転生したら上司(オーナー)がもふもふ過ぎて、正直可愛い

ふぇりちた

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バリスタ、転生する

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 その日、カードウェル家に奇跡が起こった。


「奥様っ、奥様ぁっ!」


 足をもつれさせながら、大声で女主人を呼ぶメイドの走りに、静かだった屋敷が騒めいた。


「どうしたの。そんなに慌てて……まさか、エドに何かっ」


 そんな非常識なメイドを叱りもせず、女主人の頭には、最悪の事態が過ぎった。
両手で顔を覆って崩れ落ちる主人を、メイドはガシッと強い力で支える。


「奥様! エドアルド様が目を覚まされました!」
「…………まあ、今……なんと?」
「エドアルド様が目を覚まされたのです!
今、他の者がイーシャ様を迎えに行きましたっ」
「ああっ、あ、うそ、エドが?
エドっ!!」


 喜びの報告を聞き、彼女は走り出す。
 女主人にして、カードウェル子爵夫人のリリィは、ドレスの裾をたくし上げ、急いで息子の部屋へ向かう。
貴婦人にあるまじき姿ではあったが、そんな些細なことを気にしてはいられない。
 

「エドっ!!」
「奥様、なんてはしたないお姿を」
「ばあや! エドは! エドが目を覚ましたとっ」


 ばあやと呼ばれた老婆は、駆け込んで来た夫人らを見て呆れている。
 しかし、タイミングが悪かった。


「数秒程、目を開けてらしたんですがね……」
「そんなっ。ああっ、エドぉ」
「奥様、お気を確かに。まもなくイーシャ様がいらっしゃいます。まずは、診断を待ちましょう」
「ぐすっ、そうね。今まで一度も目を覚さなかったんだもの。素晴らしいことだわ」
「そうですわ。きっと快復に向かっているのでしょう」
「ええ。あ、嫌だわ、私ったら。旦那様にすぐお伝えしなくちゃ」
「もちろんです。ですが、イーシャ様の到着を待ってからでも遅くはないでしょう。
子爵様が混乱されてしまいます」



 夫人がこうも取り乱すのには、理由があった。

 カードウェル子爵家。
 先先代にして、初代カードウェル子爵のアヴィルは、ただの文官であった。
 仔細は省くが、何でもお忍びで旅行中だった当時の王太子を助けた関係で叙爵したらしい。
 新参者ながらも王家からの覚えが良く、身の程をしっかり弁えて生活してきたカードウェル家は、貴族の間でも評判が良かった。
 そんなカードウェル家に悲劇が訪れたのは、3年前のことだった。

 3人目の出産を控えたリリィが倒れたのだ。
 原因はお腹の子の魔力暴走と考えられ、一時は母子共に危険な状態だった。
医師や魔術師たちによる懸命な働きにより、無事エドアルドは産まれた。
 歓喜に沸く子爵家に、暫くして静寂が訪れる。


「おい、変じゃないか?」
「変とは?」
「何故この赤子は泣かないんだ」
「「「え」」」


 リリィは血の気が引くのを感じた。


「呼吸は………あるようだな。
だとしたら、ますますおかしい。赤子からは、魔力を感じない。だというのに、生きていられるのが不思議だ」


 王宮魔術師であるイーシャは、まるで抜け殻のような赤子だと思った。
 

「イーシャ殿、この子は無事なのか」
「落ち着いてください、カードウェル卿。
調べてみないことには分かりませんが、魔力暴走が関係しているのかもしれません。
魔力が定着していないせいで、一種の植物状態になっていると考えられます」
「植物状態だと! では、この子はどうなるんだっ」
「………」


 イーシャの沈黙が答えだった。
 生まれた時から植物状態の赤子の命など、そう長くは保たない。


「ピヨッ」


 暗く重い空間に似つかわしくない、可愛らしい囀りが響いた。


「なっ! 魔物かっ! 何処から現れたっ」
「お待ちなさい!」


 攻撃態勢に入った子爵や使用人たちを、イーシャの鋭い叫びが制止する。


「しかし、イーシャ殿」
「アレは魔物ではありません。精霊です」
「精霊? 滅多に人里には下りてこないと聞くが」
「ええ。迷ったのか、もしくは────」


「ピヨッ、ピヨ! ピヨォー!」
「何をっ」
「まさか」


 精霊は凄まじい勢いでベタッと、赤子の額に張り付いた。
 そして一帯を強い冷気で満たし始めた。


「エドアルド!」
「これなら、これならイケるかもしれません!」
「イーシャ殿? そんなことより、あの精霊を止めてくれ!
エドアルドが死んでしまう」
「いいえ。むしろ、好都合です。
恐らく、コールドスリープに近い状態だ。だとすれば、生まれて間もない赤子でも、生命維持が出来るかもしれません」
「本当か!」
「はい。ですが、ご子息が目覚めない限り、莫大な費用が嵩み続けることに。でも賄えない額になるでしょう」


 高度な魔法を24時間施す。
それも、1日も休まずにだ。
ローテーションを組むために、高位魔術師を何人も雇わなくてはならない。
これまでの生活はおろか、平民よりも貧乏な生活を家族に強いる可能性だってある。


「旦那様……ギルダー、私頑張るわ。だから、お願いっ。エドアルドを助けてっ」
「リリィ。
─────…イーシャ殿、我が子エドアルドを救ってくれ」
「……分かりました。必ず、助けます」



 突如現れた謎の精霊とイーシャによって、エドアルドには高度な生命維持の魔法が施された。
 それは、カードウェル家の没落と苦難の始まりだった。


 それからの日々は、大変だった。
それでも、愛する家族のために、彼らは諦めなかった。

 そして今日、そのエドアルドが目を覚ましたというのだ。
浮かれずにはいられないだろう。
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