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魔法使いの愛

1 謎の男

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 鬱蒼とした森が広がるアーネル王国の北西部。
とりわけ目立つ高い塔は、王都の何処からでも目視できる程だ。
 魔法使いの精鋭達が研究、開発に集中する為だけに造られたその塔を、人々は畏怖を抱いて魔塔と呼んだ。
いつしか、ただの名称と変わったが、古くから知る人間達は、未だに「魔塔には近づくな」と、幼い子供におしえる者も少なくない。





「ギルベルト様、お手紙が届いております」
「興味ない」


 ギルベルト・メイガートは、山盛りの手紙を運んで来た弟子に対して、食い気味に応えた。
 弟子のマルコスは、慣れた様子でローテーブルにどさどさと積み、選別を始める。


「わぁ、ロッティ家だ。
ギルベルト様、コレは見ておいた方が宜しいのでは?」


 上質な紙の封筒に押された封蝋と差出人を見て、マルコスは顔を歪めた。
 魔塔は、騎士団と同じ独立した機関ではあるが、騎士団と違い、実力至上主義の特殊機関である。
ある程度通用する貴族の身分や圧力も、魔塔では無意味だった。
 しかし、魔塔を持ってしても無視できないのが、王族と四大公爵家、教皇及び枢機卿だ。
絶対ではないが、無視をすると厄介な為、対価次第では面倒な依頼も受けることが、暗黙の了解となっている。


「………誰」
「マリエール・ロッティ嬢です。王太子の婚約者ですね」
「ああ、彼女」


 ひょいと腕だけ差し出し、手紙を寄越せと催促する。
 マルコスが封筒をギルベルトの人差し指と中指の間に挟むと、瞬時に封蝋は割られ、中の手紙がギルベルトの顔の前まで飛び出した。


「手紙ぐらい、自分で開けたらいいじゃないですか」
「開けただろう、自分で」


 マルコスはそうではないと、心の中でツッコミを入れる。


「何と書かれているんです? 依頼ですか?」
「………」
「ギルベルト様?」


 手紙を読む師匠の形相に、マルコスは恐怖した。
 内容は不明だが、良くない依頼だということは明白だ。
その依頼の差出人が、未来の王妃というのだから、誤魔化しも効かない。
どうするのだろうと、緊張した面持ちでギルベルトの返事を待つが、彼は無言のまま姿を消した。


「えっ、転移魔法?
ギルベルト様? 何処行ったんですか! まだ仕事が残ってますー!!」


 マルコスの切実な叫びだけが、部屋にこだました。








─────────
──────
───



 魔塔の地下室で静かに睡る少女に、男は声をかけた。


「ジュリア、もう少しだけ待ってておくれ。
やっと手に入るかもしれないんだ。君を治す薬が」


 愛おしそうに髪を撫で、額に口づける。
 しかし、少女は一定の呼吸をするのみで、一切の反応はない。


 目に焼きつけるように少女の寝顔を見つめ、男は地下室を後にした。






 魔塔の中にある転移ゲートを利用し、王都の外れへ移動すると、貧民街地区へと足を運ぶ。
 黒いローブのフードを目深に被り、目星のマークを探す。
 とある酒屋を見つけ入店すると、店主に金を渡し店の奥へ入って行った。
突き当たりの部屋の前に立つ従業員に声をかけ、部屋の中にいる人物に取り次ぐよう伝えた。
 

「お待ちしておりました」


 部屋に入ると、身なりの整った初老の男が恭しく頭を下げて歓迎の言葉を口にする。


「……呼び出しておいて、主人はいないのか?」
「大変申し訳ございません。我が主人はが似合わない者でして」
「そうだろうな。バレたら私よりも、君の主人の方が痛手だろう。しかし、代理の者に交渉を任せて、自分は高みの見物というのは如何なものか」


 男の目には、魔法で変装した代理人の本来の姿がハッキリと映っていた。
実際は、20半ば程に見える女性だ。依頼人の侍女か、それに近しい存在なのだろうと、男は察する。
 性別まで変えて来るところを見ると、彼女も顔が割れている方なのだろう。
 此処で腹いせに変装魔法を無効にしても、リスクが上がるだけでメリットはない。
苛立つ心を抑え、男はソファに腰を下ろした。


「依頼内容を聞く前に、報酬が〈天使の涙〉というのは間違いないか」
「はい」
「偽物ではないだろうな」
「もちろんです」


 例え、偽物の可能性があったとしても、男には喉から手が出る程欲しい物だった。


「依頼は?」
「聖女コトネ・ミヨシの洗脳。または、失くしていただきたい」
「聖女を害することは許されない。
私よりも、君の主人の方が理解していると思うが?」
「命を奪えなどと物騒なことを、我が主人が申すわけがありません。ただ、聖女には聖女の役割を全うして欲しいだけなのです」
「………聞かなかったことにする」


 依頼内容に、暗殺が含まれる可能性は予想して来た男だが、対象者までは予測できていなかった。
 聖女に危害を加える行為は、自国の王子に牙を剥けるよりも大それたことだからだ。
 あまりのリスクの大きさに、男は去ろうとした。


「お待ちください。
本当に宜しいのですか? この機会を逃せば、〈天使の涙〉は二度と手に入らないかもしれませんよ」
「その依頼を成功させるより、闇市に〈天使の涙〉が流れる可能性の方が、まだ期待できると思うが?」


 代理人の制止も響いた様子はなく、無駄足の上に口封じの恐れも考慮せねばと、頭を回転させながらドアノブに手をかけた。


「それまで待てれば良いのですが、果たして保つのでしょうか。貴方も理解されているはずです。そんな猶予はないと」
「ハッタリは通用しない」
「いいえ。貴方は一刻も早く手に入れたいはずです。
だって、あと2ヶ月の命でしょう?」
「デタラメを抜かすなっ」


 それまで冷静だった男は、声を荒げ、代理人を睨みつけた。
 男が繰り出した魔法と共に、代理人の変装は解かれ、初老の男から若い女の姿が顕になった。


「……っ、さすが大魔法使いと言うべきでしょうか。
バレていたようですね」
「その顔、見覚えがある。それで化けたつもりだったのか。舐められたものだな」
「いえいえ、これでも変装魔法は得意なんですよ。
魔法学園も自席で卒業してますし」
「ずいぶんとレベルの低い学園を卒業したようだな」


 代理人は額から汗を流し、男と対峙する。
手には小型の杖を持ち、対抗しようとしていることが窺える。


「試されますか?」
「いや、無意味だ。キサマ程度では話にならない」
「っ……そうですか。
ですが、貴方の大切な方に残された時間は、間違っていないと思いますよ。
ああなったのは、4年前ですよね? 間もなく5年が経とうとしている」


 仕掛けた瞬間に制圧されると悟りつつ、女は確信めいた瞳で男を挑発した。


「………」
「何故知っているのか不思議だって顔ですね。
知っていますとも。だって私は、あの時、あの場所にいた生き残りなんですから」
「っ!?」


 そして女は、これまでの人生を語り始めた。







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