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魅惑の聖女様
6 食いしん坊
しおりを挟むあれから、何分経っただろう。
5分くらいな気もすれば、30分経った気もする。
「ん……ぷはっ、しつこい! はあ、はあっ」
「足りない」
「嘘だろ。つうか、ねちっこい!
もう唇もヒリヒリするし嫌だ。絶対腫れてる」
アシルがこんなにキス魔だったとは。
上顎をなぞったり、舌を吸ったり、とにかく疲れるキスだった。
あいにくキスの経験は、アシルが初めてだったわけだし、皆んなこんな疲れる行為が好きなのか。
理解に苦しむ。
「舐めてやろうか。治るかもしれないぞ?」
「誰のせいでこうなったと思ってんの。
はあ。……ねえ、妖精知らない? さっきまでいただろ」
まさか、もう視えなくなっちゃったのか?
せっかく仲良くなれたのに。
「ああ。それなら、どっかに消えた。
精霊の気配がしたから、迎えが来たんじゃないか」
「精霊もいたの?」
「一瞬で消えたけどな」
「へえー」
精霊もいたのかー、妖精の更に上位に位置する彼らは、とても気難しいらしい。
「………ディオン、いつから視えるようになった」
「妖精? 昨日の夜だよ。僕も驚いててさ」
「そうか。コトネ・ミヨシって名前に聞き覚えあるか」
「さあ、ないと思うけど。どこの国の人? 変わった名前だね」
「まあな。知らないならいい(この部屋に入った時にいた妖精……あれは聖女様の、いや偶然か)」
変なの。
それに、この間の行動も納得いかないというか。
したいから、なんてバカな理由が罷り通って良いものか。
否。これ以上アシルの横暴を許してはいけない。
気を引き締めるんだ、ディオン・ドルツ!
「明るくなってきたな。もう直ぐ日の出だ。
アシル、時間は大丈夫なのか?」
「城に戻る。
次に会えるのは、パレードが終わってからだ。
それまで、寂しくても泣くなよ」
的外れなことを言って、アシルは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
パレードって3日後……もう2日後か。
寂しさを感じる程、日数なくね。
「泣かんわ」
「泣けよ」
そのままアシルは、城に向かった。
聖女のこと、聞けなかったなぁ。何歳ぐらいなのかとか、可愛いかとか。好きになったのか………とか。
昼のピークを終え、賄いに舌鼓を打っていると、テーブルに影が落ちた。
このまるっこいフォルムと、小さな羽の形───妖精だ。
恐る恐る上を見れば、緑の髪の妖精と、青の髪の妖精が飛んでいた。
視え、てる。輪郭も変わらずハッキリしているし、どうなってるんだ? これじゃあ、まるで元から視える奴みたいじゃないか。
目が合うと、緑の髪の妖精は僕の肩に降りた。
これは、何か期待されている?
飴玉は持ってないし、賄いは肉肉しいメニューばかり。
妖精って肉は大丈夫なのか?
試しに小さく崩した肉団子をスプーンにのせ、口元へ運んでみる。
妖精は、数秒眺めたり匂いを嗅いだりしたが、口にはしなかった。
やはり、甘い物がいいのかもしれない。
残りの賄いを食べ終え、余ったフルーツがないか、厨房内を探すことにした。
「ディオン、まだ休憩中だろ?」
「はい。すみません、邪魔はしないんで」
「食い足りなかったか? 追加で作ってやるよ」
絶賛、夜の仕込み中のチーフに見つかり、声をかけられた。
チーフは妖精視えないよな。妖精用にフルーツ漁りに来たと言って、信じてくれるだろうか。
「お腹は大丈夫です。ありがとうございます。
ちょっとフルーツが食べたくなっちゃって」
「珍しいな。いつもは、第二部隊んとこ行って菓子食うから要らないって言うくせに」
全くその通りです、チーフ。
「その、僕じゃなくて、餌付け用に」
「ペットでも飼い始めたのか?
料理長の許可は取ったんだろうな。調理すんなら、そこんとこキッチリしねえと」
「毛はつかないので大丈夫です!
………あれ、妖精って鱗粉あったっけ」
「妖精?!」
「あっ」
思わず口に出していたらしい。
だけど驚きなのは、チーフのこの反応だ。
チーフは、基本仕事中に手を止めない。特に仕込み作業中は、絶対だ。
周りの動きも良く見てくれているし、動線も完璧。
頭の後ろに目があると言われても信じてしまいそうだ。
これで手を動かしながら、仕事の話からプライベートの話まで話すもんだから、恐ろしい。
そのチーフが、仕込み中に手を止めたのだ。
「いるのか、この食堂に!」
「え、あ、はい」
圧がすごい。もしかしてチーフ、妖精が好きとか?
視えないからこそ、憧れるって言うしな。
僕だってそうだった。
「どこだ、どの辺りにいる?
ディオンお前、視えるなら早く言えよっ」
「僕の右肩に座ってます」
「何っ?!
しまった、大きな声を……妖精は逃げてしまったか?」
声で驚かせてしまったのかとチーフは心配するが、大丈夫です。
だって今、チーフのシェフスカーフにぶら下がって遊んでますもん。
落ちないでくれよ。
「大丈夫ですよ」
「そうか。それで、何が食いたいんだ?
妖精にやるんだろう? 種類が分からなければ、盛り合わせにしてもいいな。いっそケーキでも作るか!」
仕込みはいいんですか。
ウチのメニューにケーキなんてないでしょ。製菓もイケたんですね、チーフ。
知らなかったなー。
妖精も瞳を輝かせて、スカーフをよじ登っている。羽があるから、飛べばいいのに。
「余りもので充分なんで。
仕事の邪魔になるんで、もう行きますね」
「待て。仕込みはほぼ終わっている。
余りものは可哀想だろうが。俺にやらせろ」
「は、はい」
誰、この人。料理長、副料理長! チーフがご乱心ですー!
座って待ってろと言われ、大人しく待つ。
なんだかチーフの新しい一面を知ってしまった。
他のスタッフの顔よ。口をあんぐり開けて、固まってたぞ。
分かる、分かるぞ、その気持ち。
緑の髪の妖精は、自分がどんなことをさせているか、分かっているんだろうか。
あのチーフが仕事を中断したんだ。明日は雪かもしれない。
「待たせたな。ほら、食え」
「……………なんすか、これ」
「フルーツパフェとパンケーキだ」
「いや、それは見たら分かりますけど」
「苦手だったら、別のを作る。それは、お前が食っとけ」
違う、そうじゃない。
僕等の前に置かれたのは、高級店で提供されていそうな、フルーツ盛りだくさんのパフェ。しかもパフェ用のグラスなんてないから、ガラスボウルに盛った特大サイズ。
パンケーキは厚み3cmのものが3段に積まれ、木の実のソースがかかっている。
何コレ。
「いやいやいや、更に作りに行こうとしないでください!
妖精も喜んでます。というか、よだれ垂らしてます」
「おお、そうか。いっぱい食ってくれ」
そして、何故か僕等の向かいに座るチーフ。
「えっとチーフ?」
「俺のことは気にするな。それより妖精は1人か」
「いえ、さっきまでもう1人!?」
何処に行ったのかと周囲を見回すと、やばいのが見えた。
青の髪の妖精が、大勢の妖精を引き連れてテーブルに向かって来ている。
残す心配はなさそうだな。
視える団員達の表情と、視えない団員達のいつも通りの姿が、何とも言えない。
仲間達の数を見た緑の髪の妖精は、慌てて食べ始める。
そりゃ、他の子が到着したら、あっという間だもんな。
「何だ? 急に壁なんか見たりして。
……お、減ってる! 見ろ、ディオン! 齧った跡だ。食ってくれているんだな!」
「はい」
食べられるだけ食べておこうって気合いが滲み出ている。
フルーツやクリームには直接齧りつき、パンケーキやフレークは両手で交互に早食いしている。
2分程遅れてやって来た仲間達によって、パフェとパンケーキは直ぐになくなった。
急に一瞬で消えたからチーフは驚いたようだが、満足そうに笑っている。
緑の髪の妖精は、青の髪の妖精に少し怒られていた。
昨晩の妖精達の会話
「愛し子だ」
「愛し子がいるー」
「ああっ、ディオン君に会いたい……」
「ディオンって誰?」
「精霊王様ー! 愛し子がディオンって子に会いたいってー」
「お前達、また愛し子を覗きに行っただな。
………ふむ。どうやら其奴は、我等が視えぬようだ」
「ええっ。会いたいのにー」
「どれ、様子を見に行くか。少し加護を与えてやれば、視えるようになる」
「わーい、早く、早くー」
「見つけた!」
「いた!」
「ねぇ、視える? 視える?」
「びっくりしてるよ、この人間」
「飴だ、おいちー」
「行っちゃうの? 待って、愛し子のお気に入りー」
「起こしてくれるの? ありがとう」
「わーい、お気に入りに任されたー!」
「あれ? しんにゅーしゃって、愛し子とよくいる騎士だ」
「知ってる。あの騎士、アシルっていうのよ」
「そうだわ、アシルよ。愛し子がよく話してる」
「へえ。………わっ、ちゅーした!」
「お気に入りが苦しそうだよっ、助けなきゃ」
「お待ちなさい、我が子よ」
「精霊様」
「緑の精霊様だー」
「あれは、お前達にはまだ早い。
帰りますよ」
「ええ、お気に入りともっといたいー」
「こら。精霊様に従うのよ、ほら帰るわよ」
「ああっお気に入りー!」
「愛し子とお話でもしてきなさい」
「お話? じゃあ、今のこと話そう。
愛し子に騎士がいじめてたってチクってやる」
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