔を上げて二人の会話に耳をそばだてた。

「監督生入りか?」
「それが断ったらしい。単独の銀ボタンだよ」

 信じられない! 監督生への就任を断る人がいるなんて!
 
 驚きすぎて寮長を見つめ、ぽかんと固まってしまっていた僕に気づき、寮長は苦笑して頭を撫でてくれた。


 僕がなりたくて仕方のなかった奨学生の中から、さらに優秀な二十名だけしか選ばれることのできない監督生――。そのトップに立つのが、銀ボタンだ。

「学業に専念するって? 彼らしいな」
 副寮長も、肩を揺すって可笑しそうに笑っている。

 銀ボタンは監督生の権利を有し、義務を持たない。それは普通、監督生の中から銀ボタンが選ばれるからなのに――。


 白い彼――。ソールスベリーという人はとかく変わった人だった。
 寮対抗クリケットで学年優勝を果たし、最優秀選手として表彰されながら、クリケット部には所属していない。コンサートでヴァイオリンのソロを任される腕前なのに、音楽の課外授業も受けていない。さらに言えば、学年代表ですらないのだ。
 およそ考えられる全ての権威を一蹴する、孤高の大天使。彼がそう呼ばれる所以ゆえんだ。


 どうやら次年度の生徒会選挙結果と、監督生の選抜内容が寮長の腹だちの種らしい。生徒総監を兼任する寮長は一足先に結果を知って、腹の虫が治まらないということだ。
 ほぼ決定していたはずの新生徒会人事が、大番狂わせの結果で終わったのだ。生徒会と仲の悪い監督生側が投票操作をして、生徒会内部の口入れを行ってきた、ということだった。それも、こちら側の役員が金で寝返ったというのだから、もはや笑い話だ。


 蛇がしてやられるなんて――。

 僕は面に出さないよう平静を保ちながら、腹の中で嗤っていた。いや、違う。嗤っていたのは白い彼だ。僕じゃない。それは僕じゃない。


 せっかくの、鳥の巣頭の兄貴を追い落として作り上げた蛇の王国が、来年度には崩れてしまうのだもの。

 僕の髪の毛に差し込まれた寮長の指先から、怒りがひしひしと伝わってくる。僕は、不安になって寮長を見あげた。寮長は、僕に見向きもしない。

「次の監督生代表は?」
「ラザフォードの犬だよ」
「キングスリー?」
 寮長は首を横に振った。
「カミングス」
「面倒だな」
 副寮長もため息をついている。


 ついていけない話は、もうどうでもよくなって、手にしていた教科書に集中しようと視線を落とした。

 来年度、蛇はもういない。でも、梟がいてくれる。梟は優しいけれど、ジョイントを吸わない。僕はどうすればいいのだろう? 

 アヌビスも卒業して、いなくなる。夏にまた、遊びにいこうかな――。


「ジョイントが手に入らなくなるんじゃないかって、不安なんだろ?」

 突然、僕の心を見透かしたように、梟が煙水晶の瞳を僕に向けた。





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