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離別
しおりを挟む王都の街門には門番が立っている。
わたしたちの姿を認めると門番は大仰な敬礼をした。
わたしたちが帰ることは国境の砦からの早馬で知らされていたらしい。
街門をくぐり王都に入ると大勢の民衆に迎えられた。
人間、亜人、人種を問わず老若男女赤子に至るまで街の大通りは大勢の民衆で溢れかえっている。
喝采と歓声の中を紙ふぶきが飛び交い、まるで英雄の凱旋だ。
わたしはとっさにフードを深く被り顔を隠した。
「キャー勇者様ぁー、アベル様素敵!、こっち向いてアベル様ぁー」
「おぉ聖女ユリス様、なんとお美しく神々しい方じゃ……」
「賢者メルキール様、なんまいだぶ、なんまいだぶ、なーむー」
黄色い悲鳴と称賛と意味のわからない言葉が聞こえたが、気にしないで置こう。
幸いというか影の薄いわたし『魔女カーラ』の名を呼ぶものはいない。
それは良かったのだけれど……。
「おいもう一人いるぞ、あれは誰だ」
「顔は見えないが女か? 見るからに暗そうな奴だな」
「どうせ付き人かなんかだろう」
そんな屈辱的な言葉がわたしのの耳に届いた。
付き人とか暗そうって、ちょっとそれは酷くない? 呪うわよ!
だけど民衆はわたしたちが魔王に屈した事を知らないのだ。
知った時の事を考えると、顔は見せない方がいい。
しかしわたし以外の三人は堂々と胸を張っている。
それどころか、満面の笑顔で諸手を挙げて歓声に応えている。
馬鹿じゃないのだろうか。いや馬鹿に違いない!
だからわたしは親切に注意してあげることにした。
「ちょっとッ、あんた達何考えてるの。手なんて振れる立場じゃないでしょ!」
わたしは顔を隠しながら小声で訴えた。
三人は不思議そうな顔をわたしに向けて、そして悪戯っぽく口尻を持ち上げる。
「何を言っているんだカーラ。負けて帰ってきたことを知られたら騒動になる。だからこうして堂々と胸を張っているんだよ。そうすれば誰も負けたなどとは思わん。そうだろカーラ」
「そうですわカーラさん。とりあえず陛下に報告をするまで民衆に知られるのは不味いです。そう思いませんかカーラさん」
「うむ。その通りじゃカーラ、さっさと報告を済ませて、民衆に知れ渡る前に一旦は姿をくらますべきじゃな、それが最善手、のうカーラよ」
三人が揃ってもっともらしいことを言っている。
ていうか、わたしの名前の部分だけやけに誇張してない?
しかもどうして二度言うの?
ねぇ、それワザと? ワザとよね!?
呪いの人形まだあるんだからね?
わたしはプルプルと肩を震わせながら下を向いていた。
だけど、さすがは腐っても勇者とその仲間。
言い返す言葉がみつからない……。
だからと言ってわたしは手を振る気にはなれなかった。
民衆に対しては正直恨みしかないけれど、それでも騙すのは気が引ける。
わたしたちは利己的な理由で魔王に屈したのだから。
わたしたちは王城に入ると謁見の間に通された。
天井が高く縦に長い石造りの広間は、中央に赤い絨毯が入り口から最奥まで長く敷かれている。
左右の壁際に大臣や重臣の他に大勢の衛兵たちが並び、中央最奥の一段高くなった場所に玉座が二つ並んでいる。国王と王妃が座る椅子だ。
わたしたちはその真ん中を玉座の前まで進み片膝をついて頭を落とした。
「勇者アベルよ、一歩前に」
アベルが頭を下げたまま一歩前に進んだ。
謁見の間の皆が戦勝報告を待っている。
わたしたち三人はアベルの一歩後ろで片膝を付いて頭を下げたまま。
アベルは魔王から預かった終戦と和平の条件を記した書状を国王に手渡した。
中身はもちろん見てはいないが、一応口頭で聞いている。
開国とか融和とか外交とか軍の放棄とか……。
聴いた限りでは対等の和平だ。だからなにも問題は無いはず。
国王の側近がそれを抑揚のない声で読み上げる。
………………。
淡々と読み上げられる内容に、国王と王妃それに側近や重臣たちは固まった。
謁見の間が重い空気で満たされていく。
ざわざわと謁見の間がざわつき始めた。
皆の声が次第に大きくなる。
「開国などありえない!」
「魔族と融和など出来るはずもなかろう!」
「陛下、どうなさいますか?」
「……うむ、皆の意見が聴きたい」
(ねぇ、ちょっとまずいんじゃないの?)
わたしは小声で訴えた。
(うむ、あまり良い雰囲気ではないのう)
(囚われの身なんて嫌ですわ)
(だからといって衛兵相手に剣を抜くわけにもいくまい)
「勇者一行の処遇はどうする?」
重臣の一人が言った。
その言葉が引き金となって皆の目が勇者一行に向けられた。
その眼はどれも怨恨の色が浮かんでいる。
わたしたちの間に緊張が走った。
(不味い! カーラ、人形を四体出すんじゃ)
(藁人形? どうするの)
(その人形を儂ら四人に見せかけ、儂らを消せ。それくらいお前なら容易かろう)
(なるほど……、わかったわ、任せて)
それからの行動は早かった。
四体の人形を【幻影魔法】でわたしたちの姿に変えて、わたしたちは【透明魔法】で姿を消した。
素早く謁見の間を抜け出すと、すれ違う兵士をとりあえず眠らせながら城内を走る。
途中厩舎に立ち寄り、元気そうな馬を四頭拝借してそのまま城門を抜けた。
大通りを駆け抜け、街の街門を潜り、近くの森までひたすら走りとおした。
「ここまで来れば一安心だろう」
アベルの声にわたしたちは馬を止めて一息ついた。
だけど、あまりのんびりしている訳にもいかない。
追っては来ていないと思うけど、万が一という事もありうる。
「四人一緒だと目立ってしまうな、ここらで別れた方がいいだろう」
「そうですわね。冒険者稼業ももう無理ですし」
「そのようだな。じゃが少し待っとくれ」
アベルがあっさりと別れを切り出し、ユリスもそれに同意した。
メルキールが少し待てと、肩にかけた鞄をあさりはじめた。
そして取り出したのは一冊の古書だった。
それをわたしに投げてよこす。
「古い魔導書じゃ。呪具や魔導具の作り方を記した物じゃが儂は付与魔術が苦手じゃから使い道もない。おぬしに渡そうと思っておったのじゃ。ただし、稀覯本じゃからあまり他人には見せんようにな」
それがなぜか選別のように思えて少し悲しくなる。
だけどせっかくの贈り物だし一応礼を述べることにした。
「そうなんだ……ありがと」
「『礼を言うなら尻を出せ』といつも言っておろうが」
「だ、出すわけないでしょ、エロジジィ!」
「ふん、それだけ元気があるなら心配なさそうじゃな、ガッハッハ」
それにつられるように、アベルとユリスも笑った。
わたしもどうにか頬を持ち上げてみせた。
「俺は西に向かうつもりだが、お前たちは?」
「儂は東に向かうかの」
「では、わたくしは南に」
アベルが西に行くと言うとメルキールは東、ユリスは南に行くと言った。
ここでわたしが西か南か東と言えば、誰かと同行出来たのだろうか。
だけど、わたしにはそれを口にする勇気がなかった。
「じゃあわたしは……北かな」
一瞬の沈黙ののち、アベルが右の拳を胸に当てた。
続いてメルキールが杖でカツンと大地を鳴らした。
ユリスは金のロザリオを握り締めた。
わたしは下を向いてメガネを拭く真似をした。
「では、ここで」
「うむ、皆も達者でな」
「皆様にユリスの加護があらんことを」
「……うん、元気で」
それぞれ違う方向に馬首を向ける元仲間たち。
背を向けたままメルキールが言った。
「例の魔導具、完成したら一番に儂に知らせるんじゃぞ」
「う、うん」
作る気なんてまったく無いのに、つい頷いてしまった。
別れはあっさりとしたものだった。
何年も一緒だったのに、ずっと一緒だと思っていたのに……。
こんな別れ方ってないよ……。
わたしは一人泣いていた。
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