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覗いてもいいわよ
しおりを挟むこっちの世界に来て丸一日くらい経ったのだろうか。
草原を歩き、森の中を抜けて、夜は河原でマットも敷かずに眠った。
すこし身体が汚れてきた気がする。
背中が痒いのは気のせい?
髪の毛がべた付くのは絶対に気のせいじゃない。
「お風呂に入りたいなぁ」
無意識に呟くと、マリスさまがきょとんと僕を見た。
ジーーー。
「そういえば、キルナあんたちょっと汚いわね」
そういってクンクンと匂いを嗅がれた。
「それにちょっと臭いわよ」
うわぁー。
汚いとか臭いとか言われた。
ちょっとそれは酷くないですか?
思っても普通言わないよね?
だけど……そんなマリスさまを見れば、全身汚れ一つない。
肌もつやつやピカピカ、衣装もシミシワ一つなく新品の様。
髪の毛だってサラサラでベタつきなんて感じられない。
「そういえば、キルナは洗浄できなのよね」
「センジョウ?」
「そう洗浄、例えば……」
マリスさまは腰を下ろし両手で土を触り手を汚した。
その手を僕に見せて、
「汚れてるでしょ?」とほほ笑む。
そして、「見てて」とその場でクルリと一回転した。
手を見れば汚れが綺麗に落ちていた。
さらにハンドクリームでも塗ったように艶々している。
「これが洗浄よ」
そういえば森や草原を歩いているときも、たまにクルリと回転していた。
僕はそれを、何が楽しいんだろうと呆れてみていた。
「そんな便利なことができるなら、僕も洗浄してよ」
言ってからハッと気が付く。
マリスさまがニィと笑っている。
仕方がないよね、臭いとか言われたくないし……。
僕は素直に首を差し出した。
マリスさまが舌なめずりしながら僕の首に噛みつく。
ちゅる~~~~。
あきらかに血を吸われている。
必要なのはマナなんだよね?
マナだけ吸えないの?
まぁ行為が同じなら、どうでも良い気がするけど……。
とにかく恥ずかし。
理性が飛ぶ……。
その羞恥行為が終わり、マリスさまが僕を見ながら一言。
「洗浄!」
一陣の爽やかな風が僕の身体を優しく撫でて行った。
直後、お風呂に入った時以上の清潔感、爽快感を味わった。
う~~ん、すごいさっぱりした!
僕が感動していると、マリスさまはゴブスケも洗浄していた。
ゴブスケの骨が見違える様に白く輝いていた。
まるで理科室にあった人骨の標本のようだ。
それはともかく、なんというかすごい物足りなさを感じる。
やっぱりお風呂、いや温泉に入りたい。
あの極楽気分は温泉じゃないと味わえない。
やっぱり温泉に入りたいと告げると。
「あんた、やっぱりエッチね」
腕で胸を隠すようにしながら言われた。
マリスさまは何か勘違いをしている……?
「でも温泉いいわねぇ、わたしも久しぶりに湯船に浸かりたいわ」
神さまも温泉が好きなようだ。
だけど温泉なんてこの近くにあるだろうか?
マリスさまなら魔法で見つけられるのかな?
僕の思考を読んだのかマリスさまは言う。
「無理というか、探してみたけど数百メートル内にはないわね。それ以上の広範囲となるとわたしのマナ量じゃ厳しいわ」
「じゃぁ、生成とかできないの? タコ焼きとかカレーを作り出したみたいに」
「そんな大きなもの、わたしのマナじゃ到底無理ね」
僕は首を押さえながら言う。
「僕のマナを使っても?」
「いくらキルナが大量のマナを持っていても、わたしが一回に吸える――蓄えられる――のは極少量。つまり小さな魔法しか使えないの」
「じゃあ……僕のマナを吸いながら魔法を使うとかできないの?」
マリスさまは顔を歪めすごいイヤそうな顔をした。
「あんたそれ、トイレに座りながらご飯を食べ続けるようなものよ? そんなこと出来ると思う」
うわぁ、すごい場面を想像しちゃった。
出来るわけない。
というか絶対したくない……。
「あんた今想像したでしょ? 自分の姿を想像しないさいよ。わたしをモデルにしたら殺すわよ」
本当に殺意の籠った目で睨まれた。
想像しそうになった頭を大きく振って、妄想をかき消した。
「だけどそうねぇ……土からなら作れるかもしれないわ」
マリスさまは河原をトコトコと歩き、ふいに立ち止まる。
「ウン、この辺でいいわね」
そして手を地面に向けて「【地形操作】ッ」と強めの言葉を吐いた。
すると地面がボコンッと凹んだかと思うと、ボコりと盛り上がり、グニャグニャと波打ち始めた。
そして見る見る地面が変形していった。
大きな窪みが出来て、周りに少し盛り上がりが出来て、それはまさに水の枯れた小さな池のようだった。
深さは七十㌢から八十㌢くらい、大きさは直径が二㍍半くらいの円形。
二人で入っても余裕のある大きさだ。
まさか二人で入るとか……ドキドキッ!
そして「はぁはぁ」と衰弱しきったマリスさまが戻ってきた。
「ま、マナ頂戴、もう完全に枯れちゃって、倒れそう……」
たしかにマリスさまは血色を失い青白い顔をしている。
足もふらつき、今にも倒れそうだ。
と、途中でふら~と身体が横に傾いでいく。
「ちょ! あぶないッ」
僕は慌てて駆け寄り、倒れそうになる小さな身体を受け止めた。
マリスさまは「ありがとぅ」と細い笑みを浮かべる。
「ほら、早く吸って」
「いいの?」
僕の言葉にマリスさまは遠慮がちに聞いてきた。
らしくない。
いつもなら黒い笑みを浮かべて、強引にでも吸おうとするのに……。
なんか拍子抜けだ。
マナが減りすぎると性格も変わるのだろうか?
「いいから吸って。マリスさまらしくないよ」
「うん、もらうね」
そう言ってマリスさまは僕の首筋に小さな唇を押し当てた。
ちゅる~~~~~~~~~~~。
本当にマナが枯れていたようで、いつもより長く吸っていた。
マナを吸い終わると、いつもの元気なマリスさまに戻った。
ニィと黒い笑みを浮かべ、ペロリと口端を舐めている。
元気がないマリスさまも可憐で可愛かったけど、やっぱり黒くてもいつものマリスさまがいいと思ってしまった。
僕はマリスさまに毒されたのだろうか……
元気になったマリスさまは再び作業に戻った。
次の作業は目視遮断用の壁である。
浴槽の周りの土を盛り上げて高さ二㍍ほどの壁を作った。
その壁の一か所を開けて、少し離した位置に土の衝立を作っている。
これで壁内に入るか上からのぞかない限り、中が見えることは無い。
最後は浴槽にお湯を張った。
水ではなくお湯だ。
空気中の水分を集め一瞬で熱するのだそうだ。
それを浴槽に入れて温泉は完成だ。
もちろん僕はこの時点でもマナを吸われた。
そしていよいよ入浴である。
まさか一緒に入るとかありえないよね……。
マリスさまが僕に聞いてきた。
「一緒に入る?」
「えっ! む、む、ムリだよ、そんなこと……」
「どうして? 二人並んで入れるように大きい浴槽を作ったのよ?」
妖艶にほほ笑むマリスさま。
僕は「そんなのダメだよ!」と背中を向けた。
「意気地なし!」
そんな捨て台詞を残してマリスさまは一人で温泉に浸かりに行った。
「覗いてもいいわよ」という言葉に僕の心臓がドキリと鳴る。
もちろん覗けるはずなんてないけれど…………。
だけど土の壁の向こうからチャプチャプと湯音が聞こえる。
それは浴槽横で彼女が膝をついて掛け湯をしている音だろう。
僕は思わずマリスさまの裸体を想像してしまう。
「気持ちいいわよ。キルナも入ってきたら?」
いつになく優しくて甘い声でそう誘われる。
僕は頭を大きく振って妄想をかき消した。
「ふぅ~」
「はぁ~」
「ん~~~ん~~~」
僕はそんな声を聴かない様に耳を塞いで、マリスさまが出てくるのをひたすら待った。
…………………………。
ようやく戻ってきたマリスさまはピンク色の身体から湯気を立ち上らせていて、その火照った顔もどこかいつも以上に艶っぽい。
そして湯上りで濡れ髪のマリスさま……すごくいいかも。
僕はちょっとマリスさまに見惚れた。
その後、交代で僕も温泉に浸かった。
ゴブスケと一緒に入れば? と言われたが丁重にお断りした。
湯船に浸かりながら、毎日お風呂に入れたらいいなぁなんて考えた。
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