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魅惑の聖女様
19 荒ぶる聖女様
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アシルは、ペーパー家の対応を後回しにし、聖女の護衛へ戻った。
彼の代わりに、一時的に護衛を担った近衛騎士は、不愉快そうな顔を隠しもしない。
レオンからの緊急連絡を受けた時、アシルは聖女の護衛中だった。
──ディオンが何者かに襲われたところを保護した、とだけ書かれた連絡に、アシルはひどく動揺した。
とはいえ、無事が確認されている以上、国の最重要要人である聖女を放るわけにはいかない。
よりによって、ディオンに好意を抱いている者に頼らなければならないとは。
アシルは苦虫を噛み潰したような顔で、走り書きを握り潰した。
だが、そこで待ったをかけたのが聖女だった。
ことねは、普段と違うアシルの様子が気になって仕方なかったのだ。
話せないことであれば、断るだろうから聞くだけ聞こう。
ことねが、何があったのか尋ねると、恐ろしい答えが返ってくる。
推しの一大事である。
何故、今直ぐ駆けつけないんだと、彼女は憤慨した。
ことねがディオンを知っているなど、夢にも思わないアシル達は、急に別人のように怒り出した彼女に驚く。
結果的には、ことねの鶴の一声でアシルが騎士団へ向かえたというわけだ。
しかし、騎士団の者と聖女の命、どちらが大切かは言うまでもない。
責任重大な警護に穴を開けたアシルを、近衛騎士達は白い目で見た。
「申し訳ありません。戻りました」
「全然大丈夫です! むしろ、早くないですか?
でぃ……げふん、騎士団の方はご無事でしょうか(ディオン君の側にいなくていいの!? 暴漢に襲われたんでしょ! 貞操の危機よ!)」
「はい。被害者には会えておりませんが、怪我もひどくはないようです。犯人、動機共に判明しているとのことで、後日処罰いたします」
平静を装ってはいるが、アシルの頭はディオン一色だ。
レオンから怪我をしたと聞かされた時は、血の気が引いた。
薬剤に精通するレオンのことだ。かすり傷一つ残さない薬を渡したはずだ。
そうは分かっていても、心配なものは心配で、せめて顔を見ることができたら─────…。
事務的に淡々と報告しつつ、心ここに在らずとは、まさにアシルのことだった。
その彼よりも問題な人物がいた。もちろん、ことねだ。
何事も、情報は非常に大切である。アシルがだいたいの状況を把握していた頃、ことねは気が気ではなかった。
知らないところで、知らないエピソードが進行している。
それも、推しのディオンが危険に晒されるという最悪の事態だ。
彼女は、自分がシナリオを変えた為に起きた事件だと自責の念に駆られた。
本来アシルが知るはずがなかった縁談の話を伝え、ディオンとアシルの仲を進展させようとした。
もし、その件が関係あったなら。
周囲の放っておけという言葉を無視し、独断でアシルを向かわせたはいいが、1時間もしないうちに戻って来てしまった。
ディオンが無事なのか、誰が何の為に犯行に及んだのか、彼は巻き込まれただけなのか。何も分からない。
アシルは、ディオンが怪我をしたとも言っていた。
ひどくないとは、どの程度の怪我なのか。
一生残る傷だったらどうしよう。あの綺麗な顔に、傷なんかついたら!
とにかく、犯人には必ず報いを受けさせよう。
同情できる余地があったとしても、ディオンを傷つけたのなら、赦さない。
「後日、ですか? 騎士団に侵入した人ですよ?
そんなにゆっくりで、大丈夫なんでしょうか(だって現行犯でしょ。証拠集めとか要らなくない? 即刻厳罰に処すべきよ)」
「はい。それも含めて慎重に進めるべきと判断しました。
聖女様におかれましては、ご深慮いただきありがとうございます」
別の騎士団とはいえ、同じ王立の騎士団には違いない。
しかも理由が、色恋の、もっと言えば妄想による私怨だ。
恥晒し以外の何ものでもない。
できれば、近衛隊の前では言いたくない。それがアシルの本音だった。
「そうですか(いや、冷静だなおい。私は、絶対黙っちゃいないんだから!
見てなさい。こうなったら精霊王様に頼んで、懲らしめてやるわっ。ディオン君は襲われるし、アシル様には恋人?ができるしで、最悪よ。私のアシディオを返して!!)」
その日の夜、ことねは精霊王を呼び出した。
「どうした、愛し子よ。其方から私に呼びかけるのは、初めてだな」
金色のような銀色のような、太陽を直視したら見えるであろう強い輝きを纏った人型の精霊が姿を現す。
「ディオン君が今日、危ない目に遭ったの。状況とかは、教えてもらえなくて分からないんだけど……犯人は分かってるらしいわ」
「ほう。あのお気に入りのことか。
確か彼奴には、緑の子がついておったの」
「うん、ウィリデ君よね。シルフが心配してたわ。生まれたばかりだからって」
「そうか、緑が心配を。うむ、良い傾向と言えるな。
して、愛し子の望みは何だ? 我に望みがあるのだろう?」
その犯人や、協力した者達に、罰を与えて欲しい。
ことねは、ハッキリと希望を伝えた。
具体的には、アシルが下すであろう罰とは別に、じわじわと追い詰めてくれと言ってのけた。
「聖女らしからぬ発言と、趣味の悪さだな。愛し子。
まあ、良かろう」
「うふふ、ありがとう! あとはウィリデ君に、ディオン君の様子教えてもらうでしょ。それから、5日後に例の親睦会をするの。アシル様の恋人に会って、ディオン君より相応しいか見極めてやるのよ」
「(はて、アシルとやらにそんな奴がいたか。
彼れからは、お気に入りの気しか感じぬが)」
「アシル様にはね、内緒なの。エリオット経由で、こっそり招待してもらうのよ。
あーあ、地味に楽しみにしてたのにな。ディオン君が心配すぎて、ちっとも楽しくない」
ことねは、窓際のテーブルにだらりと突っ伏し、足をバタバタさせる。
「萌が足りない」
「難儀な生き物だな、人間は」
精霊王が人間と接する機会は、滅多にない。
その為、おのずと人間のデータが限られてくる。
つまり、精霊王にとって、最も新しい人間の基準がことねななってしまっているのだが、果たして良いのだろうか。
彼の代わりに、一時的に護衛を担った近衛騎士は、不愉快そうな顔を隠しもしない。
レオンからの緊急連絡を受けた時、アシルは聖女の護衛中だった。
──ディオンが何者かに襲われたところを保護した、とだけ書かれた連絡に、アシルはひどく動揺した。
とはいえ、無事が確認されている以上、国の最重要要人である聖女を放るわけにはいかない。
よりによって、ディオンに好意を抱いている者に頼らなければならないとは。
アシルは苦虫を噛み潰したような顔で、走り書きを握り潰した。
だが、そこで待ったをかけたのが聖女だった。
ことねは、普段と違うアシルの様子が気になって仕方なかったのだ。
話せないことであれば、断るだろうから聞くだけ聞こう。
ことねが、何があったのか尋ねると、恐ろしい答えが返ってくる。
推しの一大事である。
何故、今直ぐ駆けつけないんだと、彼女は憤慨した。
ことねがディオンを知っているなど、夢にも思わないアシル達は、急に別人のように怒り出した彼女に驚く。
結果的には、ことねの鶴の一声でアシルが騎士団へ向かえたというわけだ。
しかし、騎士団の者と聖女の命、どちらが大切かは言うまでもない。
責任重大な警護に穴を開けたアシルを、近衛騎士達は白い目で見た。
「申し訳ありません。戻りました」
「全然大丈夫です! むしろ、早くないですか?
でぃ……げふん、騎士団の方はご無事でしょうか(ディオン君の側にいなくていいの!? 暴漢に襲われたんでしょ! 貞操の危機よ!)」
「はい。被害者には会えておりませんが、怪我もひどくはないようです。犯人、動機共に判明しているとのことで、後日処罰いたします」
平静を装ってはいるが、アシルの頭はディオン一色だ。
レオンから怪我をしたと聞かされた時は、血の気が引いた。
薬剤に精通するレオンのことだ。かすり傷一つ残さない薬を渡したはずだ。
そうは分かっていても、心配なものは心配で、せめて顔を見ることができたら─────…。
事務的に淡々と報告しつつ、心ここに在らずとは、まさにアシルのことだった。
その彼よりも問題な人物がいた。もちろん、ことねだ。
何事も、情報は非常に大切である。アシルがだいたいの状況を把握していた頃、ことねは気が気ではなかった。
知らないところで、知らないエピソードが進行している。
それも、推しのディオンが危険に晒されるという最悪の事態だ。
彼女は、自分がシナリオを変えた為に起きた事件だと自責の念に駆られた。
本来アシルが知るはずがなかった縁談の話を伝え、ディオンとアシルの仲を進展させようとした。
もし、その件が関係あったなら。
周囲の放っておけという言葉を無視し、独断でアシルを向かわせたはいいが、1時間もしないうちに戻って来てしまった。
ディオンが無事なのか、誰が何の為に犯行に及んだのか、彼は巻き込まれただけなのか。何も分からない。
アシルは、ディオンが怪我をしたとも言っていた。
ひどくないとは、どの程度の怪我なのか。
一生残る傷だったらどうしよう。あの綺麗な顔に、傷なんかついたら!
とにかく、犯人には必ず報いを受けさせよう。
同情できる余地があったとしても、ディオンを傷つけたのなら、赦さない。
「後日、ですか? 騎士団に侵入した人ですよ?
そんなにゆっくりで、大丈夫なんでしょうか(だって現行犯でしょ。証拠集めとか要らなくない? 即刻厳罰に処すべきよ)」
「はい。それも含めて慎重に進めるべきと判断しました。
聖女様におかれましては、ご深慮いただきありがとうございます」
別の騎士団とはいえ、同じ王立の騎士団には違いない。
しかも理由が、色恋の、もっと言えば妄想による私怨だ。
恥晒し以外の何ものでもない。
できれば、近衛隊の前では言いたくない。それがアシルの本音だった。
「そうですか(いや、冷静だなおい。私は、絶対黙っちゃいないんだから!
見てなさい。こうなったら精霊王様に頼んで、懲らしめてやるわっ。ディオン君は襲われるし、アシル様には恋人?ができるしで、最悪よ。私のアシディオを返して!!)」
その日の夜、ことねは精霊王を呼び出した。
「どうした、愛し子よ。其方から私に呼びかけるのは、初めてだな」
金色のような銀色のような、太陽を直視したら見えるであろう強い輝きを纏った人型の精霊が姿を現す。
「ディオン君が今日、危ない目に遭ったの。状況とかは、教えてもらえなくて分からないんだけど……犯人は分かってるらしいわ」
「ほう。あのお気に入りのことか。
確か彼奴には、緑の子がついておったの」
「うん、ウィリデ君よね。シルフが心配してたわ。生まれたばかりだからって」
「そうか、緑が心配を。うむ、良い傾向と言えるな。
して、愛し子の望みは何だ? 我に望みがあるのだろう?」
その犯人や、協力した者達に、罰を与えて欲しい。
ことねは、ハッキリと希望を伝えた。
具体的には、アシルが下すであろう罰とは別に、じわじわと追い詰めてくれと言ってのけた。
「聖女らしからぬ発言と、趣味の悪さだな。愛し子。
まあ、良かろう」
「うふふ、ありがとう! あとはウィリデ君に、ディオン君の様子教えてもらうでしょ。それから、5日後に例の親睦会をするの。アシル様の恋人に会って、ディオン君より相応しいか見極めてやるのよ」
「(はて、アシルとやらにそんな奴がいたか。
彼れからは、お気に入りの気しか感じぬが)」
「アシル様にはね、内緒なの。エリオット経由で、こっそり招待してもらうのよ。
あーあ、地味に楽しみにしてたのにな。ディオン君が心配すぎて、ちっとも楽しくない」
ことねは、窓際のテーブルにだらりと突っ伏し、足をバタバタさせる。
「萌が足りない」
「難儀な生き物だな、人間は」
精霊王が人間と接する機会は、滅多にない。
その為、おのずと人間のデータが限られてくる。
つまり、精霊王にとって、最も新しい人間の基準がことねななってしまっているのだが、果たして良いのだろうか。
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