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本日開店
しおりを挟む「ええと、誰にも言わない?」
「なんじゃ、訳ありか?」
「うん、ちょっとね……」
ドワーフはわたしの目をじっと覗き込むように見据えた。
心の内まで見透かそうという勢いだ。
ぐいぐいと身を乗り出して顔を近寄せてくる。
ちょっ! 近いって!
わたしは思わず身を引いた。
「うむ、善人には全く見えんが、だからと言って極悪人というわけでもなさそうだ。わかった口外はしないと誓おう」
なによ、善人に見えなくて極悪人にも見えないって、わたしってどういう風に見えるんだろう……。ちょっと複雑な気分だけど、今そこは気にするとこじゃないよね。
「ほんとね? 絶対に誰にも言わない?」
「くどい! 言わんと言ったら口が裂けても言わんわい」
「そう、だったら言うけど驚かないでね。わたしはカーラ」
「ふむ、カーラか……で、どこの何者なんじゃ」
「えっ、だから魔女カーラだって?」
「そんな魔女は知らん」
えええッ?
もしかして魔女カーラって、そこまで無名なの?
顔は隠してたから知られてないとは思ったけど、名前まで知られてないの?
それってちょっと悲しすぎるんだけど……。
「ええと、魔王から和平の条約を持ち帰った勇者一行の魔女カーラなんだけど?」
「なに、あの勇者一行の仲間なのか? そういえば魔女がいると聴いたことがあるが、それがまさかお前だというのか……」
「そうよ……」
ううう、わたしの名前って……。
「どうりで、たいした魔力じゃ、なるほどあの魔女か。よし、お前、俺の弟子になれ」
「はい?」
「俺は看板こそ鍛冶屋だが細工師でもあり一応魔導具の勉強もした。もっとも魔力が足りなくて魔導具は作れんがな。お前は基本は全然だが魔力がずば抜けている。それにさっきの本の設計図、あれは細工師としてならなかなか面白い発想だ。俺の指導とお前の魔力があれば必ず良い魔導具が出来る。どうせ魔導具を作るには真銀の加工が必要じゃ。お前には不可能じゃろ」
たしかに真銀の加工はドワーフの独壇場だ。
ドワーフだけが可能な特殊技術だと言われている。
だったらドワーフのオヤジと組むのは好都合かもしれない。
「でも、どうしてわたしが弟子なの? 対等の関係でいいじゃない」
「何を言っておる。お前はこれから魔導具師になろうという超ド素人だろうが、だったら師事が必要だろう。それが俺だ。だからお前は俺の弟子。なんか文句あるか?」
「べつに文句はないけど……」
「だったらつべこべぬかすな!」
なんか知らないけどわたしはビール樽オヤジの弟子になった。
ちなみにオヤジの事は師匠と呼ばされるようになった。
そういえば名前を聞いてな。まぁ興味ないからどうでもいいけど。
そしてわたしはカーラと呼び捨てにされてる。
「ところで師匠、材料は全部揃う?」
「フン、一角兎の角が無いわい」
「やっぱり…… どこか手に入りそうな素材屋知らないかな? やっぱりギルドに依頼を出すのが早いかな?」
「まぁそうじゃが、心当たりが無いわけでもないから任せておけ」
師匠が自信ありげに言うから任せることにした。
そして二週間後、魔導書に載っていた通りの、一角兎の角が仕込まれた真銀の三角錐が完成した。
だけどこれはまだ魔導具じゃない。
シジルも魔方陣もルーン文字も刻まれていないし、核となる角も死んだままだ。
そしてここからがわたしの仕事。
わたしは作業台に向かった。
髪を後ろで束ねポニーテールに結いあげる。
丸メガネをついと持ち上げ、鑿と槌を握った。
三角錐に組まれた真銀の三本の柱にルーン文字を刻んでいく。
一本は魔力増幅の魔法。
もう一本は耐久増加の魔法。
最後の一本には魔力吸引の魔法。
そして二本の角に対となるシジルを刻む。
ルーン文字やシジルを刻むとき、歪みがあったり刻む深さが一定でないと魔法が安定しない。
その為に慎重さと正確さが必要になり作業はじつに遅緩なものとなる。
なのでこの工程に三日×二で六日を要した。
次はこの角入り三角錐を【道具】から【魔導具】にする作業だ。
魔導具と道具の違いは、魔法が込められているかどうかなんだけど、師匠が言うには真の魔導具とは魔法生命体のようなモノだと言っていた。
もちろん、魔法の深淵を知らないわたしが、その詳しいメカニズムを知るはずも無いのだけど、その実核となるのがこの『遠話の角錐』の場合は『一角兎の角』だ。
そして角は一角兎の死で、一度死んでいる。死んでただの物質になり果てている。
それを魔法生命体として命を吹き込む――復活させる必要がある。
その方法は魔力の注入。
均等の力加減で復活するまで延々に魔力を送り続ける。
途中で止めたり、魔力が乱れたりすると、一からやり直し。
どのくらいで復活するかは、実核と注入する魔力に寄るらしい。
魔導具作りが苦行難行と言われる所以はここにある。
たいていの魔法使いはこの魔力注入が出来ない……というか続けられない。
ただの物質に命を吹き込む作業は相当の魔力を必要とする。
普通の魔法使いならどんなに魔力を抑えて行っても、数時間も持たずに【魔力枯渇】に陥る。
並みの魔力キャパシティではやり遂げられないからだ。
さて、わたしにそんな事が出来るのかどうか。
師匠もメルキールもわたしなら良い魔導具師になれるって言ってくれた。その言葉を信じてやってみるしかない。
背筋を伸ばし深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
胸の前で両手に魔力を集束する。手は青白い魔法のオーラに覆われる。
その手で核となる一角兎の角を包み、静かに魔力を流し込む。
【魔時計】の秒針の音だけがチクタクと地下室に響いている。
これは想像していた以上にしんどい作業かもしれない……。
作業を始めて五時間が経過した。
喉が渇いた、何か飲みたい。
でも水分をとればお花摘みに行きたくなる。
それは困るので我慢する。というか動けないから水も飲めないんだけどね……。
さらに五時間――つまり始めてから一〇時間が経過した。
正直めちゃめちゃつらい。
お腹も空いたし喉もカラカラだ。その上眠い。
ずっと同じ姿勢だから腰も痛いよ……。
さらに十時間――始めてから二十時間が経過した。
めまいがして意識が朦朧としている。
死にそう、ほんとに死ぬほどつらい。
それなのに角は一向に変化を示さない。
本当に復活するのだろうか。
それより、お花摘みに行きたいよ………………これ切実。
そして開始してから二十六時間と五分を過ぎたところで、角が眩しく発光した。
しかもいきなりだ。突然眩くピカーッと目が眩むほど。
思わずちょっと下着が濡れたかもしれない……。
まぁともかく、それが復活の合図だとか。
わたしは完成した嬉しさや感動より、何を差し置いても優先すべきはトイレだった。
あのまま死んでたら、絶対に洩らしてたと思う……。
そして一日ゆっくり休んで身体も魔力も復調した。
だから二つ目にとりかかろうと思う。
だけど今度は準備を万全にしようと思った。
その結果が真剣に悩んでオムツを履いたことだ。
もちろん内緒だ。誰にも言うつもりはない。
うら若き乙女がオムツとか黒歴史でしかないからね……。
そして二つ目。
再び苦しく辛い思いをして、二十五時間十二分で角が復活してくれた。
わたしが成長したのか、たまたまだったのか、それは師匠にもわからないらしい。
一応わたし自身の名誉のために言っておくけど、オムツは汚さなかった……。
完成した『遠話の角錐』を師匠の店とわたしの店で実験することにした。
トリガーは真ん中の角をツンツンと突く行為。そうすることで相手側の『遠話の角錐』が音を鳴らして着信を相手に知らせるという仕組み。
師匠が一台を持って自分の店に帰った。
店に着き次第、わたしに『遠話の角錐』で連絡してくる手筈になっている。
【魔時計】を見れば師匠がここを出てから五分になろうとしている。
師匠の短い脚でもそろそろ帰り着くころだろう。
わたしはじっと『遠話の角錐』を見つめた……。
キュゥゥゥゥ、不意に『遠話の角錐』がそんな音を発した。
わたしは『遠話の角錐』に話しかけた。
「師匠? 聞こえる師匠?」
……。
「師匠、聞こえないの?」
『……聞こえるぞ、ちゃんと聞こえとる。俺の声は届いておるか?』
「うん、届いてるよ。ちょっと遠い感じだけど聞こえてる」
『お前は本当に自分の店にいるのか?』
「もちろん! 店の地下から一歩も出てないよ」
「俺も今は自分の店の中じゃ。普通ならこの距離で声は絶対に届かない」
「じゃあ、これは、完成でいいのよね?」
『おぉ、完成じゃ、もっと距離を離して試したいが、一応完成じゃあ!」
やったよ、真の魔導具第一号の完成だ。
わたしはこの『遠話の角錐』をショーケースの中央上段に飾った。
そして『非売品』と書いたプレートを置く。
わたしは店の扉を大きく開けた。
空を見上げれば雲一つない秋晴れ。
わたしは扉に掛けられた『近日開店予定』のプレートは外して、代わりに『営業中』のプレートをぶら下げた。
「魔女の魔導具店、本日開店です!」
元気よくそう叫んだ。
まぁ裏通りは人通りなんてなくて、誰も聞いてないんだけどね。
あ……でも、どうやってアベルやユリスやメルキールと話をするの?
『遠話の角錐』は二つとも手元にあるのよ。この状態でどうやって会話するの?
ねぇ、師匠ぉおおお!
――END――
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