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魅惑の聖女様
3 三好ことねの奮闘
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◇◆◇◆◇◆◇◆
推しに会ったら死んでもいい、とは良く言ったものだ。
広過ぎる部屋でひとり、ことねは自分の行く末を案じた。
愛してやまないゲームのキャラクターに会えるかもしれない。その希望が、今の彼女を支えていた。
幾度となく、ディオン・ドルツが実在したらと妄想したものだ。
それこそ、一目会えたら死んでもいいと思う程に。
けれど、それは最高潮に幸せな瞬間に死ぬからいいのだ。
親も友人もいない世界で、ディオン・ドルツと会った後も、長い人生が待っている。
それは、18の彼女にとって、あまりにも犠牲が大きい。
将来の為に選んだ大学も、やがて手にするだろう初任給でプレゼントするつもりだった家族旅行も、全部。
「まあ、老後にカフェを開くって夢は、此処でも叶えられるかな」
自分がヒロインに憑依したと理解した時から、無意識のうちに現実から目を逸らして、考えないようにしてきた。
シナリオ通りに進む攻略対象達との出会いや、会話。
選択肢も1つも間違えずに、ひと月近く過ごしたのだ。
社会経験のないことねにとって、それが自分を守り、精神を保つ唯一の方法だったのかもしれない。
昨夜のことだ。
文字を習う彼女の元へ、エリオットが側近を伴い訪ねて来た。
「コトネ、今日は大切な話があるんだ」
エリオットとことねの仲は、敬語を使わないくらいに進展していた。
お互いに、まだ距離はあるものの、軽い冗談を交える日もある。
「(ああ、今日も王子の顔がいい。
何でこんなに輝いているの。私の目をつぶしにかかってる。
……大切な話ね、知ってる。このシーン、ゲームにもあったから。ゲームでは20秒であっさり終わったけど)」
「5日後に、君のお披露目が決まった。
まず国内外に、アーネル王国が聖女コトネ・ミヨシを保護していると公にする」
「5日……」
「ああ。召喚の儀に携わった者達の他に、我が国の四大公爵家の当主は、コトネの存在を知っている。
しかし、事実が発表されれば、知らされていない国内の有力貴族や他国の王族からの謁見要請が届くだろう」
「はい」
「中には、嫌でも断れない場合もある」
「大丈夫。エリオット様が、私のことを考えてくれているのは、よく分かっているつもりだから」
ゲームのストーリーにおいて、どれ程の謁見申請があったのかは明記されていなかった。
言葉とは裏腹にだんだんと増えていく、まったく描かれなかったゲームの裏側に、ことねは緊張した。
「すまない。
それから、小規模なパレードも開く予定だ。
周辺諸国の反応を見て、1~2ヶ月後にはコトネが主役の舞踏会も開かれるだろう」
「あの……私、盆踊りとソーラン節しか踊れないけど、大丈夫かしら」
「ボン、ソーブシ? それは、コトネが異世界でダンスを習っていたということか?
だとすれば、基礎はあるかもしれないのだな」
ことねは、初めて失言する。
選択肢は分かっても、ことねとヒロインのダンススキルが同じか分からない。
もしも、自分のダンスが壊滅的だったことを考え、正直に話したつもりだった。
だが、盆踊りやソーラン節を知らないエリオットからすれば、ダンスの教育を受けたことがあると認識されてしまったのだ。
初心者以下かもしれないと伝えるつもりが、初心者のスタートラインはクリア済みという誤解を生んでしまう。
「(何でそーなるのよ!)
ないない、そんな経験はないから!
えっと、エリオットが想像するダンスとは、全く違うの。
だから練習しても、どこまで踊るか」
「なるほど。コトネは謙虚だな。
ダンスパートナーは私だ。だから、流れや作法だけ覚えてくれればいい。もちろん、相応しい講師は用意するから安心してくれ」
「(不特定多数に無様な姿を晒せる程、一般人のメンタルが強いと思わないで欲しい)
あ、ありがとう。頑張るわ」
礼儀作法の授業も始めると言い残し、エリオット達は部屋を去って行った。
「明日からダンスと礼儀作法の授業かぁ。
ヒロインは、ちゃんとこなしてた。だから、私も上手くやらなきゃ」
大学生の三好 ことねでなく、聖女のコトネ・ミヨシが、異世界の住人に知られていく。
逃げ場のない現状に、彼女の不安は膨らむばかりだ。
「喉、渇いたな。何か持って来てもらおっ」
ことねは、扉の外にいるであろう護衛に、侍女を呼んでもらうことにした。
彼女の護衛は、10名もおり、交代制で2人以上は必ず近くに待機し、四六時中護っているのだ。
だから、今いる護衛が誰なのか、彼女には分からない。
「すみません。侍女の方に、お茶を…………、っア、アシルさん!?」
「いかがなさいましたか、聖女様」
扉からひょこりと顔を出し、護衛に話しかけると、なんと相手はアシルだった。
実は、5人の攻略対象の内、アシルともう1人だけが、序盤にイベントが起こらない。
よって、アシルのヒロインに対する好感度メーターは、初期状態なのだ。
「あ、いえ、さっきの方と違ったから……こ、交代されたんですねっ」
「はい。先程の者が良ければ、呼んで参りますが」
「とんでもないっ! 嬉しいです」
「そうですか」
アイドルを前にしたような態度で、ことねはパニックを起こす。
挙動不審な聖女を気にも留めず、アシルは無機質な声で事務的に応えた。
「あの、お茶が飲みたくて、とっ取って来てもらえませんか!」
「私がですか? 申し訳ございませんが、持ち場を離れるわけには」
「あっ! 違うんです! ごめんなさいっ。アシルさんじゃなくて、侍女の方を呼んで欲しくて!」
「分かりました。部屋の中でお待ちください」
「すみません。ありがとうございます(うおー、私のバカバカバカー! 絶対、変な奴だと思われた)」
アシルは、特殊な呼び鈴を鳴らし、無線機の要領で専属侍女に伝達した。
侍女が部屋に入るまでの間、ことねは頭を抱えて、分かりやすく落ち込む。
だが、彼女の不安をよそに、アシルは特に何の感想もなく、扉の前に立ち続けるのだった。
時を同じくして、頭を抱えていた人物がいる。
「どうなってるんだ、これ」
久々の外食を終えたディオンが、街から宿舎へ戻る途中に事件は起こる。
「何、何で?
幻覚か?」
ディオンの周囲を飛び交う、たくさんの小さい光。
朧気に光るその正体は、小さな妖精だった。
「あり得ない。魔力量が少ない僕が見えるわけない。
でも、どっからどう見ても、学舎の授業にあった妖精のスケッチや特徴と一致する。
意味が分からん。お酒だって、今日は飲んでないのに!」
妖精達は、しゃがみ込んだディオンの頭や肩に乗ると、髪の毛を引っ張って、遊び始めた。
推しに会ったら死んでもいい、とは良く言ったものだ。
広過ぎる部屋でひとり、ことねは自分の行く末を案じた。
愛してやまないゲームのキャラクターに会えるかもしれない。その希望が、今の彼女を支えていた。
幾度となく、ディオン・ドルツが実在したらと妄想したものだ。
それこそ、一目会えたら死んでもいいと思う程に。
けれど、それは最高潮に幸せな瞬間に死ぬからいいのだ。
親も友人もいない世界で、ディオン・ドルツと会った後も、長い人生が待っている。
それは、18の彼女にとって、あまりにも犠牲が大きい。
将来の為に選んだ大学も、やがて手にするだろう初任給でプレゼントするつもりだった家族旅行も、全部。
「まあ、老後にカフェを開くって夢は、此処でも叶えられるかな」
自分がヒロインに憑依したと理解した時から、無意識のうちに現実から目を逸らして、考えないようにしてきた。
シナリオ通りに進む攻略対象達との出会いや、会話。
選択肢も1つも間違えずに、ひと月近く過ごしたのだ。
社会経験のないことねにとって、それが自分を守り、精神を保つ唯一の方法だったのかもしれない。
昨夜のことだ。
文字を習う彼女の元へ、エリオットが側近を伴い訪ねて来た。
「コトネ、今日は大切な話があるんだ」
エリオットとことねの仲は、敬語を使わないくらいに進展していた。
お互いに、まだ距離はあるものの、軽い冗談を交える日もある。
「(ああ、今日も王子の顔がいい。
何でこんなに輝いているの。私の目をつぶしにかかってる。
……大切な話ね、知ってる。このシーン、ゲームにもあったから。ゲームでは20秒であっさり終わったけど)」
「5日後に、君のお披露目が決まった。
まず国内外に、アーネル王国が聖女コトネ・ミヨシを保護していると公にする」
「5日……」
「ああ。召喚の儀に携わった者達の他に、我が国の四大公爵家の当主は、コトネの存在を知っている。
しかし、事実が発表されれば、知らされていない国内の有力貴族や他国の王族からの謁見要請が届くだろう」
「はい」
「中には、嫌でも断れない場合もある」
「大丈夫。エリオット様が、私のことを考えてくれているのは、よく分かっているつもりだから」
ゲームのストーリーにおいて、どれ程の謁見申請があったのかは明記されていなかった。
言葉とは裏腹にだんだんと増えていく、まったく描かれなかったゲームの裏側に、ことねは緊張した。
「すまない。
それから、小規模なパレードも開く予定だ。
周辺諸国の反応を見て、1~2ヶ月後にはコトネが主役の舞踏会も開かれるだろう」
「あの……私、盆踊りとソーラン節しか踊れないけど、大丈夫かしら」
「ボン、ソーブシ? それは、コトネが異世界でダンスを習っていたということか?
だとすれば、基礎はあるかもしれないのだな」
ことねは、初めて失言する。
選択肢は分かっても、ことねとヒロインのダンススキルが同じか分からない。
もしも、自分のダンスが壊滅的だったことを考え、正直に話したつもりだった。
だが、盆踊りやソーラン節を知らないエリオットからすれば、ダンスの教育を受けたことがあると認識されてしまったのだ。
初心者以下かもしれないと伝えるつもりが、初心者のスタートラインはクリア済みという誤解を生んでしまう。
「(何でそーなるのよ!)
ないない、そんな経験はないから!
えっと、エリオットが想像するダンスとは、全く違うの。
だから練習しても、どこまで踊るか」
「なるほど。コトネは謙虚だな。
ダンスパートナーは私だ。だから、流れや作法だけ覚えてくれればいい。もちろん、相応しい講師は用意するから安心してくれ」
「(不特定多数に無様な姿を晒せる程、一般人のメンタルが強いと思わないで欲しい)
あ、ありがとう。頑張るわ」
礼儀作法の授業も始めると言い残し、エリオット達は部屋を去って行った。
「明日からダンスと礼儀作法の授業かぁ。
ヒロインは、ちゃんとこなしてた。だから、私も上手くやらなきゃ」
大学生の三好 ことねでなく、聖女のコトネ・ミヨシが、異世界の住人に知られていく。
逃げ場のない現状に、彼女の不安は膨らむばかりだ。
「喉、渇いたな。何か持って来てもらおっ」
ことねは、扉の外にいるであろう護衛に、侍女を呼んでもらうことにした。
彼女の護衛は、10名もおり、交代制で2人以上は必ず近くに待機し、四六時中護っているのだ。
だから、今いる護衛が誰なのか、彼女には分からない。
「すみません。侍女の方に、お茶を…………、っア、アシルさん!?」
「いかがなさいましたか、聖女様」
扉からひょこりと顔を出し、護衛に話しかけると、なんと相手はアシルだった。
実は、5人の攻略対象の内、アシルともう1人だけが、序盤にイベントが起こらない。
よって、アシルのヒロインに対する好感度メーターは、初期状態なのだ。
「あ、いえ、さっきの方と違ったから……こ、交代されたんですねっ」
「はい。先程の者が良ければ、呼んで参りますが」
「とんでもないっ! 嬉しいです」
「そうですか」
アイドルを前にしたような態度で、ことねはパニックを起こす。
挙動不審な聖女を気にも留めず、アシルは無機質な声で事務的に応えた。
「あの、お茶が飲みたくて、とっ取って来てもらえませんか!」
「私がですか? 申し訳ございませんが、持ち場を離れるわけには」
「あっ! 違うんです! ごめんなさいっ。アシルさんじゃなくて、侍女の方を呼んで欲しくて!」
「分かりました。部屋の中でお待ちください」
「すみません。ありがとうございます(うおー、私のバカバカバカー! 絶対、変な奴だと思われた)」
アシルは、特殊な呼び鈴を鳴らし、無線機の要領で専属侍女に伝達した。
侍女が部屋に入るまでの間、ことねは頭を抱えて、分かりやすく落ち込む。
だが、彼女の不安をよそに、アシルは特に何の感想もなく、扉の前に立ち続けるのだった。
時を同じくして、頭を抱えていた人物がいる。
「どうなってるんだ、これ」
久々の外食を終えたディオンが、街から宿舎へ戻る途中に事件は起こる。
「何、何で?
幻覚か?」
ディオンの周囲を飛び交う、たくさんの小さい光。
朧気に光るその正体は、小さな妖精だった。
「あり得ない。魔力量が少ない僕が見えるわけない。
でも、どっからどう見ても、学舎の授業にあった妖精のスケッチや特徴と一致する。
意味が分からん。お酒だって、今日は飲んでないのに!」
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