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煮え切らない男ね
しおりを挟む「ところでマリスさま、さっきカエルになった男はどうなったの?」
「さぁ、大通りのど真ん中に蹴り飛ばしたから、今頃誰かに踏み潰されてるんじゃないかしら?」
「えっ? それって死んじゃうんじゃないの?」
「でしょうね……」
「そ、それは、やりすぎだよ!」
「あんなクズは死んだ方が世のためなのよッ」
マリスさまに蹴り飛ばされたカエルは、人で賑わう大通りのど真ん中に落ちていた。
男――カエル――の目に映るのは巨人のよう人、人、人。
一匹のカエルから見れば人は間違いなく巨大な怪物だ。
人々は足元など見向きもしないで、前を向いて歩いている。
カエルにしてみれば、自分の身体より大きな足が、ドスンと間近に落ちてくる。
それはまさに天から巨大な隕石が落下してくるようなものだろう。
カエルはそれを右に左にぴょんぴょん跳ねて、運よく躱していた。
しかしそんな幸運は長くは続かなかった。
避けた所に、とうとう巨大な足が落ちてきた。
それは一瞬のことで、もう躱す間すらない。
「ゲコォーーーーーーー」
グシャリッ!
カエルは見事に踏み潰された……。
「っていうのは冗談。大きな衝撃を受ければ魔法が解けて元の姿に戻るわよ。まぁ踏み潰されずに運よくどこかに逃げきれれば、ずっとカエルのままかもだけどね」
「それって運が良いとは言わないよね?」
「あら、たしかにそうね、きゃはははッ」
マリスさまは愉しそうに笑った。
まぁ死なないのなら問題はないかな?
そんな小さな気がかりが解消すると、やはり心配になるのはチトちゃんのことだ。
チトちゃんは商売する場所を変えると言った。
同じ味の串焼きが隣同士で商売するのは、お客の取り合いになると考えたのかもしれない。
レシピを渡して立ち去るなんて、これじゃ食堂の女将さんの思う壺じゃないか。
僕はあの食堂の女将さんが悪人に思えた。
納得がいかない僕にマリスさまが、どこか寂し気に諭す。
善悪は人の主観によって変わるのだと。
食堂の女将さんが僕から見て悪人でも、チトちゃんから見れば優しいおばさんだった。
あの場で糾弾すれば女将さんは悪人となり、優しかった女将さんは嘘になる。
チトちゃんはそれが耐えられなかったんじゃないかと。
まぁ最後に女将さんが泣いて謝ったことで、女将さんのやったことは証明されてしまったようなものだ。
それでもチトちゃんは女将さんを責めなかった。
そして選んだ道はレシピを渡し自分が立ち去ること。
あんな結果になったが、ふだんの女将さんはチトちゃんの心の支えだったのだ。
両親を失い一人ぼっちになったチトちゃんには、女将さんの優しさがなによりの救いだったのかもしれないと。
だったら、その心の支え失ったチトちゃんはどうなるんだろう。
商売を続けるにしても行く当てはあるのだろうか。
せめていい場所があればいいんだけど……。
「気になるのなら直接チトに聴いてみれば?」
たしかにそうだ。僕が独りでうじうじ悩んでも答えなんて出ない。
僕はチトちゃんに直接聴いてみた。
「商売出来そうな良い場所でもあるの?」
チトちゃんはしょんぼり俯き小さな頭を左右に振った。
でもすぐに笑顔を作り上を向いた。
「わかりません。……だから他の街に行こうと思います。お父さんとお母さんが生きていた時はずっと旅の行商をしていたんです」
なるほど、その為の屋台だったのか。
でも十歳の女の子が一人で旅商なんて無茶じゃないだろうか?
それにチトちゃんが馬車を牽けるはずがない。
「馬かロバはあるの?」
「居ないけど大丈夫です。わたしこう見えても力は強いんですよ」
チトちゃんはそう言って力こぶを作って見せた。
もちろん細い二の腕に力こぶなんて一㍉も出来ていない……。
馬とかロバなら買ってあげることも出来るけど……。
お金はギルドでまたクエストを受ければいいだけだ。
またマリスさまにマナを吸われるのはイヤだけど、チトちゃんの為なら我慢も出来る。
だけど、馬とかロバを買ってあげたら済む問題じゃない。
そもそも十歳の女の子が一人で旅なんて無理だ。
僕になにかしてあげられることは無いだろうか……。
思い悩む僕にマリスさまは苛立ったようだ。
「煮え切らない男ね。そんなことだと女の子にモテないわよ。どうせ元の世界でも彼女の一人も居なかったんでしょ」
ぐ! 図星だ。彼女どころか友達もいなかったよ。
だけど、そんなこと言われても、どうしたらいいかわからないし……。
マリスさまは僕の押しのけチトちゃんの前に立った。
「ねえ、あなたチトって言ったわよね。その屋台って中はどうなっているの?」
「え、中は一応ベッドがあって寝泊まり出来る様になってます」
「ちょっと見せてもらえる?」
言うなりマリスさまは屋台の中に入っていった。
遠慮も躊躇いの欠片もない。
「へぇ、こんな風になっているの。面白いわね。ふーん、なるほど、うん、気に入った」
マリスさまは屋台の中から出てくるなり僕に言った。
「旅に出るわよ。チトと一緒に」
「え?」「へ?」
僕とチトちゃんの言葉が重なる。
「なんか文句ある?」
別に文句はないけど……、僕が戸惑っていると、チトちゃんが困惑気味に言った。
「あの、どういう事ですか?」
「あら、迷惑?」
「い、いえ、そういう事じゃなくて……」
マリスさまはニカッと清々しい笑みを浮かべた。
「チトは行商に行くんでしょ?」
「はい……」
「でもキルナはチトのことが心配で素直に見送れないらしいの」
……見透かされている。
「わたしは串焼きが気に入った。これは一緒に旅に出るしかないでしょ?」
でしょって同意を求められちゃったけど……。
僕はどう返事すればいいんだろう。
まぁこの街にきて毎日ふらふらしているだけで目的もないわけで、マリスさまが旅をしたいというなら行ってもいいんだけど……でもチトちゃんも一緒? 一緒ならなにも心配はないんだけど、でもチトちゃんの気持ちはどうなんだろう。
僕がチトちゃんの顔を見ると、困ったような、迷っているような顔をしている。
ガシッ!
またしてもお尻を蹴られた。
マリスさまを見れば、あんたも何か言いなさいと顎をしゃくっている。
「チトちゃん、僕たちが一緒じゃ嫌かな?」
「いえ、イヤじゃないです。でも……迷惑じゃないですか?」
「迷惑なもんですか。串焼きが毎日食べられるなんて願ってもないことだわ」
マリスさまの食い意地は何より勝る。
こうして僕たちは一緒に旅に出ることになった。
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