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本章
帝国 教会地下にて 1/3
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皇帝の姿は教会の地下にあった、騒がしい街中を通りさらに人が集まる教会の前門をどうどうと闊歩して人々が祈りを捧げる中央礼拝堂のその真ん中を突っ切ると、黄金の聖母像の台座から地下へ降りる、その姿を見咎める者は無く、その威光に触れようとする者もまた居なかった。
教会の地下には光は指さない、よって大気の流れがほぼ無い、独特の黴の匂いと湿気、篝火のすえた匂いが長年染み込んだ人の血と油のそれに相まって息苦しさを感じる程沈殿している、その澱となった重い大気を無遠慮に掻き混ぜて皇帝は歩を進めた。
いつもの場所で一旦歩を止める、地下の入り口から5番目左側の牢、教会は王国時代の城を改築された建築物であった、地下一階には地下牢が設えられており石造りの冷たい壁が広い通路と狭い独房を仕切っていた、木製の扉の上部には覗き窓が開けられ下部には床との間に隙間が開けられている、下部のそれは食事を差し入れる為の空間であろうか、さらに一目では用途の分らぬ拷問具が通路と言わず独房と言わず其処かしこに転がっていた。
皇帝は眼前の扉が破壊された牢に入ると二つ並んだ小さな石碑の前に立つ、篝火すら届かぬ暗闇に並ぶそれらの前には小さな花と少しばかりの菓子が供えられている、皇帝はその前に膝を付くと手を合わせた、暫く黙祷して立ち上がると振り向きもせず牢を出た。
皇帝は理解していなかった、その行為に何の意味があるかをである、只漫然と日々の習慣としてそうしているだけである、そうしなければならない、そうしなければ落ち着かない、それだけの理由で帝都にいる間はこの習慣を欠かした事は無かった。
何物にも縛られず何者にも阻害されない彼の唯一拘束され祓い落すこともできない事象であった。
皇帝は踵を返すと元来た道を引き返しさらに地下への階段を降りる、地下二階以降は彼が皇帝に着いた後に新造された施設である、下水道工事のついでに掘削され補強された空間でこの施設を知る者は帝国内でも数少ない。
皇帝は地下二階に至り最奥の扉の前に立つ、地下二階もまた地下牢であった、一階のように小部屋が並んでいるがそれらは鉄格子で通路と部屋を仕切られており通路の要所には篝火が灯されている、よって牢の内側は一階に比べ各段に明るくなっており、その中に蹲る者達の様子が皇帝の目の端にも映り込んでいる、しかし彼等が皇帝の興味の対象になる事は無く、住人達もまたある者は動く者を興味深げに見詰め、ある者はただ虚ろに開いたガラス玉に皇帝の姿を写すばかりであった。
皇帝の前にある扉は厚く横に広い、重々しく存在するそれは篝火を受け黒く濡れたような表面を訪問者に向けただ屹立している、扉に装飾は無いしかし取っ手代わりに小さな黄色い宝石が埋め込まれていた、それは恐らく存在を知らなければ見落としてしまいかねない小ささで扉そのものの存在感の中に圧倒され埋没している。
皇帝はめんどくさそうにその宝石に触れる、すると鈍く軋みながら扉は奥へと開いた、暗くより陰鬱な大気がその部屋から滲みだし皇帝を包んで通路へと流れ出し闇が大きく口を開け訪問者を出迎える、室内は真の闇である、通路の篝火が僅かにその届く範囲に明りを届けていた、皇帝はズカズカとその闇に呑まれていった、自我を剥離した住人達がそれを見送る、扉は再び重々しく動き出しその闇を閉じ込め沈黙した。
篝火も無く窓も無い地下の一室は夜より暗く闇よりも重い虚無を帝都の地下、教会の足元に顕現させる、皇帝はその中を数歩歩いて部屋の主の前に立った、部屋の主は巨大な頭部に千切れた上半身をぶら下げた一個の躯であった、天井から伸びる太い鎖で中空に吊るされており巨大な鉤爪が数か所その躯を貫き赤黒い錆色が唯一の装飾となっている。
その躯の頭部には三本の角が生えるが内二本は中ほどで砕かれ無残な残骸となり残った一本が往時の権勢を僅かに示していた、三つある目は落ちくぼみ、だらしなく開かれた口から乾いて萎びた舌がぬっと突き出ている、太い首が千切れた上半身を辛うじてその頭に繋いでおり、上半身は胸から下両肩の先が無い、しかし奇妙な点は、その形を維持する事も困難な躯に蛆虫の類が付着しておらず、まして舌以外は瑞々しさを維持し生者と変わらぬ独特の艶を誇っていたさらにその躯はヒタヒタと体液をしたたり落としている。
皇帝はその躯の前に跪くと床に置いた巨大な杯を両手に掴む、それには躯から染み出した体液がなみなみと溜っていた、皇帝はその分量を見て満足気に微笑むと、杯の端から舌を差し込み舌の上に乗る分の体液をまず口中に入れた、口の中に広がる風味を空気に混ぜて臓腑に行き渡らせ声にならない感嘆を上げる、続いてもう一舐め、もう一舐めと同じ行為を繰り返し獣のように体液を摂取する、ふぅと一息吐いて杯の端に口を付けると杯を少しずつ傾け確実にそれを飲み干してゆく、虚無の中に皇帝の嚥下の音だけが静かに反響し、やがて止まった、皇帝の高らかな曖気(ゲップ)が空間を揺るがすと杯は戻され衣擦れの音が続き扉が開く、僅かに入る明りはやがて再びの虚無に呑まれた。
教会の地下には光は指さない、よって大気の流れがほぼ無い、独特の黴の匂いと湿気、篝火のすえた匂いが長年染み込んだ人の血と油のそれに相まって息苦しさを感じる程沈殿している、その澱となった重い大気を無遠慮に掻き混ぜて皇帝は歩を進めた。
いつもの場所で一旦歩を止める、地下の入り口から5番目左側の牢、教会は王国時代の城を改築された建築物であった、地下一階には地下牢が設えられており石造りの冷たい壁が広い通路と狭い独房を仕切っていた、木製の扉の上部には覗き窓が開けられ下部には床との間に隙間が開けられている、下部のそれは食事を差し入れる為の空間であろうか、さらに一目では用途の分らぬ拷問具が通路と言わず独房と言わず其処かしこに転がっていた。
皇帝は眼前の扉が破壊された牢に入ると二つ並んだ小さな石碑の前に立つ、篝火すら届かぬ暗闇に並ぶそれらの前には小さな花と少しばかりの菓子が供えられている、皇帝はその前に膝を付くと手を合わせた、暫く黙祷して立ち上がると振り向きもせず牢を出た。
皇帝は理解していなかった、その行為に何の意味があるかをである、只漫然と日々の習慣としてそうしているだけである、そうしなければならない、そうしなければ落ち着かない、それだけの理由で帝都にいる間はこの習慣を欠かした事は無かった。
何物にも縛られず何者にも阻害されない彼の唯一拘束され祓い落すこともできない事象であった。
皇帝は踵を返すと元来た道を引き返しさらに地下への階段を降りる、地下二階以降は彼が皇帝に着いた後に新造された施設である、下水道工事のついでに掘削され補強された空間でこの施設を知る者は帝国内でも数少ない。
皇帝は地下二階に至り最奥の扉の前に立つ、地下二階もまた地下牢であった、一階のように小部屋が並んでいるがそれらは鉄格子で通路と部屋を仕切られており通路の要所には篝火が灯されている、よって牢の内側は一階に比べ各段に明るくなっており、その中に蹲る者達の様子が皇帝の目の端にも映り込んでいる、しかし彼等が皇帝の興味の対象になる事は無く、住人達もまたある者は動く者を興味深げに見詰め、ある者はただ虚ろに開いたガラス玉に皇帝の姿を写すばかりであった。
皇帝の前にある扉は厚く横に広い、重々しく存在するそれは篝火を受け黒く濡れたような表面を訪問者に向けただ屹立している、扉に装飾は無いしかし取っ手代わりに小さな黄色い宝石が埋め込まれていた、それは恐らく存在を知らなければ見落としてしまいかねない小ささで扉そのものの存在感の中に圧倒され埋没している。
皇帝はめんどくさそうにその宝石に触れる、すると鈍く軋みながら扉は奥へと開いた、暗くより陰鬱な大気がその部屋から滲みだし皇帝を包んで通路へと流れ出し闇が大きく口を開け訪問者を出迎える、室内は真の闇である、通路の篝火が僅かにその届く範囲に明りを届けていた、皇帝はズカズカとその闇に呑まれていった、自我を剥離した住人達がそれを見送る、扉は再び重々しく動き出しその闇を閉じ込め沈黙した。
篝火も無く窓も無い地下の一室は夜より暗く闇よりも重い虚無を帝都の地下、教会の足元に顕現させる、皇帝はその中を数歩歩いて部屋の主の前に立った、部屋の主は巨大な頭部に千切れた上半身をぶら下げた一個の躯であった、天井から伸びる太い鎖で中空に吊るされており巨大な鉤爪が数か所その躯を貫き赤黒い錆色が唯一の装飾となっている。
その躯の頭部には三本の角が生えるが内二本は中ほどで砕かれ無残な残骸となり残った一本が往時の権勢を僅かに示していた、三つある目は落ちくぼみ、だらしなく開かれた口から乾いて萎びた舌がぬっと突き出ている、太い首が千切れた上半身を辛うじてその頭に繋いでおり、上半身は胸から下両肩の先が無い、しかし奇妙な点は、その形を維持する事も困難な躯に蛆虫の類が付着しておらず、まして舌以外は瑞々しさを維持し生者と変わらぬ独特の艶を誇っていたさらにその躯はヒタヒタと体液をしたたり落としている。
皇帝はその躯の前に跪くと床に置いた巨大な杯を両手に掴む、それには躯から染み出した体液がなみなみと溜っていた、皇帝はその分量を見て満足気に微笑むと、杯の端から舌を差し込み舌の上に乗る分の体液をまず口中に入れた、口の中に広がる風味を空気に混ぜて臓腑に行き渡らせ声にならない感嘆を上げる、続いてもう一舐め、もう一舐めと同じ行為を繰り返し獣のように体液を摂取する、ふぅと一息吐いて杯の端に口を付けると杯を少しずつ傾け確実にそれを飲み干してゆく、虚無の中に皇帝の嚥下の音だけが静かに反響し、やがて止まった、皇帝の高らかな曖気(ゲップ)が空間を揺るがすと杯は戻され衣擦れの音が続き扉が開く、僅かに入る明りはやがて再びの虚無に呑まれた。
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