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眼 2

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突然の光景。その眼前の現象にただただ唖然とするしかなかった。隙をついてきた魔族の血も、肉片も、灰も、影すらも残さずに消え失せたのを見たのは、これが生きていて初めてだった。鋭い眼光と視線がぶつかる札使いの逆矛 一重(さかほこ ひとえ)は尻餅をつきその光景を理解しようと頭の中を回転させようとする。

「神より命を授かった、神使の無田 皆無だ。お前の名を教えろ。」

今の光景を整理しようと頭を回転させようとしているというのに、鋭い眼光の持ち主はさらに意味の分からないことを言っている。

「何を言って……」

「神の使いだと言っている。」

そんなのはとっくに耳に伝わっている。脳みその奥の方がその言葉の意味を理解しようとしていないのだ。固まっていると眼前の青年は目の前に手を差し伸べる。反射的にその手を握り立ち上がる。

「さっさとお前の名前を教えろ。」

名前を教えないとこれ以上の会話はままならないと思い、一重は自らの名を名乗る。

「逆矛 一重(さかほこ ひとえ)、この町で魔族関連の事件を解決している札使い……よ。」

そして名前を聞いたかと思うと、無田は無言で背を向けてこの場を去ろうとした。しかし、一重は、その背中を呼び止める。肩を落とし、ばつが悪そうに無田は一重の方を見る。

「何だ。」

「聞くだけ聞いて、逃げる気?あんたの話も詳しく聞かせてほしいんだけど?」

「何も話すことはない。」

「嘘ね。」

無理やり嘘つきにされた無田はまたもや溜息をつく。そして、また逃げようとしたところを一重は札を使わず、その袖を掴む。体勢を少し崩しながら、無田は一重を睨む付ける。
その殺気にも気圧されずに一重は睨み返す。

「帝京に行く気でしょ?あそこのホテルはもれなくぼったくりな金額よ。寝泊まりするところに困ってんなら、私の神社に来なさい。」

殺気が薄れ、表情も少し和らぐ無田は一重の手を振り払うと、服のホコリを払い、襟を正す。

「分かった。宿泊の代金として、洗いざらい話そう。」

「話がわかるようで安心したわ。」

無田は一重の後について行くことにした。

上城町は魔族と人が境界線を隔てて互いが互いを知らぬまま共存する町。
裏の世界 魔族の世界。表の世界 人間の世界が存在する世界。
もともとは互いに共存していた魔族と人間はとある魔族のせいで表と裏に分け隔てられるようになった。その魔族とは、 白羅真黒羅(はくらまくら)である。人々を下に見て、自分が王の世界を作り出そうと考えていた。次々に奴隷となる人々、そんなば万事休すかと思われた時、5人の異能使いが現れ、見事、白羅を弱らせることに成功した。
5人はそれぞれ、刀剣、弓矢、和紙札、鉄盾、暗器とそれに付随した異能を使い魔族との戦いを繰り広げた。5人はその後、和紙札使いをリーダーとして、魔族と人間の世界を裏と表に分ける事で人間の世界を守ったのだった。

そして、時は流れ現代。一族はもうそんなことは忘れて平和に暮らしていた。ただし、札使いは例外だった。リーダーである札使いの一族は日々この町を脅かさんとする魔族の残党との戦いを繰り広げていた。お化け神社の異名を持つ、上城神社の神主兼巫女の逆矛 一重は、同じく神主兼巫女だった今は亡き母を次いで札使いとしてこの上城町を守っているのだ。ただ、色々なものが発展してきたこの時代。魔族にも多様性が出てきたのか、白羅の侵攻前のように人間を好きな魔族も出てきた。上城神社がお化け神社と異名をつけられたのはその多様性のせいでもあったりする。

そう、上城神社には魔族が集まるのだ。

「な、なんだこの惨状は…………」

無田は顔をひきつらせながら、眼前の光景に言葉を失う。
惨状と言えば、惨状なのだが、血なまぐさいモノではなく、”呆れ”を通り越して”無”になるようなそんな惨状が広がっている。泥棒でも入ったかのような畳。転がる数十の酒瓶とおちょぼ。魚の骨に、食べかけの骨付き肉。宴会でもあったのかと思うほどの”惨状”
ただ、この場で呆れを通り越して”無”になっているのは無田ではなく、一重だった。
一重は、爆発札を一枚とり、軽く音が出るように爆発させる。
すると、その場にいた数匹の魔族は驚いて闇へと消えていき、残った3匹は騒がしい目覚まし時計を探すようにダラダラと起き上がる。

「私、言ったわよね?帰ってくるまではちゃんと起きて、神社を守ってって。」

一升瓶を抱えて寝ていた小さな女の子の姿をした魔族がばつが悪そうに指を胸の前でツンツンとしている。

「いあ、わっちは止めてんだよ?でも、ジンがさ。」

ジンと呼ばれた喰いながら寝ていた中肉中背の青年が骨を吐き出し、慌てて弁明し始める。

「う、嘘だね!!オレはトンが先に喰ってたから喰ったんだよ!!」

トンと呼ばれた大男は眠い目をこすりながらも弁明する。

「いやぁ、目の前にうまそうな一重の飯があったから我慢できなくてさ。」

そして、三人はごちゃごちゃと騒ぎ始めた。互いが互いに罪を擦り付けあい、まるで子供の喧嘩のようになってきたその喧騒に一重が鶴の一声をかける。

「チー!ジン!トン!そこに正座!」

その声と共に、チー、ジン、トンと呼ばれた三匹は素直に即座に正座した。
うつむいた一重は息を吸い込み、たった一言言い放つ。

「あんたたち!しばらく!ご飯なし!!」

その言葉に三匹はこの世の終わりのような顔をして、正座を解き、一重に縋りついた。

「そ、それだけは勘弁してくなんし~」

「そうだよ!オレら!一重の飯しか喰えない身体になってんだよ~!!」

「も、もう勝手にご飯食べたりしないから~」

「「「お願い~」」」

一重はその三匹の態度に溜息をつき、頭をなでる。
その光景に無田はようやく口を開いた。

「その三匹は魔族なのか?」

それにしてはだいぶなついているようにも感じる。そんなことを続けて言おうとしたら、三匹と目が合う。幼女ことチーは訝しげに、青年こと、ジンは目が合うとすぐさま目をそらし、大男ことトンは目が合うと手をひらひらと振っていた。そして、こちらを見つめていた一重と再び目が合う。

「そうよ?それが?」

「随分と仲がよさそうだと思っただけだ。」

「こいつらはただの居候。今すぐにでも出て行ってもらいたいけど。」

「「「ひぃ~ごめんなさい~」」」

「はぁ、うるさいから、ちょっと黙って。というか、こいつらよりも厄介なのは…………」

何かの気配を読み取り、一重は手を虚空へ突き出し何かを待ち構える。
それと同時に、空気が揺らぎ白い何かがふわりと一重に覆い被さろうとした。

「わ~一重~!!」

四匹目の魔族。頭の先からつま先まで白を基調とした魔族。その魔族の顔面は一重の手に飛び込むと、一重はその手にはまった顔面を掴み思い切り力を込めて、アイアンクロウを繰り出した。

「あ、あいあんくろう…………!!!!」

「私も会いたかったわ。ハ・ク・ラ」

「いで、いででででででで!!!!!」

力を込めて必死に一重の手から逃げようとするが、ハクラと呼ばれる魔族はとうとう諦めて、ぶらりと中刷りになる。そして、一重は力の抜けたハクラをそのまま投げる。うめき声を上げてハクラは布のようにその場に落ちる。

「あんたでしょ?三毒をそそのかしたの。」

生気を取り戻したハクラはちょこんと起き上がり、舌を出し、いたずらに笑う。

「ありゃ、バレちった。」

「処す。」

目の前にいる魔族と仲良くする巫女。
その光景を無田はただ見つめる事しか出来なかった。

「こいつら、一体何だ?」

一人と四匹は次はそちらが話す番だと言うような目で無田を見つめた。
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