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本章
帝国 宮の中あるいは庭園 2/5
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タイスは暫くの間その光景を眺めていた、言葉も無く何を目にしているかもまるで認識できていないようであった、しかし徐々に眼前に広がる構築された理想の楽園を、寝物語で聞いた天国の情景を、司祭が嬉しそうに語った理想郷を、タイスの中にあった様々なことわりがゆっくりと重なり合い彼女の脳が理解できる何かに変換し、やがて、飲み込めたようである、
「タイス、行きますよ」
インゲラはそっと話し掛ける、タイスは虚ろなままその言葉にコクリと反応しインゲラを見上げた、
「ここは、なんですか?」
タイスが鈍化した思考の中で曖昧に言葉を組み合わせると単純な疑問が口角を動かした、至極真っ当で的を得た質問である、インゲラはキラキラと輝くタイスの目を嬉しそうに見詰め静かにとても静かに告げる、
「そうね、なんだろうね、ゆっくり見ていきましょう」
インゲラの言葉は優しくタイスに染み渡る、何となくであるがインゲラの表情が柔らかく緩やかなものに見えた、
「まずは身を清めましょう、おいで」
インゲラはタイスの手を取ると庭園の外縁を廻る通路に誘う、その通路も城内2階の通路と同じく厚手の布が敷き詰められているがこちらは青色であった、その庭園とは反対側に数体の彫像が置かれている。
冷たく細く芯のある手がタイスの左手に優しく触れている、その手に導かれタイスは庭園に視線を盗られたまま歩を進めた、庭園の主の一人がこちらを見付け微笑みながら手を振っている、反射的に残った手を軽く振るもこの行為は失礼に当たるのではないのかとふと思い立ち慌てて視線を進行方向へ向けて背筋を伸ばす、しかし数歩も行くとその目は庭園を向いていた。
ふと異質な何かを感じ視線を廻らす、ちょうど遠目に見えていた彫像の足元を通りかかっており、タイスの身長よりも大きい台座の上に男性の雄々しい彫像が今にも飛び掛からんばかりの勢いでこちらを見下ろしていた。
右手に剣を左手に槍を構え、その槍はちょうどタイスの立つ位置へ今にも突き刺そうと振り上げられている、鍛え上げられた筋肉がその肉体に陰影を施し食い縛った口元と鋭い目元それから宝石のような瞳が非常に現実的であった、しかし異質なのは装飾物と言って良いものかその肉体には数本の矢が刺さり槍が一本腹部を貫通し中ほどで折れ曲がっている、その傷口からは真っ赤な鮮血が溢れ彫像に彩を添えていた、着衣は無い、その為陰茎が露わになりその奇妙な形にタイスは目を奪われてしまう。
思わずタイスは足を止めインゲラの手はスルリと離れてしまった、インゲラは振り返りタイスの姿を見止めその視線が向かう先を追った、
「すごいでしょ、皇帝が作成された逸品ですよ」
インゲラも像を見上げそう言った、その言葉にタイスはハッと気付いて赤面し俯いてしまう、不思議そうにインゲラはタイスを見下ろし、あぁと納得して微笑んだ、
「そうよね、男性の裸をじっくり見た事ないもんね、特に此処にある像はどれもこれも裸だから」
と軽やかに言い放つ、
「・・・そうなんですね」
タイスは何と答えていいか分からずに何とか胡麻化そうと言葉を探す、
「ふふん、変な形でしょ、なんでこんな形なのか不思議よねぇ」
インゲラはしみじみと語る、像を見上げるその視線はあからさまに股間へ向いていた、
「ま、これも慣れるわ、皆を見てごらん、誰も気にしていないでしょ」
その言葉通り庭園にたむろする者でその興味を像に向けている者は見止められなかった、タイスは言葉も無く視線を廻らし火照った顔をインゲラに見せないように苦労している、
「さ、こっちよ」
インゲラはタイスの心情を思ってか先を促しタイスは俯いたまま従った。
「覚えてね、ここが水場、トイレと湯殿とそれから向うが食事処になっていて、二階が寝室、そのとなりが教室、この建物は集会所と呼ばれてて、隣りの建物が管理棟ね」
庭園の隅に木造二階建ての集会所が設置されていた、タイスが帝都で泊まった宿よりも大きく広い、手前右側と向か
って左側に階段があり2階へとつながっていた、その建物の表に見える幾つかの扉をインゲラは指し示しつつ教えてくれる、タイスは一つ一つにコクリコクリと頷きつつ必死な表情でインゲラの言葉を飲み込むように心に刻む、その建物の隣りには集会所の半分よりもっと小さい程度のこちらも2階建ての建物がありそちらが管理棟であるらしい、
「管理棟は一階が救護室、二階が宿泊施設、あなたはあまり使わないと思うけどね、それで」
とインゲラが先に行こうとするのを制して、
「ごめんなさい、教室ってなんですか?」
タイスは真っすぐにインゲラを見上げて訊ねる、先程の恥ずかしさも手伝ってかやや声が震えている。
インゲラはその質問にすこしばかり眉を顰めたようであった、質問してはいけなかったかとタイスは思い、失敗したと急激に自責の念に駆られる、それでも見上げる視線を逸らさずにしかとインゲラを見詰めるがじわりじわりとその眼は潤んできた、
「そうね、教室というのは皆で勉強する場所よ、文字とか言葉とか算学とか歴史とか」
「えっ、勉強する場所ですか?司祭様が来るんですか?」
タイスの声がより甲高く響きその驚きをインゲラに伝える、
「うーん、司祭が来る事もありますが、専門の教師というのが居るのでその人に教わるの」
タイスはその言葉に心の底から震える程の感激を覚えて教室と教えられた二階の部屋を見上げる、
「・・・あの、あの、私も勉強したいです、・・・あの、どうすれば、どうすればいいんですか、あの、何でもやります、裁縫と畑仕事は得意です、あと、あと、巡回司祭様には賢い子だって言われてましたから、読み書きもできます、その下手ですけど、それから、あと、いろいろ頑張りますから、その、あの」
タイスは両目に涙を浮かべてインゲラに縋りついた、その涙の理由が変わっている事に気付かずに何とか認めてもらおうと取り留めも無い事を口走る、
「勿論ですよ、勉強しましょう」
インゲラは微笑んでタイスをそっと抱き締めて答えとした、
「もう貴方は宮の一員なのです、たくさん勉強しましょう」
その言葉にタイスは息を呑み暫くぼうっとインゲラを見上げると、
「本当ですか、嬉しいです」
とタイスはインゲラの胸に抱かれ感激を露わにする、涙が幾つかの雫となってその頬を染めたがその涙の理由はまた異なったものであった、
「ほら、泣かないで、まずはお清めね」
インゲラは腰を下ろしてタイスの顔を自らのローブの端で拭い清め、
「トイレの使い方から教えるからね」
と扉の一つを眼で示す、タイスは思いっきり鼻を啜って大きく吐息を吐くと、
「はい」
と快活に返事をした。
「タイス、行きますよ」
インゲラはそっと話し掛ける、タイスは虚ろなままその言葉にコクリと反応しインゲラを見上げた、
「ここは、なんですか?」
タイスが鈍化した思考の中で曖昧に言葉を組み合わせると単純な疑問が口角を動かした、至極真っ当で的を得た質問である、インゲラはキラキラと輝くタイスの目を嬉しそうに見詰め静かにとても静かに告げる、
「そうね、なんだろうね、ゆっくり見ていきましょう」
インゲラの言葉は優しくタイスに染み渡る、何となくであるがインゲラの表情が柔らかく緩やかなものに見えた、
「まずは身を清めましょう、おいで」
インゲラはタイスの手を取ると庭園の外縁を廻る通路に誘う、その通路も城内2階の通路と同じく厚手の布が敷き詰められているがこちらは青色であった、その庭園とは反対側に数体の彫像が置かれている。
冷たく細く芯のある手がタイスの左手に優しく触れている、その手に導かれタイスは庭園に視線を盗られたまま歩を進めた、庭園の主の一人がこちらを見付け微笑みながら手を振っている、反射的に残った手を軽く振るもこの行為は失礼に当たるのではないのかとふと思い立ち慌てて視線を進行方向へ向けて背筋を伸ばす、しかし数歩も行くとその目は庭園を向いていた。
ふと異質な何かを感じ視線を廻らす、ちょうど遠目に見えていた彫像の足元を通りかかっており、タイスの身長よりも大きい台座の上に男性の雄々しい彫像が今にも飛び掛からんばかりの勢いでこちらを見下ろしていた。
右手に剣を左手に槍を構え、その槍はちょうどタイスの立つ位置へ今にも突き刺そうと振り上げられている、鍛え上げられた筋肉がその肉体に陰影を施し食い縛った口元と鋭い目元それから宝石のような瞳が非常に現実的であった、しかし異質なのは装飾物と言って良いものかその肉体には数本の矢が刺さり槍が一本腹部を貫通し中ほどで折れ曲がっている、その傷口からは真っ赤な鮮血が溢れ彫像に彩を添えていた、着衣は無い、その為陰茎が露わになりその奇妙な形にタイスは目を奪われてしまう。
思わずタイスは足を止めインゲラの手はスルリと離れてしまった、インゲラは振り返りタイスの姿を見止めその視線が向かう先を追った、
「すごいでしょ、皇帝が作成された逸品ですよ」
インゲラも像を見上げそう言った、その言葉にタイスはハッと気付いて赤面し俯いてしまう、不思議そうにインゲラはタイスを見下ろし、あぁと納得して微笑んだ、
「そうよね、男性の裸をじっくり見た事ないもんね、特に此処にある像はどれもこれも裸だから」
と軽やかに言い放つ、
「・・・そうなんですね」
タイスは何と答えていいか分からずに何とか胡麻化そうと言葉を探す、
「ふふん、変な形でしょ、なんでこんな形なのか不思議よねぇ」
インゲラはしみじみと語る、像を見上げるその視線はあからさまに股間へ向いていた、
「ま、これも慣れるわ、皆を見てごらん、誰も気にしていないでしょ」
その言葉通り庭園にたむろする者でその興味を像に向けている者は見止められなかった、タイスは言葉も無く視線を廻らし火照った顔をインゲラに見せないように苦労している、
「さ、こっちよ」
インゲラはタイスの心情を思ってか先を促しタイスは俯いたまま従った。
「覚えてね、ここが水場、トイレと湯殿とそれから向うが食事処になっていて、二階が寝室、そのとなりが教室、この建物は集会所と呼ばれてて、隣りの建物が管理棟ね」
庭園の隅に木造二階建ての集会所が設置されていた、タイスが帝都で泊まった宿よりも大きく広い、手前右側と向か
って左側に階段があり2階へとつながっていた、その建物の表に見える幾つかの扉をインゲラは指し示しつつ教えてくれる、タイスは一つ一つにコクリコクリと頷きつつ必死な表情でインゲラの言葉を飲み込むように心に刻む、その建物の隣りには集会所の半分よりもっと小さい程度のこちらも2階建ての建物がありそちらが管理棟であるらしい、
「管理棟は一階が救護室、二階が宿泊施設、あなたはあまり使わないと思うけどね、それで」
とインゲラが先に行こうとするのを制して、
「ごめんなさい、教室ってなんですか?」
タイスは真っすぐにインゲラを見上げて訊ねる、先程の恥ずかしさも手伝ってかやや声が震えている。
インゲラはその質問にすこしばかり眉を顰めたようであった、質問してはいけなかったかとタイスは思い、失敗したと急激に自責の念に駆られる、それでも見上げる視線を逸らさずにしかとインゲラを見詰めるがじわりじわりとその眼は潤んできた、
「そうね、教室というのは皆で勉強する場所よ、文字とか言葉とか算学とか歴史とか」
「えっ、勉強する場所ですか?司祭様が来るんですか?」
タイスの声がより甲高く響きその驚きをインゲラに伝える、
「うーん、司祭が来る事もありますが、専門の教師というのが居るのでその人に教わるの」
タイスはその言葉に心の底から震える程の感激を覚えて教室と教えられた二階の部屋を見上げる、
「・・・あの、あの、私も勉強したいです、・・・あの、どうすれば、どうすればいいんですか、あの、何でもやります、裁縫と畑仕事は得意です、あと、あと、巡回司祭様には賢い子だって言われてましたから、読み書きもできます、その下手ですけど、それから、あと、いろいろ頑張りますから、その、あの」
タイスは両目に涙を浮かべてインゲラに縋りついた、その涙の理由が変わっている事に気付かずに何とか認めてもらおうと取り留めも無い事を口走る、
「勿論ですよ、勉強しましょう」
インゲラは微笑んでタイスをそっと抱き締めて答えとした、
「もう貴方は宮の一員なのです、たくさん勉強しましょう」
その言葉にタイスは息を呑み暫くぼうっとインゲラを見上げると、
「本当ですか、嬉しいです」
とタイスはインゲラの胸に抱かれ感激を露わにする、涙が幾つかの雫となってその頬を染めたがその涙の理由はまた異なったものであった、
「ほら、泣かないで、まずはお清めね」
インゲラは腰を下ろしてタイスの顔を自らのローブの端で拭い清め、
「トイレの使い方から教えるからね」
と扉の一つを眼で示す、タイスは思いっきり鼻を啜って大きく吐息を吐くと、
「はい」
と快活に返事をした。
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