夏の嵐

萩尾雅縁

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 「襲われないようにする方法ないんですか?」
 「犯人に止めてもらうしかないわね。殺意を向けられる心当たりは?」

 普通に生きていたらそんな事は滅多に無いだろう。
 けれど周囲からすれば葵は棗累が失踪した原因だ。そのせいで母親は自殺未遂にまで至っている。彼らに近しい人ほど葵を憎んでいる事だろう。
 大勢の女子から愛を囁かれる彼の死を悼む人数だけ殺意があるのだ。

 「……多すぎて分からないです……」
 「小さいのはノーカウント。日常ではありえない激しい憎しみを向けられる事があったはずよ。例えばあなたのせいで大切な人の死に目に会えなかったとか」

 きっとお姫様はこの愛らしい顔で真実を突きつけるだろう事は予想していた。
 一体何が目的かは分からないけれど、まるで真実を知っているような口ぶりは現実を再認識させられる。

 「やっぱり累先輩は私を憎んでるんですね……」
 「どうかしら。あなたが彼の大切な人を殺したの?」
 「違うわ!そんな事してない!」
 「では何故憎まれてると思うの?」
 「……私が連れ出した間に弟さんが亡くなったんです。でも人を殺したいなんて、そんな事思う人じゃなかった」
 「普段そんな人じゃないからこそ憎しみは人一倍深いんじゃないかしら」

 リゼは憎まれても仕方ないわね、と大きく何度も頷いた。
 彼じゃないわよと言って欲しかったけれど、そんな優しい嘘すら吐いてくれなかった。
 相変わらず穏やかに微笑んでいるけれど、それが嘲笑なのか同情なのか軽蔑なのか意図は見えてこない。葵は俯きため息を吐いたけれど、そっとリンが頭を撫でてくれる。
 
 「だが吉報でもあるだろう。彼はまだ生きてるという事だ」
 「……そっか。そうですよね。失踪しただけで遺体が見つかったわけじゃ無いし」
 「見つけて謝って許してもらえれば助かるかもしれないわね」
 「あの、何か探す方法無いですか」
 「あるわ。あの生クリームが何処から来たかつきとめれば良いの」
 「何処って、沸いて出てきたのに出所があるんですか?」
 「あれらは心の在処――身体から滲み出る物で宙に出現するわけではない。あの量で外から入って来たという事は、ここにやって来れる距離にいるんだろう」
 「それに何処にでも出現できるなら直接内臓に現れて破裂させるでしょ」
 「そ、そっか……」

 急にグロテスクな事を言われ思わず想像してしまった。
 しかしそれなら防ぎようはあるという事だ。窓ガラスを割って部屋中をべとべとにする物理的存在なら水をかけて溶かしてしまえばそれまでだ。
 よしよしと葵は頷いたけれど、それを諫めるようにリンがコンコンとテーブルを突いてくる。

 「一人で立ち向かおうなどと思うな」
 「え、だ、駄目ですか」
 「駄目というより無駄だ。溶かしても憎しみは無限に湧き出る。終わりなど無い」
 「……そうですよね」

 それにあんな大量の生クリームを解かせるだけの水を都合よく持ってるとは限らない。持っている事の方が珍しいだろう。
 しかし、ならばどうしろと言うのか。襲われて死ぬのを待てと言うのか。
 そんな葵の不安に気付いたのか、リゼはクスッと笑って葵の顔を覗き込んできた。

 「大丈夫よ。手伝ってあげる。一人じゃ危ないからね」

 お姫様は相変わらず穏やかに、そして意味ありげに微笑んでいた。
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