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崩れ去った日常

4 お風呂にダイブ

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 有事の際に動けるよう、騎士団員は気軽に外出できない。
 もちろん休みもあるし、それぞれ決まった曜日に自由に外出することも可能だ。
それでも一定数は残るように組まれている。
 社交界シーズンも、まだ先だろ?
そもそも、騎士を理由に社交界をサボる坊ちゃんが大半だ。

 考えられるのは、急な遠征要請だが、アシルからそんな話は聞いていない。
 集団で休暇……は、あり得ないな。さっき断られたばっかりだし。
 ん~、どれもピンとこない。


「ここんとこ、騒がしいと思わねぇか。
上の連中が何遍も集まって。おまけに城の文官やら魔塔の奴等やら、しょっちゅう出入りしてる」


 そうだったのか。全然気づかなかった。
確かに知らない人を何人か見かけはしたが、てっきり視察か何かだとばかり。
 事実、年に数回は、地方とか他国の要人が来たりするし。


「この頻度からして、近いうちに何か大掛かりな作戦があるんだろうよ。国を挙げてのなっ」
「ええ?」
「数日は、隊長クラスとその側近達が、駆り出されるだろうな。知らずに下っ端も走り回されるだろし。つまり、飯を食いに来る暇もないってわけだ」


 すごい。騎士でもないのに、料理長はそんなことが分かるのか。
 団員じゃない料理長が入れるエリアは、少ない。
むしろ、立ち入り禁止エリアの方が多いだろう。


「どうやって、情報収集したんですか!
事実だとしたら、機密事項ですよね」
「まっ、伊達に30年も働いてねぇわな。
いいか。お前さんも、よく周りを観察するんだそ。
何気ない会話にだって、ヒントが隠されているんだ。
表情や声色も見逃しちゃいかん」
「おおー、すごいです! 努力します!
………ちなみに、それって必要なスキルですか?」


 分かるに越したことはないだろうけど。


「当たり前だろう。食材を無駄にするわけにはいかねぇ。
金のやり繰りも料理長の立派な仕事だ」
「いや、まあそうなんでしょうけど」
「しっかりしろ、ディオン。
そんなんじゃ、俺が引退できやしねぇ」
「料理長にはなりませんよ、僕」
「何でだ。俺の後を継げ、ディオン」
「嫌ですよ。副料理長に頼んで下さい」
「アイツは、家の料理屋を継ぐから断られた」


 そうなんだ。
一応、将来のことを考えていたんだな。あの人。


「じゃあ、チーフ」
「アイツは────」
「オレは、王都に店出すから無理だぜ」


 あんなに集中して作業をしていたのに、僕等の会話は筒抜けだったらしい。



「チーフからも、何とか言って下さいよ。
僕、料理人じゃないです」
「安心しな。2年目くらいまでなら、言い訳できたかもしれないが、もうキミは料理長の弟子だ」
「チーフ?!」
「4年も働きゃ、素人じゃない。仕込みのスピードだって、オレと変わらない」


 絶対、違う。同じスピードなわけがない。
 ほら、料理長だって目を泳がせている。盛りすぎだって。


「さっ時間ないぞー、働けー若者」
「「はーい」」








──────────
──────
───


 5時を過ぎると、徐々に食堂が賑やかになってくる。
 今晩のメニューは、生野菜のサラダ、チポラとパタータのスープ、ヴィテッロのステーキ、ファジャーノの丸焼き。サルシッチャの盛り合わせ、ポッロのパスタ。
 とにかく、肉だ。肉さえ山盛りに積めば、問題ない。


「ディオン、ご馳走様ー」
「セト、お疲れ! 今日は、もう終わりか?」


 セトは、数少ない僕やアシルの同期だ。
 子爵家の次男で、男爵令嬢と婚約している。
騎士団に入って、婿入りも決まっているだなんて、羨ましい限りである。
しかも、同い年。人生が出来過ぎている。


「まだ残ってる。今から月末締の書類をまとめなきゃ」
「へー、大変だね。1人でやるの」
「当たり前じゃん。第一部隊の下っ端は、俺だけだぞ」
「頑張れ」
「経理部のメガネ、厳しいからなー。
どうせまた、重箱の隅をつつくみたいに、チェックされるんだ。
あの人、俺にだけ厳しすぎない?!」


 経理部のメガネ。
 グラス様のことだな。先月、42歳の誕生日を迎えたばかりと聞くが、童顔なせいで10歳は若く見える。
 数字や期日に厳しい人だが、そこまで意地悪じゃない。

 セトが嫌われているのは、人団直後のミスが、尾を引いているからだ。
 実は、このグラス様、めちゃくちゃ女顔なのである。

 童顔+女顔+非戦闘員だから華奢=城から出向中の女性文官に違いない

 こうやって、セトの脳内で、グラス様は女性にカウントされた。
 3人の姉を持ち、すでに婚約済みだった彼は、女性のエスコートに長けていた。
その才能を、誤った人に対して発揮してしまったのだ。

 悪気も下心も全くないが、対女性用の接し方をしまくったらしい。完全に、セトの女性を大切にしよう精神が仇となった。
 周りも面白がって止めなかったのが、さらに悪い。
 次第にセトは、グラス様に会うたびに舌打ちをされる日々が始まった。

 あまり会う機会がないからか、勘違いに気づくことなく時は進み、彼が真実を知ったのは、半年後のアシルの一言だった。 
「ヤベ。これ経理宛の書類だ」
「混ざってたの? まだ人いるだろうから、行ってこいよ」
「うっ、グラスさんかな。今日いる人」
「どうだろ。僕も一緒に行こうか?」
「ディオンっ! 愛してる!」
「ふふ、大げさだな、セトは。アシルも行くよね?」
「ああ。だが今日は、いないはずだぞ。月に一度の、非戦闘員訓練がある日だからな」
「え? でもあれって、女性は対象外だよな」
「だから何だ。男は強制参加だろ」
「「えっ」」
「……知らなかったのか?」
「「ええ~っ?!」」



 いやー、懐かしいな。
 本当に衝撃だった。


「部外者が見ても大丈夫なら、手伝いに行こうか?」
「マジでっ? あ、いや、やめとく。アシル隊長に怒られそうだし」
「何でアシル? セトは第一部隊なんだから、関係ないじゃん」


 昔から、こういうところあるんだよな、セトって。
確かに、同期とはいえ、アシルが別格なのは理解できる。
 だけど僕の行動に、いちいちアシルの許可は要らないのに。
 飲みに行く約束も、旅行の約束も全部、アシルに邪魔されて行けずじまいだ。


「そう言うなって。何処に魔王様の耳があるか、分からないだろう」
「何それ」
「とにかく、気持ちだけもらうわ。
アシル隊長も最近大変そうだし、ご機嫌取りしろよ?
俺達のために」
「あっ、グラス様だ」
「えっ! 何処、何処。ヤバい、仕事しなきゃ!
じゃーなっ」


 嘘だよ、バーカ。
 皆んな揃って、アシル、アシルばっかり。


「僕だって癒されたいのに」
「へえ、そうなのか」
「……げっ、アシル」


 だから、お前はいつの間に!
 副団長室といい、食堂といい。


「お疲れのディオン様を、癒してやろうか?」


 うげ、キモっ。
 イケメンのニヒルな笑みは、攻撃力高いんだよ。


「いえいえ、隊長様には劣るので、遠慮します」
「そうか。なら、お前が癒やせ」
「は?」
「料理長、コイツの仕事は、あと何時間だ」


 おい、勝手に話すな。
 そして、スタスタとコッチに来るな。
ああっ、カウンター内に入るな。不衛生だろうが!


「おう、アシル隊長かい。
あー、そうさね。うん、終わり。ディオン、今日は上がっていいぞ」
「料理長?!」
「行くぞ」
「えっ、ちょ、タイム!
この運ばれ方、嫌だ。僕は、米俵じゃないぞー!」



 セトがアシルの話なんかするからだ。
セトの疫病神! ふざけんなー!

 必死の抵抗で、ジタバタと暴れるも、ビクともしない。
筋肉達磨め。


「聞いてるのか、アシル。なあ」
「うるさい。黙ってろ」
「はあ? お前、まだ機嫌直ってないわけ?
糖分が足りてな───わ、たんま、やめ」


─────ドボンッ


「ギャッ───、ゲホ、ゲホッ。
おまっ、急に投げる奴があるか!」


 溺れるかと思ったわ!
 アシルの部屋に連れて行かれたと思ったら、風呂にダイブって。
 僕を殺す気か!


「風呂、入るぞ」
「いやもう、入ってますけど!?
どっかの誰かさんのせいで!」
「脱げ。湯が汚れる」
「お前のせいだろー!!!」





















*メニューのイメージ
ケールとチーズの地中海風サラダ、玉ねぎとジャガイモのポタージュ、子牛のステーキ、雉の丸焼き、ソーセージの盛り合わせ、鶏肉のパスタ
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