6 / 62
プロローグ 帝国
初夏の朝 2
しおりを挟む
それでとキオ皇帝は食堂の上座に鎮座する、五人の行政大臣及びその秘書官、三人の将軍、皇帝付き秘書官が一人、書記官が二人通常通りの朝議会のメンバーである、秘書官は食卓に付かず各大臣の背後に控え、記録を取りつつ時折大臣に耳打ちをしている、書記官は廊下側に設えた専用文机に向かい忙しく手を動かしていた、いつもの光景である。
「はい、ボアルネ筆頭将軍より戦線報告の途中です」
司会を務めるガネス秘書官が定位置である皇帝座の隣に移動し説明する。
「進めてくれ」
キオはそういって背を椅子に預けた、
「うむ、では改めて」
ボアルネ筆頭将軍はゴホンと咳払いし、ワインを一口飲み込むと、手元の羊皮紙に目を落とす、先程までぞんざいに操った言動を改めようと羊皮紙を睨みながら言葉を探している様子であった、ややあってボアルネは言葉を続ける、
「ギレム将軍よりの伝書となります、現在我が軍はタホ川の終わりとタンガ川の始まりの地にて越冬し、命令あればグラニア族領への進軍を待つ状態であります。また越冬中にタホ川を渡る大橋とこの地への軍団基地建設を完了した事を報告致します。つきまして下記の三点について御支持を頂きたくとの事です」
ボアルネは一度言葉を切り列席者の顔を伺う、
「一つ目、大橋と軍団基地の正式名称について、二つ目、作業に使用した奴隷と新たに確保した奴隷の輸送及び奴隷の販売手法について、三つ目、進軍について」
再び言葉を切り、ボアルネはキオ皇帝に視線を移す、皇帝は無感情に腕を組み天井を見上げていた。
「以上三点について、特に一点目と三点目は陛下の裁可を仰ぎたく、朝議会にお持ちした次第です」
ボアルネはそう言って発言を締め括るとにワインに口を付ける、皇帝は特に反応せず天井を見上げるままであった。
「それでは、皆様から御意見、御質問があれば発言をお願い致します」
ガネス秘書官が列席者の発言を促す、主に文官へ向けて発せられた言葉であった。
「こちらへ送られる奴隷の数は如何ほどになりますか」
ダルトワ国土大臣がテーブルに手をついて腰を上げボアルネを見詰める、
「報告によると獣狼雌雄合わせて8128、山猫雌雄合わせて307、エルフ族男性のみ582、年齢の報告はありませんが未成年は数に含んでいないと確認しております」
ボアルネ筆頭将軍に代わり隣席するカミュ将軍がそう答えた、手元に資料は無く、実にスラスラと正確な数字を並べ上げる、ボアルネはうんうんと頷いて見せた。
「ふむ、かなりの大人数ですな、輸送手段なぞカミュ将軍であれば既に勘案済みかと思いますが、私としては奴隷価格の暴落が心配する所であります、その数であれば輸送前の根回しが必要ですな、納得致しました」
ダルトワ国土大臣が席に座りなおしてそう言った、
「然り、北方開放戦の開始から、帝都での奴隷登録数が増え過ぎております、治安の悪化と衛生面の不安が懸念されますな、ここは各伯爵領への分散もしくは、南への販売も考えてみては如何ですかな」
ドリール内務大臣の発言である、長い髭を左手で弄びつつの言葉である、落ち着きが無いように見えるがいつもの事として列席者は気にも止めていない。
「まずは、」
と言ってカミュ将軍が手を上げる、
「いつも通り、軍によって一旦買い上げようと考えております、奴隷売買は兵への大事な追加報酬ですし、あの土地には奪う富が少ない、販売金額の即時支給は兵のやる気に関わりますかゆえ、その上で信頼できる奴隷商へ転売しようと考えます、その競り市を帝都と考えておりましたが、地方へ送るとの事であれば、軍団基地から直接そちらへ移送した方が効率的で良いかと思います。場合によっては軍団基地にて競り市を執り行っても良いのですが、軍団基地への行商は娼婦と軍需物資と決められております、そこで軍としては帝都への移送とその売買迄と考えておりました」
「となると、競り市から帝都の商人を締め出しますか、そうすれば自ずと地方と他国へ流れると考えられますが」
ドリール内務大臣の発言である、
「いや、それは難しい、帝都商人の反発が目に見えるようです」
ダルトワ国土大臣は明確な懸念を表明する、
「法的にも難しいですな」
言葉少ないカリエール法務大臣の言である、独り言のように聞こえるそれは重く食堂に響いた、
「では、価格を決めてしまいましょう」
場にそぐわない明るい声が空気を変える、ドリュー財務大臣である、
「商品構成を見る限り、価格設定は難しくないし、年齢による価格の変動にさえ気を付ければ、奴隷商も納得する価格は付けられます、兵への支払いに対して損を出す事も無い。帝都での販売価格の下落が不安であればなおさらこちらで価格を決めておいて購入数を地方から募集致しましょう、その上で帝都を経由し移送するか、帝都にて荷を渡しても良い、前者なら移送料を取り後者なら表示価格のまま、奴隷の質について少々異議はでるでしょうが、そんなものは実際使ってみなければ分らんもんです。事務処理の短縮、会計処理の短縮、良いことづくめですな。あぁ、但しエルフ族の販売は競り市が妥当かと考えます、彼らの職能は有用ですし個別に判断した方が良いですからな」
一気に捲し立て言葉を切る、
「購入数の募集を取る際に希望価格を提示させても良いかもしれませんな、それで最も良い値段の商人から優先して販売しましょう、競り市に掛ける程儲からないですが、特別報酬としては妥当な価格での取引となるのではないですかな」
思いついたようにそう言って目を輝かせたまま列席者を見渡す、元商人らしい案であった。
列席者は楽し気に案を提示するドリュー財務大臣の陽気に当てられ苦笑いを浮かべる、しかし反論するほどの意見も無く、沈黙が続いた、それぞれがそれぞれの立場に合わせ思考しているが、対案らしいものは無さそうである。
「であれば、先に価格を提示させ、引き渡し量を確定し、入る金額を決めてしまいましょう、その上で兵からの買い上げ額と軍の取り分を算出すれば損をする事も無い」
ドリール内務大臣が隣席のドリュー財務大臣に語りかける、それも良いですなとドリューは明るい声で返答する、根が明るい男なのである。
「うむ、軍部としては、兵への報酬が増える分には良い、如何かなカミュ」
「はい、特に本案に反対する点はありません、但し我々としては金銭の授受は簡便に行いたい、僻地での行為でもありますので、そこで、案を折衷しまして、現場では私の提案した方法で一旦兵に支払い、こちら側、奴隷商との売買益に関しては別途還元する方法を取りたいと考えます、恐らくそうしなければ現場からの輸送迄時間が掛かり過ぎる、そう考えますが」
カミュ将軍は冷徹に言葉を紡ぐ、
「確かに、商人とのやり取りだけで一月は欲しくなる、その期間中に帝都へ一旦輸送しておくのが手っ取り早い」
ドリュー財務大臣は快活に答え、するととダルトワ国土大臣にに向き直り、
「詳しくは国土大臣のお仕事になりますな、相談には乗りますぞ」
と柔らかく微笑む。
「いやいや、財務大臣に商務部門もお任せしたいですよ、分りました、獣狼と山猫についてはそのように、エルフ族については通常の入札へ廻しましょう」
ダルトワ国土大臣も柔和に受け取り、背後の副官へ何事か指示を出す、
「それでは、カミュ将軍、奴隷の到着時期を別途打合せ致しましょう」
「了解した、現時点では糧食の輸送隊をそのまま奴隷の輸送隊にしようと考えております、奴隷の数が増えた為、当初見積もっていた糧食では足りませんでして、糧食は既に立っておりますが、兵への支払い金額を持たせた隊をすぐに立たせましょう、それから時期が確定するかと考えます」
ダルトワ国土大臣の言葉にカミュ将軍は事務的に返答する。
そこで、キオ皇帝が口を挟んだ、
「獣狼の全年齢を均等に100、山猫も同様に、エルフ族は若い順で100、国防で引き受ける、価格は商人価格の平均、エルフ族は市場価格の平均で」
列席者全員の視線が皇帝に集まる、皇帝は尚腕を組み天井を仰いでいた。
「ニュールそのようにな」
「はっ、畏まりました」
ニュール国防大臣が末席にて立ち上がる、
「ダルトワ国土大臣、カミュ将軍、受け取り時期の打合せに同席致します事お願い致します、またその席で価格の提示等頂ければ幸いです」
ニュール国防大臣は慇懃に言って着席した。
呆けたように二人はあぁわかった、と返答し、会議は不思議な沈黙に包まれた。
ガネス秘書官はゴホンと咳払いし、
「それでは、えぇ、議題の二つ目、奴隷の輸送については軍部に一任、販売方法については、カミュ将軍、ダルトワ国土大臣、が中心となり主に地方の奴隷商人への販売、国防部への引き渡し分はニュール国防大臣がその場に加わると、宜しいですか」
ガネス秘書官は出席者を見渡す、異議はないようだ。
「それでは順番に行くと一つ目の、橋と軍団基地の名称ですが、ご意見はありますか」
その言葉が終わるか終わらないかで給仕が盆をもって入室する、音もなく皇帝の前に皿を差し出しその側に小皿を置くと一例した退室した。
皇帝に給仕された朝食は鹿であろうか豚であろうか腿肉であるのは判別可能な、生の肉塊である。
「それは儂が決めよう」
皇帝は小皿の岩塩を肉塊に削りかけながらそう言った、
「大橋の着工に手を掛けたのはボアルネだったな」
「はっ、もう8年前になりますな、北方への足掛かりとして着工致しました」
「儂が見たときは筏を繋げただけだったな、懐かしいぞ」
「最初期ですな、現在は石造りの堅牢なものになってますぞ」
ボアルネ筆頭将軍は誇らしげに胸を張る、
「では、ボアルネ大橋で良かろう、異論はあるか」
今日初めて列席者を見渡す、皆特に異論はなかった。
皇帝は肉塊を両手で掴み噛り付く、血抜きが充分で無かったのか、噛り付くほど鮮血が迸った、見る間に皇帝の顔と衣が赤に染まってゆく、
「すると、維持保全に掛かる費用もボアルネ筆頭将軍にお任せしてよろしいですか」
ダルトワ国土大臣の発言である、
「それは待て、大橋までの街道敷設も考えておる、その際の後援者に被せても良かろう、大橋の管理と街道の管理を共に予算計上して、名のみ残すように取り計らえ、いずれにしろ」
と皇帝は言葉を切りさらに肉塊に噛り付く、何度か咀嚼し嚥下すると、
「北方平定迄は軍の管理にせざるをえまい、街道の路線も決めてないしな、ボアルネ、面倒だから街道敷設の後援者にならんか」
皇帝は恐らく冗談交じりにそう言った、
「はっ、光栄の至り、その際はいの一番にお声がけくだされば」
ボアルネ筆頭将軍は恐縮する、
「金次第だな、他の貴族共も名を残したい者もいるだろうし、ダルトワその際にはボアルネに一報を入れよ、まぁ」
再び肉塊に噛り付き咀嚼し嚥下する、既に半分程を平らげていた。
「維持管理を検討するのはまだ先だな、それと要塞については、ギレムの名を冠してやれ、現状はどのような開発状況なのだ」
皇帝はカミュ将軍へ視線を向ける、
「はっ、大橋と共に要塞部もほぼ完成しております、陛下の提案頂きました星型要塞であります、しかしその二つを優先した為軍団基地は後回しになっており、木杭の壁に簡易テントが主体となっております、平たく言えば野営地に毛が生えた程度でございます」
「そうか、北方平定後中央都市に育てたい、あの地は荒野の監視にしても北方の監視にしても都合の良い地勢だ、要塞はギレム要塞か・・・なかなか良い名であろう」
「おお、ギレムも喜ぶと思います、恐悦至極でございます」
ボアルネ筆頭将軍は己の事以上に喜びを示す。
「ふん、名前負けせぬように軍団基地の計画も進めておけ、宿営地も併せてな」
皇帝は意地の悪い笑みを浮かべる、早急にとカミュ将軍は短く答える。
「それでは、ボアルネ大橋とギレム要塞にて決定致します、ダルトワ国土大臣、ではそのように公式決定として処理願います」
ガネス秘書官は纏めに入り、ダルトワ国土大臣は了解したと後方に控える秘書官と何事か打ち合わせ、
「公告は明日にでも、各領主への通知も順次立たせます」
宜しくお願い致しますとガネス秘書官は答え、
「続きまして三つ目、開戦時期についてですが」
ガネス秘書官はボアルネ筆頭将軍へ向かい、
「仔細について説明をお願い致します」
「まぁ、そのままですな、奴隷の処置が決定してから大規模な遠征にしようと考えておりました、ですので先程の兵への支払いが終わり、輸送を開始しましたら開戦は可能かと、ですが、正式な期日を皇帝より賜りたいと考えます」
ボアルネ筆頭将軍は皇帝キオへ向き直り、
「陛下、沙汰をお願い致したい」
皇帝は肉塊をすっかりと平らげ残った骨を二本に割り断面から骨髄を吸いだしていた、
「・・・、ボアルネに一任しても良いかと思ったが」
咥えた骨片を皿に置き、
「そういえば兵は足りているか、貴族どもは戻っておらんだろう」
「現在兵数としまして、重装歩兵500、軽装歩兵8000、騎兵500、傷病兵は1000程度となっております、残党討伐と奴隷確保の為軽装1000を放っておりますが、開戦の折りには集合させる予定であります」
カミュ将軍が答える、
「攻城兵器は必要か、グラニアのゲッコーナだったか、城塞は無いにしても都市攻略にはなるんだろう」
「はい、現地にて投石器を5基、岩塊を150用意させました」
キオ皇帝はニヤリと笑い、
「抜かりないな、さすがだわ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
カミュ将軍は慇懃に答え、ボアルネ筆頭将軍は誉め言葉に破顔している、
「ニュール、動かせる軍はあるか」
キオ皇帝は末席へと視線を移す、存在感の薄いフードの男を見詰めた、釣られて2人の将軍もそちらへ視線を移す、
「国防軍としましては、兵は充分でございますれば」
「それは、余っていると」
「西方荒野側の2つの要塞、帝都の防衛以外の兵としまして傭兵3000、奴隷兵3000、騎兵200これは傭兵でございますが確保しております」
列席者から呆れとも感嘆ともとれぬ曖昧な溜息が漏れる、国防軍としての兵力を正式な会議の場で開陳されたのは初めてであった、
「うむ、であれば」
とキオ皇帝は、幾つ欲しいとボアルネ筆頭将軍に問いかける、ボアルネは眉間に皺を寄せ思案する、カミュ将軍も同じような面相である、
「失礼ながら陛下、合戦にて使える兵ですか、それらは」
ボアルネ筆頭将軍はあからさまな渋面でそう問い掛ける、キオ皇帝はその顔を一瞥し、左手をゆっくりと掲げる、すぐさま先程のメイドが音も無く走り寄る、皇帝は何事か指示を出すとメイドは会釈の後音もなく退室した。
「ニュール、詳細を説明してやれ」
「はっ、国防軍として陛下よりお預かりしております兵についてお話致します」
ニュールはフードの奥に顔を隠したまま皇帝の言葉を受けて話し出す、
「国防軍で雇っている傭兵については、その出自、性別についても様々、西方荒野の要塞にて所謂冒険者として経験を積んだ者になります、それゆえ魔族との戦闘については卓越したものがありますし、荒野の魔物についても同様かであります。次に奴隷兵ですが、こちらは同胞が中心となりまして、獣人、エルフ等は所属しておりません、男性成人のみの構成でありまして、奴隷兵と呼称しておりますが、戦闘訓練については皇帝軍と同等のものを積ませております、訓練教官としてガエタ卿とクリエル卿に参画頂いております」
朝議会の場において常に寡黙であったニュールの饒舌に列席者は驚きを隠せなかった、
「傭兵については年契約、奴隷兵については35歳迄の行軍義務を課しておりまして年季が明ければ、開放する契約としております、その装備としましては傭兵はそれぞれの自由、奴隷兵は帝国軍軽装歩兵と同様の物となっております。また奴隷兵については逃亡防止としまして所有者である皇帝名の入った首輪を装着させております」
ニュールはそこで言葉を区切り、グラスへ手を伸ばす、普段から言葉を発しない人間なのであろう、慣れない長口上に声が擦れていた。
「使えそうか?ボアルネ」
なお渋面を崩さないボアルネ筆頭将軍にキオ皇帝は尋ねるが、その渋面は変わらず眉間の皺はより深くなっている、
「帝都の防衛と今しがたおっしゃられたが」
おずおずとカリエール法務大臣が言葉を発する、
「それは近衛と内務の仕事ではなかったか、いや、精強な軍にて帝都が守られるのはまことに結構な事と思いますが、その初耳であったものですから」
丁寧に畏まった言葉選びにカリエール法務大臣の性格が現れている、それは私から良いですかとギース近衛隊長が右手を上げた。
「カリエール法務大臣の疑問は当然かと思います、第一第二城壁は我々、第三城壁と街道警備は内務というか警備隊で、という事を公然としておりましたから、実は一年ほど前より業務の一部に国防軍を参加させておりまして、これは陛下の発案で御座いましたが、近衛軍の後衛として奴隷兵を活用しております、近衛はどうしても重装と騎兵の数が増えますので、端的に言えば大変重宝しております」
するととドリール内務大臣が声を上げる、
「もしかしてと言ったら失礼か、近衛より紹介のあった傭兵軍は国防軍の物であったのか」
「然り、内務に対して活用をお願い致した傭兵軍ですが、国防軍の物であります」
ドリール内務大臣はその言葉を聞き、あからさまに不快な表情を浮かべ、
「そういった事は先にお知らせ頂きたかったですな、ギース卿」
やや険のある言葉を使い、わざとらしくギース近衛隊長を貴族呼びした。その言葉にどこ吹く風と涼しい顔で、
「はて、現場に於いての評判は上々だと伺っておりましたが、何せ魔物と魔族に対して特化した傭兵軍ですからな、警備隊は所詮退役兵の集まり、街道警備は傭兵軍に一日の長がありましょう」
「確かに、現場の声は聞いておるし、おかげで入国管理に人を回せるのも事実であるが、そういう意味ではない」
ドリール内務大臣は尚不快感を露わに声を上げる、ギース近衛隊長はやれやれと呆れた風に目を伏せ、
「全ては、皇帝の意のままに」
そう言ってキオ皇帝へ向き直り、その言を促す。列席者の顔が皇帝へ向かい、皇帝は曖昧な笑みを浮かべ真っ赤に染まった口元を鷹揚に袖で拭いつつ、
「国防軍の詳細を知らせなかった点は許せ、形になるかどうか分らんかったのだ、まして現場で使えるかどうかもな」
一旦言葉を切り続ける、
「先も言ったが冒険者上がりと奴隷だぞ、もともと冒険者などと嘯く連中の失業対策のつもりで組織した私兵だからな、冒険者なぞチンピラと変わらんだろう」
違うかと皇帝は列席者に同意を求める、
「しかしだ、組織してみたら、中々に使える連中であったからな、では現場ではどうかとギースに一肌脱いでもらった次第だ、奴隷については盾代わりになれば御の字程度よ、ギースは上手く使っているようだがな、まぁ、どちらにしろ組織下での運用となれば馬鹿と鋏だ、長たるお前らが使えないとなれば儂が使うだけ、儂の私兵だからな」
そういう事だと言い切ってキオ皇帝は踏ん反り返る、列席者は言葉も無く沈黙している、それぞれに思案している様だが特に発言する者も無く静寂は続いた。
「では、議論を進めましょう」
ガネス秘書官は列席者を観察しつつ沈黙を破る、
「ボアルネ筆頭将軍、国防軍からの兵は如何に致しますか」
「皇帝の意を汲みまして、それぞれ1千ずつお借りしたい」
「どう使う」
ボアルネ筆頭将軍の言葉に皇帝は即座に反応した、
「傭兵軍の1千を獣狼と山猫の残党狩りへ、奴隷兵1千は正規軍へ組み込み前線へ、要塞・・・ギレム要塞の守備に500程度残したかったのでその補填に有用かと」
「ふむ、妥当だな、ニュール対応せよ」
「はっ、承ります」
ニュール国防大臣は畏まり一礼する、
「それでは諸々を勘案して一月半後を目途にせよ、どうだ」
皇帝はカミュ将軍へ問い掛ける、カミュ将軍は暫し思案し、
「宜しいかと思います、ボアルネ筆頭将軍如何でしょうか」
カミュ将軍は隣席へ問いかける、踏ん反り返るボアルネ筆頭将軍は依存無しと答え鼻息を荒くした。
「では開戦時期については本日より一月半後、増援について国防軍より手配されるものとします」
ガネス秘書官は端的に纏めた。
「はい、ボアルネ筆頭将軍より戦線報告の途中です」
司会を務めるガネス秘書官が定位置である皇帝座の隣に移動し説明する。
「進めてくれ」
キオはそういって背を椅子に預けた、
「うむ、では改めて」
ボアルネ筆頭将軍はゴホンと咳払いし、ワインを一口飲み込むと、手元の羊皮紙に目を落とす、先程までぞんざいに操った言動を改めようと羊皮紙を睨みながら言葉を探している様子であった、ややあってボアルネは言葉を続ける、
「ギレム将軍よりの伝書となります、現在我が軍はタホ川の終わりとタンガ川の始まりの地にて越冬し、命令あればグラニア族領への進軍を待つ状態であります。また越冬中にタホ川を渡る大橋とこの地への軍団基地建設を完了した事を報告致します。つきまして下記の三点について御支持を頂きたくとの事です」
ボアルネは一度言葉を切り列席者の顔を伺う、
「一つ目、大橋と軍団基地の正式名称について、二つ目、作業に使用した奴隷と新たに確保した奴隷の輸送及び奴隷の販売手法について、三つ目、進軍について」
再び言葉を切り、ボアルネはキオ皇帝に視線を移す、皇帝は無感情に腕を組み天井を見上げていた。
「以上三点について、特に一点目と三点目は陛下の裁可を仰ぎたく、朝議会にお持ちした次第です」
ボアルネはそう言って発言を締め括るとにワインに口を付ける、皇帝は特に反応せず天井を見上げるままであった。
「それでは、皆様から御意見、御質問があれば発言をお願い致します」
ガネス秘書官が列席者の発言を促す、主に文官へ向けて発せられた言葉であった。
「こちらへ送られる奴隷の数は如何ほどになりますか」
ダルトワ国土大臣がテーブルに手をついて腰を上げボアルネを見詰める、
「報告によると獣狼雌雄合わせて8128、山猫雌雄合わせて307、エルフ族男性のみ582、年齢の報告はありませんが未成年は数に含んでいないと確認しております」
ボアルネ筆頭将軍に代わり隣席するカミュ将軍がそう答えた、手元に資料は無く、実にスラスラと正確な数字を並べ上げる、ボアルネはうんうんと頷いて見せた。
「ふむ、かなりの大人数ですな、輸送手段なぞカミュ将軍であれば既に勘案済みかと思いますが、私としては奴隷価格の暴落が心配する所であります、その数であれば輸送前の根回しが必要ですな、納得致しました」
ダルトワ国土大臣が席に座りなおしてそう言った、
「然り、北方開放戦の開始から、帝都での奴隷登録数が増え過ぎております、治安の悪化と衛生面の不安が懸念されますな、ここは各伯爵領への分散もしくは、南への販売も考えてみては如何ですかな」
ドリール内務大臣の発言である、長い髭を左手で弄びつつの言葉である、落ち着きが無いように見えるがいつもの事として列席者は気にも止めていない。
「まずは、」
と言ってカミュ将軍が手を上げる、
「いつも通り、軍によって一旦買い上げようと考えております、奴隷売買は兵への大事な追加報酬ですし、あの土地には奪う富が少ない、販売金額の即時支給は兵のやる気に関わりますかゆえ、その上で信頼できる奴隷商へ転売しようと考えます、その競り市を帝都と考えておりましたが、地方へ送るとの事であれば、軍団基地から直接そちらへ移送した方が効率的で良いかと思います。場合によっては軍団基地にて競り市を執り行っても良いのですが、軍団基地への行商は娼婦と軍需物資と決められております、そこで軍としては帝都への移送とその売買迄と考えておりました」
「となると、競り市から帝都の商人を締め出しますか、そうすれば自ずと地方と他国へ流れると考えられますが」
ドリール内務大臣の発言である、
「いや、それは難しい、帝都商人の反発が目に見えるようです」
ダルトワ国土大臣は明確な懸念を表明する、
「法的にも難しいですな」
言葉少ないカリエール法務大臣の言である、独り言のように聞こえるそれは重く食堂に響いた、
「では、価格を決めてしまいましょう」
場にそぐわない明るい声が空気を変える、ドリュー財務大臣である、
「商品構成を見る限り、価格設定は難しくないし、年齢による価格の変動にさえ気を付ければ、奴隷商も納得する価格は付けられます、兵への支払いに対して損を出す事も無い。帝都での販売価格の下落が不安であればなおさらこちらで価格を決めておいて購入数を地方から募集致しましょう、その上で帝都を経由し移送するか、帝都にて荷を渡しても良い、前者なら移送料を取り後者なら表示価格のまま、奴隷の質について少々異議はでるでしょうが、そんなものは実際使ってみなければ分らんもんです。事務処理の短縮、会計処理の短縮、良いことづくめですな。あぁ、但しエルフ族の販売は競り市が妥当かと考えます、彼らの職能は有用ですし個別に判断した方が良いですからな」
一気に捲し立て言葉を切る、
「購入数の募集を取る際に希望価格を提示させても良いかもしれませんな、それで最も良い値段の商人から優先して販売しましょう、競り市に掛ける程儲からないですが、特別報酬としては妥当な価格での取引となるのではないですかな」
思いついたようにそう言って目を輝かせたまま列席者を見渡す、元商人らしい案であった。
列席者は楽し気に案を提示するドリュー財務大臣の陽気に当てられ苦笑いを浮かべる、しかし反論するほどの意見も無く、沈黙が続いた、それぞれがそれぞれの立場に合わせ思考しているが、対案らしいものは無さそうである。
「であれば、先に価格を提示させ、引き渡し量を確定し、入る金額を決めてしまいましょう、その上で兵からの買い上げ額と軍の取り分を算出すれば損をする事も無い」
ドリール内務大臣が隣席のドリュー財務大臣に語りかける、それも良いですなとドリューは明るい声で返答する、根が明るい男なのである。
「うむ、軍部としては、兵への報酬が増える分には良い、如何かなカミュ」
「はい、特に本案に反対する点はありません、但し我々としては金銭の授受は簡便に行いたい、僻地での行為でもありますので、そこで、案を折衷しまして、現場では私の提案した方法で一旦兵に支払い、こちら側、奴隷商との売買益に関しては別途還元する方法を取りたいと考えます、恐らくそうしなければ現場からの輸送迄時間が掛かり過ぎる、そう考えますが」
カミュ将軍は冷徹に言葉を紡ぐ、
「確かに、商人とのやり取りだけで一月は欲しくなる、その期間中に帝都へ一旦輸送しておくのが手っ取り早い」
ドリュー財務大臣は快活に答え、するととダルトワ国土大臣にに向き直り、
「詳しくは国土大臣のお仕事になりますな、相談には乗りますぞ」
と柔らかく微笑む。
「いやいや、財務大臣に商務部門もお任せしたいですよ、分りました、獣狼と山猫についてはそのように、エルフ族については通常の入札へ廻しましょう」
ダルトワ国土大臣も柔和に受け取り、背後の副官へ何事か指示を出す、
「それでは、カミュ将軍、奴隷の到着時期を別途打合せ致しましょう」
「了解した、現時点では糧食の輸送隊をそのまま奴隷の輸送隊にしようと考えております、奴隷の数が増えた為、当初見積もっていた糧食では足りませんでして、糧食は既に立っておりますが、兵への支払い金額を持たせた隊をすぐに立たせましょう、それから時期が確定するかと考えます」
ダルトワ国土大臣の言葉にカミュ将軍は事務的に返答する。
そこで、キオ皇帝が口を挟んだ、
「獣狼の全年齢を均等に100、山猫も同様に、エルフ族は若い順で100、国防で引き受ける、価格は商人価格の平均、エルフ族は市場価格の平均で」
列席者全員の視線が皇帝に集まる、皇帝は尚腕を組み天井を仰いでいた。
「ニュールそのようにな」
「はっ、畏まりました」
ニュール国防大臣が末席にて立ち上がる、
「ダルトワ国土大臣、カミュ将軍、受け取り時期の打合せに同席致します事お願い致します、またその席で価格の提示等頂ければ幸いです」
ニュール国防大臣は慇懃に言って着席した。
呆けたように二人はあぁわかった、と返答し、会議は不思議な沈黙に包まれた。
ガネス秘書官はゴホンと咳払いし、
「それでは、えぇ、議題の二つ目、奴隷の輸送については軍部に一任、販売方法については、カミュ将軍、ダルトワ国土大臣、が中心となり主に地方の奴隷商人への販売、国防部への引き渡し分はニュール国防大臣がその場に加わると、宜しいですか」
ガネス秘書官は出席者を見渡す、異議はないようだ。
「それでは順番に行くと一つ目の、橋と軍団基地の名称ですが、ご意見はありますか」
その言葉が終わるか終わらないかで給仕が盆をもって入室する、音もなく皇帝の前に皿を差し出しその側に小皿を置くと一例した退室した。
皇帝に給仕された朝食は鹿であろうか豚であろうか腿肉であるのは判別可能な、生の肉塊である。
「それは儂が決めよう」
皇帝は小皿の岩塩を肉塊に削りかけながらそう言った、
「大橋の着工に手を掛けたのはボアルネだったな」
「はっ、もう8年前になりますな、北方への足掛かりとして着工致しました」
「儂が見たときは筏を繋げただけだったな、懐かしいぞ」
「最初期ですな、現在は石造りの堅牢なものになってますぞ」
ボアルネ筆頭将軍は誇らしげに胸を張る、
「では、ボアルネ大橋で良かろう、異論はあるか」
今日初めて列席者を見渡す、皆特に異論はなかった。
皇帝は肉塊を両手で掴み噛り付く、血抜きが充分で無かったのか、噛り付くほど鮮血が迸った、見る間に皇帝の顔と衣が赤に染まってゆく、
「すると、維持保全に掛かる費用もボアルネ筆頭将軍にお任せしてよろしいですか」
ダルトワ国土大臣の発言である、
「それは待て、大橋までの街道敷設も考えておる、その際の後援者に被せても良かろう、大橋の管理と街道の管理を共に予算計上して、名のみ残すように取り計らえ、いずれにしろ」
と皇帝は言葉を切りさらに肉塊に噛り付く、何度か咀嚼し嚥下すると、
「北方平定迄は軍の管理にせざるをえまい、街道の路線も決めてないしな、ボアルネ、面倒だから街道敷設の後援者にならんか」
皇帝は恐らく冗談交じりにそう言った、
「はっ、光栄の至り、その際はいの一番にお声がけくだされば」
ボアルネ筆頭将軍は恐縮する、
「金次第だな、他の貴族共も名を残したい者もいるだろうし、ダルトワその際にはボアルネに一報を入れよ、まぁ」
再び肉塊に噛り付き咀嚼し嚥下する、既に半分程を平らげていた。
「維持管理を検討するのはまだ先だな、それと要塞については、ギレムの名を冠してやれ、現状はどのような開発状況なのだ」
皇帝はカミュ将軍へ視線を向ける、
「はっ、大橋と共に要塞部もほぼ完成しております、陛下の提案頂きました星型要塞であります、しかしその二つを優先した為軍団基地は後回しになっており、木杭の壁に簡易テントが主体となっております、平たく言えば野営地に毛が生えた程度でございます」
「そうか、北方平定後中央都市に育てたい、あの地は荒野の監視にしても北方の監視にしても都合の良い地勢だ、要塞はギレム要塞か・・・なかなか良い名であろう」
「おお、ギレムも喜ぶと思います、恐悦至極でございます」
ボアルネ筆頭将軍は己の事以上に喜びを示す。
「ふん、名前負けせぬように軍団基地の計画も進めておけ、宿営地も併せてな」
皇帝は意地の悪い笑みを浮かべる、早急にとカミュ将軍は短く答える。
「それでは、ボアルネ大橋とギレム要塞にて決定致します、ダルトワ国土大臣、ではそのように公式決定として処理願います」
ガネス秘書官は纏めに入り、ダルトワ国土大臣は了解したと後方に控える秘書官と何事か打ち合わせ、
「公告は明日にでも、各領主への通知も順次立たせます」
宜しくお願い致しますとガネス秘書官は答え、
「続きまして三つ目、開戦時期についてですが」
ガネス秘書官はボアルネ筆頭将軍へ向かい、
「仔細について説明をお願い致します」
「まぁ、そのままですな、奴隷の処置が決定してから大規模な遠征にしようと考えておりました、ですので先程の兵への支払いが終わり、輸送を開始しましたら開戦は可能かと、ですが、正式な期日を皇帝より賜りたいと考えます」
ボアルネ筆頭将軍は皇帝キオへ向き直り、
「陛下、沙汰をお願い致したい」
皇帝は肉塊をすっかりと平らげ残った骨を二本に割り断面から骨髄を吸いだしていた、
「・・・、ボアルネに一任しても良いかと思ったが」
咥えた骨片を皿に置き、
「そういえば兵は足りているか、貴族どもは戻っておらんだろう」
「現在兵数としまして、重装歩兵500、軽装歩兵8000、騎兵500、傷病兵は1000程度となっております、残党討伐と奴隷確保の為軽装1000を放っておりますが、開戦の折りには集合させる予定であります」
カミュ将軍が答える、
「攻城兵器は必要か、グラニアのゲッコーナだったか、城塞は無いにしても都市攻略にはなるんだろう」
「はい、現地にて投石器を5基、岩塊を150用意させました」
キオ皇帝はニヤリと笑い、
「抜かりないな、さすがだわ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
カミュ将軍は慇懃に答え、ボアルネ筆頭将軍は誉め言葉に破顔している、
「ニュール、動かせる軍はあるか」
キオ皇帝は末席へと視線を移す、存在感の薄いフードの男を見詰めた、釣られて2人の将軍もそちらへ視線を移す、
「国防軍としましては、兵は充分でございますれば」
「それは、余っていると」
「西方荒野側の2つの要塞、帝都の防衛以外の兵としまして傭兵3000、奴隷兵3000、騎兵200これは傭兵でございますが確保しております」
列席者から呆れとも感嘆ともとれぬ曖昧な溜息が漏れる、国防軍としての兵力を正式な会議の場で開陳されたのは初めてであった、
「うむ、であれば」
とキオ皇帝は、幾つ欲しいとボアルネ筆頭将軍に問いかける、ボアルネは眉間に皺を寄せ思案する、カミュ将軍も同じような面相である、
「失礼ながら陛下、合戦にて使える兵ですか、それらは」
ボアルネ筆頭将軍はあからさまな渋面でそう問い掛ける、キオ皇帝はその顔を一瞥し、左手をゆっくりと掲げる、すぐさま先程のメイドが音も無く走り寄る、皇帝は何事か指示を出すとメイドは会釈の後音もなく退室した。
「ニュール、詳細を説明してやれ」
「はっ、国防軍として陛下よりお預かりしております兵についてお話致します」
ニュールはフードの奥に顔を隠したまま皇帝の言葉を受けて話し出す、
「国防軍で雇っている傭兵については、その出自、性別についても様々、西方荒野の要塞にて所謂冒険者として経験を積んだ者になります、それゆえ魔族との戦闘については卓越したものがありますし、荒野の魔物についても同様かであります。次に奴隷兵ですが、こちらは同胞が中心となりまして、獣人、エルフ等は所属しておりません、男性成人のみの構成でありまして、奴隷兵と呼称しておりますが、戦闘訓練については皇帝軍と同等のものを積ませております、訓練教官としてガエタ卿とクリエル卿に参画頂いております」
朝議会の場において常に寡黙であったニュールの饒舌に列席者は驚きを隠せなかった、
「傭兵については年契約、奴隷兵については35歳迄の行軍義務を課しておりまして年季が明ければ、開放する契約としております、その装備としましては傭兵はそれぞれの自由、奴隷兵は帝国軍軽装歩兵と同様の物となっております。また奴隷兵については逃亡防止としまして所有者である皇帝名の入った首輪を装着させております」
ニュールはそこで言葉を区切り、グラスへ手を伸ばす、普段から言葉を発しない人間なのであろう、慣れない長口上に声が擦れていた。
「使えそうか?ボアルネ」
なお渋面を崩さないボアルネ筆頭将軍にキオ皇帝は尋ねるが、その渋面は変わらず眉間の皺はより深くなっている、
「帝都の防衛と今しがたおっしゃられたが」
おずおずとカリエール法務大臣が言葉を発する、
「それは近衛と内務の仕事ではなかったか、いや、精強な軍にて帝都が守られるのはまことに結構な事と思いますが、その初耳であったものですから」
丁寧に畏まった言葉選びにカリエール法務大臣の性格が現れている、それは私から良いですかとギース近衛隊長が右手を上げた。
「カリエール法務大臣の疑問は当然かと思います、第一第二城壁は我々、第三城壁と街道警備は内務というか警備隊で、という事を公然としておりましたから、実は一年ほど前より業務の一部に国防軍を参加させておりまして、これは陛下の発案で御座いましたが、近衛軍の後衛として奴隷兵を活用しております、近衛はどうしても重装と騎兵の数が増えますので、端的に言えば大変重宝しております」
するととドリール内務大臣が声を上げる、
「もしかしてと言ったら失礼か、近衛より紹介のあった傭兵軍は国防軍の物であったのか」
「然り、内務に対して活用をお願い致した傭兵軍ですが、国防軍の物であります」
ドリール内務大臣はその言葉を聞き、あからさまに不快な表情を浮かべ、
「そういった事は先にお知らせ頂きたかったですな、ギース卿」
やや険のある言葉を使い、わざとらしくギース近衛隊長を貴族呼びした。その言葉にどこ吹く風と涼しい顔で、
「はて、現場に於いての評判は上々だと伺っておりましたが、何せ魔物と魔族に対して特化した傭兵軍ですからな、警備隊は所詮退役兵の集まり、街道警備は傭兵軍に一日の長がありましょう」
「確かに、現場の声は聞いておるし、おかげで入国管理に人を回せるのも事実であるが、そういう意味ではない」
ドリール内務大臣は尚不快感を露わに声を上げる、ギース近衛隊長はやれやれと呆れた風に目を伏せ、
「全ては、皇帝の意のままに」
そう言ってキオ皇帝へ向き直り、その言を促す。列席者の顔が皇帝へ向かい、皇帝は曖昧な笑みを浮かべ真っ赤に染まった口元を鷹揚に袖で拭いつつ、
「国防軍の詳細を知らせなかった点は許せ、形になるかどうか分らんかったのだ、まして現場で使えるかどうかもな」
一旦言葉を切り続ける、
「先も言ったが冒険者上がりと奴隷だぞ、もともと冒険者などと嘯く連中の失業対策のつもりで組織した私兵だからな、冒険者なぞチンピラと変わらんだろう」
違うかと皇帝は列席者に同意を求める、
「しかしだ、組織してみたら、中々に使える連中であったからな、では現場ではどうかとギースに一肌脱いでもらった次第だ、奴隷については盾代わりになれば御の字程度よ、ギースは上手く使っているようだがな、まぁ、どちらにしろ組織下での運用となれば馬鹿と鋏だ、長たるお前らが使えないとなれば儂が使うだけ、儂の私兵だからな」
そういう事だと言い切ってキオ皇帝は踏ん反り返る、列席者は言葉も無く沈黙している、それぞれに思案している様だが特に発言する者も無く静寂は続いた。
「では、議論を進めましょう」
ガネス秘書官は列席者を観察しつつ沈黙を破る、
「ボアルネ筆頭将軍、国防軍からの兵は如何に致しますか」
「皇帝の意を汲みまして、それぞれ1千ずつお借りしたい」
「どう使う」
ボアルネ筆頭将軍の言葉に皇帝は即座に反応した、
「傭兵軍の1千を獣狼と山猫の残党狩りへ、奴隷兵1千は正規軍へ組み込み前線へ、要塞・・・ギレム要塞の守備に500程度残したかったのでその補填に有用かと」
「ふむ、妥当だな、ニュール対応せよ」
「はっ、承ります」
ニュール国防大臣は畏まり一礼する、
「それでは諸々を勘案して一月半後を目途にせよ、どうだ」
皇帝はカミュ将軍へ問い掛ける、カミュ将軍は暫し思案し、
「宜しいかと思います、ボアルネ筆頭将軍如何でしょうか」
カミュ将軍は隣席へ問いかける、踏ん反り返るボアルネ筆頭将軍は依存無しと答え鼻息を荒くした。
「では開戦時期については本日より一月半後、増援について国防軍より手配されるものとします」
ガネス秘書官は端的に纏めた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~
ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。
いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。
テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。
そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。
『強制フラグを、立てますか?』
その言葉自体を知らないわけじゃない。
だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ?
聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。
混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。
しかも、ちょっとだけ違うセリフで。
『強制フラグを立てますよ? いいですね?』
その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。
「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」
今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。
結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。
『強制フラグを立てました』
その声と、ほぼ同時に。
高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、
女子高生と禁断の恋愛?
しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。
いやいや。俺、そんなセリフ言わないし!
甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって!
俺のイメージが崩れる一方なんだけど!
……でも、この娘、いい子なんだよな。
っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか?
「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」
このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい?
誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる