セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

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帝国 宮の中あるいは庭園 4/5

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すぐ隣りの扉を開くとそこは脱衣所になっていた、インゲラはタイスの肩を抱くようにその部屋に入ると、良い香りを纏った暖かい湿気が二人の全身を包み込む、何の香りかとタイスはインゲラを見上げた途端入浴を済ませた子供が四人楽し気に走り寄った、

「こら、走らない」
インゲラは微笑みながら優しく注意する、その声に子供らは謝罪の言葉を投げつけながら外に走り出た、その勢いに負けインゲラとタイスは道を譲ってしまう、まったくもうとインゲラは溜息を吐きつつ案内を始める、

「ここが脱衣所、入ってすぐの左側の籠に脱いだ服を入れてね、といっても下着だけだけど、新しい下着はそこね綺麗でしょ皆で共有しているけどしっかり洗濯してあるから気にしないでね、後で下着の着け方覚えようね、それから奥の左側のボウルが並んでいるでしょ、あそこが洗面台、その反対側が乾燥場奥の扉が倉庫ね」

「あのその前に」
タイスはおずおずと問い掛ける、

「何?」

「さっきの子達、男の子と女の子、一緒でしたけど・・・」
不安気に聞く、

「・・・そうね、一緒よ、ここは宮専用だから、強いて言うなら子供用といえば理解しやすいかしら」

「子供用ですか・・・」
タイスは納得いかない様子で脱衣所の中へ視線を移す、独特の香りにはあっという間に慣れてしまったが湯殿独特の湿気と温もりはタイスを包んで離さない、

「そんな事より清めましょう、今のままでは勉強はできませんよ」
インゲラは勉強を出しに使ってタイスの焦りを呷る、まんまとその言葉に乗せられ慌てたタイスは脱衣場の棚の前で衣服に手を掛け慣れない長衣をなんとか脱ぎ下着と靴を籠に収めた、

「じゃこっちね」
インゲラは長衣を脱がずに風呂場への扉を開けタイスを通した、

「わぁ、すごい」
脱衣所で嗅いだ香りがより強くタイスを襲い、むっとする程の香気と熱気に身を包まれた、おそるおそるとタイスはインゲラの側を通り室内を視認した途端感嘆の声を上げる。
タイスの知る浴場や風呂場とは全く異なった景色が眼前にあった、広々とした浴室内はその半分程度に満々と湯を湛える浴槽がありその中心には金色の聖母像が鎮座していた、その聖母像が掲げる杯から湯が滝となって流れ落ちている、庭園の池と同じ作りであろうか聖母像の形は若干異なっているようであるが湯気の影に隠れよく見えなかった、洗い場には三つのお湯を湛えた大桶が置かれ小さな木製の椅子が大桶を中心に円状に並べられている、大桶の中央には幾つかの壺と白い石塊それと籠と手桶が置いてある。

「まずは、こちらに来て、身体の洗い方を覚えてね」
インゲラは腕まくりをしながら手前の洗い場に向かう、しかしタイスは尻込みしてしまった、こんな贅沢が許されるのであろうか、改めて不安になる。

「あの、いいんですか?こんな、その」
タイスは敷居を跨げずに躊躇してしまう、

「いいのよ、おいで」
インゲラは数歩戻るとそっとタイスの背を押すように洗い場へ誘導した、

「椅子に座って、それでは掛湯をして頭から洗うからね」
タイスは言われるがまま小さな椅子にチョコンと座る、タイスにとってもやや小さいと感じられる椅子であった、インゲラを手桶を手にし大桶からお湯を汲み優しくタイスの背を流す、背を流れる温かさを感じタイスはほぉっと溜息を吐いた、

「気持ちいいでしょ」
インゲラは楽しそうに言って数度タイスの背を流し、

「目を閉じてね」
手桶のお湯をタイスの頭にゆっくりと掛ける、タイスは目をギュッと閉じ身を縮めてされるがままとなっていた、

「うん、髪を洗う時はお湯で汚れを落してからこの薬で洗うのよ」
インゲラは数個並んだ壺の一つをタイスに見せ中の薬液を指先で掬う、タイスは目を薄めに開けてその所作を観察した、

「ではいくわよ」
インゲラは薬液を頭部に乗せゆっくりとマッサージする、白い泡が頭部を覆い始めそれにつれて果物の香りが周囲に拡散していく、

「良い香り、それにとっても気持ちいい」
タイスは素直な感想を口にした、

「そうね、まずは頭皮をやさしく揉むように洗ってあげてそれから髪を梳くように」
説明しながら手技を続ける、タイスはその心地良さに陶然となる、

「どう?、じゃ、自分でやってみて」
インゲラは手を離すとタイスは見様見真似で頭と髪を洗ってみる、タイスにとっては頭を洗うという行為そのものが初めての事であった、時折髪を梳く事はあってもお湯や薬液を使用しての洗髪等思いもよらない行為である、慣れない手付きで髪の間から皮膚を洗い髪にその泡を馴染ませて指で梳いてみる、

「そうそう、良い感じ、泡が足りない時とかは薬液を増やせばいいわよ、遠慮しないで使っていいからね」
タイスはそう言われても目を閉じた状態では適正量が分からないなと思いつつ、手を動かし続けた、

「そんな感じでいいわよ、では、手桶でお湯を汲んで流しちゃって」
インゲラに手桶を握らされて薄めを開けつつ大桶からお湯を汲み頭に掛ける、積年の垢と汚れが落ちた頭部は濡れそぼっていたがとても軽く感じられた、

「なんか、脱皮したような気持ちです」
タイスはインゲラを見上げて言った、

「そう、脱皮か、上手い表現かもね」
インゲラは笑ってタイスも釣られて微笑む、

「では、今度は身体の方だけど」

それから石鹸の使い方、籠に入っている海綿の使い方を教えられ湯舟に浸かった、お湯は独特の芳香が有り心地良くタイスの緊張を解きほぐしてくれた、広い湯舟に一人で浸かり両手両足を思い切り伸ばすとあまりの解放感と贅沢さにタイスは此の世のものとは思えない幸福を感じてしまう、

「のぼせないうちに上がるのよ」
インゲラの言葉にハッと我に返りそそくさと風呂場を後にした、

「お風呂はいつでも入れるから、日に一回は必ず入る事、ちゃんと髪と身体を洗うのよ、怠けちゃだめだからね、男の子はめんどくさがるけど、そういうのは駄目、いいわね」

インゲラは静かに窘める様にタイスに言い聞かせる、こんな気持ちの良い事を怠けるとはどういう事だろうとタイスは思う、
「濡れたままでいいから乾燥場と洗面台ね」

インゲラは脱衣所の奥へ進む、乾燥場と彼女の言う区画には縦長の隙間が空いた壁と壁に接する床には踏み台のような突起が設えられていた、

「この台を踏んでみて、体重をかけてしっかりと」
タイスはその通りに踏み台を踏んでみる、大きな抵抗があり中々踏み込めなかったが重心をかけるように押し込むと壁の隙間から熱風がタイスを襲った、思わず悲鳴を上げ後退りインゲラにぶつかってしまう、

「あぁ、ごめんなさい」
タイスは反射的にインゲラに謝罪するもインゲラは気にした様子も無く面白そうにタイスを見ていた、

「びっくりした?大丈夫、やってみて」
インゲラに背を押され再度床の踏み台を踏み込み、熱風を身体に浴びる、今度は耐えて見せたがこの行為の意味が分からずインゲラを見上げた、

「これは身体と髪を乾かす仕掛けなの、足で踏みながら身体を当てて水気を飛ばすのね、それと髪も、女の子はそっちの方が重要ね、熱風に髪を当てながら手で梳いて乾燥させるのよ、やってみて」
そう言われてやっと意味を理解し何度か踏み台を押し込み身体と髪へ熱風を当てる、身体はあっという間に乾いたが髪の湿気はなかなか取れるものでは無かった、

「髪だけ乾かしたいときは端っこにあるのがいいわ、二つならんでいる隙間が小さいのが髪用ね」
インゲラに言われそちらへ移動した、隙間が縦に狭くタイスの頭部より若干高い位置に開けられている、同じように踏み台を踏むとより強い熱風が頭部にのみ襲い掛かった、タイスは懸命に踏み込みつつ髪を乾かす、

「ん、大分乾いた?」
インゲラはタイスの背後からその様子を眺めながら悠然としているが、タイスは風呂の疲れと慣れない仕掛けの操作にとしっかりへばってしまう、

「疲れちゃったか、ごめんね、さ、こっちでゆっくりしましょう」
インゲラの言に若干足元をふらつかせながら洗面台へと足を運ぶ、洗面台は低いテーブルに陶器の桶が数個並びそこには冷水が流れ込んでいた、壁面には数種の壺と手鏡が置かれ髪用の櫛やシルクの手拭き小さなカップ、木の枝、ナイフ等が規則的に並んでいる、テーブルの下には背の無い椅子が収納されていた、椅子の一つを引き出すとタイスは腰掛け大きく息を吐いた。

インゲラはタイスの疲労には構わず淡々と次の講習を始める、洗顔、歯磨き、乳液、化粧水、髪の梳き方、纏め方、それはタイスの見知ったものから初見のものまで様々であったがこれは勉強なのだと気合を入れ直したタイスはなんとか一つ一つを熟し入浴の講習は終わりを迎えた。

特に洗顔と歯磨きそれと髪の手入れは入念に行われ、洗顔の為に作られたという薬液や歯磨きの際の歯櫛の先に付ける糊のような薬液には驚かされた、どちらもそれ専用の物であるとの事でなるほど講習を受けなければこの地での生活は大変気まずいものになるだろうと実感させられた、その上その薬液の効果はどちらも素晴らしく顔を洗うという行為は精々水かお湯で洗い流す程度であったものが薬液を加え顔の部位毎に触れ方と揉み方を変えるだけでタイスの顔は見違える程輝きを増した、歯磨きはそれまで塩と歯櫛で適当に行われた日々の習慣化した一つの行為でしかなかったものが、インゲラに目的と行為の意味を諭され漸く意味のある行為としてタイスは認識できるようになり、歯磨き用の薬液は口中の雑菌を綺麗に洗い流した上に体内さえも浄化しうる程の清涼感でタイスを魅了した。
最も時間を取られたのは髪である、インゲラは髪は命よと何度も口にしながらタイスの髪を梳いてくれた、ボサボサと伸ばし放題であったタイスの髪はそれでも旅の前に一通りの手入れをして恥ずかしく無いものであったはずだが、インゲラの技と洗髪の効果かしっとりと艶やかに纏まりを見せ手鏡に映る自分が本当に自分であるのか疑わしい程の変貌を見せてくれた、その髪にタイスは触れると極上の羊毛が持つ弾力とシルク独特の滑らかさが感じられ暫くの間その感触を夢見心地で愉しんでしまった、インゲラはその様子を満足気に眺めつつ、今度は他の女の子同士で手入れするのよと言い添えられた。

諸々の講習でタイスはすっかり疲労し言葉も少なくなったが入浴の効果か身体は軽く、それ以上に爽快な頭部の感覚に楽しくなってしまう、さらに初めて付けた乳液や化粧水は肌にしっとりとした滑らかさを加え、ほのかに甘ったるい香りが全身を包んでいる、たかだか入浴しただけで自分では無い何かに生まれ変わった幻想をタイスは抱き、最後に下着の着け方を改めて学び、軽やかな足取りで脱衣所から出る。
インゲラが身を清めると何度も言った意味が良く理解できた、この世界に対しタイスのいた世界はまるでゴミ溜めのようであったと思う、あらゆるものが不浄で雑然とし自身もそうであるが周囲の人間もまた衛生という観念を所持していない、全ての人がこの浴場を共有できればどれほど幸せかとタイスは無想した。
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