夏の嵐

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
20 / 28

19

しおりを挟む

 メルリアとの話は一応の帰結を見た。
 とにかくその『試練』を乗り越えなければ、メルリアの協力を得られないということが確定した。

 ユーヒはすでに腹をくくっている。
 もし仮に、『試練』に耐えきれず、命を落としてしまったとしても、もう、そこは受け入れるしかない。

 「クインジェム」に来てからまだ数日しか経っていないとはいえ、実際に身をもって経験したこの世界は、とても美しい世界で、とても過酷な世界だと知った。

 一歩間違えれば、いつでも「死」が隣り合わせにあると実感した。
 しかし、その反面、人々は息づき、日々懸命に生きているし、なにより、多くの人の笑顔が眩しい。

 これまでに訪れた街々の人々の明るく活気と希望に満ちた情景は、元居た世界では普段は見受けられないものだった。

(自画自賛だけど、よくぞここまで作り上げられたものだ――。いや、ちがうな。この世界の人たちがここまで作り上げてきたんだ。僕が作ったのはあくまでも、その「種」に過ぎない)

 「種」が芽吹き、茎をのばして葉をつけ、やがて花を咲かせ実を結ぶ。

 それは決して、作り上げた者の成果ではなく、あくまでも、その「種」自身の生命の結実――「彼」自身の力によるものだ。

 「種」自身が、生きたい成長したいと望み、周囲の環境や仲間たち、天からの恩恵を自力で集めて成長した結果、「実を結ぶ」のだ。
 もしかしたら、その過程において、隣にいる「仲間」がしおれて倒れてゆくのを見るかもしれない。
 それでも、諦めず希望を持って生きたいと願ったものが、大地に根を張り、新たな生命を生む者にまで成熟することができる。

(僕はもうこの世界では、ただの一粒の「種」に過ぎないんだ。芽をだし茎をのばし葉をつけ花を咲かせ実を結ぶ――そういうことを意識して生きなければ、恐らく想いを果たせないまま「死」を迎えることになるのだろう)

 自分がこの世界の住人であるという事実を、ユーヒはもう否定しなくなっている。

 何の因果かわからないが、前の世界の記憶が残っている状態でここにきてしまったがために混乱しているのだと言ってもいい。
 もし、この世界にユーヒが元からいて、そこに滑川夕日の記憶が植え付けられただけだと、そう考えれば、このユーヒ・ナメカワなる「少年」にとっては、たまらない災厄に違いないのだ。

 そういうところをはっきりさせたいという思いが実のところ、元の日本に帰りたいという思いよりも強くなっている。

 エリシアに会って確かめたいのは、元の世界に帰る方法というより、「僕自身」がいったい何者なのかということの方だと思い始めているのだ。
 

「それじゃあ、俺も付いていくしかねぇな――」

 ユーヒの隣でルイジェンが不敵に笑ってそう言った。

「「え――?」」

 と、ユーヒとメルリアの両方が同時に声を出す。

「――だって、そういう契約だろ? お前がエリシアさまと会うまで、俺はお前に雇われた「案内人ガイド」で「護衛ガード」だからな。お前が行くところにはついて行かないといけないってわけだ」

 そう言ってルイジェンはこちらに微笑んで見せる。
 いつものことだが、その吸い込まれるような笑顔と瞳には「男」ながらにほれぼれする。

「――それはダメです。といっても、は聞かないのでしょう。ルイジェンはそういう性格ですから――」

 メルリアがそう言った。

「え? ええっ!? 今なんて――」
ユーヒは今のメルリアの言葉に聞き捨てならない言葉が紛れていることに驚愕した。

「ああ、言いそびれていましたが、ルイジェンは私のの一人です。いえ、正確に言えば、「だった」、でしょうね。が私の元を離れてから、もうかれこれ数十年は経ちますから――」

「いえ、そうじゃなくて、え? 「彼女」? ルイは男の子じゃ――。え? ええっ!? もしかして、ルイって、「おんなのこ」? だった、の?」

 ユーヒはおそるおそる隣のルイジェンの方に視線を移す。いったい「彼女」がどういう表情をしているのか、ひじょーに気まずい。

 ユーヒが視線を向けると、ルイジェンは恥ずかしそうに頬を赤らめて、視線をそっぽへ向けている。

 そして、

「お、俺は自分が男だなんて、一言も言ってないからな! お、お前が勝手にそう思い込んでいただけだ! だから、俺は悪くない!」

 と、言い放った。

「いや、そう言われればそうだろうけど――。はあ、なんてことだ。急に恥ずかしさが込み上げてきた――」
と、ユーヒも返す。

「は、恥ずかしいのはこっちだ! お前、完全に俺を男だと思ってただろ? 疑いもしなかっただろ!? そんなやつに、俺は女だなんて、言えるわけないだろ――!」

 ルイジェンは顔を真っ赤にして怒り心頭だ。

 そんなやり取りをする二人を前にしたメルリアだけが、穏やかに微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...