堕女神と異世界ゆるり旅

雨模 様

文字の大きさ
上 下
12 / 37

土に帰ってもらって

しおりを挟む

 日が落ちて数時間が過ぎただろうか。
 空は曇っているのか、月はおろか星一つ見えない。
 辺りは完全な闇だ。
 風がヒューと音を鳴らして吹きすさぶ。
 寒くはないのに襟を立てて、それを重ねる僕がいる。

「早く帰ってきてくれないかな……」

 自然と口からそんな言葉が零れた。
 マリスさまのがたさを思い知った。
 僕一人だと火を熾すことも出来なければ食事一つ作れない。
 喉が渇いても怖くて結界から出ることすら出来ない。

 本当に情けなくなった。
 今の僕に出来ることは、ただ待つだけ。
 せっかく超人的な力があるのに、根っからの臆病は治っていない。
 マリスさまが去っていった方向を見て、その帰りを待つだけだった。

 僕は暗い闇の先を見詰めていた。
 見詰めているその先からかすかな音が聞こえた。
 カサッ カサッ カサッ カサッ。
 草を踏みしめるような音だ。
 その音がこちらに近付いて来ている。
 だけど姿は見えない。
 音だけが次第に大きくなる。
 ガサッ ガサッ ガサッ ガサッ

 これは足音だ。
 二足歩行、おそらく一人。
 でも姿は見えない。
 僕の心臓の鼓動が高く早くなる。
 希望的観測だけで僕はその音の方向に声をかけた。

「ま、マリスさま、ですか?」

 声が完全に震えていた。
 フッ。
 闇の中から鼻を鳴らすような音が聞こえた。

「プププッ」

 次に聞こえたのは小馬鹿にした笑い声だ。

「なにをそんなにおびえているの? わたしに決まってるでしょ」

 マリスさまの声は完全に笑っている。
 悔しいけどホッとした。
 ホッとして腰砕けにその場にへたりこんだ。

「本当に心配したんだよ」
「フッ、わたしの心配? 自分が怖くて怯えていただけでしょ」

 マリスさまはそう言って笑う。
 そして説明してくれた。
 城壁の先は大きな街だったらしい。
 いわゆる城塞都市というやつで、大勢の民衆で賑わっていたとか。

 民衆が口にしていた言葉は、やはり初めて耳にするものだったらしい。
 そしてこんな時間まで何をしていたのか……観光していたと嬉し気に言った。
 でも少しは勉強と言うか知識の吸収のために人々の会話を聴いていたと自慢する。

 赤子は親の言葉を耳で聴いて覚える。
 それと同じように人々の会話を聴く。
 ただし耳にする言葉は膨大で、同時に数百数千の言葉を聴いていたとか。
 それらを一言漏らさず記憶に刻んでいく。

 次に読み書きだが、ギルドの資料室とやらに行って書物を読み漁ったらしい。
 とにかく会話と読み書きはもちろん、この街のことから世界共通の一般常識から専門知識まで、普通の人以上に理解したらしい。
 まったくもって信じられない話だ。

「まぁこれでも神だからね」

 そう言われればそういうものかと納得するしかないけれど。
 そして「はい、お土産。ゆっくり味わって食べなさい」
 リンゴを一個渡された。

 お土産は嬉しいけどリンゴよりご飯が食べたい……とは言いづらかった。
 僕はありがたくリンゴを口にした。
 途端に思い掛けず頭が揺れた。
 脳が波打つというか、脳が震えたというか、言葉で表現するのは難しいけど、そんな感じだ。

「なにこのリンゴ?」
「マリスさま特製の魔法のリンゴよ」

 マリスさまが習得したもの、すべてと言うわけではないが、簡単な言葉や読み書きが込められているらしい。
 このリンゴを食べるとそれだけで言葉と読み書きを覚えられる。
 そんな夢の様なリンゴだという。

「ゆっくり食べなさい、急いで食べると脳が破裂するわよ」
 恐ろしいことを言われた。

「ええっまじで?」
「嘘よ、きゃははは!」

 どうやら揶揄からかわれただけらしい。っとに子供っぽいんだから……。
 だけど、僕はゆっくり味わうようにリンゴを食べた。
 海岸に大きな波が押し寄せる様に頭に言葉や文字が流れ込んでくるようだった。

「さて、これで簡単な言葉や読み書きは問題ないわ。あとはゴブスケよ」

 すっかり忘れていたけれど、その問題が残っていた。
 答えを迫るように碧い瞳に見詰められる。
 忘れていたけど、答えは決まっている。
 長い時間ゴブスケと過ごして思い知った。
 僕はやっぱりゴブスケが怖い……。
 正直頼るより脅えてばかりだった。
 だからはっきりと言う。

「土に帰ってもらって」
 ……。
「助けてもらったのは感謝してるけど、やっぱり僕はゴブスケが怖いよ」
「ほんっとに臆病ね」

 呆れたようにマリスさまは呟いた。
 その声は少し寂しそうだ。
 マリスさまはゴブスケの大きな白い頭に手を乗せた。
 僕が気持ち悪くて触れなかった頭蓋だ。
 そんな頭に優しくいたわる様に手を乗せている。
 そして優しく言葉を掛けた。

「ありがとう。わたしの勝手な思い付きで眠りから目覚めさせちゃってゴメンなさい。こんどこそ本当にゆっくり休みなさい……【永眠】」

 マリスさまの手が白く光った。
 今までに見た中で一番明るく輝いている。
 途端にゴブスケの身体が砂のように崩れ、元の一本の骨だけが残った。

 マリスさまは僕に穴を掘れと命令した。
 理由は聞かずともゴブスケを埋める墓穴だろう。
 僕は素直に大地に穴を掘った。
 骨を埋めるだけなので小さな穴だが、出来る限り深く掘った。
 マリスさまはその穴にゴブスケだった骨を埋めた。
 そして身を小さくかがめ、手の平を合わせ一言呟いた。

「ありがとう、そして……おやすみなさい」

 マリスさまの碧い瞳が濡れていたことに驚いた。
 そして僕は切なくなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら魔王を復活させてしまったようです。

神部 大
ファンタジー
ここは最強の元冒険者がひっそりと暮らす村。 ブラコンの少年リタは、友人に連れら偶然にも伝承の魔王を復活させてしまった。 自分の尻拭い、魔王とその配下討伐の為。 そして妹のお使いの為、村を飛び出すリタだったが次から次へとおかしな事件に巻き込まれながら気づけばポンコツパーティが出来上がった。 世界に出て周りがあまりに弱すぎる事に気づき始めるリタ。 その足を引っ張りまくるポンコツパーティの行方とは。 頼む、巻きで行かせてくれ。 これは最強と気づかぬ青年と、ポンコツパーティがひっそりと世界を救済する話である。 ※一話5000文字程度となっております。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

伝説の欠片~異世界冒険記~

ぽぽねこ
ファンタジー
某日、学校に提供された最新型機械。 数年前に急遽、一時運営停止していたVRMMORPG『ディメリメント』が突然一部再開された。 数年前とは違い、フルダイブ型に改良されてありその最先端の技術を見てほしいとのこと。 しかしクラス全員で体験してみるも接続して数分後に目が開けられないほどに眩しい光が…。 意識が飛び、気が付くと感覚がリアルすぎる…これはもしや現実? 2度と帰れないと女神に告げられた彼等は一体どう生きるのかーーー。 ーーーーー よくあるチート系ですがお気に入り、コメント頂ければ嬉しいです。

みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜

ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。 年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。 そんな彼女の癒しは3匹のペット達。 シベリアンハスキーのコロ。 カナリアのカナ。 キバラガメのキィ。 犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。 ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。 挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。 アイラもペット達も焼け死んでしまう。 それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。 何故かペット達がチートな力を持って…。 アイラは只の幼女になって…。 そんな彼女達のほのぼの異世界生活。 テイマー物 第3弾。 カクヨムでも公開中。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

とある中年男性の転生冒険記

うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...