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魅惑の聖女様

8 精霊使い

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「「聖女様! どうされました!!
──────────…せ、聖女様?」」


 突然響き渡った叫び声に、護衛の騎士2人は焦った。
 侵入者の気配も、魔術の反応も感知できなかったからだ。
だが、彼等の緊迫の瞬間は、呆気なく終わる。


「これは……何かの儀式なのか?」
「あ、ああ。きっとそうだ。異世界の伝統舞踊の可能性もあるがな」
「そうだよな! そうだ。邪魔をしてはいけない」


 ことねと出会って約1ヶ月。
彼等にとって、彼女は可憐で淑やかな優しい女性だった。
いくら動きが変で、意味不明な言葉を叫びながら走り回っていたとしても、彼等は異世界の祈りの儀式か何かだろうと、自分に言い聞かせることにしたのだ。
 笑える話だが、あながち間違ってもいなかった。
確かに、ことねは神に祈りを捧げていた。
『精霊の愛し子と5人のナイト』を創作した、クリエーター陣という神に。


「むふっ、うふふ! やっぱりそうだったのよ!
私の、いえ私達オタクの考察は正しかった!
アシルを攻略するポイントは、彼の初恋を忘れさせること。しかも、アシルはその感情が恋だということにさえ、気づいていなかった。
もうっ! 鈍感さんなんだからっ」
「愛し子っ?」
「初恋の相手は、結局明かされなかった。
死別だとか既婚者だとか、ファンの中でも考察合戦が続いたけど、私はこの案を押したい。公式は、シナリオできちんと相手を発表していたってやつを。
ヒロインとアシルが距離を縮めるイベント。
そう、ディオン君とモブ女の婚約パーティー!
街の小さな居酒屋で、職場関係者によって慎ましく開かれたお祝い。ひょんなことで、ヒロインは参加することになるのよっ!」
「そ、そうなんだ?」
「そう! 私はね、それがもう答えだと思うのよ!
幼馴染を祝う、優しいアシルって感じでSNSは賑わってたけど、違うの。アシルの恋が破れたエピソードだったのよ!
そりゃね、乙女ゲームの攻略対象がBLだと売れ行き的に懸念があって、公式が明言できなったのは分かる。
でも、その裏設定を誰かに気づいて欲しかった、シナリオライターの遊び心なのよ。
分かってた、分かってましたとも、私は!」


 ことねは、妖精の小さな手を取って、ぶんぶんと振り回し、喜びを分かち合おうとした。
しかし、それが伝わることはない。恐らく今後も、理解されることはないだろう。


「ああっ! ついに立証されたのね!
神様、ありがとうございます!!
え、てか待って。そうなら、全力で応援すれば、読み漁ったグヘヘな同人誌展開待ったなし?
やだ、死にそう。私、恋のキューピッドになってみせる!」
「うう、目がまわるー。
誰か助けて。愛し子が変」
「アンタが原因なんだから、諦めて相手しなさい」
「ええ~」


 緑がコーラルピンクの妖精に助けを求めるが、緑がことねから解放されるのは、3時間後だった。











 回想を終え、気持ち悪い笑みを垂れ流す聖女を、桃は不審者を見る目つきで見た。


「くう~っ! 何度思い出しても最高。もうね、あれからアシル様を見る度に、鼻血出しちゃってさぁ。
メイドさん達に口止めするのが大変なの。エリオット様にバレたりしたら、大変でしょ? 国中の医者を集めそうな人だし、お披露目も中止にしそう。
嫌なことは、先送りするくらいなら、早く終わらせたいのよ」
「へえ」


 騒ぎにならないよう、アシルや他の護衛の前では我慢するが、彼等が見ていない所では、高頻度で鼻血を流している。
身の回りを世話するメイドには、卒倒しそうな程驚かれ、心配されたが、チョコレートを食べ過ぎたと誤魔化している。
もちろん、メイド達は信じていない。
お披露目を控え、ハードスケジュールをこなす中、聖女様は我々に心配をかけないよう、健気に我慢しているのだ。
聖女様のお気持ちを尊重しよう。
メイド達は、本気でそう考えていた。


「それで桃ちゃん、緑ヘアーの子は来てないの?」
「ああ、あの子は契約者のとこよ」
「契約したの? おめでとう!
でもそっか。ディオン君の様子知りたかったから、残念」
「大丈夫。契約者は、そのディオンって子だから」
「ふあっ?!
最高かよ、何なのよ、ありがとうっ!!」
「………ほどほどにね」
「何故? もはや、緑ヘアーを口実に会いに行こうかしら? それいい!」


 数時間後、パレードで王都の街並みを初めて見たことねは、更に興奮することになる。
ゲームと同じ街並みに、たくさんの人々。
そして、その中には、ディオンの姿もあったのだ。
 彼女が、馬車の中で声もなく悶えたのは、また別の話。








─────────
─────


 パレード当日。
 第一騎士団の宿舎は、驚く程人がいなかった。


「はじめまして。君がヘルツァーが言っていたディオン君かな?」
「はい。ディオン・ドルツです。
よろしくお願いいたします」


 空っぽの第二部隊の部屋で、ディオンは精霊使いの男と会っていた。


「トーイ・サーシスだ。よろしく。
それにしても、人がいないね。驚いたよ」
「ええ、今日はパレードがありますから。
皆んな警備で出払ってます」


 トーイがパレードの内容を知っているか分からず、聖女については伏せておいたが、恐らく知っているのだろうと、ディオンは思った。
 トーイのローブについたブローチを見て、予想外の大物だあと泣きたい気持ちになる。

 そのブローチには、精霊石と呼ばれる宝石が嵌め込まれていた。
精霊石とは、寿命を終えた精霊が結晶化した形で、並の貴族では手にできない程の価格で取引されている。
そしてトーイのブローチには、ある特殊な魔法がかけられていた。


「大変だねぇ。ヘルツァーは、人に頼むだけ頼んで、自分は仕事って。私だって、仕事があるのに」
「申し訳ありません!」


 ディオンは、ソファから立ち上がり、勢いよく頭を下げる。
ブローチにかけられた、虹色に輝く魔法。その人工的な強い輝きは、宮廷精霊使いの上位10名しか着用できない代物だ。
つまり、トーイ・サーシスという男は、アシルよりもずっと高い地位に就く人間なのだ。
 宮廷精霊使いの仕事を中断させ、たかが騎士団の予備団員の相談相手を依頼するとは………ディオンは初めて、ヘルツァーが恐ろしい人間に思えた。


「ああ、ディオン君は気にしなくていいよ。
あのアホが悪いんだから」
「………(こえー)」
「じゃあ時間もないし、本題に入ろう。
妖精が視えるようになったのは、3日前だったね」
「はい。突然視えるようになったんです」
「何か心当たりはある?」
「いえ。ただ、何も分からないまま、昨日契約を結んでしまいました。妖精曰く、早とちりらしいのですが」
「…………ん?」


 トーイは瞳を大きく見開き、ディオンを見る。
そして、彼の発言が事実なのか、疑うように目を細めた。


「ウィリデって名づけたんですけど、おでこを擦りつけられて。そうしたら、言葉が分かるようになったんです!」
「額だと? をしたのか。
素質ゼロの君が? はあ、困ったものだ」


 頭をガシガシとかいて、トーイは呆れたとばかりに息をいた。
 精霊使いの素質がないディオンは、当然契約や生態に対する知識が乏しい。
あくまで、必修科目として精霊学をかすった程度だ。


「何か問題がある契約だったんでしょうか」


 恐る恐るディオンが聞くと、彼は投げやりに答えた。


「問題はないよ。むしろ、君には得しかないだろう。
魔獣とかは別だけど、精霊や妖精の契約には、3つの種類があるんだ。
1つ目は、等価契約。最も一般的な契約で、契約者の魔力を対価として精霊達の力を借りることができる。
2つ目は、隷属契約。主従契約とも言われてる。
これは、一方的に力で縛り付ける契約だ。悪さをする精霊を調伏する時に使うが、故意に精霊達を配下にする為に使う者もいる。
そして3つ目が、絆の契約。まあ、なんだ。御伽噺の世界のような契約だよ」
「はい?」
「他の2つと違って、精霊人間と結ぶ契約なんだ。仲間や家族と認識した契約者を無条件で助ける。
私達からしたら、夢のような契約さ。
精霊の気まぐれとしか言いようがないからね。条件なんて存在しない。だから、望んでできる契約じゃないんだ」


 学友だったヘルツァーが、あのアシル・ラジートの大切な人だからと、頼み込まれた今回の相談。
正直トーイは、面倒だった。
一時的もしくは後天的に、精霊達が視えることは不思議ではない。
 わざわざ序列7位の宮廷精霊使いを呼び出す内容とは思えなかった。
それがどうしたことか。数多の精霊達と契約を結ぶ宮廷精霊使い。彼等が憧れる契約を、目の前の平凡な青年が結んだのだ。
通常、絆の契約は、穢れを知らない10歳未満の子供が選ばれることが多いとされる。
それなのに、何故。


「僕の契約が、その3つ目だと言うんですか」
「君からは、契約に必要な魔力量を感じない。
そして、精霊達が額を擦り合わせるのは親愛の証だ。
何より妖精が契約をしたと言ったのだろう?」
「はい」
「ならば、間違いない。
ああ本当に困った。私は君が憎らしいよ」


 トーイの機嫌は悪かった。
 まさか、この歳になって、何の力もない若者に嫉妬するハメになるとは、と。
素晴らしい契約にも拘らず、終始不安気なディオンを見て、意地悪な言葉を吐くくらいには、腹が立っていたらしい。

 一方でディオンは、戸惑いを隠せない。
初対面の偉い人に、いきなり毒を吐かれたのだ。
話を聞く限り、とても光栄で嬉しいことなのだが、いかんせん自分が望んだことではない。
憎らしいと言われても、困ってしまうのはこちら側である。


「す、すみません」
「謝らないでくれ。私の一方的な嫉妬だから。
悪かったね、大人気ないことを言って」
「いえ……」
「ディオン君さえ良ければ、そのウィリデという妖精に会いたいのだが、どうだろう」
「はい、もちろんです! 本当は一緒に会ってもらうつもりだったんです。
ただ、今日はパレードを見に行く約束をしていたらしくて」
「(聖女のパレードを? 約束の相手は別の妖精か)
では、私達も行こうか」
「何処にですか?」
「パレードに決まっているだろ」


 こうしてディオンは、トーイによって連れ出され、特等席でパレードを観覧することになった。


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