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本章
見知らぬ大地に降り立ちて 3
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確か惑星探査マニュアルがあったなとハンガー内で紫色の球体へ手を翳しつつ検索すると、策定されたのが300年も前の代物であり、最終更新でさえ50年も前であった、それほど長きに渡り惑星探査という作業そのものが為されていない事の証左でもあり、マニュアルの確実性の証左ともなるが、何か寂しいなとボソリと呟く、と同時に未知の可住惑星の発見と探索がどれほどの偉業であるかを改めて実感するに至り、先の回顧録の3分の2を占める惑星探査の記述はまさに冒険譚としてエンターテイメント性に富んだパートであったのを思い出した、やたら人が死に、病気になり、食われる、さらに当時の最新鋭である機械群も容赦なく壊れていった、その創作を遥かに凌駕する娯楽性は幾つかの演劇や空想作品の元ネタに採用されており、老若男女問わず親しまれていた。
それはつまり、未知の惑星探査は非常に危険なのである、冒険家と呼ばれる専門職の人間を持ってしても、最新鋭のAIや技術を持ってしてもである、ましてキーツの置かれた状況は決してそれに適した状況である筈も無く、キーツ自身にもその経験どころか教育訓練も施されていない、さらにアヤコの置かれた状況は輪をかけて酷いものであると考えられた、最悪の状況を考えないように務めてきたが、与えられた乏しい情報から導き出される結論は良いものにはなりえない。
球体からジェルスーツが展開され頭部から下をスッポリと覆い定着する、着衣の上に薄い膜状に張り付くジェルスーツと呼ばれるそれは液状のポリマーをナノマシーンで制御し、周辺環境から着用者を守る様々な機能を有した万能装備である、着用者にとって快適な環境を被膜一枚で構築し、無意識下に行われる発汗作用等の生理現象もストレス無く処理される、なにより重要なのが非常に処置の難しい生体表面の滅菌処理が不要である点であった、キーツの持つ細菌類がこの星の環境に影響を及ぼさない事が確認されるまでは必須の装備であると言える、開発は水生知性体の手によるもので本来は全身を覆いあらゆる環境下において水生環境を再現するものである、その利便性が認められキーツのような陸生生物用に改良された技術である。
さらにソフトスーツを着込みヘルメットを装着すると滅菌室の殺菌区画に立ち簡易殺菌を受ける、微かな機械音とガスの噴出音に包まれバイザー越しの視界が霞に沈みやがて静寂が室内を満たした。
唐突に訪れた沈黙の時間は、キーツから子供じみた高揚感を払拭する、それはようやっと仕事をする心構えになったという事でもあった、殺菌を終え減圧室兼出入口に歩み出る頃にはもう少し高揚感を楽しみたかった等と己を冷笑する、彼は本来生真面目な皮肉屋であった。
「ジルフェ、出るぞ」
キーツは外扉のキーロックに左手を翳す、全身をスキャンされロックが解除された、警告灯が赤から青に変わり壁内の閂が動く音が狭い室内を微かに揺する、やがて重く厚い扉がせりあがると仄暗い室内を自然光がゆっくりと浸食していく、キーツの顔を光線が覆いバイザー越しの薄青く着色されたそれでもキーツは思わず眼を薄めた、扉が開き切りタラップが降り始める。
キーツの眼前には陽光に光り輝く大河が広がっていた、川辺に不時着した艦の岩場の直下は緩やかな川の流れが生物の肌のような一体感をもってうねうねとその道を走っていた。
タラップが降り切る迄彼は幾度か経験した事のある独特の解放感を楽しんだ、2人で使用するには大きすぎる艦ではあるがやはり閉塞感は否めない船内生活からの解放感である、地球を立って数日も立っていないが、
「素晴らしい天気だな」
陽光に包まれる幸せが素直に口に出る。
キーツはゆっくりとタラップを降り始める、重力に違和感は無い、重すぎず軽すぎない、丁度良い重力であった、恐らく地球のそれと同等か若干弱い程度かと体感する、本星から地球へ赴任した際はその重力の強さに慣れず、さらに惑星周波数が違い過ぎて数日惑星酔いに苦しんだがこの星に対してはその心配は無さそうだ、酔い止めは準備されているが頼る必要はないだろう、タラップが終わり、岩場に至る、この惑星への第一歩を刻む、岩場であるが故に足跡は残らないだろうがそれでも記念すべき一歩であった。
「マスター、恒例行事を行いますか?」
不意にジルフェの通信が入る、
「なんの?」
「惑星探査に於ける慣例に従いますと、生命体の初到達時にはその第一歩を記念し、連合旗の掲揚と記念碑の建立、これは簡易的なものになりますが、それから非常食を大地に捧げるとあります」
「・・・聞いた事はあるが、今回は見送るよ」
キーツはそう言って岩場に降り立った、不規則な自然の造形物を足裏に感じつつ踏み締める、不動の大地の持つ独特の安定感がそこにはあった、たかが数日離れていた感触であったが根源的な安堵を感じると同時に凄まじい威圧感に襲われる、巨大すぎる何かに対する恐怖を内包したそれは惑星を訪れた際に必ず感じる排斥を伴った自己防衛の一種なのかもしれない。
「ジルフェ、探索を開始する」
まずはとキーツは周囲を見渡す、艦が不時着した地点は岩場による広い平地である、周囲を木々が覆いそれは森林と呼べる広さを持っている様子であった、さらに一面は大きく開け大河が光り輝いている、このロケーションなら艦を隠しつつ艦の水平を保つ為の余計な仕掛けも必要無いと考えられ、いざとなれば大河への退避も容易であった、艦の隠蔽には最適な場所である、技術力の高い文明社会であれば遮蔽装置の起動も必要な所だが現状の情報内容から類推するにその必要は当面必要無いだろう、
「森に入る、南側へ、周囲に道は確認できる?」
「ハヤブサによる探査に獣道及び街路に該当する情報収集は含まれておりません、周辺地図は鳥瞰写真によるものが作成可能ですが、動体から回避行動を優先している為完全な物ではありません」
「ん、ハヤブサ展開中だったね、周辺地図を更新しつつこちらの端末へ、不完全なもので構わない、ジュウシに先行させつつ木々に分け入る」
「了解しました、ジュウシ先行させます、ヘルメット端末へ情報送りました」
バイザーに艦を中心とした鳥瞰図が映り込む、視線操作で右上にモニターを固定すると、左下の方位表示をガイドに歩き出す、艦の影より白色の人型機械が悠然と歩み寄りキーツを先導するように進み始めた、支援ロボット「ジュウシ」である、全高2m、特殊合金製の基本骨格にナノマシンを含有した液体金属で外殻が構成されている、白色に輝く現状の姿態は通常運用時のもので用途・目的により外殻を変形させる事が可能である、人型であるが浮遊移動している為足音は無く、時折ユラユラと上下動する以外は空中に静止したまま移動する為、ジュウシそのものに視点を合わせて行動すると若干クラクラする時があるのが玉に瑕である、頭部にジルフェを格納し、2本のメインマニュピレーターと人間の胸部にあたる箇所に4本のサブマニュピレーターを持つ、メインマニュピレーターは作業用、胸部のそれは工作用である、脚部は通常折り畳まれ必要によって展開される、特に重力下での力仕事は機械といえど足腰が重要なのであった、現在の装備は「サル」と名付けた調査任務用ユニットである、腹部にマニュピレーターが2基増設され胸部のそれよりもさらに細かい作業が可能となっており、背部にはサンプル収納容器、腰部には各種検査機器を装備している、基本的に武装を持たないが警備用のスタンブレードを念のため持たせていた。
「森に入ります、枝葉を落としつつ先行、動体反応計測、下生えは未処理の為足元に御注意下さい」
ジュウシの頭だけが180度回転しキーツに話掛ける、回転する必要もこちらを見る必要も皆無であるが、知性体とのコミュニケーションを円滑に図る為の工夫であるらしい、それなら首だけ回すのは如何なものかと毎回思う、外観が人型であるのも手伝ってか時々ギョッとするのである、
「了解、引き続き先行してくれ」
そう言って、森に分け入る、森の中は静かであった、知性体の手が入っていない為か原生林の趣きが強く、単一の樹木が大きく育ち太く逞しい幹を誇らせ、広く茂らせた上空の青葉は陽の光を独占していた、その為日中と言えど森の中は薄暗く、木漏れ日でも満足する低木や陽の光を厭う苔、大木に寄り添い絡みつく蔦植物等が異邦の闖入者を歓迎する、時折小動物の鳴き声が響くも木々の間を木霊し霞と消えた、豊かな森である、大型の生物は気配さえしないが小動物や昆虫類が忙しなくキーツの視界を掠めて消える、
「見た目は地球と変わらないね」
キーツは木々の間に目を凝らしつつそう言った、
「はい、視覚情報だけですと、針葉樹林によく似た植生かと考えられます」
「すると、ここら辺は寒い方なのかな?」
「比較対象が無い為、寒暖については情報不足です、年間気温の測定が必要です」
「・・・そうかい、この大木についてサンプル収集、建材として優秀そうだよね」
「コピー、サンプル収集します、この大木をスギと仮名呼称します、正式名称は後ほど名付け下さい」
「・・・もしかして、発見した動植物全てに名前を付けられる?」
「はい、DNA情報他の詳細情報を連合へ送信する必要がありますが、認められた場合マスターが発見者とされます、命名権を有しますし、独占権も認められます期間限定ですが」
「そりゃ、大変だ、惑星一個分の動植物かよ」
軽い眩暈を感じる、
「よって、近々の必要性を鑑みますと、地球で使用されている名称を仮称として使用するのが効率的と判断致します、視覚的に類似する動植物から一般名称を拝借致しましょう、惑星探査マニュアルに準じた方法です」
「わかった、それでいこう、だからスギなのね、この大木」
キーツは改めてスギと仮称された大木の表面を撫でさすり見上げた、枝葉は上方にいくほど生えているが大きな枝は無く、一本の幹が真っすぐに屹立している、下生えに積もった枯葉は細く長い、枯葉の内に大ぶりな木の実が散在し、地球のスギとはやはり違うのだと認識できた、その実がこの大木の物であればであるが。
ジュウシはサンプル収集を終え周囲を探索し始める、
「サンプル収集終えました、周辺の土壌サンプル、蔦植物、菌類の採取を始めます」
「了解、続けてくれ、ある程度採取が完了したら連絡を、俺は周囲を探索する、何かあれば連絡する」
「了解しました」
キーツは木々のやや開けた方向へ歩き出す、ジュウシの先導が無い為葉の少ない枝がバイザーを打ちソフトスーツの所々を名残惜し気に引っ掛ける、時折羽虫が纏わりつき二三度彼の頭部を周回すると興味無さげに遠ざかった、キーツは歩き易いポイントを探しつつ歩を進める、やがて若干開けた場所に出た、木々の枝葉が及ばず薄暗い森の中にあってその広場だけが太陽光の恩恵に浴していた。
50m四方程度のその広場の中心には大振りの岩が鎮座し、側には流れの少ない湖沼がある、出入りの川が見当たらず湧き水が溜り何処かへ抜けていっている様子で飲料に使うのは躊躇われる水質であった。
「ジルフェ、湧き水を発見、そちらが終わったら調査を頼む」
「了解、作業完了後合流します」
水溜まりを覗き込み軽く掻きまわすと数種の生物が慌てて泳ぎ廻りやがて一時の安住の地に留まるも、警戒を解かずじっと周囲を伺っている、地球駐在員のチュクュフさんなら歓喜して採取しまくるだろうなとほくそ笑む、彼女は生物学者兼風俗学者なのであった、彼女に比べればキーツの生物分野への探求心は微生物レベルである。
突然艦の方向から破裂音が響いた、そちらを見上げると雲が直線の筋となって天空へ伸びている、衛星の打ち上げであった、結構目立つな等と考えつつジルフェに確認すると、3度目の打ち上げであるとの事と作業は順調である旨の返答であった。
キーツは暫しロケット雲を見上げやがて風にかき消されるのを眺めると視線を落とし大岩の周囲を探索する、大岩を挟んで水溜まりの反対側に大きく開いた洞を発見した、自由に生い茂る雑草で覆い隠されているが縦横2メートル前後の開口が黒々と光を吸い込んでいる、足元には雑草で隠された獣道らしき筋が森から洞へと続いている、キーツは洞に背を向け獣道を森へと辿りつつ痕跡を観察し推理する。
地面の固さと足跡の大きさから体重50キロ程度の生物の群れ、森の中の様子から対象生物は1.5m程度の大きさ、その高さで枝葉が切り払われ、よく見ると目印のような引っ掻き傷が地面から1m程度の高さで散見される、それなりの知能を持つ生物のようであるが、人工物らしきものは無く火の跡も無い、隠蔽が上手いのか洞の中に集約しているのか現時点で定かではなかった、最も奇妙な点はその足跡の大きさである、予想される体長から考えると不釣り合いに大きかった。
それはつまり、未知の惑星探査は非常に危険なのである、冒険家と呼ばれる専門職の人間を持ってしても、最新鋭のAIや技術を持ってしてもである、ましてキーツの置かれた状況は決してそれに適した状況である筈も無く、キーツ自身にもその経験どころか教育訓練も施されていない、さらにアヤコの置かれた状況は輪をかけて酷いものであると考えられた、最悪の状況を考えないように務めてきたが、与えられた乏しい情報から導き出される結論は良いものにはなりえない。
球体からジェルスーツが展開され頭部から下をスッポリと覆い定着する、着衣の上に薄い膜状に張り付くジェルスーツと呼ばれるそれは液状のポリマーをナノマシーンで制御し、周辺環境から着用者を守る様々な機能を有した万能装備である、着用者にとって快適な環境を被膜一枚で構築し、無意識下に行われる発汗作用等の生理現象もストレス無く処理される、なにより重要なのが非常に処置の難しい生体表面の滅菌処理が不要である点であった、キーツの持つ細菌類がこの星の環境に影響を及ぼさない事が確認されるまでは必須の装備であると言える、開発は水生知性体の手によるもので本来は全身を覆いあらゆる環境下において水生環境を再現するものである、その利便性が認められキーツのような陸生生物用に改良された技術である。
さらにソフトスーツを着込みヘルメットを装着すると滅菌室の殺菌区画に立ち簡易殺菌を受ける、微かな機械音とガスの噴出音に包まれバイザー越しの視界が霞に沈みやがて静寂が室内を満たした。
唐突に訪れた沈黙の時間は、キーツから子供じみた高揚感を払拭する、それはようやっと仕事をする心構えになったという事でもあった、殺菌を終え減圧室兼出入口に歩み出る頃にはもう少し高揚感を楽しみたかった等と己を冷笑する、彼は本来生真面目な皮肉屋であった。
「ジルフェ、出るぞ」
キーツは外扉のキーロックに左手を翳す、全身をスキャンされロックが解除された、警告灯が赤から青に変わり壁内の閂が動く音が狭い室内を微かに揺する、やがて重く厚い扉がせりあがると仄暗い室内を自然光がゆっくりと浸食していく、キーツの顔を光線が覆いバイザー越しの薄青く着色されたそれでもキーツは思わず眼を薄めた、扉が開き切りタラップが降り始める。
キーツの眼前には陽光に光り輝く大河が広がっていた、川辺に不時着した艦の岩場の直下は緩やかな川の流れが生物の肌のような一体感をもってうねうねとその道を走っていた。
タラップが降り切る迄彼は幾度か経験した事のある独特の解放感を楽しんだ、2人で使用するには大きすぎる艦ではあるがやはり閉塞感は否めない船内生活からの解放感である、地球を立って数日も立っていないが、
「素晴らしい天気だな」
陽光に包まれる幸せが素直に口に出る。
キーツはゆっくりとタラップを降り始める、重力に違和感は無い、重すぎず軽すぎない、丁度良い重力であった、恐らく地球のそれと同等か若干弱い程度かと体感する、本星から地球へ赴任した際はその重力の強さに慣れず、さらに惑星周波数が違い過ぎて数日惑星酔いに苦しんだがこの星に対してはその心配は無さそうだ、酔い止めは準備されているが頼る必要はないだろう、タラップが終わり、岩場に至る、この惑星への第一歩を刻む、岩場であるが故に足跡は残らないだろうがそれでも記念すべき一歩であった。
「マスター、恒例行事を行いますか?」
不意にジルフェの通信が入る、
「なんの?」
「惑星探査に於ける慣例に従いますと、生命体の初到達時にはその第一歩を記念し、連合旗の掲揚と記念碑の建立、これは簡易的なものになりますが、それから非常食を大地に捧げるとあります」
「・・・聞いた事はあるが、今回は見送るよ」
キーツはそう言って岩場に降り立った、不規則な自然の造形物を足裏に感じつつ踏み締める、不動の大地の持つ独特の安定感がそこにはあった、たかが数日離れていた感触であったが根源的な安堵を感じると同時に凄まじい威圧感に襲われる、巨大すぎる何かに対する恐怖を内包したそれは惑星を訪れた際に必ず感じる排斥を伴った自己防衛の一種なのかもしれない。
「ジルフェ、探索を開始する」
まずはとキーツは周囲を見渡す、艦が不時着した地点は岩場による広い平地である、周囲を木々が覆いそれは森林と呼べる広さを持っている様子であった、さらに一面は大きく開け大河が光り輝いている、このロケーションなら艦を隠しつつ艦の水平を保つ為の余計な仕掛けも必要無いと考えられ、いざとなれば大河への退避も容易であった、艦の隠蔽には最適な場所である、技術力の高い文明社会であれば遮蔽装置の起動も必要な所だが現状の情報内容から類推するにその必要は当面必要無いだろう、
「森に入る、南側へ、周囲に道は確認できる?」
「ハヤブサによる探査に獣道及び街路に該当する情報収集は含まれておりません、周辺地図は鳥瞰写真によるものが作成可能ですが、動体から回避行動を優先している為完全な物ではありません」
「ん、ハヤブサ展開中だったね、周辺地図を更新しつつこちらの端末へ、不完全なもので構わない、ジュウシに先行させつつ木々に分け入る」
「了解しました、ジュウシ先行させます、ヘルメット端末へ情報送りました」
バイザーに艦を中心とした鳥瞰図が映り込む、視線操作で右上にモニターを固定すると、左下の方位表示をガイドに歩き出す、艦の影より白色の人型機械が悠然と歩み寄りキーツを先導するように進み始めた、支援ロボット「ジュウシ」である、全高2m、特殊合金製の基本骨格にナノマシンを含有した液体金属で外殻が構成されている、白色に輝く現状の姿態は通常運用時のもので用途・目的により外殻を変形させる事が可能である、人型であるが浮遊移動している為足音は無く、時折ユラユラと上下動する以外は空中に静止したまま移動する為、ジュウシそのものに視点を合わせて行動すると若干クラクラする時があるのが玉に瑕である、頭部にジルフェを格納し、2本のメインマニュピレーターと人間の胸部にあたる箇所に4本のサブマニュピレーターを持つ、メインマニュピレーターは作業用、胸部のそれは工作用である、脚部は通常折り畳まれ必要によって展開される、特に重力下での力仕事は機械といえど足腰が重要なのであった、現在の装備は「サル」と名付けた調査任務用ユニットである、腹部にマニュピレーターが2基増設され胸部のそれよりもさらに細かい作業が可能となっており、背部にはサンプル収納容器、腰部には各種検査機器を装備している、基本的に武装を持たないが警備用のスタンブレードを念のため持たせていた。
「森に入ります、枝葉を落としつつ先行、動体反応計測、下生えは未処理の為足元に御注意下さい」
ジュウシの頭だけが180度回転しキーツに話掛ける、回転する必要もこちらを見る必要も皆無であるが、知性体とのコミュニケーションを円滑に図る為の工夫であるらしい、それなら首だけ回すのは如何なものかと毎回思う、外観が人型であるのも手伝ってか時々ギョッとするのである、
「了解、引き続き先行してくれ」
そう言って、森に分け入る、森の中は静かであった、知性体の手が入っていない為か原生林の趣きが強く、単一の樹木が大きく育ち太く逞しい幹を誇らせ、広く茂らせた上空の青葉は陽の光を独占していた、その為日中と言えど森の中は薄暗く、木漏れ日でも満足する低木や陽の光を厭う苔、大木に寄り添い絡みつく蔦植物等が異邦の闖入者を歓迎する、時折小動物の鳴き声が響くも木々の間を木霊し霞と消えた、豊かな森である、大型の生物は気配さえしないが小動物や昆虫類が忙しなくキーツの視界を掠めて消える、
「見た目は地球と変わらないね」
キーツは木々の間に目を凝らしつつそう言った、
「はい、視覚情報だけですと、針葉樹林によく似た植生かと考えられます」
「すると、ここら辺は寒い方なのかな?」
「比較対象が無い為、寒暖については情報不足です、年間気温の測定が必要です」
「・・・そうかい、この大木についてサンプル収集、建材として優秀そうだよね」
「コピー、サンプル収集します、この大木をスギと仮名呼称します、正式名称は後ほど名付け下さい」
「・・・もしかして、発見した動植物全てに名前を付けられる?」
「はい、DNA情報他の詳細情報を連合へ送信する必要がありますが、認められた場合マスターが発見者とされます、命名権を有しますし、独占権も認められます期間限定ですが」
「そりゃ、大変だ、惑星一個分の動植物かよ」
軽い眩暈を感じる、
「よって、近々の必要性を鑑みますと、地球で使用されている名称を仮称として使用するのが効率的と判断致します、視覚的に類似する動植物から一般名称を拝借致しましょう、惑星探査マニュアルに準じた方法です」
「わかった、それでいこう、だからスギなのね、この大木」
キーツは改めてスギと仮称された大木の表面を撫でさすり見上げた、枝葉は上方にいくほど生えているが大きな枝は無く、一本の幹が真っすぐに屹立している、下生えに積もった枯葉は細く長い、枯葉の内に大ぶりな木の実が散在し、地球のスギとはやはり違うのだと認識できた、その実がこの大木の物であればであるが。
ジュウシはサンプル収集を終え周囲を探索し始める、
「サンプル収集終えました、周辺の土壌サンプル、蔦植物、菌類の採取を始めます」
「了解、続けてくれ、ある程度採取が完了したら連絡を、俺は周囲を探索する、何かあれば連絡する」
「了解しました」
キーツは木々のやや開けた方向へ歩き出す、ジュウシの先導が無い為葉の少ない枝がバイザーを打ちソフトスーツの所々を名残惜し気に引っ掛ける、時折羽虫が纏わりつき二三度彼の頭部を周回すると興味無さげに遠ざかった、キーツは歩き易いポイントを探しつつ歩を進める、やがて若干開けた場所に出た、木々の枝葉が及ばず薄暗い森の中にあってその広場だけが太陽光の恩恵に浴していた。
50m四方程度のその広場の中心には大振りの岩が鎮座し、側には流れの少ない湖沼がある、出入りの川が見当たらず湧き水が溜り何処かへ抜けていっている様子で飲料に使うのは躊躇われる水質であった。
「ジルフェ、湧き水を発見、そちらが終わったら調査を頼む」
「了解、作業完了後合流します」
水溜まりを覗き込み軽く掻きまわすと数種の生物が慌てて泳ぎ廻りやがて一時の安住の地に留まるも、警戒を解かずじっと周囲を伺っている、地球駐在員のチュクュフさんなら歓喜して採取しまくるだろうなとほくそ笑む、彼女は生物学者兼風俗学者なのであった、彼女に比べればキーツの生物分野への探求心は微生物レベルである。
突然艦の方向から破裂音が響いた、そちらを見上げると雲が直線の筋となって天空へ伸びている、衛星の打ち上げであった、結構目立つな等と考えつつジルフェに確認すると、3度目の打ち上げであるとの事と作業は順調である旨の返答であった。
キーツは暫しロケット雲を見上げやがて風にかき消されるのを眺めると視線を落とし大岩の周囲を探索する、大岩を挟んで水溜まりの反対側に大きく開いた洞を発見した、自由に生い茂る雑草で覆い隠されているが縦横2メートル前後の開口が黒々と光を吸い込んでいる、足元には雑草で隠された獣道らしき筋が森から洞へと続いている、キーツは洞に背を向け獣道を森へと辿りつつ痕跡を観察し推理する。
地面の固さと足跡の大きさから体重50キロ程度の生物の群れ、森の中の様子から対象生物は1.5m程度の大きさ、その高さで枝葉が切り払われ、よく見ると目印のような引っ掻き傷が地面から1m程度の高さで散見される、それなりの知能を持つ生物のようであるが、人工物らしきものは無く火の跡も無い、隠蔽が上手いのか洞の中に集約しているのか現時点で定かではなかった、最も奇妙な点はその足跡の大きさである、予想される体長から考えると不釣り合いに大きかった。
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