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土に帰ってもらって
しおりを挟む日が落ちて数時間が過ぎただろうか。
空は曇っているのか、月はおろか星一つ見えない。
辺りは完全な闇だ。
風がヒューと音を鳴らして吹きすさぶ。
寒くはないのに襟を立てて、それを重ねる僕がいる。
「早く帰ってきてくれないかな……」
自然と口からそんな言葉が零れた。
マリスさまの有り難さを思い知った。
僕一人だと火を熾すことも出来なければ食事一つ作れない。
喉が渇いても怖くて結界から出ることすら出来ない。
本当に情けなくなった。
今の僕に出来ることは、ただ待つだけ。
せっかく超人的な力があるのに、根っからの臆病は治っていない。
マリスさまが去っていった方向を見て、その帰りを待つだけだった。
僕は暗い闇の先を見詰めていた。
見詰めているその先から微かな音が聞こえた。
カサッ カサッ カサッ カサッ。
草を踏みしめるような音だ。
その音がこちらに近付いて来ている。
だけど姿は見えない。
音だけが次第に大きくなる。
ガサッ ガサッ ガサッ ガサッ
これは足音だ。
二足歩行、おそらく一人。
でも姿は見えない。
僕の心臓の鼓動が高く早くなる。
希望的観測だけで僕はその音の方向に声をかけた。
「ま、マリスさま、ですか?」
声が完全に震えていた。
フッ。
闇の中から鼻を鳴らすような音が聞こえた。
「プププッ」
次に聞こえたのは小馬鹿にした笑い声だ。
「なにをそんなに脅えているの? わたしに決まってるでしょ」
マリスさまの声は完全に笑っている。
悔しいけどホッとした。
ホッとして腰砕けにその場にへたりこんだ。
「本当に心配したんだよ」
「フッ、わたしの心配? 自分が怖くて怯えていただけでしょ」
マリスさまはそう言って笑う。
そして説明してくれた。
城壁の先は大きな街だったらしい。
いわゆる城塞都市というやつで、大勢の民衆で賑わっていたとか。
民衆が口にしていた言葉は、やはり初めて耳にするものだったらしい。
そしてこんな時間まで何をしていたのか……観光していたと嬉し気に言った。
でも少しは勉強と言うか知識の吸収のために人々の会話を聴いていたと自慢する。
赤子は親の言葉を耳で聴いて覚える。
それと同じように人々の会話を聴く。
ただし耳にする言葉は膨大で、同時に数百数千の言葉を聴いていたとか。
それらを一言漏らさず記憶に刻んでいく。
次に読み書きだが、ギルドの資料室とやらに行って書物を読み漁ったらしい。
とにかく会話と読み書きはもちろん、この街のことから世界共通の一般常識から専門知識まで、普通の人以上に理解したらしい。
まったくもって信じられない話だ。
「まぁこれでも神だからね」
そう言われればそういうものかと納得するしかないけれど。
そして「はい、お土産。ゆっくり味わって食べなさい」
リンゴを一個渡された。
お土産は嬉しいけどリンゴよりご飯が食べたい……とは言い辛かった。
僕はありがたくリンゴを口にした。
途端に思い掛けず頭が揺れた。
脳が波打つというか、脳が震えたというか、言葉で表現するのは難しいけど、そんな感じだ。
「なにこのリンゴ?」
「マリスさま特製の魔法のリンゴよ」
マリスさまが習得したもの、すべてと言うわけではないが、簡単な言葉や読み書きが込められているらしい。
このリンゴを食べるとそれだけで言葉と読み書きを覚えられる。
そんな夢の様なリンゴだという。
「ゆっくり食べなさい、急いで食べると脳が破裂するわよ」
恐ろしいことを言われた。
「ええっまじで?」
「嘘よ、きゃははは!」
どうやら揶揄われただけらしい。っとに子供っぽいんだから……。
だけど、僕はゆっくり味わうようにリンゴを食べた。
海岸に大きな波が押し寄せる様に頭に言葉や文字が流れ込んでくるようだった。
「さて、これで簡単な言葉や読み書きは問題ないわ。あとはゴブスケよ」
すっかり忘れていたけれど、その問題が残っていた。
答えを迫るように碧い瞳に見詰められる。
忘れていたけど、答えは決まっている。
長い時間ゴブスケと過ごして思い知った。
僕はやっぱりゴブスケが怖い……。
正直頼るより脅えてばかりだった。
だからはっきりと言う。
「土に帰ってもらって」
……。
「助けてもらったのは感謝してるけど、やっぱり僕はゴブスケが怖いよ」
「ほんっとに臆病ね」
呆れたようにマリスさまは呟いた。
その声は少し寂しそうだ。
マリスさまはゴブスケの大きな白い頭に手を乗せた。
僕が気持ち悪くて触れなかった頭蓋だ。
そんな頭に優しく労わる様に手を乗せている。
そして優しく言葉を掛けた。
「ありがとう。わたしの勝手な思い付きで眠りから目覚めさせちゃってゴメンなさい。こんどこそ本当にゆっくり休みなさい……【永眠】」
マリスさまの手が白く光った。
今までに見た中で一番明るく輝いている。
途端にゴブスケの身体が砂のように崩れ、元の一本の骨だけが残った。
マリスさまは僕に穴を掘れと命令した。
理由は聞かずともゴブスケを埋める墓穴だろう。
僕は素直に大地に穴を掘った。
骨を埋めるだけなので小さな穴だが、出来る限り深く掘った。
マリスさまはその穴にゴブスケだった骨を埋めた。
そして身を小さくかがめ、手の平を合わせ一言呟いた。
「ありがとう、そして……おやすみなさい」
マリスさまの碧い瞳が濡れていたことに驚いた。
そして僕は切なくなった。
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