セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&

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帝国 昇宮 1

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朝議が終わると供を連れずに城を出る、城門を抜け真っすぐと伸びる大路へ出る、城門前は帝国民に開放され其処此処に屋台が立ち茣蓙に商品を並べた商人が威勢のいい声を上げていた、まだ午前だというのに元気なものである。
道行く市民達は皇帝の姿を大路に見つけると立ち止まり、手を振る者、敬礼する者、深々と頭を垂れる者、そして子供達は遠慮無く彼に纏わりつき歓声を上げた。子供達の身形は様々であった、貴族の子、商人の子、奴隷の子、皆楽し気に皇帝を囃し立てそれでも彼等なりの敬意は失わず甲高い声が大路を彩る。
それは日常の風景であった、しかし皇帝の顔はにこりとする事も無く、仏頂面で顎を突き出し大股で歩き続ける、返り血を浴びたトーガもそのままに両手も顔もまたそれで染まっている、足跡にさえ血の跡が付きそうであった。
ふと皇帝の目が道の端に止まる、子供達の群れに交る事無く小柄な少女がこちらを見て硬直していた、旅装の両親がその肩を抱き嬉しそうにこちらを眺めている、聖母教会への巡礼者であろうか、旅人そのものが珍しい存在であったが巡礼となると別である、聖母教会の総本山である聖エロー教会はこの帝国首都にあり、皇帝は今そこへ向かっていた。

皇帝は唐突にその歩みを止めた、一団となった子供達は転びそうになる者、皇帝の足に体当たりする者、前の子供にぶつかる者とそれぞれに右往左往する、それでも楽しそうに笑っている、ちょっとしたトラブルでは彼等の愉楽を奪う事はできないようだ。

皇帝は直角に曲がると旅装の親子の元へ歩み寄る、両親は何事かと思いつつ頭を垂れ娘の頭も同様に抑えつけ皇帝を待った、彼等の精一杯の礼儀である、田舎者の巡礼者が謁見の作法を知る由もない、それを見て大路の商人達は声を揃えて歓声を上げた、様々な声が入り交り何を言わんとしているかが判然としない、両親は戸惑いつつも姿勢は崩さず俯いたまま視線をキョロキョロと動かしている。

皇帝は3人の前に立つとすっと膝を折り目線を少女に合わせた、

「顔を上げよ」
呟くようにそう言った、それが聞こえようが聞こえまいが彼には関係無い、3人は不可思議な力に突き動かされ顔を上げる、何と言葉を発してよいか分からない、現地民達はこの男が皇帝であると歓声を上げていた、宿屋の女将もこの時間帯なら会えるかもと笑って話していた、その存在が今3人の前で身を小さく屈め娘の顔をじっと見ている。

娘は勿論、両親も皇帝の顔など知らなかった、コインに刻まれる皇帝の肖像は見慣れているし、父親は兵役の際遠目にその姿を拝見した事があるが遠目すぎて顔を覚える事等出来はしなかった。

今目の前にいるその男は若い男である、30歳代前後に見える、やや太り気味の肉体に富裕層が好むトーガを巻いており、純白のそれは緋色に染まっていた。嘗て勇者と呼ばれ魔王を打倒し帝国を再興した真の英雄、その男が勇者と呼ばれたのは60年も前である。

よく考えれば存命してるのが奇跡と言えた、大抵の野人は70年も生きられない、さらに現在でも夜の噂、軍での訓練話等様々な噂話が絶えないのである、多くが盛りに盛った吟遊詩人の歌物語をさらに盛った話だと頭では理解できるが、それにしても、実際にその姿を目にし父親は軽い眩暈を感じた、解体屋か肉屋のように返り血にまみれている、汚れた服を着たまま街へ出る職人はいない、目の前の男は顔や両手も真っ赤に染まっていた。
両親は思う、この男が皇帝なのであろうか、帝都の民に騙されているのだろうか、しかし、その混乱は瞬時に霧消した。空気の弾ける間の抜けた音がした様な気がした。

視界が開けた、そして確信する、この人こそが我々の愛する皇帝陛下である、戦場に於いては万の軍を指揮し、誰よりも民を愛し、弱者を救う真の英雄だ、供も連れずに帝都を闊歩し、子供を侍らして笑顔を絶やさない、神々の武器を振う唯一神の申し子。

「あ、あの、本日は・・・」
やっと父親は言葉を発し、差し障りの無い定型句が口を吐くが最後迄続ける事が出来ない。皇帝はそんな両親を見上げることはせず少女を見詰め続けるだけである、

「あ、あの、この娘は、タイスと申します、昨日、首都へ着きました」
母親は夫の言葉を継いで気丈に発言する、

「これから聖エリー教会へ巡礼を、初めての巡礼になります」
聖母教会の簡易巡礼であろう、一般教徒の為に設定された順路で各地を巡り首都の聖エリー教会を最終地点とする、

「・・・タイス、何か答えなさい、皇帝陛下ですよ」
母親は優しく少女の頭を撫でる、

「申し訳ありません、昨日から、いや、都に入ってから具合が悪そうでして・・・、多分こんな大勢の人を見たのは初めてなもんだから、人に当たったのでしょう」

父親はほらタイスと優し気に肩をさする、少女は言葉も無く硬直していた、父親は尚も娘を焚き付けようとしどろもどろに何事か口にするも意味を成していない。

少女は怯えていた。タイスは物怖じしない性格である、強面の巡回司祭相手でもまるで長年の知り合いのように接する娘であった、その娘が言葉も無く立ち尽くしている、それどころか肩は震え、手足は硬直していた、言葉にならない悲鳴が口元から漏れ出てくる。

異常を感じた父親は慌てて屈みこむとタイスを軽く揺さぶった、
「まぁ、待て」
皇帝はそう言いながらもタイスへの視線は外さない、父親は娘から手を放しすっと腰を上げる、

「この娘は勘が良い?」

「はい、えぇ、時々凄く」

「この娘は覚えが速い?」

「多分、はい・・・比べた事が無いので」
皇帝は矢継ぎ早に簡単な質問を重ねた、一つ一つに母親が答える、幾つかの質問の後、

「最後だ、身体に傷は?」

「ありません、擦り傷や切り傷はありますが小さいモノです」
皇帝は満足気に立ち上がると、

「宮へ招こう、これを持って城門へ」
懐から一片の木札を取り出し父親へ渡すと踵を返し歩を進めた、取り残された親子は呆気に取られその場を動けずにいたが、そばで一部始終を見ていた屋台の主に声を掛けられる、

「おめでとう、娘さんは宮へ招待されたんだよ」
満面の笑みで親子に告げると大声で周囲に呼び掛ける、

「みんな、昇宮だ、この娘が昇宮だぞ」
続いて様々な賛辞の声が四方から掛けられる、夫婦は呆然としていたがその意味を理解し、顔を紅潮させ言葉も無く抱き合った、娘は皇帝の圧からやっと逃れて一息吐く間も無く沸き起こった騒動に、混乱し声も無く両親を見上げるばかりである。

夫婦は称賛の声の中愛しい娘に向き直った、夫婦にとって3人目の子であったが先の2人は3つを数えずに亡くなっていた、その為タイスが家門迎えの儀式を受け一族に迎え入れられた時、夫婦は涙を流して喜んだものである。巡回司祭に気に入られ幼くして読み書きも覚えた、貧しい食事を囲んで聖書の話をする娘は夫婦にとって何物にも代えがたい宝となった、タイスのその名も自身が選んだものである、聖人の娘の名であるという、聖人の名でも神々の名でも無く聖人の娘の名を選んだ娘を皆が称賛した。出来た娘である。

その娘が皇帝に見初められた、これほどの栄誉はあろうか、宮へ入るという、地上の楽園であり、知識の殿堂、武の極地、娘の栄達は決まったのだ、将来は司祭か税理、司法官かはたまた貴族の伴侶もあるかもしれない女将軍もありえる、父親は小躍りしつつ娘を抱き上げ空へ掲げた、

「さすが、俺の娘だ」
娘を褒め称え神への感謝を叫ぶ、娘は満面の笑みを浮かべ涙を流す両親の顔を見詰めるだけであった。
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