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魔人
しおりを挟む魔人……それは人の形をした魔物と表現すれば適切だろうか。
遠目に見れば、一見人間に見えなくも無い。
顔だけを見れば人間と見分けのつかない者も少なくない。
だけど、全身を見れば明らかな違いがいくつもある。
頭に角があったり、背に翼があったり、肌の一部が鱗で覆われていたり、鋭い牙に尖った爪を持っていたり。
そして角にしても翼にしても、色々な形があった。
牛の角の様だったり、鹿の角の様だったり、山羊の角の様だったり、蝙蝠の羽根の様だったり、鴉の翼の様に真っ黒だったり、蟲の羽根の様だったり……。
だけど人間と同じで恐ろし気な顔の者もいれば、優しい顔つきの者もいる。
そして性別も男女に分かれていて、体形も人間と同じように男女では大きな違いがあった。
男は長身で筋肉質な者が多く、女は小柄ながら肉感的な者が多かったような気がする。
そんな中でも上位魔人は男女共々に驚異的な強さを誇っている。
今回やって来たのはおそらく上位魔人。
魔力でも膂力でも普通の人間や亜人を軽く凌駕する。
一対一なら人類最強と言っても過言ではない勇者アベルに匹敵するかもしれない。
そんな上位魔人が街の大通りを大手を振って歩いている。
男の魔人が八人、女の魔人も八人いるようだ。
民衆は家の中に隠れ扉に鍵を掛け窓の鎧戸を閉めて、小さな物音さえ殺して魔人が行き過ぎるのを待っているようだった。
魔人たちはそんな民衆に目をくれることもなく王城へと向かって行った。
魔人が王城に入った翌日、王都では正式に告示がされた。
内容は、魔族との戦争状態の終結。さらに共存、共栄、融和、親睦、など。
王都の中央広場や大通り、各所の告示板にその内容が大きく張り出された。
騎士達が馬に跨りそれを叫びながら街の中――狭い路地までも駆け回った。
彼等――魔人たちは王宮に国賓、特使として迎えられた。
それから連日、魔人たちは王都の街を練り歩いた。
彼等の案内役は下位貴族の令嬢達が務め、その護衛は王国騎士団に託された。
街では――特に商家には必ず通常営業するようにとの通達があった。
これを守らない商店は営業許可証の没収も辞さない、との強い姿勢だ。
魔人たちは貴族令嬢の案内で街の中を巡り、商店で買い物をしたり、食事を楽しんでいる。
決して横柄な態度は見せず礼儀礼節をわきまえているように見える。
街の人々は窓を僅かに開けて、魔人たちの様子をこっそり覗くようになった。
魔人たちはそんな人々に気が付くと、親し気に手を振った。
しかしそれに対して手を振り返す者などいない。
誰もがすぐに窓を閉めて息を殺した。
だけど最初はすぐに身を隠していた人々も、やがて小さく手を振り返す者も出てきた。
慣れと言うか、人間――亜人も含めての順応性は大したものだと思う。
さらに一週間もすれば街――大通りに人々が姿を現し始めた。
多くの人が遠巻きに魔人の一行を眺める様になった。
大人から子供、お年寄りまでもが魔人の一挙一動を見守っている。
わたしもその中の一人だけれど……。
そんなある日、群衆の後ろで小さな女の子が「見えないよ」と愚図った。
そして大人の間を擦り抜けて前に出ようとした。
だけどそんな少女を叱りつける者がいた。
「こらッ、割り込むんじゃない!」
前を陣取る男の人が、叱咤だけでなく太い肘で女の子を小突いた。
わたしはその光景を見て、大の男が大人げないとしか思えなかった。
だけどそれは些細なことだった。問題はそこじゃなくてその後の展開にあった。
「あっ」
小突かれた弾みで女の子は手に持っていた手毬を落としてしまった。
女の子は慌てた様子で手毬を拾おうとしたけれど、手毬は人の足に当たって大通りの中央に転がっていった。
「まって!」
女の子は四つん這いになって、大人の足元を潜るように手毬を追いかけた。
手毬は石畳を跳ねて魔人たちの足元に転がっている。
「だめよッ」
母親だろうか、女の子を制止する声が響く。
だけど女の子は手毬に夢中でその声が届いていないようだ。
多くの民衆が固唾を呑んでそれを見つめていた。
転がる手毬が誰かの足に当たって止まった。
手毬を手にした女の子はホッとしたように、ゆっくり首をあげた。
「あっ……」
「下がれッ! 小娘がッ!!」
騎士の激情が大通りに響き渡った。
女の子は怯えたように小さく丸くなる。
そんな少女に対しその騎士は持っていた警棒を振り下ろした。
わたしはその酷い仕打ちに目を覆った。
ガツッッ!! と、痛烈な音が大通りに響く。
わたしは何も出来なかった自分に対して唇を噛み締める。
一瞬の静寂、辺りが静まり返る中、わたしがそっと瞼を持ち上げると……、その警棒を受け止めていたのは魔人だった。
魔人の強靭そうな足が幼い女の子を庇っていた。
「この国では子供の戯れも許されないのですか?」
重々しいけど通る声が大通りに響いた。
頭に牡牛角、背に猛禽類の様な翼を生やした男の魔人が、棍棒を振り下ろした騎士を見下ろしている。
「いや、しかし、この小娘は無礼を働いたので……」
「無礼? 私はこの少女がどんな無礼を働いたのか、まったく分からなかったのですが、教えて貰えないだろうか?」
「い、いえ、それは、その、なんと言いますか…… し、失礼しました!」
騎士は必至で言い訳を考えているようだ。
しかし、それが思いつかなかったのか、腰を直角に曲げて深々と頭を下げている。
その身体は怯えたウサギのようにブルブルと震え、騎士の誇りも名誉もどこかに吹き飛んでしまっている。
「私は痛くも痒くも無いので謝罪は結構。ですが、罪もない子供を警棒で打ち据えるなど由々しき行為。これは問題にさせてもらいます」
魔人はそう言って女の子に手を差し伸べた。
「大丈夫かな?」
「はい、あ、ありがとう、ございました」
少女が恐る恐るといった表情で魔人の手を取って立ち上がった。
魔人が優し気な笑みを浮かべた。
少女も僅かに顔を引き攣らせながらもほほ笑んでいる。
魔人と人間の間にある巨大な壁に、一筋の亀裂が入ったように思えた。
この事が切っ掛けで民衆の心から魔人に対する偏見が薄れ始めた。
魔人が来る以前に比べ、王国の兵士や騎士の横暴な態度がめっきり減った。
魔人は友好的だったし愛想が良かったし民衆を見下さなかった。
魔人が王都の民衆に溶け込むのに大した時間は掛らなかった。
わたしたちの帰国から一ヶ月が過ぎた頃、王都は平時を取り戻していた。
その頃になると、もうわたしたち勇者一行の陰口を言う者もいなくなった。
むしろわたしたちのお陰で平和になったと思われている節がある。
もしわたしたちがあのまま魔王を倒したとしても戦争は終わらなかったからだ。
魔界には人間界と同じで魔王が各地に存在しているらしい。
万が一、わたしたちが魔王を倒していたら、別の魔王が人間界に攻め込む。
そうなれば疲弊した人類は間違いなく滅ぼされただろう。
それがいつの間にか定説となっていた。
それを和解という形で終わらせたわたしたち勇者一行はなぜか救世主とされた。
それはものすごく申し訳ないんですけど……。
さらに月日が流れ、第二団、第三団の魔人使節団がやって来た。
段階を追うごとにその数も増している。
魔人たちは誰もが民衆に対して友好的だった。まぁそういった性格が温厚な魔人が選別されているのかもしれないけれど。
応援ありがとうございます!
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