上 下
25 / 37
魅惑の聖女様

15 原初の誓い

しおりを挟む
「あっ、あ………っ」
「泣くな、ディオン。可哀想に、こんな悪魔のような奴に好かれて」
「団長…ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、僕が、僕のせいでアシルが、こんな」


 倒れたアシルにしがみついて、団長に必死で謝った。
意味がないことだと分かっていても、謝らずにはいられなかった。


「ディオンが泣けば、アシルが喜ぶだけだ。
泣くくらいなら、鳩尾を思いっきり殴りなさい」
「……へ、殴るん……ですか?」
「昏睡状態というのは、警告だ。誓いが破られる手前の状態なんだ。
だから、ディオンがアシルがしたように誓えば、解決する。ああ、何と悍ましい方法を考えたんだ。我が息子ながら、軽蔑する」
「僕が魔力を結べば、助かるんですか?!」
「そうだとも。アシルが何を誓ったのか知らないがな。
コイツは、結婚せずともディオンとの仲を認めさせるしかないように準備していたんだ。
そして、ディオンが同じ誓いを立てれば、ディオンが逃げることもない。命がかかっているからな。
団員達にわざと見せつけたのも、手っ取り早く進める為だろう」


 さすがにないわ。僕の涙と後悔を返して欲しい。
 手を強く握り過ぎて血が出たのは、何だったの。
仕組んでたなら、悔しくも何ともないよね。
武者震いか? 


「僕、魔力少ないですけど、大丈夫ですか」
「アシルが多いから問題ない。
私が言うのもなんだが、本当にいいのか?
今、ディオンが見殺しにしたとしても、私は何も言わんぞ」
「いいんです。死ぬまで面倒見てもらいますから」
「そうか。ありがとう」


 魔力で糸を作るイメージをし、アシルの魔力源に繋げていく。それで、誓いか。たぶん、これでいいのかな?


「ディオン・ドルツは、アシル・ラジートと生涯共にいることを誓う。
───満足か、バカアシル」
「ああ。最高だ」
「!」


 誓いを立てて直ぐ、アシルにデコピンをかますと、パチっと目が開いた。
得意気に笑って、僕を引き寄せたアシルは、熱烈なキスをお見舞いしてくる。
それも団長の目の前で。


「ああ、ウチの息子が悪魔に。
ディオンの両親にどう詫びればいいのか」
「はじめから認めていれば、良かったんですよ」
「おまっ! 本当に悪魔だ。
とにかく、お前の立場は一時保留だ。
後継者から一度外す。いいな」
「ええ。問題ありません」


 問題大アリだろ。後継者から下されたんだぞ?


「ディオン。次の休みは、ご両親にご挨拶しに行こうな」
「アシル、頼むから1回死んでくれ。
とにかく二度とこんなことするなよ! 反省しろ」
「悪いとは思うが、後悔はしていない。
離れられないように縛りつければいいんだ。形式なんて軽いものでなく、それこそ命をかけて」
「何? 呪いの言葉?」
「いや。宿題の答えだ」


 宿題の答え? ずいぶん物騒な宿題だな。


「そうだ、手。消毒しなきゃ」
「手? ああ、これか」


 これかって、どんだけ演技派なんだよ。
アシルの手を取ると、爪の形に血がくっきりと滲んでいた。


「うげ、痛そ。
ここまでするか? 結果は分かってたんだろ?」
「ああ。だが、ディオンの口から離れると聞かされると思うと、怒りが込み上げてきてな。
計画が失敗しそうだったから、痛みで耐えることにした」


 やっぱ、コイツ相当なバカだ。
 僕はアシルの想いに応えられるだろうか。
誓いを立てて良かったのかな。早まった気がする。




「ハクシュンッ」
「愛し子ー、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。何かしら、このとてつもなく大事な瞬間を見逃したような、喪失感は」
「愛し子ー、ディオンの話しなくていいのー」
「するする! 絶対する! それで? 私のディオンに何かあった?」



 そんなこんなで、人生最大の選択をしたと言っても過言ではない僕は、絶賛見せ物状態である。

 まずヘルツァーさんに感謝され、食堂メンバーに祝われ、各部隊の隊長、副隊長が顔を見に来る始末。
そして差出人不明の陳情書が毎日届く。
やれ、第二部隊長の横暴を止めてくれだ、機嫌を取ってくれだ、アシルが絡んだ内容ばかり。


「疲れた」
「ディオンお疲れなのー?
ウィリデなでなでする?」
「する」


 僕の癒しはウィリデだけだ。


「おお、いいところに」
「団長! おはようございます」
「ああ。ちょうど用があったんだ。
ディオン、来週ウチに来なさい」
「ラジート伯爵邸にですか?」
「日取りは追って連絡するから」


 これはどうなんだ?
 奥様に怒られるんじゃないだろうか。
よくも息子の未来を! みたいな感じで。
サーラちゃんにも、嫌われたらどうしよう。
ディオンお兄様嫌い、とか言われた日には立ち直れない。


「それから、しばらくは呼び出しが増えるだろうから、そのつもりで」
「はい。承知しました」


 そのつもりって、どのつもり。
 団長の優し気な笑顔が逆に恐いんだが。






◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラジート伯爵邸。


「さて、今日集まったのは、重大な決定を皆に伝える為だ」


 伯爵邸では、久方ぶりに家族全員が揃っていた。
当主のアルバート、伯爵夫人メアリー、長男アシル、次男グリース、長女サーラ。
アルバートとアシル以外は、アシルの婚約か当主交代の時期に関する話だろうと、踏んでいた。


「3日前を以て、アシルを後継者から外した」
「「「はい?」」」
「あくまで、一時的な措置だ。
しかし、グリースやサーラが相応しいと判断した場合は、即座に後継者に指名し、アシルには騎士団だけに専念してもらう」


 突然の発表に、夫人をはじめ、家族やその場にいた数名の使用人達が動揺する。


「あなた! どういうことですの!」
「そうですよ、父様。兄様は、歴代でも1位2位を争う実力の持ち主なんですよね? それを後継者から外すだなんて!」
「ふむ。重大な欠陥が見つかったのだ。
それより、グリース。アシルが外れれば、筆頭候補はお前だぞ。兄に頼ってばかりいないで、自立する精神を鍛えなさい」
「欠陥!? アシルに? ああっなんてことなの」
「「奥様っ」」
「母様!」


 アルバートの言葉にショックを受けたメアリーは、その場で倒れてしまった。
グリースも、突然降ってかかった重圧に、顔面蒼白である。

 メアリーは寝室へ運ばれ、残された者達で続きを話すこととなった。


「いったい何があったというのですか。
兄様、説明してください!」
「結婚相手を見つけただけだ」
「はあ? まさか、平民ですか?
それなら、その女性を分家の養女にでもすれば……」


 グリースは、兄が平民を相手に選び、父が激怒しているのだ。そう、勘違いした。
しかし、アルバートなら実際にグリースが言った手段を使うだろう。後継者から外すとまでにはならない。


「アシルの相手はディオンなんだよ、グリース」
「ディオンさん?」
「ディオン兄様っ?」


 グリースは、兄の乳母兄弟の名に驚き、サーラは大好きなディオンの名に喜びを隠せないでいる。


「ちょ、ちょっと待ってください。
ディオンさんを? え、兄様の? それともサーラ」
「アシルの相手にだ。小賢しいことに、騎士の宣誓を結んでいてな。だから、ディオンを愛人にして、令嬢を娶ることはできない」
「……兄様、まさか無理矢理」


 アシルのディオンに対する執着は、グリースにもなんとなく分かっていた。ただ、不気味で触れて来なかったのだ。


「失礼な。同意の上だ」
「馬鹿者! あんな騙し討ちをしておいて、何が同意か」


 アルバートの冷たい声に、グリースは理解した。
兄はきっと、ディオンさんを嵌めたのだろうと。


「なるほど。つまり、兄様が結婚できない以上、当主にできないということですね」
「そうだ」
「どうして? ディオン兄様と結婚するのでしょ?」


 この場でただ1人、純粋な疑問を抱く妹に、アシルは満足そうに頷いた。
その様子を見て、アルバートとグリースは頭を抱えるしかなかった。

 数時間後、目覚めたメアリーにも事情を話すと、メアリーはディオンに対して怒るどころか、自分の育て方が間違いだったと、嘆き悲しんだという。


「あなた。来週、ディオンを連れて来てちょうだい」
「それは構わんが、どうにもならんぞ」
「ええ、分かっていますわ」


 アルバートはメアリーにだけ、原初の誓いについても話した。
 そしてメアリーは考えた。
後継者云々は後にしても、名ばかりの貴族であるディオンがアシルと生涯を共にするのは厳しい。
今からでも遅くはない。英才教育を施すのだ、と。


「メアリー、ディオンは確かに男爵家の三男だが、アシルと貴族学校にも通っていたし、それなりに貴族のマナーは……」
「いいえ、あなた。それは騎士になる為の教育であって、淑女になる為の教育ではありません」
「メアリー、ディオンは男だ」
「花嫁修行ですわ!」
「メアリー」


 傍で控えていた執事は思った。
ラジート家の未来は、グリースとディオンの常識力にかかっているに違いない、と。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

30cmブレイクタイム

天宮叶
BL
中学の頃にお腹を空かせて動けなくなっていたときに助けてくれたお兄さんに片思いをしていた斗真は高校1年になったある日、喫茶店でそのお兄さんと再会を果たした。優しくてかっこいい彼にどんどん惹かれていく斗真はある日彼へと思いを告げたものの_____ ノンケの見た目チャラ男中身紳士な純喫茶マスター × 見た目チャラ男中身一途で明るい大学生 のゆっくりと恋を育んでいく物語です

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

食堂の大聖女様〜転生大聖女は実家の食堂を手伝ってただけなのに、なぜか常連客たちが鬼神のような集団になってるんですが?〜

にゃん小春
ファンタジー
魔獣の影響で陸の孤島と化した村に住む少女、ティリスティアーナ・フリューネス。父は左遷された錬金術師で村の治療薬を作り、母は唯一の食堂を営んでいた。代わり映えのしない毎日だが、いずれこの寒村は終わりを迎えるだろう。そんな危機的状況の中、十五歳になったばかりのティリスティアーナはある不思議な夢を見る。それは、前世の記憶とも思える大聖女の処刑の場面だった。夢を見た後、村に奇跡的な現象が起き始める。ティリスティアーナが作る料理を食べた村の老人たちは若返り、強靭な肉体を取り戻していたのだ。 そして、鬼神のごとく強くなってしまった村人たちは狩られるものから狩るものへと代わり危機的状況を脱して行くことに!? 滅びかけた村は復活の兆しを見せ、ティリスティアーナも自らの正体を少しずつ思い出していく。 しかし、村で始まった異変はやがて自称常識人である今世は静かに暮らしたいと宣うティリスティアーナによって世界全体を巻き込む大きな波となって広がっていくのであった。 2025/1/25(土)HOTランキング1位ありがとうございます!

【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。

コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます

はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。 睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。 驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった! そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・ フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...